望まず望まれた光   作:つきしろ

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第9話

 

 その邂逅は誰もが思うよりも早く訪れた。

 

 ルミナシアの言葉を理解したリュウキはそれでも展望室を自身の拠点として動いていた。依頼があれば今まで以上に幅広く請け負うことが出来、無ければ展望室で外を眺めてほとんどの時間を過ごす。

 

 船の中に居る誰もが、リュウキは今どこにいると聞くと展望室か任務、と答えられるほどだ。だからこそ『彼』が展望室にたどり着くのはリュウキが思うよりもずっとずっと早かった。

 

 許された帯刀。リュウキは外を眺めながら静かにその柄を握った。

 

 展望室に入ってきた足音を知っている。

 

「思ったよりも、早く来ましたね。クラトス、さん?」

 

 振り向くこともせず、リュウキはただ言葉のみで彼を警戒する。

 

「……自分が何者であるかと、考えたことはあるか?」

 

 クラトスの問いにリュウキは答えない。

 

 正確には彼と問答をするつもりが無い。穏便に過ごしたいとは思うが、何も知らない自分を殺そうとしたことをおいそれと忘れてやることは出来ない。代わりに、言葉を返した。

 

「自分が何者か、アンタは俺に教える気があるのか?」

 

 何故自分を殺そうとしたのか、何故自分を監視するのか。

 

 何も答えないクラトスを鼻で笑い、龍騎は刀を持ったまま立ち上がり振り向いた。変わらず無表情なクラトスに笑いかけるとすれ違うように隣へ並ぶ。

 

「たとえアンタが俺の、この世界の俺の創造主だったとしても俺を殺そうとした奴に何かを話すつもりはない」

 

 どちらともなく引いた金属がぶつかりあって火花が散る。重厚なクラトスの剣が振り切られ、鞘で受けたリュウキの刀が震える。

 

「船の中で止めてくれませんかね。前も言いましたけど、不意打ちをされない限り貴方に負ける気はなくて」

 

 こともなげに笑ったリュウキは刀を収めてホールへと向かった。今日はどんな仕事を入れられていたかな。日常と変わりない言葉を言われる。だが、相手が自分を認識している以上再度攻撃をしたとしても結果は先程と変わらないだろう。

 

 ただそれでも何もしない訳にはいかない。

 

 クラトスは収めた剣の柄を握る。

 

 世界のために、不確定要素は監視をしておかなければならない。出来ることならば、還したいところだがリュウキの言うとおり『今の』自分では彼に敵わない。

 

 ため息が出る。

 

 

 アンジュに聞いたところ、今は渡せる仕事が無いと言われたリュウキは暇潰しも兼ねて食堂に居た。ルミナシアの言葉を理解していない頃はこの場所で食事をするのもためらわれて適当に過ごしていたが、話すことができるようになると色々とここでの食事が気に入った。

 

 場所ではなく、単純に食事が。自らコンシェルジュと名乗るだけあって、というべきかロックスは毎日の食事について人を見ながら考えている。毎日毎食をこの食堂で取る人は居なくとも、船に居る時間はこの場所で食事を取れば間違いがないだろう。

 

 妙な態度を取るロックスも気に入っている。なぜかと言われればリュウキにとって彼、ロックスは善人でしかないからだ。カノンノの保護者、とも言えるだろう彼は害があるように見えない。

 

 あったとしてもそれは。

 

「リュウキ?」

 

 声をかけられて意識を戻す。カノンノが心配そうに自分を覗き込んでいる。

 

 大丈夫だよ、そう返してやれば安心したように笑う。相棒だった竜を殺してからカノンノはやたらとリュウキを気にする。鬱陶しいということは無いが、申し訳ない気持ちが大きい。

 

 子供は何も考えず遊び学んでいればいい。仕事熱心なカノンノにそんなことを言えば怒られてしまうだろうか。いつか口から滑り出そうな言葉だ。

 

 今日もご飯が美味しいよ、誤魔化すように笑いかけるとロックスも安堵したように笑った。

 

ーー龍騎さんはどうしたいですか?

 

 夜、ロックスは食堂にいた彼を見付けてそう尋ねたことがある。答えなど期待はしていなかった。だが、言葉は返ってきた。

 

ーー帰ることが叶わないのであれば、この場所に、彼女たちに恩を返すよ。

 

 電気もつけない暗がりで、彼は確かに『笑った』

 

 だからもう、ロックスはリュウキを疑わない。

 

 

 歌を口ずさむことが多い。その歌は人よりも動物や感覚の鋭い種族を惹き寄せるのか、彼の周りにはただの人間ではない生き物たちが多く居る。

 

 クィッキーに始まり、ガジュマのユージーンにキュッポたち、そして何故かコレットやカノンノ、そしてメルディ。

 

 カノンノはリュウキを気に入っているから居るのは何というか、見慣れた光景だ。だが、人に動物にと、彼を囲んで歌をせがむ姿は言い表しがたい。

 

 キールは小さくため息をついた。

 

「もう一曲!」

 

 せがまれてリュウキは困ったように笑う。

 

 キールは正直彼を信用していない。

 

 空から落ち、違う言葉を知り、戦う力を持ち、竜を従えていた過去を持つという。どこを取ったら安心できるというのか。

 

 目の前の能天気な人たちに教えて欲しいほどだ。

 

 ――♪――

 

 響く朗々とした声。決して高くはない。特異な声でもない。

 

 ただ聞いたことのないイントネーションの言葉が、堂々と声を出す彼の声が、すんなりと耳に入ってくる。

 

 文句を言いながらもリュウキの歌をまともに聞いたことのなかったキールは部屋へ戻ろうとした足を止めた。特別なことはない。歌で言えば歌をなりわいとしている人たちのほうがずっと良い歌を歌う。ずっといい声で、ずっと上手く。

 

 だけれど、何だろうか。胸に落ちる。すんなりと感じられる。歌詞を理解できなくとも感情が落ちてくるような。

 

 振り向くとリュウキと目が合う。彼は優しげに目を細めて笑った。

 

 優しい……?

