GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~   作:A-Gyou

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親に捨てられようが、何だろうが、この世に生まれた限りは、死ぬまでその生を全うする権利がある。

イリヤ・アクロワはそれ信じて疑わない。

親に捨てられ、社会から見捨てられて尚力強く生き抜く彼
には、いつしか同じ境遇の子供達が集まっていた。

これは、いかなる状況においても、諦めの選択肢を選ばなかった男の生き様を描いた物語



義賊のイリヤ

フェンリル極東支部、通称アナグラ。

 

大きな穴の中に埋め込むように建設されたその姿をなぞらえて、そう呼ばれるようになったそうだ。

 

アナグラの周囲にはアラガミ装甲という特別な壁で囲まれており、その内側には外部居住区というフェンリルの庇護下に置かれている民間人達が生活する区画がある。

 

言ってしまえば、壁、居住区、アナグラの順番だと考えて差し支えない。

 

外部居住区で生活することを強いられている人々は、大抵経済的な権力が弱いか、フェンリルという組織にとって保護する価値がそれほど無い、いわば見捨てられるかどうかの瀬戸際に立っている人々だ。

 

そんな、ある視点から言えば正当な理由で、しかし当事者としては理不尽以外の何物でも無い待遇は、確実に市民感情の悪化に拍車をかけていた。

 

現に、外部居住区の治安は決して良くない。

 

毎日、どこかで必ず犯罪は起きている。

 

殺人、窃盗、暴動…あげればキリが無い。

 

そんな中でも、強かに生きている人々は確かにいる。ただし、その強かさは人の数だけ存在しているのも事実。

 

外部居住区とアナグラをつなぐゲートは複数存在する。

その内の2つは、一般に開放されているものだが、他のものは物資搬入口か出撃用ゲートで大半は前者である。

 

物資搬入口を出入りする車両の中にあるのは、市民向けの配給食料がほとんど。ごくたまに、入っていく車両の中に犯罪者がいる。

 

そんな物資搬入口のすぐ近くで、車両の行き来の様子をうかがっている1人の青年がいた。

 

名を、イリヤ・アクロワ。

 

(アイツ等が、税金納めてる奴等にしか配給渡さねぇのは知ってんだよ…)

 

搬入ゲートをじっと睨み付けながら彼は機会を待つ。

 

フェンリルから配給を受けられるのは、市民登録を済ませた上でさらに確実に税金を納めている人々だけである。

常識的に考えて、その体制には何も問題は無い。むしろ、どこに文句をつけたら良いのか分からないほどである。

 

しかし、理由はどうであれ配給を受けられていないものも確かにいる。

 

何故か?

 

税金を納めていないからだ。

 

しかし、ここにフェンリル社会の闇を垣間見ることが出来る。

 

単刀直入に言うと。

税金を“払わない”のと“払えない”のには比べるまでも無い大きな違いがある。

つまり、そう言うことだ。

 

払えない者達は何故、払えないのか。

 

親に捨てられた、救われぬ子供達のなれの果て。

 

フェンリル社会において就職難は常につきまとう社会問題の1つだ。フェンリル側も、何も対策をとっていないわけでは無い。しかし、外の世界をアラガミ達が闊歩するこの世の中、安定した職を手に入れる方がむしろ困難である。

 

それでも、職を選ばないで何でも良いから働こうとした人々はなんとか配給を受け取る資格を得る。

 

ただし、それも成人した人間か、特技認定を受けた人間に限る。

 

全ての人間に、何か特別秀でた才能があるわけは無く、そして親に捨てられた子供達にそのような術を身につける方法もあるわけが無い。

 

だからこそ。

 

(バレたらもう戻ってこれねぇだろうな……)

 

イリヤは、そう言った無力達を少しでも生きながらえさせて、1人で生きていけるように手助けをする。彼自身、親に捨てられて、世の中から半ば見捨てられた存在だ。

 

