GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~   作:A-Gyou

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病室に、事実上監禁されているイリヤ。

さて、そんな彼に訪れた来訪者は___


リンゴと来訪者

シノと2回目の邂逅を果たしてから3日が経った。

 

イリヤは、未だに包帯まみれの状態で病室にて安静___と言う建前の監禁状態___にさせられていた。

 

自分で巻き直した包帯は、特に胸やら腹やらに巻いたのが、少し緩い。別に問題があるほどに緩いわけでは無いのだが、他の部位をカッチリと巻いたせいで違和感が酷いのだ。

 

「……」

 

本当ならば、包帯の巻き直しはメディカルセンターの看護師か、どう妥協させても衛生兵にやらせるものだ。しかし、イリヤはそれを___端から見れば尋常で無いほどに___頑なに拒んだ。

 

他の人間に身体を触られるのが駄目な性格、と言うわけでは無い。勿論、それはそれで彼としても不快なことではあるのだが、それが最大では無い。

 

彼は、ただ他の人間には、家族であるあの子供達にですら背中を見せたくないのだ。

 

彼が背中に持っているもの。

 

 

それは。

 

 

かつてその背中に焼き付けた火傷痕。

 

 

見る者が見れば、その火傷がどういった経緯で焼き付けられたのか分かる。そう言う火傷だ。

 

 

(こればっかりはマジで見られたくねぇからな)

 

 

つい無意識に背中の火傷痕をなぞり、思い出したくないものを思い出しかける。

 

 

「はぁ……」

 

 

久々の重苦しい、聞いた人の気分ですら重くさせるような暗い溜息。

 

 

(クソったれが)

 

 

ついうっかり栓を緩めてしまったせいで、彼にとってある意味トラウマと言える記憶がチクチクと彼の脳裏をつつく。

 

(生きるためだったとは言え……アレは止めときゃ良かった)

 

もう一度溜息を吐いて、少し緩い包帯をなぞる。

 

(……巻き直すか)

 

そうすれば、きっと今のもやっとした不快な気分も吹き飛ぶ、と信じ込もうとする自分がいる。きっと気分が晴れるはずだ、と。

 

 

 

さて、と一息入れたときだった。

 

 

 

___コンコン

 

 

 

ドアがノックされた。

 

 

慌てて患者用の上着を羽織る。

 

 

(誰だ?)

「……どうぞ」

 

 

警戒を極力隠した声。

 

 

ガスが抜けるような音と共にドアが開いた。

 

 

入ってきたのは。

 

「……お見舞いよ」

 

いつも通りのネコパーカーを着たミコトだった。その手には赤い果物___確かリンゴだったはず___がある。こんなご時世にまた随分と贅沢なもんが出てきた、とイリヤは思わずにはいられなかった。

 

ミコトは、特に何を言うわけでも無く、彼の右側にある面会者用の椅子に静に腰掛けた。

 

「……調子はどうなの?」

 

少ししてから、おもむろにミコトが口を開いた。彼女の右手はリンゴを弄んでいる。いつも通りか、それ以上に声に覇気が無いように感じた。

 

「せめてもう少し自由にさせて欲しぃい゙!?」

「黙りなさい……!」

 

全てを言い切るまえに、ミコトがイリヤの鼻を思いっきりつまんだ。流石遠距離神機使い、人差し指と親指にかける指圧が尋常で無いほどに強力だ。

 

つまり、ばちくそ痛い。

 

「……凄ぇ痛ぇんだが?」

 

鼻をつままれた状態でもとりあえず冷静に痛みを訴える。痛いのは慣れっこだ。褒められたことでは無いが。

 

「……舐めたこと言うからよ」

 

「……ゴメンナサイ」

 

「酷い棒読み」

 

そう言うと、彼女はパッと彼の鼻を解放した。まだつままれていた部分がジンジンと痛む。

しかし、さっきのやり取りの中でイリヤは少し違和感を感じていた。気のせいかも知れないので何も言わないでおくが。

 

「……どうしてまた急に?」

 

「別に? 暇だったし、ほんの気紛れ」

 

いつも通りの、少し素っ気ない感じの態度。しかし、イリヤはそれぐらいの方がやりやすい。踏み込まず踏み込まれずの間合いが、他人と接するには一番おさまりが良いのだ。

 

「その割に随分豪華なもん持ってんじゃねぇか」

 

しかし、どうしてもミコトの右手にあるリンゴが気になってしまう。もはや不可抗力だ。 

 

「目敏いわね……」

 

「じゃあ隠せ。俺が目敏いんじゃ無くて、お前のそれが明ら様すぎなんだよ」

 

そう言うと、ミコトはぷいっと顔を逸らしてしまった。

 

「別に良いでしょ? お見舞いなんだし、手ぶらで行くのも何だか気が引けたのよ」

 

(おぉ、うちのガキが何か恥ずかしがってるときみたいな反応するな……)

 

そんなことを考えていると、サリサリと聞き慣れない音が聞こえ始めた。

 

(? 何の音だ?)

