望まず望まれた光   作:つきしろ

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第4話

 

 オルタータ火山の魔物討伐を終えた彼らはアドリビトムに戻ってきていた。暑かったね。カノンノの言葉にリュウキは頷いた。流石にアレだけ暑い場所から帰ってきて言葉は理解不要だった。互いに汗をかいていれば暑いということはよく分かる。

 

「おっ、そこのお嬢さん! アドリビトムってギルドは、ここで良かったのかな?」

 

 不意に聞こえた声にリュウキは振り返り、思わず片足を下げた。

 

 アドリビトムにやってきているのは一人の中年と、一人の女性。ボサボサの髪をひとつにまとめる男は楽しげにカノンノへ声をかけ、青の長髪を持つ女性はリュウキを見つめ目を見開いている。信じられないものを見た。そんな顔をしている。

 

 リュウキもまた、女性を見つめたまま固まっている。

 

 カノンノと男が何を話しているのかも頭に入ってこない。青髪の女性の頭を占めるのは彼から送られてくるモノ。やがてそれも遮断されたように何も感じられなくなる。

 

 女性は少しだけ首を傾げて笑った。

 

「ごめんなさい、覗くつもりは無かったの」

 

 誰も何も言っていないのに。

 

 カノンノの疑問をよそに、彼女の言葉に応えたのはリュウキだった。緩く首を振り、彼女の"言葉"に応えるように。

 

 驚いたのはカノンノだ。言葉を知らないはずの彼が、何故、今やってきたばかりの女性の言葉に答えられるのか。

 

 リュウキは人の良い笑みを浮かべたまま片手をジュディスへ差し出した。ジュディスもまた笑って片手を差し出す。

 

 リュウキが何もしゃべらないまま握手を交わすと何を思ったのか女性と共にやってきた中年がずるいずるいとわめき始める。

 

 ずるいと思っているのは、彼だけではないのに。

 

「カノンノ、この人達もこれから一緒に働くから部屋の準備を手伝ってくれる?」

 

 リュウキがひらりと片手を振って自分に宛てられた部屋に帰るのを見送りながら、アンジュがそう言えばカノンノはようやくリュウキから視線を外していつものように快く引き受けた。

 

 自分とアンジュの背後で新しい仲間となった中年の男と青い髪の女性が何かを話している。ユーリもよくやるわ、や、さっきのはなんだったの、など。ほとんどの話題が男から送られるものだがカノンノは思わず聞き耳を立てる。

 

 何故リュウキが女性の言葉に答えられたのか。気になるが、女性は男の言葉を曖昧に流して聞くのみでまともに取り合わない。

 

 まるでこちらの意図が知られているようだ、とも思う。

 

「カノンノさん、ちょっとだけ付き合ってもらえないかしら。二人になれる場所はあるかしら?」

 

 不意に、女性がカノンノへ笑みを向けてそういった。

 

 部屋の準備も終わり、男性も自分に宛てられた部屋へと移動した後。カノンノもいつもの様に操舵室へと向かおうとしている時だった。

 

 二人になれる場所。思いついたのはいつも足を運ぶ操舵室だが、あの場所は展望室に向かうリュウキがよく顔を見せる。

 

 この時間なら。

 

 甲板なら二人になれると思うよ。

 

 カノンノの言葉にジュディスは頬笑み、じゃあ行きましょうとカノンノの前を歩き始めた。

 

 呼び方や話し方は砕けても良いよ、じゃあそうさせてもらおうかしら、私もジュディスと呼んでもらって構わないわ。

 

 ジュディスはどこか大人びた雰囲気で話しながらカノンノへ笑いかける。

 

 甲板へ出れば風が彼女の触手を揺らす。

 

 髪の毛のように頭から生える青いそれはクリティア族特有のモノ。詳しくは知られていないが、一部では得体のしれないものだ、と畏れられているらしい。どうでもいい、とカノンノは思う。

 

「ねえカノンノ、貴女はあの人が好き?」

 

 風に触手を揺らさせながらジュディスはどこか大人な笑みでカノンノへ笑いかけた。

 

 

 リュウキはいつものように展望室で外を眺めていた。思うのは先程ギルドに参加したいとやってきた、あの女性。

 

 近付いた瞬間に覚えのある嫌な感覚が身を覆った。思わず自己防衛のために全てを遮断したが、思えばアレは随分と無礼なことをしたのではないだろうか。

 

 彼女たちの種族がどうであるか分からないが、もし見られ、見ることが通常なのであれば後で謝りに行こうか。彼女なら謝罪や感謝の意くらい察してくれるだろう。逆に送り込むことも出来るなら、怒っていなければアチラのことも教えてもらえるだろう。

 

 言葉はないとしても、彼女は視てくれる。

 

 だが、伝えられるのは抽象的なイメージだけだろう。

 

 結局はカノンノたちと変わらない。

 

 だがどうだろうか。

 

 リュウキはカウンターに肘をつき、頬を乗せると溜息をつく。

 

 完全に油断していた。あの一瞬で"どこまで"視られてしまっただろうか。何を見て、誰に何を話すのだろうか。困った。

 

 言葉が完全に通じない。全く言葉の知識のない状況がここまで不安だとは思っていなかった。

 

――ねえ、まってるよ。

 

 知った声が霞がかった音で聞こえる。

 

 リュウキはただの幻聴だと軽く頭を振り、音を追い払った。

 

 アンジュからとある調査任務の手伝いをして欲しいと頼まれたのは、その直後だった。

 

 白い竜型の魔物がもたらした被害の状況と、その生息地の調査。カノンノから絵で伝えられたその依頼内容に、彼は眉を寄せる事しか出来なかった。

 

 幻聴ではないのか?

 

 アレは、ここに居るのか?

 

(2015/10/18 20:37:22)

 

 

 


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