せめて、俺を産み落としたクソッタレの顔を踏んづけてやれたらな、そんなことを考える。

 

すると。

 

警告音と共にゲートが開き始めた。

 

(……来たな。今日は何を詰め込んでるのやら)

 

物陰に隠れながら、腰のポーチに手を伸ばして、中からスタングレネードを2つ取り出す。

 

(こういうのに手馴れちまうのも嫌なもんだ)

 

そう思いつつ、ゲートの中から出てきた車両をにらみ、機会を待ち続ける。

 

車両が動き出し、ゲートをくぐり出た。

 

安全ピンを抜いて、安全レバーを握りしめたまま、時を待つ。

 

そして、車両の後ろでゲートが閉まる。

 

(…今!)

 

彼はトラックから数メートル先の方にグレネードを投げた。

 

それは地面に着く前に、空中で破裂。

トラックが停止したのを確認するやいなや、彼はトラックへ駆け寄り、おもむろに運転席のドアを開けた。

 

「!? 誰だお前はっ!?」

 

半目を開いて、抵抗してきた職員をどついて、中に2つ目のグレネードを放り込む。すぐさま、ドアを閉じて数秒待つと、トラックの中から強烈な光と破裂音が漏れた。

 

(悪いね、おっちゃん達。そんでも、俺等も死にたくないんだよっと)

 

トラックの荷台の中には、配給食料と特定の人間に向けた高級物品が詰め込まれていた。

 

「おぉおぉ、ガキを産むだけ産んで捨てたクズも、金さえ払えば良いもん食えるんだなぁ」

 

中身を吟味しながら、必要な数の食料をバッグの中に詰め込んでいく。

 

「……こんだけあれば、“アイツ等”の分を数えても数週間は保つな」

 

頃合いを見て、トラックから飛び降りた。

 

そして、急いでその場を離脱していく。

 

 

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薄寂れた住宅街。

 

とは言いつつも、住民と言える人間はほとんどいないのが現状。そこに住み着く物好きは、職を失って配給対象外になってしまったホームレスか、捨て子。

 

特に、捨て子は多い。

 

住宅街の中に、1つやや大きめの建物がある。

トタンで被われたその建物は、この町に人が住んでいた頃は、小さな工場として機能していたらしい。

 

ぼろぼろになったその建物の入り口をくぐって。

 

「おぅ、お前等!! 食い物取ってきたぞ!」

 

すると、どこからともなく複数の子供達が姿を現してきた。

 

「ただいま兄ぃちゃん!! 今日もキタナイオトナ達をやっつけてきたの?」

 

「…まぁ、な! ほら、お前等も来い! 皆で飯だぞ」

 

奥に進みながら、彼はバッグを肩から下ろした。

 

「ほら、チビから並べ。あぁと…ケンタ! お前からだ」

 

ほらこっち来い、と手招きをしてケンタと名付けた少年を自分の目の前に立たせる。

 

「今日の飯だ。ちゃんと食えよ?」

 

そう言って、次から次へと子供達に食べ物を手渡す。

 

全員に行き渡った頃。

 

「ほら、お前等。手ぇ合わせろ」

 

『いただきます!!!!』

 

子供達は、遠慮無くガツガツと食べる。

成長のまっただ中、栄養も充分とは言えないながらも、飢えを誤魔化すことは出来ない。

 

食べ始めてから五分ほど経つと。

 

彼は立ち上がり、彼がこの工場をすみかにし始めた頃に作った地下室に行った。

 

地下室にあるのは、冷蔵庫。

しかも、彼のお手製。

 

中には、配給食料がギッシリと詰め込まれて保存されている。そして彼は、“まだ一切手をつけていない配給食料”を冷蔵庫に収めた。

 

(ガキ共が13人で、食い物はもう200は超してるはずなんだよな…概ね10日は何もしないでもいけるわけだが)

 

バッグの中に残っている食料もいっしょに詰め込む。

 

