GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~ 作:A-Gyou
イリヤは自室でソファに身を沈めながらテレビを見ていた。普段はそんなに見ることは無いが、今日ばかりは話が別だ。
待っていたニュースが始まる。
『こんにちは。正午になりました。FIC極東放送局の乾です』
乾と名乗った、細身の中年男性。イリヤは、その男性が今日のキャスターであることに、内心で舌打ちした。フェンリルの広報のやり口で、特に視聴者に悪印象を与えるニュースのときはこの男性を使うのだ。何せ、この男はかなり口が巧い。
『本日のニュースはこちらです』
テロップが箇条書きに表示されていく。
冒頭のニュースは、新種のトウモロコシ開発に着手と言う当たり障りの無い内容だった。
次が、極東支部に新たに最新の食物生産プラントの建設の決定と言う、これもまた当たり障りの無いニュース。
『昨日、治安維持部門が麻薬事案に関わったとされる組織の一斉検挙を開始。事件の真相は___』
「……なるほど?」
待ち望んでいたニュースのテロップは、イリヤの目から見れば随分とオブラートに包んだように見えた。特に“組織”と言う曖昧な言い回しにしているところに、何とも言えない小賢しさを感じる。
最後は、明日の天気予報だった。
『では、最初のニュースから参りましょう。
フェンリル食料問題対策機構が、新種のトウモロコシの開発を開始しました。このトウモロコシは、現在普及しているジャイアントトウモロコシよりも更に生産性に優れ、また食品加工能力も高い品種を目指して開発が進められています。正式にプラントでの栽培を開始するのは3年後と見立てており、今後が期待されています』
(別にアレはアレでいけるけどな)
ジャイアントトウモロコシとは、いわゆるジャイアントコーンとは少し違う。ジャイアントコーンを品種改良して更に大きく、そしてもう少し食べられる味にした代物だ。
現場での評判は、“美味しくない”、“食べにくい”、“お通じ以外何も良いこと無かった”等、余り良いものでは無い。
イリヤにとっては、心底どうでも良いことだが。
『続いてのニュースはこちら。
極東支部に最新の食物生産プラントの開発が決定されました。このプラントは、栽培プラントとしての能力と食品加工工場としての機能を兼ね備えた準全自動式の生産プラントで、フェンリル本部では既に試験的に5機が稼働しています。このプラントが極東支部に設置されると、食糧自給率が例年よりも3%上昇すると予測されています。施設施工は来月1日からおよそ4ヶ月程度と見込まれており、極東支部は可能な限り早急な完成と稼働を目指す、との会見を示しています』
「4ヶ月……ねぇ……」
果たして、そのときまで自分は生き延びれているのか。漠然とした、不安にも似た感覚を感じる。勿論死ぬ気は無いが、具体的な数字を見た瞬間に、少し足が竦んでしまう。
(まぁ、それはそのときに考えるか。今は……)
イリヤは、少しそれた意識をニュースの方へ引き戻す。次のニュースがイリヤにとっては一番大事なのだ。
(あれから全部、治安維持部門の方に丸投げしちまったからな……)
先日、イリヤのもとに1本の電話があった。相手は、やはり相葉だった。
___もしもし。相葉です。イリヤさんでよろしいでしょうか?
___はい、イリヤです……何かあったのか?
___ああ。近いうちに治安維持部門主導で極東支部の一斉捜索と検挙が決まった。
___つーことは、的は絞れたのか?
___ああ。それも結構大きな的だった。酷いことに、支部だけじゃ無く外部居住区にあるギルドも噛んでた。凄いことになりそうだ。
___ギルド……風俗街のか?
___正解だ。知ってたのか?
___昔世話になったことがあってな……まぁ、それなら武装することを勧める。アイツ等は相当過激な類いだからな。
___言われなくともそうするつもりだ。
___………単純に興味本位で聞くが……
___何だ?
___この件が一段落したら、アンタどうするつもりだ?
___その質問には答えられない。悪いな
___そうか……
___俺達が動くのは恐らく明後日になる。次の日の正午のニュースには確実に報道されるはずだ。イリヤ……お前には、それを見届けて欲しい。
___………どう言う意味だ?
___治安維持部門主導でっつっただろ? 色んなものを犠牲にして身内切りの主導権握ったんだよ。これに決着が付いたとき、その後どうなるかが分からないんだ。
___なるほどな。分かった。
___助かる。
___そう言えば、誰から聞いたかは覚えてねぇんだが、こんな言葉を聞いたことがある。「主の手を噛む猟犬は、犬は悪く無い。主が噛まれるようなことをしたんだ」ってな………まぁ、そう言うことであんまり気負うなよ。
___その話で行くと、その猟犬はその後どうやって生き延びれば良いんだ?
___そこから先は言えねぇな。答えは前に言った。自前の脳味噌こねくり回して考えろ。
___手厳しいな………まぁ、ありがとう、とだけ言っておく。時間を取られせて済まなかったな。
___気にすんな……御健闘を。
___ああ。……じゃあ、ここら辺で失礼する。
治安維持部門が、相葉達が何を犠牲にしたのかは知らない。だが、丸投げしてしまった手前、その決着を見届ける義務がある。
(さて……どうなったのか見てやろうじゃねぇか)
『次のニュースです。
本日、10時頃に治安維持部門が“昨日に極東支部内で発生していた麻薬事案に関して関係者全員を逮捕した”との発表がありました。当局の発表によりますと、匿名者の通報があり、それで捜査を開始したところ支部全体に及ぶ事案になった、とのことで、この件について極東支部治安維持部門総括の木佐貫マサアキ氏は、「この件は誠に遺憾であり、それと共に内部にまで行き届いていたにも関わらず何もしてこなかった我々にも責任があるものと考えます。今回の件は、我々の職務怠慢も原因の一環であり、私はその責任を取り、この件に決着が付き次第速やかに辞職します」との会見を発表しました。この件に関わった職員の規模は20名であり内7名が幹部職員であることが公表されています。また、外部居住区にも関係する組織があったようですが、それについては詳しくは発表されていません』
今後の極東支部の人事などが注目されます、の1文でそのニュースは締め括られた。
(………犠牲にしたのはトップ、か)
恐らく、それ以外にもかなりのものを切り捨てたに違いない。治安維持部門は、結局肉を切らせて骨を断つ攻め口で挑んで、相打ちになったのだ。
(今のところ負け、だな)
イリヤは、軽く舌打ちをするとソファから立ち上がりテレビを消した。
(あとは、あの孤児院がどうなるか、だな)
そう、最後の決着は、ピジョンズ・ベル児童園がどうなったか、で決まる。その基準は、ごくごく個人的な尺度になるが、結局そこが分からなければ、イリヤの中での決着が付かないのだ。
「さて」
イリヤは、最後の結末をその目で見るために。