望まず望まれた光   作:つきしろ

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第7話

 

 砂漠での任務を終えてからリュウキの様子がおかしい。

 

 カノンノは展望室に閉じこもることの多くなったリュウキを心配していた。モンスター化した男の人達を救ったことで男の人達はとても喜び、リュウキにお礼を言っていたが彼はどこか上の空だった。

 

 アンジュはリュウキに対する疑念を強め、ハロルドは今まで以上に興味を持った。疑念を持っているひとが多いからか、リュウキは人の多いホールや食堂にあまり来ることが無くなった。

 

 だから心配だった。食事も取っていないのではないかと。

 

 ロックスに包んでもらったおやつを持って展望室に入ると彼は最近よくそうしているように外を眺めて座っていた。足音に気付いて振り返った彼はカノンノの姿を認めると困ったように笑った。

 

「あの、これ、ロックスから。食べれる?」

 

 隣りに座って箱を開けると彼は箱の中にあるマフィンを口へと運んだ。

 

「ん、と……」

 

 言葉に詰まるカノンノの横で、小さな笑い声。

 

 頭の上に暖かな何かが乗る。見ればリュウキに頭を撫でられている。子供扱い、と思いもするが、今まで感じたことのない暖かさに身を任せた。

 

 大丈夫、と言われている気がした。気にしなくてもいいと。

 

 何も話さないまま、隣に居た。ただそれだけでも、安心することが出来たから。

 

 

 バンエルティア号の甲板に、彼女たちは居た。

 

「まだ、彼のことについて教えてはくれないのね」

 

 アンジュが見やるのは空を見上げる剣士。リュウキが目覚めた時近くに居り、彼を害そうとしていた男。クラトス。

 

 彼はアンジュにリュウキを信用しないよう、そして船から出さないよう警告した張本人だ。だが、警告はしても彼がどういった人間なのかまでは言われていない。

 

 アンジュからみても彼は悪人のようには思えない。

 

 分からないことは多く、今回、モンスター化した男の人を直した力についても不明だ。だが、誰かを傷つけたわけではない。

 

 彼が警告する理由が分からない。

 

「あれは……世界のために創りだされようとした失敗作に近い不安定な存在だ。力も存在も、中途半端に在るのみ。一度還せばあるいは、とも思ったが」

 

「待って、待って! その言い方じゃあまるで彼は――」

 

「不確定要素は世界を壊す可能性すら持つ。還すことがならない今、アレを監視するのが私の使命だ」

 

 クラトスはアンジュに背を向け、船の中へと戻った。

 

 今の言い方では、まるで彼はおとぎ話の……。だが、だとしたら咬み合わない話がいくつも出てくる。

 

 分からないことが多すぎる。彼が話すことが出来れば幾つかの疑問は解決されるはずなのに。

 

 

 カノンノが酷く取り乱していた。後ろにジュディスを従え、クエストカウンターへと走りこんでくる。心なしかジュディスの表情も慌てているように見える。

 

「アンジュさん、リュウキが、リュウキが」

 

――出て行っちゃった。

 

 それは予想しなかった言葉。

 

 赤い髪の彼は手がかりを残した状態で船を後にした。

 

 

「ありがとう、助かったよ」

 

 くるる。低く鳴いたモンスターのたてがみを撫でてやると飛び去った。アレはモンスターの中でも理性を持ち、指揮系統を理解する。おそらく別種なのだろう、他の小さな魔物たちとは。

 

 そしてアレが俺を連れてきたのは想像通り、カノンノたちと調査にやってきた村の近く。高い山の中腹に在るなだらかな空き地。

 

 広いその中心に体を丸めて眠る白い姿が在る。

 

 ただ、何故だろうか。一緒に暮らしていた時よりも少し鱗が黒ずんで見える。

 

 名を呼べば、白い姿は長い首をもたげて目を覚ます。

 

 もとより彼女たちの種族は睡眠を必要としない。それが眠らなければならない状況。嫌でも察しがつく。

 

『やっと、会えた』

 

「……嬉しくないなあ。お前が俺を呼んだの、殺させるためだろ。この世界は、合わないか?」

 

『うん、人は良いよ。特に麓の村の人はみんな優しい。ただね、この世界の空気は合わない。ボクらにとっては毒でしか無い』

 

 擦り寄ってきた額を撫でてリュウキは目を伏せる。

 

「俺を待っていたのか」

 

『……帰れないなら、どうせ死んじゃうなら』

 

 いつか約束したみたいに、貴方に殺されたい。

 

 本当は前見かけた時に殺して欲しかった。

 

 白の竜は頭を撫でられながら語り続ける。ただ、前は貴方の周りに人が居たから。巻き込んでしまったらきっと弱い人は死んでしまう。貴方がそれを望むとは思えなかったから。

 

