GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~ 作:A-Gyou
イリヤは、しばらく見なかった男と出会う___
正式に部隊に配属されてから、滅多に聞くことが無くなっていた単語を久しぶりに聞くことになった。
___非番
そう、非番。それは日々命を賭してアラガミ達との生存競争に競り勝つ神機使い達のための癒やしの時間。傷ついた身体を、荒んだ心を清める、唯一の時間(非リア充に限る)。闘いの時間を忘れることを許される至福の時___
のはずだが。
イリヤは非番を言い渡されたにも関わらず、ツバキ経由で支部長室への出頭を命じられ、そして今、パリッとのりを効かせたフェンリル指定の制服を身にまとい、支部長室入り口の前で突っ立っている。
表情は、緊張に強ばったものでは無く、おもむろ不機嫌と言ったところか。
気持ちは分かる。誰だって休みの時間を阻害されて嬉しいわけが無い。イリヤもその例に漏れない、それだけの話だ。
(一日中寝れると思ってたんだが……)
呼び出されたからにはさっさと用件を済ませて、パッパとと自室に戻って、チャチャッと寝る。心に固く誓い、イリヤは支部長室のドアをノックした。
『入りたまえ』
ドアの向こうから、いつぶりか分からない支部長の声が聞こえた。
「失礼します」
そう言って、ドアを開けて支部長室の中へ足を踏み入れた。赤い絨毯が血の色に見えるのは、恐らく心が荒んでいるからだろう。
直立不動の姿勢を取り敬礼。
「イリヤ2等兵は、支部長の出頭命令につき参りました」
「そんなに固くならなくて良い。楽にしたまえ」
そう言われて、いつの日かツバキに叩き込まれた休めの姿勢を取る。基本教練は1度叩き込まれたら、身体が忘れてくれない。
さて、と支部長___ヨハネス・フォン・シックザールは一息ついてから口を開いた。
「私が君をここに呼び出した訳だが、実のところこんな命令ばった形式にする必要も無いことでね……」
すまないね、と苦笑しながらヨハネスは続ける。
笑い事じゃねぇよ時間返せ、とは口が裂けたら言えないし裂けなくても言わない。勿論、態度にも顔にも出さない。
「君の家族についてのことだよ」
家族、と言う言葉にイリヤは目を細めた。
「警戒しなくても良い。治安維持部門の孤児管理責任者から君宛に用件があるそうでね。何でも、君の保護下にいた13人の子供をどの孤児院に任せるか、と言う話だったよ」
「はぁ」
どの孤児院って言われても知らねぇよ、と心の中で思うがやはり口には出さない。イリヤという男は、権力にはそれなりに反抗的だが、上下関係は心得ているのだ。不思議なことに、この2つは矛盾しない。
「とは言え、私も詳しい事情は心得ていないのでね。治安維持部門から代表者が来ているので、彼と話すと良い。入れ」
治安維持部門、彼……ん? あ! 2つのキーワードをこねくり回して繋がった答えは___
「失礼します」
入ってきたのは___
「治安維持部門から参りました。相葉曹長です」
イリヤと子供達を引き合わせてくれた、恩人とも言える青年___相葉タケシだった。あの時と変わらない顔立ち、前よりも少し伸びた髪、そして左胸の胸ポケットの部分に白いフェンリルのマークが縫い付けられた治安維持部門の制服。
「対アラガミ部門所属、イリヤ2等兵です」
叩き込まれた、上官への敬礼という鉄則が始めて活かされた瞬間。
「まぁ、ここで話すのもなんだろう。そこの面会室を使うと良い」
ヨハネスはそう言うと、支部長席の左後ろにあるドアを指した。そこが面会室なのだろう。
「ありがたく使わせていただきます」
相葉がそう言ってぺこりと頭を下げる。
イリヤもそれにならって、敬礼。
2人は面会室へ入った。
「さて、改めて。久しぶりだな」
面会室に入るやいなや、相葉が少し気を緩めた声でそう言い、イリヤと向き合った。
「どうも。あの時は本当に世話になった。感謝している」
「気にするな。それより、用件は聞いているな?」
相葉はソファに座るなり用件を切り出した。
「まぁ、ぶっちゃけうちの部門の本来の業務じゃ無いからさっさと正規の孤児院に移したいって話なんだが」
どこが良い? と良いながら相葉はイリヤに数冊のパンフレットを渡した。そのどれもが、フェンリルの息のかかった孤児院のものである。
それをみて、イリヤは顔をしかめた。
「まさかうちのガキ共をここにあるどれかに絶対に入れなきゃならんのか?」
「まぁ、俺が勧めるなら、と言うチョイスだ。ここにあるどれかじゃなければ駄目だ、と言うわけでも無い。が、ここにある孤児院以外ろくな場所がほとんどないのも事実だ」
相葉はそう口にして、ペシペシとパンフレットを叩いた。
どのパンフレットにある孤児院も『フェンリル』または『F』の文字が入っている。
渋々、それっぽいパンフレットを一冊手に取りぱらぱらとページをめくる。
「やはり、フェンリル嫌いとしては複雑、か?」
「と言うよりかは、信用できねぇってだけだ」
相葉は、イリヤの即答になるほどな、と思った。そう言えば、イリヤという男はフェンリル社会の闇と言える部分で生きていた男だったのだ。未成年、保護者無し、市民登録も成されていない。そんな最悪の条件の中で生き残ってきたのだ。今でこそフェンリルの人間として生活の保証を受けているが。
「信用できない、と言うのは我々としてはやはり苦しい言葉だな。身の程、と言うか我々の不甲斐なさを痛感させられる」
