望まず望まれた光   作:つきしろ

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第6話

 

 白い竜の調査は難航していた。調査を進めることにより竜が拠点としている場所はリュウキが指し示した場所だった。だが、いざ討伐を行おうとした時、また妙なことが起きた。白い竜はまるで思考を、自我を取り戻したようにおとなしくなり、今までと同じように人々を助けた。

 

 そして、拠点を変えた。

 

 村を中心に更に距離を取った険しい山の中。およそ人の入り込めない場所に棲家を構えた。

 

 害がないならしばらく放って置いてくれ。

 

 村人たちの言葉にアドリビトムは答え、白い竜については調査をするにとどまっている。

 

 竜が凶暴性をなくすのと同時に、大きな問題が発生する。

 

 真昼のバンエルティア号に響き渡る少女の悲鳴にリュウキは重い腰を上げて研究室へと足を運んでいた。研究室の中央に備え付けられた机の上に強化ガラスに覆われたケージがある。その中に、悲鳴の原因が捕らえられている。

 

 硬質な水晶に覆われたような身体には目も口も、あるべき器官が無い。原型のみを残して"変異"してしまった。

 

 ハロルドたちがああだこうだと議論を戦わせている間、リュウキは虫、だったそれを眺めていた。

 

 ケージの近くを人が通る度に人から離れるようにガラスへと身体を押し付けるそれはギチギチと音を立てる。

 

――たすけ……の?

 

 かすれた、"彼女"ともまた違う声が聞こえた。

 

 不意にガラスへと伸ばした手が淡く光る。柔らかな光に誘われた虫だった水晶の塊がリュウキの手ヘと近寄る。光はすぐに収まり、虫だった水晶の塊はリュウキの手から離れてガラスの隅へと寄ってしまう。

 

 心なしか色を取り戻したように見えるのはきっと気のせいだ。

 

 

 リュウキは言葉が通じないおかげで寡黙な人なのだと思われるが、本人からするとそろそろ普通に話せないことに苛立ち始めているほどには話好きだ。話をするにも相手が居ないのがこれほどつらいとは思わなかった。

 

 特に食堂では時間が合う他の仲間達が楽しげに話していることが多く、彼はわざと時間をずらして食事を取ることが多かった。

 

 気を使って話しかけられるのも、正直うんざりだ。何よりも迷惑をかけているのが自分だというのが耐えられない。自分の半分ほどしか生きていないような子どもたちに気を使われるのは、なけなしの自尊心が泣く。

 

 時間をずらせば食堂に入るのは担当のクレアとロックスが居るのみ。彼らは分かってくれているのか過度に話しかけてくることもない。心地良いとは言わない。けれど気を使われるよりはマシだというだけだ。

 

 今日は、そうもいかない。

 

 時間をずらして日が傾き始めた時間に昼食を取ろうと食堂へと向かうとそこには桃色の髪の毛。カノンノが笑って彼を迎えた。

 

 

 彼と話すのが好きだ。話をするとは言っても彼は言葉を知らないからスケッチブックに絵を描くことによる筆談でしか無いが、それでもカノンノは彼と話すのが好きだった。

 

 自分の絵を見てくれるというのも有り、また、彼はどことなく父親のようだから。

 

 父親を知らないカノンノは自分の考える父親像をリュウキへ見ていた。優しくて、心配をしてくれて、少し寡黙で、強くて、少し厳しい。きっと父親が居たらこんな。

 

 憧れにも似た視線に、ロックスは思わず顔をしかめてしまい、その表情はリュウキに伝わる。

 

 くす、と小さく笑ってしまえば自分の表情に気づいたロックスがあわてて取り繕う。

 

 彼は関わってみればよく笑う人だと分かる。言葉が通じないのが煩わしくて、好んで彼と話そうという人は少ないけれど話してみたら良いのに、と思う。確かに話すのは面倒だけれど、彼はとても真剣に話を聞いてくれるし答えようとしてくれる。

 

 彼は食事を終えるとすぐに自分の部屋へと戻ってしまう。

 

「あの方は不思議な人ですね」

 

 カノンノの隣に並んだ彼、ロックスがポツリと呟いた。

 

「うん、でも、とっても優しいの。相変わらず仕事をする時はいつも心配してくれるのはちょっと困るけど……」

 

 それすらも嬉しい。

 

 話せたらいいな、いつか、近々。色々なことを聞いてみたい。

 

 ロックスはその言葉に同意を返した。話してみたいのはだれも同じだ。いつもと変わらず、ギルドのカウンターでギルドメンバーたちの報告を受けているアンジュも思うことは同じ。

 

 多少目的は違えど、彼から話を聞きたい。

 

 こことは別の場所からやってきたという戦う力を持つ彼。仲間から警戒するようにと言われた彼。船員たちに懐かれ、仕事先での依頼人たちにも信頼される彼。

 

 言葉を持たずしてもこれだけのことをしてみせる、彼は一体もともと何をしていた人なのか。唯一それを知り得るクリティア族の彼女には「そういうことに使う力じゃないの」と一蹴された。敢えてそういうことを言っているのであればやはり気になることには違いない。

 

 溜息をつこうとしているところに、一人のお年寄りが歩いてくる。今船は停泊中のため、クエスト依頼者だろうか。いつものように笑みを向けるとつかれた顔の老人は頼みごとをしたいと話を切り出す。