(アイツ等の中で1番年長ってどいつだったかな…あ、トモキとノゾミか。あの2人には色々と教え込んだし、最悪の場合はあの2人に任せるか)

 

詰め込みながら、今後のことを考える。

 

彼は冷蔵庫を閉じて、地下室を後にした。

 

上では、ほとんどの子供達が食べ終えて暇を持て余すか遊ぶかをしていた。

 

「イリヤお兄ちゃん、遊ぼ!」

 

元気に駆け寄ってきたのは、ここにいるメンバーの中で4番目に小さい少女、アスカ。

 

「おぉ、良いけど少し待てな。皆がごちそうさましてからだ」

 

「うん、分かった!」

 

そう言って、少女はまた駆け出す。

 

(俺ってば、まだ17なんだが…思い上がりじゃ無くて、そこんじょの親以上に親をやってるよな)

 

自分の目の前で繰り広げられる子供達の元気アピールショーをみて、そう思わずにはいられなかった。

 

「はいはい、お前等! ちょっと静にしなさい」

 

ぱんぱん、と手を叩いて自分に注意を向けさせる。

 

「ご飯は残さず食べたかー?」

 

『はぁい!!』

 

「よし、良い子達だ。それじゃあ、手ぇ合わせて」

 

『ごちそうさまでした!!!』

 

(親に捨てられようが何だろうが、生きてる限りは飯食って生きようと足掻いても良いだろ。カミサマだって、そこまで理不尽じゃねぇだろ…)

 

子供達の、生気に溢れた声を聞きながら、彼はそう願っていた。

 

 

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___夜。

 

「………そこで勇者はズバッと悪のドラゴンを切りつけました。『グオーーン!』と、ドラゴンは悲鳴をあげて勇者の前から逃げ出しました」

 

静に、次の展開を待ち続ける子供たち。

 

「『ドラゴンよ! 貴様を殺すことはしない。貴様が、街の皆と仲良く出来るというなら、私は何も言わない!』勇者は逃げるドラゴンの背中に向けてそう叫びました。『私は、貴様を殺したくないのだ!』勇者は最後にそう言って、王国へ帰ったとさ。……今日のお話はここまでだ。さぁ、お前等ちゃんと寝ろよぉ? 寝ないと兄ちゃんがほっぺた限界まで引き伸ばすからなぁ?」

 

ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、子供達が早く寝るように促す。

 

彼も長く、ここの子供達の世話をしている。

こういった、少し怖がらせつつ言うことを聞かせるというのは、元来の性格も相まってか、かなり得意だ。

 

そして、彼らに対して“アラガミ”と言う単語を軽々しく使うのは、いかなる理由であれ御法度であることもわきまえている。

 

子供達の中には、そのアラガミ達に親を奪われた者もいるのだ。

 

「ねぇ、イリヤお兄ちゃん」

 

毛布を被ったままアスカが、彼のズボンの裾をチョンチョンと引いてきた。

 

「ん? どうした」

 

しゃがみ込んで、彼女と目線を合わせる。

 

「さっきのお話の話なんだけどね。どうして勇者さんは悪いドラゴンをやっつけなかったの? 街の人達から一杯物を奪ったり、乱暴してたりしたのに、どうして殺さないの?」

 

それは、彼が自作した物語に対する問いだった。

そしてそれは、彼が物語を作る上で決めていたテーマに触れる質問でもあり、だからこそそれに気付いてもらえたことが嬉しかった。

 

「そう、だな。乱暴した悪者がやっつけられないのは何かスッキリしないだろうな…。じゃあ、少し考え方を変えよう。あの王国の人達は、自分たちが生活するために土地を耕し、森を切り開いた。だけどな、その切り開いた場所は、もともとドラゴンが住んでた場所なんだ。すると、どうだ? 全部ドラゴンが悪い、とも言い切れないだろ? あの勇者は、それに気付いていたんだ。だから、人とドラゴンが仲良く暮らせないかっていう思いを込めてドラゴンを殺さなかったんだよ」

