GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~   作:A-Gyou

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信じていたものに裏切られる。

それでも動かなければならない___




芋掘り大会 開催直前

「そっちから呼び出すとはな」

 

何かあったのか、と付け足しながら相葉はイリヤの様子をうかがった。2人は今、治安維持部門の面会室にいる。

 

「あぁ、問題が出ちまってな」

 

イリヤはそう言うと、あからさまな溜息を吐いてやれやれと首を振った。この男にしては随分回りくどいな、と相葉は感じた。相葉の中のイリヤ像は、単刀直入かつ攻めが強い話術の持ち主だ。だから、こうしていちいちリアクションを混ぜているあたりに、違和感を覚えてしまう。

 

「いやぁ、ピジョンズ・ベル児童園ってのは、ああ、良い孤児院だったよ。とてもフェンリルの支援を受けていない民間経営の場所とは思えなかった」

 

「……そうか。何か面白いものでもあったのか?」     

「あぁ、あった。1番衝撃を受けたのは本物の花が植えてあったことだな。生きている内に見れるとは思っても無かったからな」

 

(本物の花、か……)

 

相葉も、本物の花が高価な物であることは知っている。無論、雲の上にある価格というわけでは無く、現実的な値段ではあるが。

 

「あぁ、何があったかな……。つっても種類はそんなに無くてな。見た感じは4種類かそこらだったか。結構数は揃っててな………」

 

(……回りくどい……話が見えない)

 

相葉は、本気でイリヤが何を伝えたいのか理解できないでいた。何を言いたいのかが分からない。そもそも、話している内容に本質が無いようにさえ感じる。

 

「なぁ、1つ良いか? お前は問題があった、と言ったな? どんな問題なんだ。教えてくれ」

 

堪りかねて、努めて冷静な声でイリヤに訊くと。

イリヤは、分かり易いくらいに怪訝な顔をして、それからチラチラと周囲を目配せしだした。

 

(何なんだ、一体……?)

 

一通り周囲を見渡してから、しかたねぇ、と溜息を吐いたイリヤは、途端に据わった目で相葉をとらえた。その目を真正面から見てしまった相葉は、背筋が冷えるような、そんな感覚を覚えた。

 

「まず1つ。もし無線機つけてるなら、切れ」     

 

有無を言わせない、冷淡な口調。

相葉も、これはただ事では無いな、と瞬時に理解して無線機のスイッチを切る。そして、その無線機を机の上に置いて、イリヤの方に渡す。

 

「理解が早くて助かる」

 

「先に言っておくとすれば、この部屋には虫の類いはいない。そこは確かだ」

 

イリヤが無線機のスイッチを切るように求めてきた時点で、相葉は、イリヤが盗聴の類いを警戒していることに気付いた。そして、それを警戒すると言うことは、聞かれたら拙いことがある、と言う裏返しでもある。

 

「防音加工された部屋だ。宴会開いても外からはほとんど聞こえん」

 

「そりゃあありがてぇな。心置きなく話せる」

 

「で? 何があったんだ? どうせろくな話じゃ無いんだろうがな」

 

少なくとも相葉は、イリヤが何の用も無く自分を呼び出すとは思えない。そして、呼び出すときはそれなりにヤバいことがある、と判断している。お互いに、顔見知りで、会えば愚痴を言い合うくらいの関係だが、それくらいのことは既に分かっていた。おもむろ、イリヤと相葉は基本的に似たもの同士なのだ。

 

何にせよろくなことじゃ無いだろう、と相葉は若干ながら高を括っていた。ろくでもないことには慣れっこだと思い込んでいたのだ。

 

だが、次のイリヤの発言で跡形も無く消し飛ぶ。

 

「まぁ率直に言えば___」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___極東支部で麻薬事案が発生している

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何だと?」

 

 

相葉は、正しく自分の耳を疑った。本気で聞き間違えたのか、と考える。

              ・・・・・

(麻薬事案? 極東支部で……? 極東支部で?)

 

 

いや、嘘だろう。理屈で考えるよりも、感情がそう先走る。認めたくない。認められるわけが無いのだ。相葉は、敏い。敏いからこそ、イリヤがどう言う意図で“極東支部で”と言う言い回しにしたのかを理解する。だが、相葉はそれでもその言葉を信じたくなかった。確かに、相葉も何度か身内切りに関わったことはある。だが、それはどれもごく個人的な事件に終始していた。しかし、今回はどうだ? 組織的な事件なのだ。

 

仮に、相葉がイリヤの言葉に納得するとしよう。しかし、それは今まで自分が信じてきた物に裏切られることに他ならない。そんなことを認められるわけが無いのだ。

 

だが、イリヤはそんな相葉の心境を察するはずも無い。察したところで遠慮もしない。

 

 

「あの孤児院でケシが栽培されてる。アツミゲシだ。俺が、この目で見たからな、間違いねぇ」

 

「……それがどうして極東支部に関わる?」

 

覇気の無い、しかし恨めしげな口調で最後の抵抗を試みる。

 

「そうだな。まず、簡単にあの孤児院の経歴から話すぞ。あそこが設立されたのは極東支部が設立されてから数年後。孤児院の中でも後発組だ。売りは受け入れ基準の低さだ。設立から数年間は経営も順調だった」

 