 

明らかに音源はミコトなのだが、ミコトが何をしているのかはサッパリ分からない。何せ背を向けられているのだ。

 

「……何してんだ?」

 

「……少し待ってて」

 

風情もへったくれも無い淡々とした会話。

それでも、何となくそれだけでその場の空気が良い感じにおさまってしまう。

 

サリサリ。

 

サリサリ。

 

ミコトが何をしているのか分からないが、多分自分には無害なことだろう、と思って何も言わないでいる。

 

 

___しばらくして

 

 

「……できた」

 

 

はい、と言って彼女がイリヤに差し出したのは、どこから用意したのか分からない皿とその上に盛られた綺麗に切り分けられたリンゴだった。

 

 

「……はい、どうぞ」

 

「……」

 

 

世の中珍しいこともあるものだ、とイリヤは半ば冗談めいた思考で考えた。が、しかし。イリヤは、1つ気がかりな、気に食わないと言っても良い、ことがあった。

 

(やっぱり、少し目ぇ濁ってんな……)

 

さっきもそうだったし、今もちらっと見えたが、今のミコトの目つきはイリヤにしてみれば気に入らないものだった。

 

(何つぅ辛気臭ぇ目をしてんだ)

 

皿の上に盛られたリンゴが、ほんの僅かに震えている。きっと、それは気のせいでは無いのだろう。

 

「……ほら、早く食べなよ」

 

「……嫌なことでもあったのか?」

 

言葉などいくらでも選びようがあったが、イリヤはあえてど直球な言葉を使って訊ねた。ミコトの肩が、確かに揺れた。

 

(……なるほどな)

「まぁ1口もらうぞ、と」

 

口に放り込んだ一切れのリンゴは、随分と水っぽくて緩い歯応えだった。不思議とそれを不味い、美味しくない、とは思わなかったが。

 

ミコトは、先のイリヤの一言を聞いてから何も話さない。

 

 

(やべぇ、ど真ん中の図星だったか……)

 

 

無言の中、イリヤの咀嚼音だけが響く。

 

 

口の中に放り込んだ果肉が、原形をとどめないほどに噛み砕かれたころ、ようやく飲み込んだ。そう言う種類なのか、甘みよりも酸味の方が勝っていた。

 

 

ミコトは、未だに何も言わない。

口を開こうとする気配すら見せない。

 

 

イリヤも何も言わずに、黙ってもう一切れ取って口に放り込む。やはり、酸味の方が強い感じだ。

 

 

声の沈黙と、物の咀嚼音。

 

 

ハッキリ言って居心地が悪い。

イリヤとて、自分が言ったことを棚上げするつもりは毛頭無いが、やはり居心地が悪いものはどうしても悪い。

 

 

「ミコト」

 

 

イリヤは彼女の名前を呼ぶなり、おもむろに一切れつまんで彼女の口に押し込んだ。

 

 

「むぐ!? んん!? 酸っぱい!!」

 

 

前触れが全くなかったイリヤの暴挙に、戸惑いと羞恥を覚え、そして口の中に突撃してきた予想外の酸味に、悶える。

 

 

「とりあえず一緒に食べよう。悪いことは言わねぇから、な?」

 

 

ミコトは軽くジト目でイリヤを睨みながら、むぐむぐと酸っぱそうな表情を浮かべながら咀嚼を続ける。普段がやたらと寡黙なイメージだけあって、そう言う表情をしていることに意外性を感じる。

 

「……セクハラ」

 

「いや、まぁ……スミマセンデシタ」

 

ミコトの至極まっとうな非難に、流石のイリヤも拙いな、と感じた。だが、ミコトがちゃんと口を開いてくれたので、彼としては結果オーライとしたいところだ。

 

「うぅ……酸っぱい……甘いはずなのに……」

 

どう言うわけか、イリヤは目の前にいるミコトという女性から少しアホの子の気配を感じ取った。いや、間が抜けているのか。どっちにしろ、ろくな評価では無い。

 

「本物のリンゴを食べたのが初めてだからな。こういう物かと思ってたんだが……違ぇのか?」

 

「……甘みが強いって書いてた……」

 

なるほど、恐らく彼女はノルンか何かで先にリンゴに関して情報を得ていたのだろう。そこから芽生えた先入観に対して、今現実のリンゴは酸味の方が強いから、ショックを受けているのだろう、と彼は考えた。

 

(アホの子か)

 

すぐ横でしょげているミコトに、この上ない物珍しさを感じながら、かなり失礼な評価を付け加えた。

 

 

「で? 改めて訊くが、何かあったのか?」

 

 

少し経ってからイリヤは訊いた。

やはり、どうしてもそれだけは気になってしまうのだ。お節介だ、とは自分でも分かっているのだが。

 

 

「……まぁ、その。アタシの所属部隊が編成を解かれちゃってね。私とリーダー以外にまともに戦える隊員がいなくなっちゃってさ」

 

 

まるで心底どうでも良いような話をするような口調だな、とイリヤは思った。

 

 

「リーダーの方はこの間リーダーが殉職した第4部隊の隊長として移動したんだけど、アタシがね___」

 

 

______第1部隊の要員になったのよ

 

 

さっきまでの無関心無感動のお手本のような口調とは打って変わり、かなり沈んだ声。そして、イリヤは前に彼女と交わした会話を思い出した。

 

 

 

 

___第1部隊はどうなんだ

 

 

___それは……まぁ、アタシの方が少し避けてるのかな。うん、多分そうなんだろうね

 

 

 

 

(コイツがわざわざ負い目作るようなことしでかすとも考えにくいんだがな……)

 

彼が考え得る限りでは、第1部隊の古参メンバー___リンドウ、サクヤ___他にもいるだろうが、そのあたりと何かあったのだろう、としか予想が立てられない。

 

少なくとも、自分とコウタはミコトよりも後の入隊になるから、確実に無関係だ。

 

(これは……訊こうにも訊けねぇな)

 

少なくとも、ミコトと旧第1部隊との間で、良いことが起こった、とは考えられない。

 

「……酸っぱい……」

 

ミコトがもごもごと口を動かしながら、呟く。    

 

「これはこれで良いんじゃねぇか?」

 

 

しばらく、2人の咀嚼する音だけが響いていた。

 

 





少しくどいですが、ちゃんと続けますよ!
バースト編まではちゃんと足掻きますよ!!

応援よろしくお願いします!

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