GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~   作:A-Gyou

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記憶を失ったイリヤ。

そして、人の身体を得たシノ。

導かれるように出会った2人は___


迷路と邂逅と無くした記憶

「ん?」

 

アナグラ内に___全く褒められたことでは無いが___自分が勝手に敷き詰めたセンサー類の中に、気になる反応を見つけた。

 

「……んん??」

 

身を乗り出して画面を食い入るように見る。

反応は、一瞬現れてはロスト、一瞬現れてはロストを繰り返している。しかも、しっかりと移動しているのだ。

 

「……これは一体…?」

 

しかし、榊の注意を引くことは、反応の怪奇的な出現と消失の連続では無い。いや、それも充分に彼の興味を引く事象ではあるのだが、彼をそれ以上に釘付けにさせることがある。流石に彼も、最初はシステムがエラーを起こしたと考えた。しかし、どうもそうでは無いらしい。反応は、ちゃんとアルゴリズムに則った動きをしている。

 

 

そして、その正体は___

 

 

 

「___神機……?」

 

 

 

いや待て、それはおかしい。いかなる現象に対しても寛容な対応を取る榊も、流石に今回ばかりはいきなり“おかしい”と断定してしまった。だってそうだろう? 神機の反応が独りでに動き回っているのだ。神機が、他のアラガミと同じように脚を持っていたり、独自の移動手段を持っていたのならまだ分かる。しかし、実際はそんなものを持ち合わせてはいない。神機が単独で動き回ることなど、あり得ないのだ。

 

榊は、光学映像、熱源映像、赤外線映像の3種類の映像データを自身の情報端末に出力させる。

 

結論。

 

何も映っていない。

 

「……どういうことなんだ?」

 

どの映像にも何も変なものは映っていない。しかし、センサー類は言っている。“何かいる”と。

 

(システムエラーか……?)

 

しかし、と考える。その可能性はきわめて低い。何故なら、このシステムはエラーを起こすほど高負荷でも無く、複雑でも無いからだ。単に、センサー類から得られたデータを自分の情報端末に送る。それだけのシステム。下手なサイバー攻撃対策などしていない。センサー単独で見るならいささか面倒な作りのものもあるが、それでも、だ。

 

つまり、今この段階で一番有力な説は、“何かがいる”と言う話に落ち着く。

 

「この反応は……」

 

念のために、現在のアナグラの全ての神機の運用状態を確認する。任務で出払っているもの以外は、確かにアナグラの神機保管庫で厳重に保管されていた。

 

しかし、アナグラの中を動き回っているこの反応は、確かに神機の反応だ。

 

しかし、神機の反応、と言うだけであって誰の神機なのかは判断が出来ない。そもそも、本当に神機なのかどうか、この現象が本物なのかどうか、等と疑うべき部分はいくらでもある。

 

(これは……)

 

その時だった。

 

榊の情報端末の画面の一番手前に、新しい画面が出力された。『緊急』のタグが点滅している。

 

そして___

 

 

『榊博士、大変です!』

 

画面に映っていたのは、楠リッカと羽黒ミコト、藤木コウタの3人だった。

 

『イリヤ君が! イリヤ君が、病室からいなくなりました!!』

 

「何だって!?」

 

 

 

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包帯にぐるぐる巻きにされた身体に患者用衣服をまとったまま、彼___イリヤは“何かに会いたい”と言う、少なくとも自分のものでは無い声、に従って動いていた。

 

“何かに会いたい”

 

何にだ?

 

“何かに会いたい”

 

どうして?

 

“何かに会いたい”

 

お前は誰だ?

 

自分の中から滲み出てくる欲求に、心は懐疑的な態度でいるものの、身体は“どこかに行かなければ”と言う強迫観念にも似た本能によって動く。

 

落ち着かない。

 

何かに会わなければならない、と頭の中でその感覚が訴えかける。しかし、その何かとは何か、となると自分でも、勿論頭の中で訴えかけてくるソイツにも分からない。

 

 

したいことがあるはずなのに、それが何か分からない。その苛立ちと焦燥感。

 

 

“何かに会いたい”と言う思いが、果たして自分の感情なのか、それとも自分で無い誰かの欲求なのかすら、もはや分からなくなっている。

 

しかし、身体はハッキリと何かを探し求めている。

 

(何なんだこの気持ちは……?)

