望まず望まれた光   作:つきしろ

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第3話

 

 ルバーブ連山に落ちてきた男は腹に何かが貫通した傷があり、全治一ヶ月と言われていた。だがリュウキは三日ほどで歩けるほどに回復し、七日で勝手に医務室から脱走するほどに回復していた。

 

 相変わらず言葉は全く通じないが、自分用のノートとペン、そして身軽さと雰囲気の柔らかさで何とかこの場所、このギルド、アドリビトムにも馴染みつつある。

 

 ルミナシアの地図を見て首を振り、見舞いに来たギルドのメンバーが戻るときには片手を振って見送る。ただそれだけ、だが、彼女にとってこの七日間は通常よりも濃密な七日間となった。カノンノは依頼を終えると時に土産を片手に彼の元を訪れた。

 

 リュウキはそれを笑って迎え、スケッチブックに描いた絵を使って出来る限り意思の疎通を図った。

 

 具体的な話はできなかったが、リュウキはカノンノの仕事について知り、心配する表情を見せていた。

 

 ギルド、アドリビトムの仕事。失せ物探しに始まり、魔物の掃討までを請け負う何でも屋。船を拠点とするアドリビトムはいろんな場所のいろんな立場の人間から依頼を受ける。

 

 中でもカノンノは剣の腕もあり、魔物掃討を任されることが多い。

 

 魔物へ向かう自分の絵を見て、リュウキがどこか不満気な顔をしている。いつもそうだ。彼は自分が危険なことをするのをとにかく嫌がる。戦うべきじゃない。そう言われている気がする。

 

 けれどカノンノにとってはこの場所が家であり、自分の目的を達成するにも都合のいい場所なのだ。

 

 ある程度元気になり、動きまわる彼に仕事に行ってくると告げて背を向けると初めて手を取られた。振り返ると彼は空いている片手でペンを走らせた。

 

 魔物に向かうカノンノの絵の後ろに簡単な人の絵。

 

「一緒に、来たいの?」

 

 刀を持つその人は今のリュウキと同じ服装、髪型をしている。

 

 リュウキはカノンノの手を離す。暇をしているのか、助けになりたいのか。カノンノはとりあえずリュウキを連れてギルドリーダー、アンジュへ報告へ向かった。

 

 リュウキの描いた絵を見て、アンジュは難しい顔をする。意味は分かっているのだが、ギルドリーダーとしてそれを認めるのは難しい。

 

 いくら敵対の意思がないと言っても彼は不審人物に違いないのだ。空から降ってきて戦う力を持ち、誰かに傷つけられた痕を持っている。

 

 傷ならもう大丈夫みたいで、と必死に話すカノンノに対し疑いを向ける自分が嫌になるほどだ、だが、この船を守るのは自分の仕事だ。

 

「……分かったわ、ただし、ナナリーさんとハロルドさんを連れていくこと。あと、そんな装備ではダメよ」

 

 リュウキが身に着けているのは動きやすい布地の服。

 

 とてもではないが戦闘には不向きだ。

 

 じゃあショップに行こう。カノンノに片手を引かれながらリュウキは振り返り、アンジュに向かって小さく頭を下げた。

 

 まるでこちらの考えを分かっているような行動をする。

 

 時々、そう、時々だがまるで彼はこちらの考えを分かっているかのような行動をする。空気を読むのが上手い、というのだろうか。

 

 ショップに入っていった後ろ姿を見て思わず溜息をつく。あの人を疑うのもいい加減にしたい。

 

 けれど、警告された以上、気にしておかなければならない。

 

 

「ここがショップだよ、えっとね」

 

 スケッチブックにお金と店を書き込み、お金を店側へと矢印で渡し、武器や防具を店側から矢印で取り出すような絵を描けばリュウキが頷く。

 

 武器は何を使うのだろうか。

 

 問おうと思った時、リュウキはスケッチブックに絵を描いた。刀と呼ばれる細身の武器とカノンノが使うような剣。

 

 どっちでも良いのだろうか。

 

 試しに一振りの刀を試着として借りてみるとリュウキは頷いた。コレでいいということだろうか。

 

 防具はリュウキが適当なものを選び、そのまま着ていった。防御力よりも素早さを重視しているように思う。

 

 少し丈の長いジャケットに腰に挿した剣。レザー製の篭手。少し堅いブーツ。

 

 似合ってるキュ。店員の言葉に笑い返すリュウキ。

 

 そうあるべき物のように腰に挿さる刀。彼は振り返るとカノンノを促した。

 

 ホールではすでにナナリーとハロルドが準備を終わらせて彼らを待っていた。

 

「アンタが空から降りてきたっていうリュウキさんかい? あたしはナナリー。ナナリー、よろしく」

 

