GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~ 作:A-Gyou
封印を解かれた記憶の渦。
その濁流の中に、イリヤは何を見るのか___
まず最初に芽生えた感情は苛立ちだった。
何故かは分からない。ただひたすらに、苛々が心の底からわき上がってくる。
次に感じたのは、怒りだった。
歯ぎしりを堪えなければならないほどに、激しく身を焼くような怒りが燃え上がる。
そして、段々と音が聞こえ始めた。
いや、これは音では無い、と何故か分かった。
これは声だ。
ハッキリと意味をなすほどに聞こえるわけでは無いが、数多くの声は遠いところから、何かを言っている。十中八九ろくな事じゃ無い。何を言っているのかは聞き取れないクセに、それらの声を聞く度に怒りが増していくのだ。
その声達は徐々に、その姿を明確に、大きくしてくる。
そして最初に聞こえたのは___
『チッ、またアイツだ』
何のことだ、と思った瞬間。
___ズキッ
「っ!」
___ズキッ、ズキッ
彼を襲う痛みに構わず、声達は次々と流れてくる。
『流石元殺人鬼だ』
『ムカつく目つきしてやがる』
『ねぇ知ってる? あのヒト大量殺人鬼なんだって! しかも、女の人とか小さい子供ばっかり殺すようなクズ』
『あ~あ、殺人鬼が同じ場所で食う飯はクソ不味いなぁ!!』
『何でアイツ死なねぇんだよ……』
『あの新入りホントに消えて欲しい』
『同期に喝上げするようなヤツなんだろ?』
『いなくなれば良いのに』
『アイツが来てから負傷率上がってねぇか?』
『疫病神だな』
『死ねよあのカス』
『死んじゃえ』
『消えろ』
『死ね』
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
___止、め……ろ
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ねしねしねしねしねしねしねシネ
シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ
___止め__てく_れ
シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ
シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ
シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ
シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ
___頭__が潰_れそ__う_だ
シネヨオマエ
___ブチリ
頭の中で何かが切れた。
その途端、憎悪とも言える汚濁した感情が、怒濤の勢いで溢れてきた。
___うぜぇな畜生
浮かぶ言葉は、ただそれだけ。
しかし、その言葉の中に秘められた激情の密度は計り知れないほどに濃い。
___俺が何をしたんだ
それは心の訴え。イリヤの悲鳴。
___黙れよ畜生が
それはイリヤの怒り。
___あぁ、うぜぇな畜生
それはイリヤの___。
・・・
その時、イリヤは全ての記憶を思い出した。
汚濁しきった、醜悪な記憶。初めて命の危機を、死を感じたときの記憶。彼の心を陰鬱に塞ぎ込ませるような記憶の濁流。
___あぁ、死にたくなってきた
穢れきった記憶と、感情の渦に呑まれ溺れる。足掻く気力さえ一瞬にして根こそぎ削られる。
そして、あの日を思い出した。
暴力の権化。雷獣ヴァジュラ。
そうか。そう言うことだったんだ。
イリヤは、悟った。
・・・・・・・・・・・・・
なるほど、俺は“狙ってあの状況に陥れられた”わけだ。なるほどな、それほどに俺は嫌われてたのか。
なんだ。もうどうでも良い。
生きるも死ぬも、好かれるモ嫌われるモ、もう全てがどうでも良い。考える気も失せた。
全てが、どうでも良くなる。
____あぁ、もうどうでも良い
どうでも良いから、死んでも良いんじゃねぇか
どうせ誰も俺が死んだところで気にしねぇだろ
皆あんなに俺に死ねっつってたんだし、良いや
素手で自殺する方法もあった。思い出せたんだ
_____死んでも、誰にも迷惑かけねぇだろ
イリヤは、何も言わず静に、自分の喉を掴んだ。
一気に握力をかけ、喉を握り潰しにかかる。
「っ! がっ!」
苦しい。でも、一瞬だ。そう思えば楽だ。
更に力を増す。
(ゴッド___イーターは握_力も凄ぇ__な)
徐々に視界が霞んでくる。喉の奥から、血の臭いが逆流してくる。痛い。頭がぼぅっとする。苦しい。息が出来ない。
苦しい。
当たり前じゃ無いか。
何でだ?
お前が望んだことだろ。
何を?
自分で死にてぇって思ったんだろ?
だからそうしてるんだろ?
だったら苦しいのは当たり前だ。
薄れていく意識の中、変な自問自答を繰り返した。自分は一体、何を躊躇しているんだ? 死にたいんだろう? なら何も間違ったことはしてねぇだろうが。
だが、確かに死ぬことを躊躇している自分も確かにいるのだ。
死にたいんだろ? 死ねば良いじゃねぇか。
頭ではそう分かっている。分かっているのに、すんでの所で最後の力を入れることが出来ない。
何でだ? 何を嫌がってるんだよ?