 

身体を動かしているのは誰だ? 俺か? それとも違うのか? そんなことですら分からなくなる。

 

まるで、その“何か”に恋い焦がれているかのような胸の苦しみ。とてつも無く切ない気分になる。

 

彼の心では無いが、確かに彼の内側にいる何かが望んでいる。そして、いつの間にか彼自身も、その感情に同化してしまっている。

 

 

「何なんだよ……?」

 

 

身体は、何かに吸い寄せられるように、彷徨い続ける。まるで夢遊病者の気分だ。自分の意思では無いのに、何故か勝手に身体は動く。

 

そして何よりも気持ちが悪いのは、本当に自分の意思では無い、と言いきれない心のモヤモヤがあることだ。

 

どこに行きたいんだ?

 

問うても、誰も応えない。

 

何を探し求めているんだ?

 

誰に問うているのか分からない。

 

問うているのは自分なのに。問いかけの相手も自分のはずなのに。まるで自分に問うているという実感はわいてこない。

 

(何が欲しいんだ、俺は?)

 

もう一度問うが、それでもやはり何も応えてくれない。得体の知れない不安が彼を蝕む。

 

         ・・・

(何が欲しいんだ、お前は!?)

 

 

その言葉を導き出したとき。

 

 

何故か唐突に、自分が何に会いたいのか、理解した。

 

 

 

 

   あぁ、“シノ”に会いたいのだ、自分は。

 

 

 

唐突に出てきた“シノ”と言う言葉に戸惑いを覚えたが、しかし彼は自分がそれを望んでいると言うことには一切疑いが持てなかった。

 

途端に、イリヤは自分がどう歩くべきか悟った。

 

 

頭では、何も分かっていない。

でも、身体は理解している。身体は動く。

 

 

そして___

 

 

 

 

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シノは彷徨っていた。仔犬のように。

 

ジクリ、ジクリ。蝕むような胸の痛みに耐える。開いた穴は塞がらない。

 

「イリヤに……会わなきゃ……」

 

熱に浮かされたような、ぼんやりとした声。

 

呼吸が、乱れる。

 

まるで本能のようだ。自分の心___という言い方も何だか変だが___それが望んでいるわけでは無い。でも、確かに“行かなければならない”と言う衝動が、彼女を動かしている。

 

「どこなの? イリヤ……?」

 

彼に会って自分がどうしたい、と言う欲求は全くわいてこない。それでも、何故か彼を探し求めている。

 

不安にも似た感情が、胸を押し潰しそうになる。

 

苦しい。辛い。悲しい。

 

でも何で? どうしてそう感じるの?

 

分からない。分からないが、そう感じる。

 

自分が、彼に何を求めているのかが分からない。自分が彼に何をしたいのかも、全然分からない。

 

でも、今、この気持ちと欲求は本物なのだ。

 

 

イリヤに会いたい。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……イリヤぁ……」

 

 

自分が何を求めているのか分からなくなって、頭の中がグチャグチャになる。

 

 

仔犬は彷徨う。

衝動に抗えず。衝動を疑わず。

 

 

 

そして___

 

 

 

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      そして2人は再び出会った

 

 

 

「! イリヤ……!」

 

シノは、イリヤを見つけた途端に表情が明るくなった。それが何でなのかはシノ自身にも分からない。でも、理由も無く嬉しい気持ちになったのだ。

 

「お前は……」

 

彼は、何故か彼女の顔を知っている気がした。

 

自分が知っている、とは違う。少なくとも、覚えている限りでは彼女の顔を見たことは無い。

 

それでも、覚えている気がした。

 

 

「……シノ、なのか?」

 

 

淡い黄色を帯びた銀髪。陶磁器のように白くキメの細かい肌。血のような赤さを孕んだオレンジ色の瞳。女性的な細さと柔らかさを帯びた身体の線。胸の中心から、やや左側の部分にぽっかりと空いている、穴。病的なイメージを醸し出す、薄手の白いワンピース。

 

 

全て、記憶には無いはずなのに、覚えている。

 

 

あぁ、間違いない。彼女はシノなのだ、と。

 

 

「イリヤ……! イリヤぁ……!」

 

 

シノは、内からわき出てくる嬉しさのあまり、彼に駆け寄って、抱きついた。

 

 

「っ!?」

 

 