 

「……ちょっと難しかったけど、でも勇者様が本当に優しい人なんだって事は分かった!」

 

「それが分かっただけめっけもんだ。ほら、さっさと寝ちまいな」

 

アスカの頭を撫でて、その場を離れる。

 

イリヤが彼らに願うことはただ一つ。

 

せめて救いの無い世の中で生まれたとしても、1日1日の幸せを受け止めて、優しい人間になって欲しい。

 

 

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「んじゃあ、今日も行ってくる。トモキ、ノゾミ! 留守の間頼んだぞ」

 

「はい!」

 

「了解、兄ぃちゃん」

 

元気はつらつなノゾミと、常に落ち着いた態度を崩さないトモキのそれぞれの返事を背中に聞きながら、彼は工場を後にした。

 

伝えるべき事、叩き込むべき技術はずっと前にミッチリと教え込んだ。

 

(ま、いきなり俺がいなくなっても慌てずに地下室行って飯を探せっつったしな。俺がいなくなっても、アイツ等ならもう大丈夫、かね)

 

手を頭の後ろで組んで、空を見上げながらのんきに歩いているときだった。

 

「よぉ、お兄サン…」

 

ねっとりとした、不愉快な声が背後から聞こえてきた。

 

(おおかた新人ホームレスのオッサンってところか。相手するだけ時間の無駄だな)

 

「おぉ、無視は悲しいぜ? あ、それともさっきの呼び方より“お尋ね者”って言った方が良いのかい?」

 

しつこい上に、何やら不穏な呼び名が付いてきていたのが気になって、彼は不本意ながらも声の主と向き合う。

 

そこにいたのは。

 

赤錆びた鉄パイプを片手に、指名手配犯の張り紙を自慢げに自分に見せつけてきている見知らぬ中年男性。

見るからにホームレスで、本当に新入りなんだろう。

 

この街に住み着いているホームレスは全員顔を覚えている上に、暗黙の戒律がある。

 

即ち、互いに干渉するべからず。

 

それを堂々と破ってきているあたり、まぁそう言うことなんだろう。

 

「へぃへぃ、んで? そのお尋ね者に何のご用で?」

 

中年の男が、ニヤリと、神経を逆撫でするようなイヤな笑みを顔面に貼り付けて。

 

「アンタをしばいて、アナグラに届ければなぁ」

 

ガリガリと鉄パイプを引きずりながら、少しずつ近寄ってくる。

 

(武器持ってりゃ良いってもんじゃないんだがな…)

 

おおよそ男の目的が分かったところで、彼も身構える。

 

「お前にかかってる懸賞金がそのまんま俺の手に入るんだよぉ!!!」

 

ギョロリと血走った目を見開き、不気味を通り越して気色悪い笑みを浮かべながら、男が彼に襲いかかって期した。

 

鉄パイプを振りかざし、襲いかかってくる男を目の前に。

 

彼は至って平然としていた。

 

そして。

 

「その、俺にかかってる懸賞金。いくらだ?」

 

男が自分の間合いに入ってきた瞬間、その言葉と共に回し蹴りを男のこめかみに叩き込んだ。

 

その威力は、常人のソレとしては規格外の威力で、鉄パイプの男はその力の前に真横へ吹っ飛んで、誰も住んでいない廃墟の壁に埋もれた。

 

彼の目の前に残ったのは、件の指名手配犯の張り紙。

 

そこには確かに、いつの間に撮られたのか自分の顔写真と懸賞金の金額が印刷されてあった。

 

「はぇ~……俺も悪党になったもん……んんっ!?」

 

しみじみとその紙を見ている途中、彼は金額のところを見て目を見開いた。

 

15万fc。

 

マジか!? 俺そんな大悪党なの!?

