GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~ 作:A-Gyou
その先で出会った謎の男、倉橋ケンジ。
そして、イリヤという支えを失った子供達。
安寧の時が、徐々に崩壊していく。
音も立てず、ただひっそりと、崩れていく。
「ほら、さっさと入れ!!」
長い、明らかに攻撃するためのリーチを備えた棒にどつかれて、イリヤは懲罰房の中に放り込まれた。
何故か一般の囚人よりも念入りな特殊手錠をはめられている彼は、突然の衝撃にうまく受け身を取れず、ドシャリ、と惨めな姿をさらす羽目になった。
まぁ、それ自体は彼にとってはどうでも良いことだ。
惨めな目に遭うのは、もう数え切れないくらいに体験してきたのだから。
しかし。
「……」
少なくとも愉快な待遇ではなく、むしろ不愉快極まりないという表現では収まらないくらいに気分の悪い待遇。
それは、当然の如くイリヤの態度にも表れて。
「なんだ、貴様、その反抗的な目は!?」
棒を構えてこちらを睨んでくる警備員を一瞥して、ウンザリとした溜息を吐く。
「……怒鳴れば良いってもんじゃねぇだろ」
そう言って、少し脅かしてやろうと、若干の殺気を込めた目で警備員を睨み付ける。普段は、淡いスカイブルーの瞳が、その時、まるで極寒の冷気を想起させるような重たく鈍い藍色に変わる。
その目で睨まれたならば、標的はたちまち絶望を覚えそうになるほどに。
「ひぃっ」
情け無い悲鳴と共に、尻餅をつく警備員。
それを確認して、彼は身にまとう殺気を解いた。
「ま、人を叱るときは暴力よりも先に、叱られてる理由を教えてやることだな。あ、これかなり重要よ?」
イリスはおどけた口調で警備員の男にアドバイスを送る。
そんな彼を警備員は、まるで人間では無いおぞましい物を見るかのような目つきで見ながら、黙ってその場を後にした。
「……はぁ」
無駄に重たくなった両腕を持ち上げて手首から上を完全に拘束している特殊手錠を見て、溜息を吐く。
ジャラリと手錠に絡まる鎖が音を鳴らす。
棒で突かれた場所をさすることも出来ず、のそのそと立ち上がって明らかに質の悪いベッドに腰を下ろしたときだ。
「うわ臭ぇっ!?」
開放式の、それはもう羞恥という個人の感情やら人権やらを確実に無視した便所からもわもわと漏れてくる異臭に、思わずそう叫ぶ。
「あぁ? おぉ、その便所か。仕方ねぇよ、何たって、お前さんがそこにぶち込まれる前にいたヤツ、その便所の中に落ちて死んじまったんだからなぁ。逃げだそうとでもしたのかね、ったく。臭いったりゃありゃしねぇ」
向かい側の独房から、クヒヒヒヒ、と薄気味の悪い笑い声を漏らしながらそう教えてくれる声があった。
「……アンタは? 誰だ?」
訝しげな声色で、訊くと。
「んん~? 何で自分の名を名乗らん輩に俺の名前を教えなきゃいけねぇんだ? ん?」
こんな場所で、まさか正論を以て返されると思っていなかったイリヤは少し驚いた。
こんな場所でさえ、最低限のしきたりはあるのか、と。
「あぁ、すまない。俺はイリヤ。イリヤ・アクロワ。色々とやらかし続けて、ついさっき捕まった」
「ほぅ、物分かりが良いガキじゃねぇか。じゃあ、俺も自己紹介だ。俺の名は倉橋ケンジ。まぁ、お前さんと似たような理由で捕まって、かれこれ3年ここで生き延びてる」
相変わらず気味の悪い笑い方を隠すことをしないまま自己紹介を済ませた。
「イリヤ、だったか?」
「あぁ、そうだ。何だ?」
「いやぁ、さっきの看守びびらせただろ? どうやったのか少し興味があってな。いかんせんあの男、見栄っ張りで強情、かつ身の程を弁えないクセがあったからな。だからあぁ言う姿を見るのは愉快だったし、珍しいもんでもあったからな」
その声は、確かに愉快な出来事を思い出しているかのような、ある意味で言って無邪気さを感じさせる、冷酷な声だった。
「……簡単なことさ。この世の汚物を見るような目をすれば良い。そこに若干の憎悪を混ぜれたら完璧だ」
「ほほぅ;そりゃあ面白いやり方だなぁ! あぁ、気に行ったぜ、イリヤさんよぉ。しばらく退屈せずに済みそうだ」
「そうかい。俺は、居住区に残したガキ共のことが気になって仕方ねぇ上に、鼻がもげそうなくらいの臭いに耐えてる真っ最中だから黙っててくれ」
「おぅおぅ、最近の若いヤツってのは年寄りに冷てぇなぁ……ん? おい、ガキ共ってのはどう言うこった?」