「自覚あったのか。意外だな」
「普段、俺達が暴徒鎮圧の名の下で検挙してる輩は大半が税金未納者だが……まぁ複雑なのさ」
くたびれた溜息。それを聞くと、イリヤとしては神機使いよりも治安部隊の方がよっぽどキツいだろうな、と思った。神機使いは目の前のアラガミをぶち殺して生き残れば良い。それで勝ちだ。だが、治安部隊はそうもいかない。暴徒を鎮圧して、それで終わりではない。彼等には明確な勝利条件などない。そして、勝ちがない割には常に負けることも許されず、そして守るべき市民達からは嫌われる。
「大変みたいだな、そっちは」
「神機使いだって充分大変だろう。いつも任務のときは命張ってるんだ」
「俺等は相手が人間じゃねぇからな。その分仕事もやりやすい」
パラパラ、と無意味にページをめくる音。
相葉もイリヤも別に友人というわけではない。だが、お互いに愚痴を言い合う程度には隔たりがないのも事実で。他人以上友人未満と言う奇妙な関係だった。
「どこもかしこもフェンリル、フェンリル……」
「仕方ないさ。今のところ人類の中で1番力が強い集団と言えばフェンリルなんだ。どこのどんな組織だって、その庇護下にいないとろくに機能できないんだ。孤児院もな」
相葉も分かっているのだ。フェンリルという組織が、いかに強力で、いかに内部腐敗を起こしているのか。
「アンタが1番勧める孤児院はどこだ?」
イリヤは、こう言ってはなんだが、選ぶのが面倒に感じられてとうとう相葉に投げた。
「俺が?」
パンフレットをチョイスした手前、彼も下手なことは言えない。1番好印象を抱いた孤児院の名前を思い出して、そのパンフレットを探す。
「俺としては、ここが1番だな」
そう言って渡したのは___
「ん? 何て読むんだ? ……マ……マグ……ん?」
忘れてはならない。イリヤはもとはと言えばロシア人なのだ。ロシア語圏の言語なら問題ないが、ローマ字になると全く分からないのだ。英語? 食えるのそれ? ドイツ語? クロワッサンですか? フランス語? ボンジュール? そんなレベルなのだ。そのくせ日本語が読み書きできるのは気にしては駄目だ。
「マグノリア・コンパス。子供達への生活環境も、教育環境も高水準。俺が見た中では1番好印象だった場所だ」
「マグノリア・コンパス、ねぇ……」
イリヤはその名前聞いたとき、凄ぇ胡散臭ぇ、と感じた。
Μагнолия・Компас……マグノーリヤ・コンパス……そのままの意味で言えば“木蓮の磁針”、少し洒落ると“慈愛のありか”とも言える。が、イリヤとしては。
(フェンリルのことだからなぁ……崇高な導き手、みたいな意味なんだろうな……ん?)
イリヤは、そのマグノリア・コンパスのパンフレットを読みながら違和感を覚えた。気になって、他のパンフレット数冊と見比べていく。
「どうした? 何かあったのか?」
「なぁ、ここに入っていく子供の数と社会へ出て行けた子供のデータ。どこだ?」
イリヤが気になったのはそこだった。
確かにグラフはある。だが、そこに示してあるのはあくまで、卒院者の全体に占めるフェンリルへの就職率だけなのだ。入ってくる子供に対して卒院率、就職率、それに関しては一切触れられていないのだ。
変と言われれば変である。普通は卒院者の就職率の方が気になるから誤魔化せるが。
「ん? あ、確かに。何で載ってないんだ……?」
相葉も、何か違和感を感じたらしい。怪訝な表情を隠そうともしていない。
「すまんが、そこは遠慮する。どうにも好かねぇ」
「そうか……」
「ここにあるパンフレット以外にどこか良い場所知らねぇか?」
イリヤの問いに相葉は、うぅん、と唸る。
そこで、彼はあることを思い出した。
「うちの隊に笠原ってヤツがいるんだが、そいつも孤児院の出身なんだが。多分、そこが1番アンタとしては納得できるかも知れんな」
笠原とは、相葉の所属隊の狙撃手。笠原イクのことだ。覚えている人は覚えているかも知れない。
それはさておき。
「何ていう名前の孤児院だ?」
イリヤはあまり期待していない口調で訊いた。
「ピジョンズ・ベル児童園。フェンリルの支援を受けていない民間の孤児院で、恐らく庇護下に無い孤児院の中では1番良いところだろう」
「……場所は?」
「外部居住区だが、フェンリルの保護特区の中にある。治安的な面でも安全と言える」
「なるほど。一考の余地あり、か」
イリヤはそう言うと、パンフレットの中から1番マシだと思えた孤児院の物を引き抜いて、席を立った。
「ピジョンズ・ベル児童園ってのとこのパンフレットの孤児院が候補だ。両方とも、俺が直接見に行っても大丈夫か?」
「問題は無い」
「じゃあ決まりだ」
イリヤは感謝の気持ちを込めて手を差し出した。相葉も、何も言わず、ただしっかりとその手を握り返す。
イリヤも、相葉も、“コイツとは仲良くやれそうだ”と心の内に感じていた。
そして、イリヤの直感は数年後証明されることになるが、それはまた別の話。
いやぁ、イリヤ君の直感による危機回避能力が高いw ここだけ少しチートかも知れない。
はい、久しぶりに相葉クン出してみました。
支部長が空気なのはお許しを。その内キャラ濃くなってくるはずだから……(-_-;)
あと、笠原の名前はもろにとある小説の主人公の名前を意識してます。分かる人は分かると思います。
映画も出来てるし、2部作……
これからも頑張ります!