望まず望まれた光   作:つきしろ

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第13話

 

 歌を口ずさむ。元の世界では悲壮に打ち沈む女が歌う歌。観客はこの世界に住む何か。ここは任務でやってきた見晴らしのいい草原。討伐対象の大型魔物は既に居ない。打ち倒した。元々、一人でこなせる程度の任務だった。

 

 草原で仰向けに寝転がりながら彼は歌った。彼女が好きな歌を。

 

 悲壮とはかけ離れた彼女は自分にないものを求めているのか、こういう歌が好きだった。違う。何処かに抱えているからこそ、こういう歌が好きだった。

 

 強くて強くて、綺麗で、男勝りで――弱い。

 

『遥』

 

 口に出せばまるで締縄に打たれたかのように胸が痛くなる。置いてきた、大事な家族。

 

 誰よりも大事な。

 

「よ、何たそがれてるの」

 

 不意に影がリュウキの目の前に落ちる。上から彼を覗き込んでいるのは紫の羽織を来た男、レイヴン。リュウキは彼が苦手だった。戦える人間であることもさることながら、彼は自分に似ている節が在る。

 

 隠していることがあるということも、実力を持っているということも、そして。おそらく人を殺したことがあるということも。互いに気付いていて、敢えて触れずに居る。

 

 油断しているような格好をしているもお互いに気を許しはしない。

 

「ちょうどよかった、レイヴンさんに用があったんだ」

 

 草地から体を起こして、先程街で買ったものをレイヴンへ投げ渡す。

 

 ガラン、と音を立てて落ちたそれは幅広の剣。ああ、さっき買ってた。剣を拾い上げたレイヴンに向かって風が吹く。風に臆することなく、ただ驚きながら拾い上げた剣を防御のために振り上げた。

 

 一度だけ合わせた剣はすぐに離れる。

 

 明らかな敵意とともに剣を振ったリュウキは笑みを浮かべて距離を取った。

 

 何のつもり。問いかけると龍騎は笑みを深くする。

 

「意味は無いかな。ただ、ただそう。幼い頃から戦ってばかり居ると戦わないと相手のことが分からなくてね」

 

 だからやろう。本気で。

 

 一歩を踏み出そうとするリュウキにあわてて剣などそんなに強くないとレイヴンが訴えるが、彼は首を振る。剣を扱えない人間が今の一撃を無意識に防御できるなんてことはない。扱ったことがあり、剣で死地に向かったことがある人間だから防御できたのだろう。

 

 ねえ?

 

 リュウキの恐ろしいまでに優しげな顔にレイヴンはほとんど無意識なままに剣を抜いた。

 

 ほら、と剣を合わせながらリュウキが笑う。

 

 何故バレていたのか、とか、そんな考えより先に殺らなければ、という思考が広がる。

 

 この感覚がリュウキは好きだった。

 

 冷えた血が落ちていくような感覚、集中力が増し頭を締め付けられるような感覚。魔物相手には作り得ない緊張感。この世界では味わえないかと思っていた剣通しの戦い。

 

 体を回転させて勢いを付けた刀を当てる。レイヴンは刀を流すように避けながら途中で剣を持つ手を換えた。リュウキは剣を持つ手に合わせて攻め立てる場所が変わってくる。

 

 慣れてる。慣れすぎている。

 

 いなすのが精一杯なレイヴンは僅かな隙に距離を取り、リュウキへ待て、と話しかける。

 

「レイヴンさん、強いなあ。気を抜くと持って行かれそうだ」

 

 どの口で言ってるんだか。レイヴンはため息をつく。

 

「戦う体力がもったいないんだけど、やめない?」

 

「やめない。アナタも俺の力を気にしていたでしょう? ならちょうどいい。でしょ」

 

「……十分だけど」

 

「あはは、まさか。俺も両手を使える人と戦うのは久しぶりでね。楽しいよ」

 

 襲い来る剣気を耐えるも次の瞬間目の前にあるのは白刃。

 

 思えば、どうして重みのある剣を使っていたことに気付いていたのか。レイヴンは目の前の白刃が頬を掠め切り裂いていくのを感じながら足を一歩後ろに下げる。目の前の男は楽しげに剣を振る。

 

 優雅とも思える片足を軸に回転するような戦い方。一撃一撃に重みはないが早く鋭い。一撃一撃が致命傷を狙っていることがありありと分かる。

 

――楽しいよ

 

 彼は自分のことを騎士だと言った。護るために居るのだと。だが、彼の剣はまるで誰かを護るものではない。この剣は、奪うためのものだ。

 

「――アナタは、何故剣を捨てたんだ? 今の戦い方は後方より、それだけの力があって近接を捨てるほどの何かがあったのか」

 

 戦いながらこちらを分析するように視てくる。

 

「一度迷えば、迷っている時間だけ機会を無くす」

 

 弾かれたままによろければすぐに追撃の刃が襲う。

 

 あまりの力にレイヴンはついに尻もちをついてしまう。

 

「強さは全てを護る盾になる、何を斬り捨てても」

 

 目の前につきつけられた剣の切っ先。

 

 こんなに容易く転がされるのは想像以上だった。せめて同等程度の実力だと勘違いしていた。レイヴンは目の前で今にも自分を殺さんとするリュウキを見上げる。

 

 だが、彼はふと表情を崩すと手に持っていた剣を地面に突き刺し表情を緩めた。剣を握っていた手を差し出す。

 

「さて、レイヴン。君の実力は知れた。ありがとう」

 

「……情けない」

 

「っはは、普通であればアナタは誰にも負けないでしょ。問題ない」

 

「――敵対でもするつもり?」

 

 手を取って立ち上がると思わず口を突いて言葉が出てしまう。彼は嫌な顔ひとつせず、だが、質問に応えることもなくそろそろ帰ろうかと背中を向ける。

 

 その言葉が肯定の意味を含んでいることには気付いている。

 

 だが、彼は。彼が敵対した時止めろというのか。そんなお願いをされているのか。

 

「考えすぎは体にわるいですよレイヴンさん」

 

 バンエルティア号に戻ってはじめてリュウキがレイヴンにかけた言葉がそれだった。いつもと何も変わらない、近くに居るカノンノが何も怪しむことのないリュウキ。

 

 ただ『優しい』リュウキであるとは、もう思えない。

 

(2017/05/21 23:07:05)


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