分からない。
死にてぇから死ぬんだろ。何も間違っちゃいねぇ
分からない。
何が分からねぇんだ? 別に何もおかしくねぇぞ
分からない。
分からないが、まだ死にたくない。
違う。
・・・・
まだ、死ねない。
そうだ、思い出した。自分で決めたことじゃねぇか。何で忘れてたんだよ。
畜生、これはこれでムカつくな。
そうだ、そうだった。
この世に生まれたからには、死ぬその時まで生き延びる権利があるんじゃねぇか。
自分で死ぬなんて、選べるわけねぇじゃねぇか。
黒く濁った記憶の隙間から、光を見出した。
そうだ。
大切な記憶だってあるんだ。忘れちゃならねぇ、宝物見てぇな思い出だって、ちゃんとある。
家族がいるんだ。
仲間がいたんだ。
相棒だっている。
埋もれてしまうほどに少なく、小さな光。押し潰されるほどに儚い、大切な宝物。
・・・・
それでも、あるんだ。
俺にだってあるんだ、大切な記憶が。
俺が死んで困るヤツが、ちゃんといるんだ。俺が死んで悲しむヤツがいるんだ。
だったら。
だったら____
『こんなんで死ねるかってんだ』
イリヤは、そっと喉を掴む手の力を緩めた。
「ぐっ! ___ゲホッ、ゲホッ……ゲホッ!!」
血の臭いを感じながら、一気にむせた。新鮮な空気が気管を通り抜け、肺に行き渡る。息をする度に、喉の中がヒリヒリと痛む。
「あ゙あ゙、い゙でぇぇ___ゴホッ、ゲホッ」
「___当たり前よ、馬鹿」
そこには、涙を溜め、苦しそうに顔をしかめているシノが立っていた。涙に潤んだ目は、まるで冷え切った石のように冷たく見える。
と、その顔に段々と怒りが滲み出てきた。
「痛いなんて___痛いなんて、そんなの当たり前よ!! 馬鹿じゃ無いの!? 何勝手に死のうとしてるのよ!? 何でなのよ!! 馬鹿、ホントに馬鹿よ!!!!」
怒濤の剣幕に、流石のイリヤもたじろぐ。
だが、シノの様子は変わっていた。
「だから言ったのにぃ………バカァ……!!」
シノは、泣いていた。
不思議と、イリヤの目にも涙が浮かんでいた。そして、イリヤはすぐにそれが自分の涙では無い、と悟る。
ただ、シノが泣いている。
それだけなのだ。
「……すまん」
イリヤが謝罪の言葉を口にすると、シノはキッとイリヤの目を睨んだ。
「別にね! イリヤの心が壊れようが何も問題無いのよ! 私がイリヤの記憶をどうにでも出来るんだもの! イリヤの心の傷も、忘れさせてあげられるんだもの! でもね! イリヤが死んじゃったら、私は何にも出来無くなっちゃうの!! 忘れさせてあげることも、思い出させてあげることも、何も出来なくなるの!!」
一通り怒鳴って、息を入れ直す。
そして___
「もう私を、1人にしないで!!!!」
その言葉を聞いた瞬間、イリヤは脳天を突き抜かれたような衝撃を感じた。
目の前の少女は泣いている。
___そうだった。
そうだった。シノは、長い間独りぼっちだったのだ。誰にも触れられず、誰の記憶にも残らず、ただ独りぼっち。挙げ句の果てに“ミナシゴ”と呼ばれ忌み嫌われるようになった。
彼女は何も悪くないのに。
彼女は、1人になることを、誰からも忘れられることを、誰にも触れられないと言うことを、何よりも恐れているのだ。
「悪かった、シノ」
目の前で泣き崩れる少女を優しく抱きしめた。
「ばかぁ……イリヤのばかぁ……! このアンポンタン……おたんこなすぅ……あほぉ……!!」
・・・
「……流石に言い過ぎじゃねぇか?」
「あ……!」
シノの表情が、嬉しさに染まる。
「ちゃんと思い出したぜ。シノ」
シノは、イリヤの胸に顔を埋めて、喜びを全身でアピールしていた。
あぁ、そうだった。
シノの名前。シシェノーク___仔犬だった。
(まんま仔犬だな)
きっとシノに尻尾がついていたら、今頃千切れんばかりの勢いで振っているに違いない。
そんなイメージがやけにリアルすぎて、イリヤは少し吹いた。
あぁ、どうしよう。
最初のときに予定していたよりも、シノが可愛くなってしまっていた(多分作者バカw)
別にシノをメインヒロインにする気は無かったんだが、困った。インパクト強すぎる……
頑張ってみます!!!!