 言葉が通じないことは新しいメンバーにも伝わっているようで、ナナリーは自分の名前を反復した後、ハロルドを指して彼女の名前も反復する。

 

 リュウキも動揺に名を名乗れば興味深げに目を輝かせたのはハロルドだった。

 

「本当に通じてないのねえ。言葉も聞いたことのない発音、面白い、面白いわ!」

 

 何が起爆剤となったのか分からないがハロルドは何事か叫びながらリュウキについて語っている。

 

 聞いたことのない言葉、もしもコレを翻訳できたら。など。

 

 ナナリーが声をかけるまでそれは続いていて、四人はようやく足を勧めた。

 

 

 女の子ばっかりだ。リュウキはカノンノの後ろを歩きながらそんなことを考えていた。前を歩くカノンノは時折こちらを気にして振り返り、背後のナナリーは定期的に視線を寄越す。

 

 ハロルドは相変わらず楽しげに歌を歌いながら歩いている。

 

「――、――――」

 

 互いに分からない言葉。かろうじて分かるのはカノンノから絵で教えられたことだ。今、自分たちは指定された魔物(もっとも、今居る世界でこの言い方をするのかはリュウキにわからないが、リュウキにとってのバケモノ、魔物)を討伐に来ている。

 

 腰に挿した安物の刀を使うまでもなく、カノンノたちは魔物を掃討していく。

 

 だがまあ、働かなくては。

 

 魔物の気配が近くなり、リュウキは初めて腰の刀を抜いた。

 

 

 疾い。

 

 戦うリュウキの印象だ。それだけしか無いのかと言われればそれだけしか感じられないと言う他は無い。彼は武器を抜いたかと思うと静かに地面を蹴ってカノンノの隣から前へ出る。魔物の横を通ったかと思えば魔物が倒れる。

 

 魔物の攻撃は必要最低限の動きで避け、時に自分の体を魔物の爪がかすめていっても一切冷静さを崩さず、刀を差し入れる。距離の空いた魔物へは低位の魔法をぶつけて目眩ましとして、すぐにまた刀を差し入れる。

 

 目の前に三体居たはずの魔物はいつの間にか全て消えていた。

 

 最後に刀の状態を確認した彼は小さくため息をついて刀を収めた。

 

 カノンノたちの方を振り向いて首を傾げる彼は何もなかったかのように見える。ナナリーもカノンノ同様に唖然とし、ハロルドだけがすごいじゃない、と彼を褒めた。

 

 彼はもともと何をしていた人なのだろう。

 

 

 依頼完了の報告をしているとリュウキの迎えにアニーがやってくる。まだ完全に傷が塞がっているわけではないのだから無茶は禁止です。彼の手を引っ張り、医務室へと連れて行かれる彼はやはり、カノンノたちに向けて笑顔で手を振った。

 

「どうだったかしら?」

 

「想像以上だね。戦うことに慣れてる感じだったよ」

 

 ナナリーとアンジュの会話にカノンノは医務室へと向けていた視線を元に戻す。

 

「リュウキのこと?」

 

「ええ、そうよ。もしも戦闘が不慣れでついていったならこれから考えないといけないでしょう?」

 

「リュウキもここで働くの!?」

 

 嬉しさに目を輝かせるカノンノを見て背後のナナリーは少しだけ眉を寄せた。

 

 カノンノが部屋に戻った後、ホールでアンジュとナナリーは同時に溜息をついた。

 

「あたしもカノンノと同意見だよ。たしかにあれだけの力を持ってて敵だったら怖いけどね、常にあたしたちを気にかけてカノンノの方に敵がいかないように仕向けてまで居たあの人、疑いたくないよ」

 

 あたしも部屋に戻るよ。

 

 ナナリーも、続いてハロルドも。

 

 彼に全く嫌悪感を抱いていない。アニーもそうだ。医務室での彼も、手伝おうとすらするとても優しい男性。

 

 疑うだけ体力の無駄だ。

 

 彼のすることは完全にそう言っているようで逆に怪しく思えてしまうほど。再び溜息を付いたアンジュは休息を取ろうとカウンターから離れた。

 

 

 その日の夜中、医務室に用があり足を踏み入れたアニーは暗がりの中、リュウキの眠る寝床を見てしまった。

 

 彼の眠るベッドのすぐ隣、灯りを置いた小さな机の上に刀が置かれていた。彼が帰ってすぐ、アニーが回収し、医務室の奥にしまったはずの刀だ。

 

 置かれているのは彼にとってすぐ手の届く場所。

 

 

 翌朝、刀は彼の手元に無く、アニーがしまったはずの場所に『戻って』いた。

 

(2015/10/04 20:25:07)


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