 

そして、その金額に驚いているその僅かな時間が彼にとって、余りにも大きな隙となる。

 

全身に向けられている殺意を感じ、反射的にその場から飛び退いた。

 

すると、昨期まで自分が立っていた場所に複数の弾痕が穿たれていた。

 

「ちょ、マジかよ、オイ!?」

 

相手は、複数。しかも、ご丁寧にサプレッサー付きの拳銃か何かで狙ってきている。 

 

使っている弾がせめて非殺傷弾であることを願いつつ、自分を狙っている敵の位置を把握しようと周囲に目を巡らせる。

 

しかし、それはするだけ無駄だった。

 

何せ、フェイスガード付きのヘルメットに灰色の戦闘服、黒のタクティカルベスト、加えて予想していたサプレッサーをつけたサブマシンガン、と言う出で立ちの男達が建物の上から自分を囲んでいたからだ。

 

彼らの右腕の腕章にはフェンリル治安維持部隊のロゴ。

 

退路になりそうだった通路にも、武装した男達が行く手を阻む形でこっちを向いている。

 

しかも、その内の1人は、ちゃっかりとさっき自分が一撃で沈めた男に手錠をかけている。

 

建物の上にいる、隊長と思わしき人間が自分を見下ろしながら大声で。

 

「イリヤ・アクロワ!! 貴様には、フェンリルに対する反逆行為、主に物資略奪、職員に対する暴行、器物破損等による件で逮捕状が届いている。おとなしく我々に投降しろ!!」

 

そう言い終えた後、改めて銃を構え直す。

 

「もしも抵抗したら?」

 

「殺すなと言われているから、半殺しにしてから捕縛してやる」

 

そう言われて、改めて自分を取り囲んでいる男達と、周囲の建物など、周囲を取り巻く環境、状況を把握する。

 

「……なるほど?」

 

そして、彼は小馬鹿にするような口調でそう言った直後、その場から消えた。

 

否、消えたように思えるほど素早い動きで、彼らの死角に潜り込んだのだ。

 

(ここらへんなら、この世界の誰よりも詳しいんだよっと)

 

飛び込んだ先で手に入れた、長いロープ。恐らく30メートルくらい。いささか長すぎる気もするが、そこは無視。

こいつは使える、と思い肩にかける。

 

建物と建物の、僅かな隙間を縫うように、そして音もなく駆け巡る。

 

そして、イリヤを探す彼らは全く気付いていない。

 

自分たちが足をつけているその建物が……

 

 

いかに脆く老朽化しているのかを

 

 

イリヤは治安維持部隊が立っている建物の中に入り込み、その大黒柱になる支柱に先程のロープを縛り付けた。

 

固く結びつけたことを確認して、また音もなく走り出す。

 

ところが、走り行く先で地上で待ち構えていた隊員2名とはち合わせてしまった。

 

「止まれ、止まらなければ撃つぞ!!」

 

2人が銃口をこちらに向ける。

 

しかし、彼はそれに恐れを見せず、むしろ走る速度を増して、2人に肉薄する。

 

そして、距離がほどよく詰まったところで、彼は跳んだ。

 

そして、跳んだ先にいる男に向かって跳び膝蹴りをかます。

 

クリーヒットしたそれは、男のフェイスガードを砕き、その背後にある壁に叩きつけ、気絶させた。

 

地面に着地した瞬間、仕留め損ねた方の男が銃床部で殴りかかろうと迫ってくる。

しかし、余りにも型にはまりすぎたそれは、イリヤにとってはまるで馬鹿にされているかのように読みやすく。

 

最小限の動きで躱し、手に持っていたロープを相手の首に巻き付け締め上げた。

 

男は、ロープを緩めようと、手から銃を離す。

 

その瞬間、イリヤは相手の金的に激烈な膝蹴りを3発叩き込み、最後に完全に締め上げて気絶させた。

 

「片金になったらごめんよ」

 

気を失った2人にそう言い置いて、彼はその場を後にし

た。

 

 

建物と建物の隙間、相手の死角を的確に選びつつ、最後の建物の支柱にロープを縛り付けた。

 

そして、余った部分を腕に巻き付けて建物の外に出た。

 

 

ある程度離れてから、彼はあらん限りの力でロープを引っ張った。

 

ぎしぎしと、柱が軋む感触がロープを通じて彼に伝わる。

 

「っぐぎぎぎぃっ!!!!」

 

ミシミシ、ギシギシ

 

そんな感触の中にだんだんとベキベキという、明らかに破壊の感触が混じりだした。

 

(あと…もう一息ぃ!!!)