 

 自分の考えにキールは小さく頭を振り、慌てて背を向けて歩きさった。優しいわけじゃない。

 

 周りが絆されていくなら疑う役目は自分にある。

 

「っとー、あれ、キールくんだっけ? なあにしてたの?」

 

 途中、最近入ったレイヴンという男と擦れ違ったが適当に返事を返した。

 

 レイヴンはキールの背を見送り、展望室を見上げた。耳をすませばほんの少し聞こえてくる歌。ふうん、と興味なさげに笑いながら彼もまた展望室へ向かった。

 

 展望室では歌が終わり、クィッキー以外の人はリュウキへ向けて片手を振り、それぞれの仕事へと向かった。

 

 残された赤い髪の後ろ姿へと近付くと彼は驚いたように振り返る。視界にレイヴンを収めると困ったような、困惑するような、言い表すにふさわしい言葉を見つけづらい、けれど確実に喜んでは居ない表情を浮かべた。

 

「よ、はじめましてぶり。リュウキさん?」

 

 もっとも、初めて会った時は話せなかったが久しぶりにあったことには変わりない。外に向けて座っているリュウキの隣に腰を下ろす。

 

「……っふふ、不思議なものだな。ここにも貴方のような人が居るとは思わなかった」

 

 口を開いたのはリュウキだった。

 

 なにが? とわざとらしく首を傾げるレイヴンへ一瞥することもなく、リュウキは膝の上のクィッキーを撫でながら空を見ていた。

 

「普通に歩けない人。足音を殺しすぎて普通に歩けない、そんな人がこんなのどかな場所にいるとは信じられない」

 

「……へえ、隠す気もないの」

 

「知ってる人間に隠すつもりなんて無い。それに、そもそもそういう目的で来たんだろ」

 

 レイヴンさん、と初めて笑いかけるとレイヴンは無表情で返した。それは普段ケラケラと軽薄に笑う男ではなかった。

 

「徹底はしないのか、今からでも隠し通そうとすればいいのに」

 

 その異様な雰囲気にか、クィッキーは眠りから覚め、自分の主人へ向けて走っていった。

 

 あーあ、怖い顔するから、なんて。状況を分かっているはずのリュウキが笑えば笑うほど雰囲気は張り詰める。

 

「そっちは、もともと何してたの?」

 

 口調だけはそのままなんだ、と感心しながら龍騎の視線は再度空へと移る。彼女の背に乗って空を渡る仕事を正確に言い表す言葉はない。

 

 ただそう、人は自分のことを――。

 

「騎士、と、そう呼ぶ人は居たなあ。たしかに給金も騎士の上から出ていたから間違いではないんだろうねえ」

 

 守っているつもりなんて無かった。けれどそれは結果的に守っていることになって、何も知らない人たちは尊敬の目を向けていた。

 

 戦うことはもちろん仕事だが、主な相手は街に入り込もうとする魔物たち。そういう意味では討伐依頼は慣れたモノかな。

 

 レイヴンは『主な相手?』とわざとらしく首を傾げる。

 

「予想通りですよ。俺の剣は人間に向けられることも少なくない。俺の敵ならね。俺にとって今この場所には恩はあれど敵意など無いです。……まあもちろん、とある一人は例外ですねえ。殺そうとされても理由なく許してやれるほど優しくはない」

 

 無表情なレイヴンとはまるで対照で有るかのように人の良い笑みを浮かべ、リュウキは言葉を続ける。

 

 命を助けてもらった上に衣食住の提供までされていてはいつ恩を返しきれるかわかったものではないが、それでも子供に恩を受けたままで敵対をするつもりも、勝手に出ていくつもりもないよ。

 

 嘘をついているとはとても思えない。そう思わせているのか、真実なのか。

 

 情報が少なく、今のままでは判断できない。

 

 疑わしい、男でしか無い。

 

「貴方やキールくんのように疑ってくれるのは正直ありがたい。気を抜くことなく仕事ができる」

 

 ねえレイヴンさん?

 

 甘えるような口調に嫌でも意識がリュウキへ向く。

 

「いざとなったら、お願いしますね?」

 

 それだけを言ってリュウキは一度大きな音を立てて手を叩く。

 

「はい、怖い話はおしまい。お互いにサボりだと思われる前に仕事に戻りましょーか」

 

 同時に、背後から誰かが展望室に上がってくる。振り向けばカノンノが二人へ笑いかける。珍しい二人組だけど何を話してたの?

 

 そう問われればリュウキが何の事はない、ただの他愛ない話だよ、と返す。

 

 カノンノが来ていることに気づいていたのだろうか、これだけの距離があり、カノンノもあまり音を立てていなかったと言うのに。

 

――いざとなったら、お願いしますね

 

 何がいざとなったら、何がお願い。カノンノと笑い合いながら依頼をこなしに行った彼は『自分よりよっぽど』善人らしい。

 

 話を聞くならば彼本人ではない方が良いかもしれない。

 

(2016/12/18 19:59:00)


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