GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~ 作:A-Gyou
誰にも、止めることも出来ない。
「おい、アイツだ」
「チッ、気分悪ぃな」
「流石元人殺し、か。むかつく目つきだ」
またか、と思いつつ左の耳から聞き入れて右耳から抜けていく。
「アイツと一緒の場所で飯食ってたら不味く感じるぜ」
「あーあ、殺人鬼と一緒の飯かぁ! 俺達の立場も随分悪くなったな? それとも殺人鬼が偉い世の中に変わったのかぁ??」
「ただでさえ不味い飯が喉も通らなくなっちまった」
影口にすらなってねぇぞ、情緒を半分ほど切り捨てた思考で冷静に突っ込みを入れる。
イリヤを取り巻く環境は、ほぼ最悪といって過言では無い状況であった。アナグラにいるほとんどの神機使いが彼の顔を見るなり、明らかに嫌そうな顔をする。前までは陰口と言えたものも、今では本人がいるのを分かった上でわざと聞こえるように言っている傾向がある。
(あ~、うぜぇな……)
久しく忘れていた荒んだ言葉も、今では常習的に使うようになってしまったあたり、イリヤ自身嫌気がさす。
だが、わざわざ態度に出すことはしない。そこで態度で示せば、もっと悪い方へと時点が進むと、直感的に理解しているからだ。
せめてもの救いは、誰も直接手を出してこないことか。そこだけは、自分に着いた“元殺人鬼”のあだ名に感謝する。そのあだ名のおかげで、下手に手を出したら酷い目に遭う、と向こうが勝手に思い込んでいるのだ。
(手前ぇらが付けたあだ名だろうに……)
内心で小馬鹿にする。
「あ~、やっぱりうぜぇな」
つい口をついて出てしまった、内心の悪態。
しまった、と思ったときにはもう遅い。
結構ハッキリとした声で言ってしまったから、他の神機使いや職員達にもしっかりと聞き取られた。
周囲が一斉にざわめく。
(あぁ、やっちまった)
若干の後悔を感じながら天井を仰ぐ。
(自分で自分の首を絞めるって、バカか俺は)
どうしようもない自己嫌悪に陥りながら、彼は席を立って食堂から逃げるように出ていった。
新人フロアの長椅子に座り込む。
頭を垂れているのは、常日頃のストレスに加えてつい先ほどの失言によるものだ。
「……やっちゃったわね」
いつの間にか目の前に立っていたのは、羽黒ミコト。特に感慨を含めていない声と目でイリヤに接する。
「気兼ねなくため息が吐けると思ったんだが」
「それは残念。ため息はまた今度ね」
そう言って、彼の隣に座る。
「……皆のアンタの心証、かなり酷いわよ」
「知ってる」
「……任務、行く?」
「前ので盛大に神機壊して今の俺は役立たず」
「あぁ、そう言えばリッカちゃんにも凄く怒られてたわね。“もっと神機を大切にしてあげて”って」
「……そう言えばまだ神機の名前つけてねぇ」
(相当キてるみたいね)
なんの脈絡もない言葉を紡いでいるイリヤの姿に、ミコトはそんなことを思った。最近ただでさえ抑揚のない口調になっていたのが、更に酷くなり、そして会話の脈絡ですら危うくなったとあれば、ほとんどまともではない。
「ミコトは任務行かなくて良いのか?」
「アタシもそれなりに嫌われてるしね。一緒に行ってくれる人はジーナさんや第2部隊の人達くらい」
「第1部隊はどうなんだ」
「それは……まぁ、アタシの方が少し避けてるのかな。うん、多分そうなんだろうね」
「どうしてだ?」
「まぁ、だいぶ前にね。色々とあったから」
(あまり踏み込まれたくねぇみたいだな)
ミコトの分かり易いくらいの会話の躱し方を見て、そう判断する。
「……少し身勝手なこと言うけど」
「何だ?」
「アンタ、もう少しバカになれたら楽だったろうね。変に賢いから、変なこと言われ出しても何も言い返さないし、それが続いてとうとう本当に何も言えないところまで追い詰められちゃってるでしょ? もう少し後先を考えない性格だったら、最初の時点で喚けたのにね」
ほんの少し同情の色を滲ませた声。
「……そんな生き方は考えたこともなかったな。つうか、そんな生き方をガキ共に教えるわけにも行かねぇしな。尚更選べねぇ生き方だ」
「子供? いるの?」
「……まぁ、今は治安維持部門の方で保護して貰ってるが、家族だ。ちなみに実子でも無けりゃ血の繋がりもねぇぞ」
「へぇ、知らなかった」
「訊かねぇから話さねぇ。そんだけだ」
そこで、会話が途切れた。
静かな時間が流れていく。
羽黒ミコトと言う女性は、イリヤにとって数少ない“敵ではない人物”だ。何故彼のことを嫌わないのか、その理由は知らないが、別に知りたくもない。同じように、何故自分に構うのかも分からないが、それにも興味がない。
ただイリヤにとっては、パーソナルエリアに踏み込まれても別に気にならない人物だからどうでも良い、という側面が強かった。
(まるで数年前の私の男版ね)
ミコトは、自分の隣に座っている男がで日々くたびれて行っている姿を見てそう思った。
彼女としても今の彼の姿は、哀れ、としか言いようが無い。
彼には落ち度がない。ただ周りが勝手に騒いで、本人がそれに呑み込まれて溺れてしまっているだけだ。
(ほんと、哀れね)
静かな溜息が、沈黙の中に溶けていく。
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楠リッカは、激昂と心配の両方を抱え込んでいた。
無論、その対象はイリヤである。
ここ最近のイリヤの、神機の扱いの荒さには怒りを覚えるものがある。何でもかんでも無理矢理叩き割った結果なのか、最初は美しさを讃えていたブレードパーツも、日を追うごとに痛々しい姿に変わっていく。
そして、何の考えもなくそんな風にしているのなら彼女は本気でイリヤをスパナで殴り飛ばしているところだが、神機整備士という立場故か噂などに耳敏い彼女は今イリヤが他の神機使い達からどう言う目で見られているのかを知っている。そして、それが何の根拠もない戯言であること、何よりもそれを溜め込んでしまっているイリヤのことも。
(……キミもキミのご主人も難儀なんだね)
悲しげな目で、イリヤの神機___“ミナシゴ”を見つめる。
(イリヤ君も、結構不器用な性格みたいだし……任務に行ってるのもほとんど八つ当たりのためみたいなものだし)
どうしたものか、と考えるのと同時に、まるであのときのようだ、とも思っていた。その“あのとき”の時点では彼女は正規の神機整備士ではなかったが、あのときの居心地の悪い空気は、今でも覚えている。彼女の父でさえ、ただでさえ少なかった口数が更に減ってしまったほどだ。
(また誰か死んじゃうのかな……)
半ば諦めたような思考でその考えに至り、何を馬鹿なことを、とその考えを振り払う。人が死ぬことを前提に考えるのは指揮官の仕事であって彼女の仕事ではない。むしろ、彼女はその死亡する確率を可能な限り減らすのが仕事だ。
(不安……だな……)
自分にはどうにも出来ない全体の空気。
そして、その空気が呼び寄せる結果は絶対に悪いものだ。結論の1例を知っている彼女としては、手が出せないことがもどかしく、どうにも出来ない自分が情け無く思えた。
彼女の心は、涙をにじませていた。
そして神機が、コトリと震えていた。
______痛い、痛いよ
さて、どうなることやら……
頑張りますよ!
おうえんよろしくおねがいします!!!