「俺が蝕まれない理由に心当たりはあるか?」

 

『ううん。ただ、半分くらいこの世界が混ざってる、気がする』

 

「何かが、そうしたんだな。多分、俺達を引き込んだあの得体のしれない光が」

 

『……、ごめんね。ごめん、ボクは助けられない。貴方を一人にしてしまう』

 

 白い竜は頭を上げて、足を下げる。

 

 リュウキから逃げるように、距離を置くように。

 

「良いよ。今までありがとう。独りは、慣れてる」

 

 ゴメンネ。

 

 白い竜は空に向かい、大きく咆哮する。

 

 同時に空を横切る大きな影。バンエルティア号。

 

 一瞬、白い姿が影に隠れ、次に現れた竜は体が灰色に鈍り、黒く大きな翼を携えていた。

 

 もう既に限界だったのだろう。リュウキは刃の半ばから折れた刀を構える。魔法の力で刀身部分を作ってしまえばそれは立派な武器となる。

 

 願わくば、カノンノたちがここに到着する前に。

 

 理性を失った竜が放った火球を合図に、リュウキは地面を蹴った。

 

 

 気が早るのは先程空に吹き上がる火の柱を見たからだ。

 

 白い竜が居るという山にやってきたカノンノたちは先程船の上から白い竜とリュウキを見つけた。だが、船がその場所を通り過ぎた瞬間、その場所から火柱が吹き上がった。

 

 何が起きたかも分からず、事情も知らない。けれど、彼は白い竜にやられることを恐れていない。それを知っている。彼が船を出て行く時に残した彼の指輪。そこに在ったのはジュディスに読み取らせるために残した思念。

 

 白い竜を思っていること、戦う可能性があること。自分が死ぬ可能性があること。そしてそれを恐れているわけではないこと。そうったならばそれでも良いかと思っていること。

 

 納得出来ない。

 

 ジュディスを後方に、走り、リュウキたちを見かけた場所へと向かう。

 

「リュウキ!」

 

 名を呼ぶと彼は振り返り、驚いたように一瞬動きを止めた。一瞬のすきを知性の高い彼女が見逃すはずはなかった。

 

 振り切られたしなやかな灰色の尻尾。

 

 途中で引っ掛けられたリュウキの体はいとも容易く空を飛ぶ。

 

 大きな木に背中をぶつけた彼の体は地面に転がり、意識を失ったのか動かない。駆け寄りたいのは山々だが、そうさせない存在が目の前に居る。

 

 白いはずだった灰色の竜は牙をむき出しにして強靭な前足を振り上げる。慌てて飛び退けば竜の爪が地面へ食い込む。

 

「カノンノ!」

 

「大丈夫、大丈夫だから!」

 

 ジュディスが慌てて駆け寄ろうとするのを止めて警戒を促した。

 

 灰色の竜はよく見れば翼が片方千切れかかっており、後ろ足も一本引きずっているような状況。

 

 ずっと一緒に居た大事な竜。

 

 ジュディスは彼の指輪から思念を読み取り、そう言っていた。長い長い間、ずっと一緒に居た家族だから。

 

 だからこそ? だからこそ、そんな悲しいことをしなければならないの?

 

 カノンノは自分の武器を握りしめる。

 

 リュウキに代われるなら、私が。

 

 武器を持ったカノンノを認め竜は比較的傷の少ない前足と片方の翼を地面に押し付け、再度咆哮する。

 

 竜の声に彼の意識が戻ったことには気づかず、カノンノは駆け出した。

 

 

 頭を打ったのか未だに意識が定まらない。

 

 ただ、自分ではない誰かが複数人で彼女と戦っているのが分かる。ぶつかった木に背中を預けて座り直す。

 

 それなりに強い人達と戦っているらしく、彼女は俺が目を覚ましたことに気付いていない。彼女の自慢だった真っ白な体は濁った灰色に染まっている。

 

 潰した翼からは止めどなく赤い液体が流れ出ている。

 

 捨て置けばそのうち死ぬだろう。

 

 彼女たちでも、勝てるかもしれない。竜とはいえ、理性を失い傷を負っている状態だ。

 

 けれど、それでよかったか?

 

 違う。

 

 リュウキはゆっくりと地面に手をついて起き上がった。

 

 ようやく頭がハッキリした。

 

 魔法の力で作った刀を構える。最期まで面倒を見ると決めた唯一のモノだから。駆け出した勢いのまま、カノンノに気を取られる竜の懐へと潜り込み刀を振り上げた。

 

 ずぶりと沈んだ刀の先で、命が消える。

 

 さよならだ。

 

(2016/07/10 23:47:00)


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