だが、とここで一息吐く。

 

「他のフェンリルの支援を受けている孤児院も受け入れ基準を緩和し始めた。すると、ピジョンズ・ベル児童園の魅力はすぐに薄れちまった。段々経営状況が悪化していって、終いには破綻寸前まで行った。しかし、ここで何があったかは知ねぇが、徐々に経営状態が改善されていって、そして今に至る」

 

「その、破綻寸前の時期にあった“何か”が麻薬に関係する、と。そう言いたいのか?」

 

「正解だ。賢いヤツは好きだ」

 

だが、それでも相葉はまだその話が極東支部に結びつくのか分からないでいた。

 

「まぁ、想像で話するには余りにもでかかったからな。俺で調べられる文は全部調べて、外堀もできる限り埋めた」

 

「?」

 

「破綻寸前の時期に、あの孤児院で何かあったかを全部調べた。するとな___」

 

 

 

____あの孤児院はその時期に一度工事をしていた

 

 

 

「工事だと?」

 

おかしいだろう、と相葉は感じた。何で破綻寸前なのに工事なんてしたのか? 理由は? そもそも工事費用は? 疑問がわいて出てくる。

 

 

「運動場の拡張工事だとさ。公的にはそう言うことになっている。ここで面白ぇことなんだが」

 

「何だ?」

 

「その工事は、極東支部が直接受け持っていた。ついでに言うと、工事費用も極東支部が孤児院に金を貸す形でおさまってた」

 

相葉は、更に不自然さを感じた。外部居住区での建築工事等は、基本的にフェンリルの傘下にある不動産企業が担当している。だから、工事の契約も、契約主がその企業に直接依頼する形態になっている。そのはずなのに。

 

(極東支部が直接……?)

 

無論極東支部が直接工事に関わることもある。代表的な例で言えばアラガミ装甲の増築工事やアナグラ直轄の施設の建設、補修等がある。が、しかし民間の工事を引き受けることなど、ほとんど無い。

 

「いやぁ、必死こいて調べたぜ」

 

イリヤはそう言って、ニヤリと不敵な笑みを口元に浮かべていた。その底冷えするような冷たい笑みに、相葉は、コイツはかなり凶悪だな、と改めて感じた。何せ、彼の肩書きは2等兵なのだ。その権限だけで、良くそこまで調べて上げた物だ、と関心すら覚える。

 

「そんでもっと面白いことに、フェンリルの工事担当の記録にはそんな記録残ってねぇんだ。その代わりと言っちゃあ何だが、同じ時期に地下栽培プラント建設工事の記録が残ってた。金の方に関しても、誰の指示で動いていたのか探ろうとしたんだが、コイツは掴めなかった。うまい具合にやってやがる」

 

その言葉を聞いて、相葉は理解した。

 

 

つまり、やはりそう言うことなのだ。

 

 

もはや、途中から諦めていたとは言え、やはり自分でその答えに行き着くと、変な脱力感に襲われる。

 

 

「分かった。分かったよ……」

 

 

(……あぁ、これが裏切られたときの気持ちか)

 

 

相葉は、今まで治安維持部門が掲げる正義を信じて疑っていなかった。

曰く「フェンリルの目的である“人類の維持再繁栄”を完遂するための、我々は盾である。時として力を以て裁きを為し、時としてその力を見せつけて盾としての象徴たらねばならない。我々が守るものは、フェンリルであり、それが人民を守ることに繋がるのだ」

そんな大仰な名目を本気で信じていたのに。だからこそ、自分がいくら人々から嫌われても耐えられていたのに。組織がその信念に背いたら、何を信じてこれからを耐えれば良いのか。

 

 

「どうだ、フェンリルから切られた感想は?」

 

 

半ば放心していた相葉に、イリヤはむしろ平静な態度で問いかけた。

 

 

「……少し、お前達の視点に近づけた気分だ」

 

 

相葉は自嘲気味な調子で返した。

 

 

「そうか……」

 

 

権力や組織に依存しやすい性格なんだな、と相葉の様子を見てイリヤはそう感じた。それが間違っていると言うつもりは無いが、依存する相手を間違えば自分が酷い目に遭うのもイリヤは分かっていたので、やはり肯定する気にはならない。

 

 

 

「とりあえず、この話は持って帰らせて貰う。もっと情報を集めて、ここぞと言うときに切り込む………それが俺達の仕事なんだ」

 

 

 

相葉は、ほんの少し濁った瞳の中に確かな炎をたぎらせながら言い切った。

 

相葉は、それ以上何も言わずに、静に席を立ち、部屋の扉へ向かってゆっくりと進んだ。

イリヤにはその姿がやけに痛々しく思えて。

 

だから。

 

 

 

「警察も軍人も、仕える相手は住民であって、役人じゃねぇ。今も昔も」

 

 

 

相葉の背中に向けて、そう告げた。

 

 

イリヤとて分かっている。ただの綺麗事だ。それは認める。だが、綺麗事は正論であり、故に間違ってはいないのだ。それが理にかなっていないのは事実だが、少なくとも間違ってはいないのだ。

 

 

 

「仕事の前にごちゃごちゃ考えるのは嫌いなんだ」

 

 

 

イリヤが見たその表情は、やけにくたびれた印象を与える儚い苦笑だった。

 

 

 


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