カルバンゾ国の都から遠く離れた星晶の恩恵も少ない村からの依頼だった。依頼内容は調査、及び討伐。長期に渡る依頼となるかもしれないとアンジュは踏んでいる、らしい。
もう何日前だったか、世界樹が光った日があった。リュウキがルバーブに落ちてきた、あの日。この村の近くで大きな竜型の魔物が確認された。
それは最初、何の被害も及ばさずただ時折村の上空を飛んで行くだけだった。被害どころか、狙ったように害をなす魔物を倒していくため村人たちは感謝の念を抱いているほどだった。
だが、数日前からその魔物が変貌した。
村人たちも変貌したと言っていいのかわからない。だが、それは変わった。変わってしまった。頻繁に地上へ居りては近くに居る生き物を無差別に攻撃する。
幸いなことに死者は出ていないが、このままではいずれ死者が出てしまうことが予想される。
そうなる前に調査と、討伐を。
討伐、と言いながらも村長は顔をしかめていた。
随分、助けられた。
状況を話していた村人の一人が顔を伏せながら話す。
村の作物を、家畜たちを襲う魔物を片っ端から倒してくれて、ただの気まぐれだったのだとしても村人たちはとても助かっていたんだ。逆にこちらから食べ物を渡したりしたいと思える程に。
星晶の恵みが少ないここでは魔物たちの素材も商売の道具となる。まるでそれも分かっているかのように、白い竜は金になる魔物たちには手を出さず、害のある魔物だけを。
魔物が人助けをすることがあるのかなあ。
カノンノの呟きにリュウキは首を傾げた。現在ジュディスからなんとなくの情報を聞いている最中のリュウキはまだ状況を飲み込めていない。
クリティアの持つ力、ナギーグ。
彼はクリティアではないがその力の末端を持っているらしく、ジュディスと簡単なイメージのやり取りが出来る。それはカノンノとの意思疎通とほとんど変わらないが、イメージをその場で交換できるためより具体的に思っていることが伝えられる。
だから今回は、このメンバーなのだろう。
彼と意思疎通を図るためのジュディスに、森に歩き慣れ調査任務に秀でたカノンノ。大型の魔物討伐に秀で、常に冷静で居られるリュウキ。
調査として与えられた期限はまず三日、その後、状況報告した後に討伐任務を組むという計画らしい。
最後に白い竜が目撃された森の中に入ると違和感があった。
「何も、居ないね」
魔物はもちろん、動物たちに、虫たちも。何も居ない。
木々が葉を重ねる音だけが響く。
物から情報を読み取る事のできるジュディスが気に手を触れて情報を集め、その間リュウキとカノンノは休息を取っていた。
森を歩き続けると思いの外体力を使うものだ。
だがカノンノの座る彼は慣れていると言うように息を切らしていない。息をつく様子などは本当に自分たちと変わらない。
「白い竜が暴れ始めて、生き物は全て逃げ出したみたいね」
ふたりの座る場所に近づき、ジュディスは困ったように眉を寄せた。
「村で話を聞いていた通り、白い竜はまるで思考するみたいに凶暴な魔物だけを襲っていた。けれどある時を境に無差別な攻撃を仕掛けるようになった。それこそ、見境もなく、ね」
リュウキに片手を差し出すと彼は迷いなくその手を掴んだ。こうするのが一番手っ取り早いのだそう。
その行為の意味を知ってからは特に思うことはなくなった。
状況を伝えられ、彼は渋い顔をする。離そうとするジュディスの手を引き寄せ、彼は伝える。
その白い竜を、知っているかもしれない。同じ場所から来た、竜かもしれない。
アレがもしも同じ場所から来た竜なら拠点としそうな場所がわかる。地図がほしい。
一気に伝えられたイメージにジュディスは顔をしかめていたが、それを理解すると手持ちの地図を手渡した。
彼はなんて? 首を傾げるカノンノに視たままのことを伝えると彼女は驚き目を見開いた。
彼と同じ境遇の生き物が、居たんだ。
地図を睨む彼は村から自分たちの位置を指でなぞり、空を見上げる。かと思えば地図に視線を戻す。そして一点を指差した。
高台となっている場所、ここに、アレは居る。
正直、アイツが居るとは思っていない。けれど、もしも白い竜がアイツだったら。
場所など教えたくない。アイツを殺したくないのはもちろん、このメンバーじゃアイツに敵わない。けれど、俺一人でどうにかなるものだと思っていない。
だから、リュウキは地図を指した。
彼女が棲家としそうな高台を。彼女が好きな場所を。
だが、同時にジュディスには伝えた。このメンバーでは竜に敵わないこと。調査ならば遠目に見るだけのほうが良いこと。
その時、大きな影が彼らの頭上を通り過ぎた。
一瞬。息を詰めた。
大きな翼、長い尾、強靭な角、硬質な鱗、白い身体。
ああ、アイツだ。嘘だろ。飛んでいった方向にはリュウキの指差した拠点らしき場所。
これなら調査も要らないのでは。ジュディスの言葉にカノンノが頷き、リュウキに帰ることを促す。
だが声をかけても彼は気づかず、ただ竜の飛んでいった方向を見つめていた。
彼女は、あの白い竜は。
二十年、一緒に暮らしてきた相棒だった。
(2015/10/18 23:10:23)