望まず望まれた光   作:つきしろ

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第15話

 

 リュウキが居なくなった。そういう報告は何度目か。ただ、今回は本気なのだろう。アンジュはまた帰ってくるよね、と不安そうに視線を寄せてくるカノンノを見て心の声を押し殺す。またきっと勝手に様子を見ているだけよ。また帰ってくる。言葉をかけてやると安心したように自分の髪の毛に手をやる。彼に貰ったという髪飾り。

 

 帰ってくる気が有るのかは分からない。ただ、今回は本気なのだと思う。家出と言うほど可愛らしくはない。

 

 敵対するとは思っていない。どちらにも利益がないものを彼がするとは思えない。だが、安心もできない。

 

 アンジュの頭を過るのは『ラザリス』と名乗った存在と直接的に接触した日の任務。あの時、ラザリスの攻撃を受けた自分とジェイドは気を失った。だが、リュウキは目覚めていた。否、気絶すらしていなかったのかもしれない。

 

 あの時からジェイドの中でも彼に対する疑念は大きくなった。

 

 変質した人を助ける力があったとしても信用には事足りない。子どもたちのように純粋には信じられない。

 

 

 カノンノもなんとなく気付いていた。彼が簡単には戻ってこないこと。ずっと様子がおかしかったこと。

 

 髪飾りを外して眺めていた。綺麗な紅の装飾。

 

 本当にお父さんのようだと思った。贈り物をして互いに嬉しそうに笑って。

 

「まだ、近くに居るのかな」

 

 任務ついでに探しても良いだろうか。

 

 自分に見付けられるだろうか。

 

 

 色々な人の色々な意識を向けられる当の本人、リュウキは未だバンエルティア号の停泊する街に居た。灯台下暗しというもので、出ていったことには気付いても近くの街を探しはしないものだ。

 

 だが、思った以上に長く停泊している。

 

 港近くに宿を取ったリュウキは部屋の窓からバンエルティア号を眺める。女子供の多いあの船から降りるのも心が痛い。だが、それ以上に自分が自我を失う恐ろしさがある。

 

 自分が意識外で手を下すなんて恐ろしいことをしたくはない。

 

 腰に携えた剣に手を置く。いつまでも折れた剣を使えないからとこの町で買ったものだ。服も変えた。変装用の道具は――今は良いだろう。怪しいがフードをかぶればある程度姿を隠せる。

 

 ようやく動き始めたバンエルティア号が空に消えていく。

 

 便利な乗り物だ。アレだけの規模の機会が空を飛ぶのだから。俺が居た場所からは考えられない。空を飛ぶ移動手段なんて魔物に乗るしか無かった。

 

 さて。これからはどうしようか。

 

 リュウキは椅子に座り込んだ。当面は傭兵としてこの世界を回ろう。その内に竜たちからの接触も有るだろう。

 

 何より。

 

 思い出す、暁の従者の姿。

 

 ああいや、迷う必要はないのかもしれない。目指すのはひとつなのだから、そこへたどり着けば良い。

 

 まずは暁の従者との接点が必要だ。

 

 この世界にも幸いなことに『傭兵』という職業が有ることは知っている。名を売るまではどこかの組織の力を借りて、その後は自分のためと、目的のために。

 

 別世界から来たことは言わなければバレないはずだ。ジュディスのような人がいるのであれば頭の中も読み取られないように処置が必要だ。何よりもまずは働ける場所だ。

 

 バンエルティア号が全く見えなくなってからリュウキは部屋を出た。

 

 珍しく、油断をしていた。部屋を出たところに居た人影に一瞬驚くと、向こうから『今のタイミングで押さえればよかったかしら』とおどけた口調で言われる。

 

 レイヴン。

 

 最も会いたくないと行っても過言ではない人物が眼の前に居る。

 

「よく、分かりましたね。誰かと?」

 

「そんな怖いことさせられるわけないでしょうが。ま、監視みたいなもんかね。あ、そうそう。ある程度ならバレないように出来るから」

 

 そう言うとレイヴンは髪をまとめているゴムを解いた。

 

 落ちた髪を多少綺麗に整え、顔を上げたレイヴンはーーレイヴンではなかった。この考え方があっているのか、リュウキにも分からないがそうそう変えることができないはずの個々の雰囲気が違う。格好は何一つ変わっていないのに。

 

「……そんな凝視するほど、変か?」

 

 そして、口調も。

 

「驚きました。どちらも、レイヴンさんで?」

 

「ああいや、こちらで居るときは『シュヴァーン』でお願いしたい」

 

「は、っふふ。失礼な話、ようやく敬語が違和感なく使えます」

 

「……だからこちらは嫌なんだ。レイヴンが如何に嫌がられているかよく分かる」

 

 格好も変えたいから部屋に入れてくれ。

 

 レイヴン改めシュヴァーンの要望にリュウキは扉を空ける。

 

「そういえば、どこに行く気なんだ」

 

 背を向けて着替えながら向けられた言葉にリュウキはしばらく傭兵をしていますよ、と答える。楽ではないが、というごもっともの言葉を返されて笑う。

 

 この世界の傭兵についてはたしかに知らないことが多く不安だった。先程までは。だが、知っていそうな人間が監視とはいえこちらについた人がいる。とすれば不安は大分減った。そうだろう?

 

 笑いかければカッチリとした橙の服に身を包んだシュヴァーンが困ったように笑う。ともに行動するのだから手伝おう。無理ない程度にな。

 

 垣間見えるレイヴンのような言葉に笑う。

 

 ああ面白い。

 

 じゃあ、行きましょうか。道案内はおまかせしますね。

 

 リュウキの他力本願な言葉にシュヴァーンは笑ったまま前へと歩き出した。

 

 まず目指すは傭兵としての仕事を始めるための登録商会へ。斡旋された仕事をいくつか、そして運が良ければ指名されるようになるはずだ。

 

 想定以上の自体になってしまうのは、二人の想定にはなかっただけ。

 


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