ぱっと見て“可愛らしい顔立ち”と言う印象を抱いた少女にいきなり抱きつかれて、動揺する。

 

抱きつかれるようなことをした覚えも無いし、そもそもそんな経験が無い。無いだけに、今の状況は1人の男としても非常に苦しい。

 

 

「ま、待て! 離れてくれ……」

 

 

まだ余力を残していた理性を動員して、抱きつくシノをどうにか引きはがす。意外と彼女の力が強かった。

 

 

「? ……イリヤ……?」

 

 

彼女は、不安げな表情でイリヤの様子をうかがう。小首をかしげ、眉を八の字にしてしょんぼりした雰囲気に、場違いにもまた“可愛い”と感じてしまう。

 

だが、今の彼にはそれよりも重要なことがある。

 

 

「お前が……シノ、なんだな?」

 

 

確信を持ちきれていない声。それを聞いた途端に、シノの表情が時を止めたかのように固まった。

 

 

「すまないが、記憶に無いんだ。確かに、俺はお前のことを知っている。だが、本当に思い出せない。お前が俺にとって何なのかも、そもそも俺自身のことですら思い出せないんだ」

 

 

そう言った途端、彼女は何かを理解した様子を見せた。固まっていた表情が、落ち着きを取り戻す。

 

 

「何て言ったら良いのか……本当に覚えてなくて。いや、シノのことは何か分かるんだ。記憶には無いけど、知ってるって言うのか……申し訳ない、上手く説明できない」

「いや、イリヤがどう言う状態なのかは分かった。大丈夫、安心して」

 

イリヤの謝罪が言い終わるのとほぼ同時に、シノが言葉をかぶせた。

 

大丈夫私は分かっている、と。

 

イリヤは、シノのその言葉を聞いて怪訝な顔をした。何が大丈夫なのか、何が分かっているのか、と。信頼できるような気はしたが___おもむろシノがイリヤを欺すメリットが思い浮かばなかっただけだ___何にせよ完全に信じ切ることは到底出来ない。

 

だが、次のシノの言葉で、尚怪訝な顔をする羽目になる。

 

 

「実はね、イリヤは1度死んでるの」

 

 

は? と思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 

自分が1度死んでいる、と言われて素直に、はぁそうなんですか、と納得できる人間が、この世の中に一体どれだけいるだろうか? まずいない。

 

 

「何か前に見たときと口調が変わってるなぁ、とは思ってたんだけどね。そう言うことなら納得できる」

 

「待ってくれ、1度死んでいるって言うのはどういうことだ? 意味が分からない。確かに記憶は無くしたみたいだが、俺は今も息をしてるし、心臓も動いてる。ちゃんと生きているんだぞ?」

 

イリヤは、彼女が何を言っているのかサッパリだった。自分が1度死んでいる、と言われても今現に生きているでは無いか、と返してしまう。

 

「じゃあね、いくつか確認しても良い?」

 

仕方ないご主人だなぁ、と苦笑しながら、至って平坦な声で訊いてきた。

 

「何だ?」

 

「変な夢見た?」

 

そう言われて、イリヤは真っ先に1つ思い当たるものを思い出していた。そう、自分の口の中を噛んだ痛みで目を覚ました、あの日の夢だ。

 

「ああ」

 

「どんな内容だったか、訊いても良い?」

 

どんな内容だったか、と訊かれてイリヤは少し考え込んだ。胸くそ悪い夢だった、と言う印象は覚えているのだが、詳しい内容となると、ハッキリと思い出せない。

 

「すまない、忘れたみたいだ。だが、少なくとも良い気分になれる夢では無かった記憶がある」

 

「アバウトすぎる気もするけど、まぁ間違ってはいないよ。その夢、私の記憶だもの」

 

またしても、イリヤは怪訝な顔をした。

だが、シノはそれをスルーして次の質問を投げかけた。

 

「時々、胸が痛むことは?」

 

「しょっちゅうだ」

 

イリヤは即答する。むしろ、胸が痛まない日は目を覚まして以来1日と無い。

 

「それも、私の胸の痛みと共鳴してるのよ。イリヤが感じているのは、どんな痛み?」

 

「どんな……苦しい、辛い、悲しい……何て言えば良いんだ、そう……例えるなら……侵蝕されるような痛み?」

 

「___ジクリ、ジクリ。そんな感じじゃ無いの?」

 

