望まず望まれた光   作:つきしろ

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第14話

 

 ああほら、動かないで。リュウキの声に真っ暗な視界の中で体を固める。おそらくリュウキが髪を触っている。

 

 つい先程、いつもより少しだけ上機嫌なリュウキがカノンノの居る食堂にやってきた。そしてカノンノを見つけると喜び隣に並ぶ。そして目を閉じて欲しいと言ってきて今に至る。リュウキは小さな声でロックスと何かを話しながらカノンノの髪に触れている。ふと、髪を下に軽く引っ張られるような違和感。

 

「ん、こんなもんか。良いよカノンノ、目を開けて。ロックス鏡」

 

 ゆっくり目を開けると満足げなリュウキ。そして、鏡を持ったロックス。ロックスはゆっくりと鏡面をカノンノへ向ける。

 

 鏡に映る自分は、カチューシャを取り髪を顔の横で一つにまとめている。とても可愛い、紅い花の髪飾りでまとめられている。

 

 驚き、リュウキを見上げるも彼はずっと満足そうに笑っている。

 

「前に依頼で行った街の露天で売ってたんだ。よく似合ってるよ」

 

 言いながら露天ではないけどな、と内心でリュウキは思う。本当はそれなりの店で買っている。だが、露天で売っていてもおかしくないデザインで、知らない人が見ると分からないが知っている人が見ればその人の品を知ることが出来る程度のブランド。

 

 カノンノがこういったものに興味がありながら疎いことは知っていた。だから、贈ってみた。

 

 案の定彼女は酷くうろたえている。きっと似合わない、とか考えているのだろう。

 

「戦闘する時は腕でも足でも付けられるし取っても良いよ」

 

「え、え。これ、え、わたしに?」

 

「あはは、もちろん。君は淡い色が多いけど一つアクセントとしてこういう色があってもいいと思ったんだ」

 

 案の定、よく似合う。

 

 ロックスと一緒に笑い合うが、カノンノは気恥ずかしさから視線を逸らす。

 

 これで普通の女の子に目覚めてくれれば、と思う。リュウキは片手を何度も髪飾りにやりながら気恥ずかしそうに笑うカノンノを眩しいものを見るかのように目を細めてみやった。

 

 子供は無邪気に遊んでいて欲しい。

 

 そう思いを新たにした瞬間、移動中の船が大きく揺れた。

 

 バランスを崩したカノンノを支える。何かがぶつかっている? それも、何度も。ぶつかってきている、というのが正しいだろうか。不規則だが何かにぶつかられているらしい。この船にぶつかってこれだけの衝撃を与えられる。大きく固い空飛ぶモノ。

 

 だがなぜ今。思うより早く、落ち着いた足取りでホールを抜け、甲板へ向かった。ホールに居るはずの人たちも甲板へ出ていた。

 

 青空を閉める多くの、黒い身体。

 

 ああ、ナルホド。と思う前に黒い身体の一つが船へと体当たりを行い、船が大きく揺れる。倒れそうになっているアンジュの身体を支えてやると、なにが意外だったのかアンジュが慌てて離れる。

 

 離れた先で尻もちをついていては意味が無いだろうに。

 

『彼(か)の方の仇!』

 

 不意に耳に入ってきたのはそんな言葉。他のメンバーたちには聞こえていないらしい。

 

 魔物がハッキリと言葉を理解していることも驚きだが、自分だけに声が聞こえていることも驚きだ。思い当たるフシは、ある。

 

 自分だけに聞こえるということは『彼女』と同じということ。

 

『お前たちも<向こう>から出来たのか?』

 

 外へと語りかけてやると目に見えて外を飛び回る竜たちの動きが鈍くなる。

 

『誰だ、何故言葉を』

 

 それはお互い様だろうに。

 

 竜のうちの一体、比較的身体の大きな竜が船に近寄ってくる。攻撃しようとするアンジュたちを抑えれば竜は甲板に足をつける。

 

『貴様が、彼の方の言っていたリュウキか』

 

 何故竜族はこんなにも高慢な言葉遣いのやつが多いのか。

 

『竜の中では若い方だと思うがな、彼女は。そうして慕ってくれるのは俺としても嬉しいところだ』

 