話が収束しそうなところで、言質を取るかのように目敏くその単語を引き抜かれて、会話がさらに長く続いてしまう。
「……捨て子、だよ。捨て子。そんなに珍しくもないだろ?13人いてな。1人1人に、俺が名前をつけた。拾った順に、トモキ、ノゾミ、ハルカ、ユウキ、ユウカ、タクミ、ジュン、アマネ、カガリ、アスカ、カズキ、ミズキ、ケンタ……皆捨て子だった。そんで、気まぐれだったんだろうな。拾って、育てるようになってた。最初、数が少なかった頃は、どこにも定住しないで、場所を転々としながらやってたんだ。んで、転々としていくうちに数が増えて、こりゃあどこかに家を設けなきゃ、ガキ共が危ないって思ってな、その先で俺がこの間まで住んでた古工場をホームにしてた。確かあの区画は……Aナンタラ区画、あぁ、A08区画か」
「A08って、閉鎖区画じゃねぇか」
「んなこと知らねぇよ。ただそこが1番住みやすかったってだけだ」
思い出に浸るような、実際ほとんど浸っていたのだが、そんな気分で説明をした。
その声は、少しぶっきらぼうな面影を見せつつも、確かな優しさを内包していて。
「……ん? お前さん、普通にイイヤツじゃねぇか。ここにぶち込まれるヤツっつったら、相当ヤバいことしでかした人間だぞ?」
「結構な回数でフェンリルの食糧配給車を襲撃してな。まぁ、それもあるだろうし、何回かフェンリルの職員をしばき倒したからな。ここに来る直前も治安部隊の連中とやり合ったからな。そう言うのがあるんじゃねぇか」
言い終えて、しばしの沈黙が訪れる。
向こうの独房からは、何か思案するような気配。
そして、しばらくして。
「お前さんも、とんでもないことやったって言うのはよく分かった。イリヤさんよ、お前さんは例えるなら善人の皮被った暴力の権化だな。しかも、義賊みたいな真似しやがる。なぁ、何が許せなくてそんな危ない真似した?」
その質問は、イリヤという人間の核心に触れる物だった。
「金さえ払えばどんなクズでも飯は食える。だがな、その場の無責任の結果産み落とされて、挙げ句市民登録もされずに捨てられたなんの力もないガキが、何も悪くないヤツが飯も食えずに死ぬ、それが気にくわねぇ。俺もそう言うガキだったからな」
憎々しげに話すその口調には、確実にある特定の人物に向けた憎悪が多分に含まれていた。
「なるほどねぇ。つまり八つ当たりか」
「どう捉えてもらっても構わねぇさ。実際そう言う側面があることも否定できねぇしな。……生きてるやつが、生き延びようとして何が罪になるんだよ」
最後の言葉が、彼の本当の本心だとも言える。
それは、彼自身が1番よく自覚していて、そして絶対に曲げられないある種の信念でもあった。
「……今日はもう疲れた」
彼はそう言って、ベッドに横になった。
(無事でいてくれよ、お前等)
そう願いつつ、彼は意識手放した。
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___ある晩。
地下室に2人の人影があった。
トモキと、ノゾミ。
「ねぇ、イリヤが帰ってこないって言うのは…イリヤが行ってた“もしもの時”が来たって事なの?」
「多分、そうだと思う」
「私達だけでどうしろって言うのよ! 冷蔵庫の場所は知ってる。知ってるけど、それでも何もしなければすぐに無くなっちゃう!!」
悲観と絶望に満ちた少女の悲鳴が小さく木霊する。
「アイツに、アナグラの物質搬入口の場所は教えてもらった。襲撃の手順も覚えたし、何回か一緒にやったこともある。ご飯のことは、僕に任せて。役割分担だ。ご飯の調達は僕が、その間他の子達の相手をノゾミが担当するんだ。そうすれば上手くいくはずだ」
「……トモキ、それ本気で言ってるの?」
「うん。もしもイリヤの身に何かあったとき、あの子達の面倒は僕たちが見なきゃいけない。こんなこと、冗談で言えるわけがない」
「……分かった。だけど、トモキまでいなくなっちゃうとかそれだけはやめてよね。約束して」
「分かった、約束するよ」
イリヤが彼らの下から姿を消して3日目の夜。
トモキとノゾミの無謀な約束が結ばれる。
彼らは気づけない。
もう後がないこと。すぐそこに、本当の危機が迫っていること。
しかし、まだ15歳になったばかりの2人に、それを気づく術もなく。
対処する力も持ち合わせているわけもなかった。