全てを見透かしたような声。だが、それよりも例えの正確さにイリヤは食いついた。

 

「そう、それだ! いや待て、何で分かるんだ?」

 

「だから、その痛みは私の痛みに共鳴しているだけなのよ」

 

信じられない、未だにイリヤはそんな顔をしている。

 

「夢の内容も、きっと女の人の声が聞こえていたはずよ」

 

そう言われれば、確かにそんな気がする。

 

「まぁ、それがイリヤが1度死んで、それを私が生き返らせた根拠。あなたが一瞬死んだときに、私がほとんど反射的に、イリヤの身体の中に私の一部を流し込んで、無理矢理蘇生させたの。覚えてない?」

 

「……分からない」

 

イリヤは、そう言って首を横に振る。

 

「まぁ、とにかく私がそう言う手段を使ってイリヤを蘇生させたから、イリヤの身体の中にも私の身体の一部___オラクル細胞の方が分かり易いかな、それがあるの。だから、私の記憶や感覚に共鳴して、あなたは夢を見たし、毎日胸を痛ませているの」

 

一通り話は聞いた。イリヤが聞く限りでは、確かにつじつまは通っている。その説明なら、自分が訳の分からない胸の痛みに苛まされる理由も、あの日見た夢のことも、納得は出来る。納得は出来るが、それでもにわかには信じがたい。それがイリヤの結論だった。

 

「俺が死んだ根拠は1つも見当たらないんだが?」

 

それを聞いた瞬間、シノはう~んと難しそうな顔をした。いや、確かに彼の言いたいことはシノでも理解できた。自分が話したのは、あくまで何で変な夢や胸の痛みを感じるのか、その根拠だけだ。死んだという証拠になるようなことは、1つも言及していない。

 

しかし。

 

「無理矢理思い出させることは出来るんだよ?」

 

そう、確かにそれはしようと思えばいくらでも出来る。だがしかし。それでも。彼女はそれをためらう。

 

「えっとね? 今でも、やろうと思えばイリヤの死ぬ直前の記憶どころか、死ぬ前の記憶も全部引き出せるのは引き出せるの。でも、それにイリヤが耐えられるの?」

 

どういうことだ、とイリヤは首をかしげた。

 

ここで重要なことは、イリヤは前の記憶を失っているが、シノはイリヤが自分の主になったその時から、イリヤの気持ちや行動などを全て覚えている、と言うことだ。そして、シノが懸念しているのは、イリヤが記憶を失う前の彼自身の話。

 

少なくとも、彼女が覚えている限りでは、彼は自身の中にストレスを溜め込み、それをシノという神機を経由してアラガミにぶつけていた、と言う記憶がある。あぁ、あの時は散々痛い思いしたなぁ、と場違いに思い出にふけるが問題はそこでは無い。あの時のストレス___具体的に言えば怒り、苛立ち、苦しみ、しかも尋常で無いほどに積み重なったそれらを今のイリヤに突然思い出させて、それでイリヤが正気でい続けられるかどうか。

 

シノにはそれが心配だった。

 

「イリヤはね、死ぬ直前まで自分の中に溜め込んでいたストレスに押し潰されそうになってたの。しかも、私にも分かるほどに分かり易く。そんなに酷いストレスを、今ここで思い出させたとして、イリヤは正気でいられるの? 今度こそ壊れちゃうかも知れないんだよ?」

 

本気で心配している様子のシノ。その目は、まるで調子の悪いご主人を見る仔犬のように不安を滲ませていた。

 

イリヤは何も言えなかった。

 

何となくだが、怖い、とすら感じていた。

 

死ぬ瞬間のことを思い出すのもそうだが、シノがそんなに心配するほどに自分が追い詰められていた、と言うその時を思い出すことに躊躇してしまう。

 

だが。

 

それでも。

 

今は思い出すことが出来ない大切な記憶もあるはずだ。

 

それこそ根拠は無いが、確信はあった。

 

きっと忘れてはならない、大切な記憶もあったはずなんだ、と。

 

ためらいが無いとは言わない。

 

やはり、怖いものは怖い。

 

それでも。

 

 

 

_____良い、思い出させてくれ

 

 

 

それが神機の定なのか、それともシノという神機の性格なのか。

 

 

「分かった」

 

 

その声が聞こえた瞬間____

 

 

 




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