 周りから『人間ごときが』という罵りの言葉が聞こえてくる。そうあることを望んだのは彼女だ。言葉を返せば竜たちはまた船にぶつかろうとする。

 

 意外なことにそれを一喝して止めたのは船に足を付けている竜だった。

 

『人の身で挑発するのは止めてもらおう』

 

『ああ、失礼。癖みたいなもんさ』

 

 口元を隠して笑うとようやく落ち着いた船の上でアンジュが何かを叫んでいる。おおよそ何を話しているのか、というところだろうか。だが、彼らと話している以上他に話しかけると高慢な彼らは気に食わないとまたこの船に体当たりを仕掛けるかもしれない。

 

 目の前に足をつけた竜はジッとこちらを観察している。

 

 俺の後ろには武器を構える船員も居る。警戒しているのだろう。

 

『船を落とせば勝ちだろう? そう怯えるなよ』

 

 俺の挑発とも取れる言葉に船を囲む竜たちが唸りを上げる。

 

 だが目の前の竜は冷静にこちらを見るだけ。年齢が一番高いのだろうか。

 

『――彼の方をどうして殺した』

 

 そして聞こえた静かな言葉。

 

 リュウキはそれまでまとっていたどこか軽い感じの雰囲気を消した。誰が好き好んで。彼女を殺すというのか。

 

『苦しんでいたから。と言えば満足か? 元の場所での約束なんだ。どちらかが駄目になったら殺してやろうと』

 

『助けることは出来なかったのか』

 

『お前たち同様、彼女はとても賢い。自分が助かるかどうかなんてわかってるさ』

 

 助けられるなら助けた。俺たちのミスで巻き込まれ、この世界に来た彼女を。二十年という長い間共に戦った彼女を。

 

 自分の力不足と思うことはないが、だがそれでも道があるならばすがりたかった。

 

 ただ見知らぬこの世界に、道など用意されては居なかった。

 

 目の前の黒い体。彼女は毒され、自慢の白い体が黒くなった。目の前の竜たちもなのか。

 

『我らは元よりこの世界に棲む』

 

 リュウキの思考を読んだかのように黒い体が応えた。ああなら、大丈夫なのか。

 

『……彼の方がやってくるとき、世界は一瞬光に包まれた』

 

 そして黒の竜は何かを語り始めた。リュウキの後ろの緊張が高まりつつある中、語られる始まりの話へ彼は真剣に耳を傾ける。

 

 

 知性を持った竜がやってきた時、というのは正確ではない。あの時、世界にはいくつもの光が落ちた。そのひとつがリュウキの相棒である白い竜。そして光は多くの魔物たちにも降り注いだ。

 

 光を浴びた魔物たちは知識を持った。そして、急な知性に魔物たちは驚き慌てふためいた。

 

 知性を持った魔物たちへ手を差し伸べたのが、白い竜。

 

 既に世界に毒されていたであろう彼女は、だが、魔物たちに手を差し伸べて知性の使い道を教えた。人間を避け、陰ながら人間を助け、あらゆるものと共存する生き方。

 

 らしい、考え方だ。

 

 

 リュウキは笑った。優しく人思いの彼女らしい。

 

『彼女を殺した人間に復讐がしたいなら俺だ。ここには女子供も居るんだ。無茶な真似は止めてもらおうか』

 

『……。我らは行く。いずれそなたが一人の際に相見えよう』

 

 物騒な言葉を残し、竜は翼を動かした。

 

 空を覆っていた竜たちは皆、どこかへと飛び去っていく。

 

 振り返ると向けられる疑いの瞳。慣れたものとは言え、そろそろ限界なのかもしれない。お互いに。

 

 駆け寄ってきたカノンノが大丈夫? と声をかけてくれる。赤いヘアアクセサリーを付けた姿で。

 

 リュウキは無意識に肩を撫でた。硬質なもので覆われた、自分の肩。

 

 どちらにせよ、離れなければならない理由はあった。侵食する水晶化。人の凶暴化。他の人間に危害を及ぼす存在になるとしても、俺は一般人ではない。この体と力がどう影響を及ぼすかわからない。

 

 次の任務は指定された魔物の討伐。依頼主に報告を行えば達成となる。

 

 幸いにも同行者は居ない。

 

 

 出ていくには、最適のタイミングだ。

 


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