 

 髭を生やした老人はアンジュへと依頼を残すと疲れきって丸くなった背中を向けて、去っていった。

 

 依頼は不思議なもので、魔者が村に発生したため捕獲した。討伐する必要はないが砂漠のオアシスへ捨ててきて欲しい、と。

 

 この任務に参加するのはクレスとイリス、そしてリュウキとジュディス。リュウキが参加する任務にはジュディスがペアとして参加するのが常となり、レイヴンは渋い顔をする上にカノンノはついてこようとする。

 

 その出処だけではなくて、居るだけでもクセモノだ。アンジュは四人をクエストカウンターから見送った。

 

 

 熱いところは嫌いだ。服は汗で肌について動きが制限される上に、目に入れば視界も遮られる。

 

 砂に潜る牙の鋭いミミズのようなモンスターを相手にしながらリュウキは汗を拭った。動きは大体理解したが、砂に潜られる分攻撃の機会が少なくなって体力が消耗される。

 

 まだ砂漠の入り口だというのに体力を消耗していてはキリがない。逃げられれば奇襲される可能性もある。

 

 小さく舌打ちをして距離を取る。普段は遮断しているそれを開けてジュディスを見やる。彼女は俺の意図することに気づき、小さく頷いて敵に向かって特攻を仕掛ける。

 

 時間がかかるからこそ、本当は『信頼出来る』仲間がそばに居て欲しいが、仕方ない。

 

 見知らぬ世界に信頼できる仲間は居ない。

 

「天幻より裁きの光を、我らが世界に蔓延る悪しき者を浄化せん」

 

 片手を空へ差し伸ばし、集約した白い光が剣を形どる。

 

――ちからを、かしましょう

 

 女の声がリュウキの頭の中に響き、空に浮かべた光に何かが絡みつく。桜色の光が剣の刃を広げ、手を振り下ろしたリュウキの動きに合わせ、砂の中に突き立つ。

 

 砂の中からモンスターの断末魔が響き、暴れて出てきたミミズのような体が砂の上に倒れる。

 

 イリアが何かを言っている。賞賛か、疑念か、リュウキにその言葉は理解できないが少なくともクレスがお礼を言っているのは表情で理解できる。

 

 軽く笑い返して、リュウキは空気に溶けた桜色の光を目で追った。

 

 本来は白い光の剣を敵へ突き立たせる魔法だ。あんな鮮やかな色をした付加効果は無い。

 

 何かに干渉された。干渉を受け無いよう、作ってもらった魔法だというのに?

 

『大丈夫?』

 

 心配するような言葉に思わず勢い良く振り向いた。ジュディスが伺うようにリュウキを見ていた。

 

 一度頷き、動き始めていたクレスたちについてモンスターを入れたケージの後ろを護るようについていく。

 

 やたら、はっきりした意思だった。

 

 ジュディスのような力を持っていたとしても今まで抽象的なイメージだけが伝わってきた。

 

 まるで、学んだようだ。学んだ覚えなど無いのに。

 

 現れるモンスターたちを避けつつ、オアシスに足を運んだ所でケージの鍵を開けようとする。だが、降ってきたモンスターたちがケージを壊そうとするため、またも臨戦態勢に入る。

 

「うわあ、なんだ!何が起きてるんだ!」

 

 戦闘中のリュウキたち四人が聞いたのは、人の声。

 

 ケージの中から響く人の声だった。

 

「――!?」

 

 クレスたちの困惑で生まれた隙にモンスターたちが突進する。唯一冷静だったリュウキの刀がクレスの窮地を救い、刃が半ばからポッキリと折れてしまう。

 

 戦闘に戻ったクレスたちの後ろで、彼はケージを守っていた。

 

 この中に人が居ることには何となく気付いていた。

 

 不思議な依頼内容、時折中から聞こえるうめき声、モンスターにしては妙な気配。気配という意味ではジュディスも気付いていたのかもしれない。

 

 襲い来るモンスターを魔法で退けるとクレスが剣を突き刺してトドメを刺す。

 

 神妙な雰囲気。クレスが片手にケージの鍵を持つ。

 

 そう、確かに人の気配ではあったけれども。

 

 開いた扉の先から這い出てきたのは灰色の水晶に身を侵食された、二人の男の人。いつだったか医務室で買われていた虫だった何かと同じだ。

 

 クレスが何かを話しかけていて、イリアが足を引いている。

 

 人がモンスターになることは、珍しいのか。

 

 リュウキはいつでも動けるよう半ばから折れた刀を握る。たとえ元人であったとしても、人を襲えばそれはモンスターだ。

 

『――』

 

 不意に、医務室で無視を見た時にも聞こえた女の声が聞こえた。何を言っているかは分からないが、誘われたように足を踏み出す。

 

 誰かが、名前を呼ぶ。

 

 俺の、名前をたどたどしく。

 

 差し出した片手に、モンスターになった男の人は怯えるように這って逃げようとする。殺すのも人のためになるが、違う。

 

 リュウキは眉をひそめた。

 

 差し出した片手から放たれた光が男の人を包む。

 

 暖かなその光に包まれた男の人達は水晶のような何かが剥がれ、元の人であった姿に戻っていた。

 

 光を放った自分の手を見つめ、リュウキはただ一人黙っていた。

 

 これは俺の力じゃない。

 

(2016/07/10 13:05:18)


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