 

ベキ、ベキベキベキぃっ!!

 

そして。

 

『? ぉ、うおおおおぉ!!?』

 

建物が。

 

2つとも。

 

崩壊した。

 

「力持ちってのは、こういうとき役にたつよなぁ」

 

ぱんぱん、と手を叩きながらそんなことを呟く。

 

(少なくとも、あと2人いたはずなんだが……どこだ?)

 

そう警戒した瞬間だった。

 

プシュン、と言う音と共に背中に、何かが刺さったような痛みが走った。

 

そして次の瞬間……

 

「あ゛がぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!??!?」

 

全身に、訳が分からなくなるほど強烈な痺れが走った。

それが、電流による物だと気付くのに、さして時間はいらなかった。

 

そして、電撃がやんだ。

 

全身の筋肉が痙攣を起こし、身体が自分の望むように動かせない。

 

「……ぐぞっだえ゙がぁ」

 

2人の男が近付いてくる。

 

「手間をかけさせやがって…。こんクソガキがっ!!」

 

罵声と共に腹に強烈な衝撃。

 

その衝撃はしばらくやむ様子を見せず。

 

相手が疲れた頃に、ようやく蹴りがやんだ。

 

(あぁ、こんなにボロカスにしばかれたのは久しぶりだな……全身滅茶苦茶痛ぇぞ、おい)

 

「コイツ、やけにしぶといみたいだしな…。もう1発流すか」

 

もう一人の声が聞こえた瞬間、また全身に強烈な電撃が暴れ回る。

 

悲鳴すら吐けない。

 

(畜…生っ……馬鹿、みたい、に、痛ぇっ!? こんにゃろぉ)

 

彼のしぶとすぎる根性は、彼が自ら意識を手放すことを良しとせず、むしろイタチの最後っ屁と言って過言でない意地を持って、ささやかな反撃を選んだ。

 

そして…

 

彼は、電撃に悲鳴をあげる身体をむち打って、おもむろに男達の足首を掴んだ。

 

『ぅぐギあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!』

 

そして、電撃がやんだ。

 

ドサリ、と2人の男が倒れる音。

 

してやったり、イリヤはそう満足げに思った後意識手放した。

 

最後に思ったことは。

 

(やべぇ、ガキ共の世話が…あ、ノゾミとトモキがいるか。

悪いが…しばらくの間は……頼んだ、ぞ…)

 

決して短くない懸念事項だった。

 

 

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「くっそ、いてててて」

 

倒壊した建物の中から次々と武装した男達が姿を見せる。

 

「あのガキ、ゲリラ戦でもやったことあんのかよ、畜生」

 

「腐るな。捕縛対象は…ほら、あそこだ。さっさと縛り上げて撤収するぞ」

 

男達は、隊長の指示の下素早く作業を済ませ、気絶している仲間達も引きずりながら輸送トラックへと移動を始めた。

 

「にしても、このガキ」

 

「どうかしましたか、隊長?」

 

「ん? いや、民間人って言うにはやけにヘンな傷が多いからな……」

 

「隊長! 移動準備完了しました」

 

「よし、それじゃあアナグラに戻ってこのクソガキを豚箱に放り込んで、今日の仕事は終わりだ!」

 

トラックは走り出す。

 

アナグラへ向かって。

 

本当に助けを必要とする者達の存在にも気付かないまま。

 


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