背の高い男ライマ国の兵士ジェイドとアドリビトムのリーダーアンジュ、この二人と並んで歩くのは異常に心地が悪い。少し前までであればこういった『疑う』人間のほうが気楽だったと言うのに、よほど彼女たちと時間を過ごすことに慣れてしまったらしい。
内心で笑みを浮かべながらリュウキは目の前の石像を斬って捨てる。いやあ頼もしい、とわざとらしい男の声に思わず溜息をついて返す。
「俺は、休憩をとっていると言ったのですが」
嫌味のようにアンジュへ言い放つも彼女は笑って返した。休憩時間は存分に上げたのだから問題ないはずでしょう、と。確かに一日休暇をもらった上での任務でしか無い。
だが、行く気がない事を伝えるつもりで休ませてほしいと言ったのに、これはどういうことだろうか。完全に自分の意志を無視されている。それだけの信頼を失うようなことをしたのだろう。
これまでの単独行動を思えば、確かにそうだ。それに出生の知れない人間なのだから。
自分だったら檻の中に置くだろう。その点、彼女たちは優しい。
「俺もディセンダー様に願いを叶えてもらいたいものだ」
不意に、前方から声が聞こえてくる。それは暁の従者たちの声。ディセンダーを崇める言葉。
息を潜めるアンジュとジェイド。少し離れたところからリュウキは暁の従者たちの言葉を聞く。感情と自覚の抜け落ちたディセンダーらしい、おそらくあの紅い煙のことだろう。
言葉を聞くに、実体を持ったのか持とうとしているのか。意思を持とうとしていたのか――、持っていたのか。
どちらにしろひとりでに行動できるようになってきているらしい。
「見ろよ、この力、ラザリス様がくれたんだ!」
大岩に手を翳すだけで大岩は浮き上がる。
この力で世界を平和を目指すのだとか。虚言。
この集団全員があの力を得たとして、あの力を持って大国全てをまとめたとしても。
「平和ね」
思わず口に出てしまう。暁の従者たちには聞こえていないだろうが、同行者には聞こえてしまったはずだ。
いい加減に進みましょうか、というアンジュの言葉に隠れていた物陰から姿を出して暁の従者たちの前に歩み出る。途端暁の従者たちの顔色が変わる。
以外にも、喜色が見える。
仲間になりに来たのか、と慣れたような言葉にリュウキは顔を歪める。他に誰かが来て、仲間になっている。多くの人が?
より多くの人があの存在に触れているのか。
それは、恐怖でしか無い。
体が変質するからではない。人間でなくなるからではない。
目の前で激怒し武器を振り上げた暁の従者たちのように歪んだ思想を持つからではない。
みねうちに切り替えた刀を強く当てれば暁の従者たちは膝をつく。
「やれやれ。世を変えるにも、ディセンダー頼りですか。それでは、何も変わりませんよ」
「黙れ!!!」
これまでになく激怒した暁の従者たちを包む赤い煙。咄嗟に足を踏み出そうとしたがリュウキが手を伸ばすよりも早く赤い煙が暁の従者を包み込む。
石に、結晶に包まれたような姿になった彼らは這いずるように遺跡の奥へと逃げ込む。
追いましょう、と言った彼女っちから少し離れ、自分の右腕を見た。
これは――侵食する。
あの山であの煙に触れられてから、触れられた箇所から少しずつあの人達のような結晶は広がっている。
いずれ、ああなることは目に見えている事実。自分に――自分の能力を使えない限りは一緒だ。自分に自分の能力が使えないことはよく分かっている。
何度も試した。
「ラザリス様…ディセンダー様…、助けて下さい…こんな、こんな姿…」
這いずる彼らを迎えたのは――人に近い何か、だった。まるで何か、硬質なものと人間とで組み合わされたような。片目はまるでヒトデに覆われているようだった。
少女のようにも少年のようにも見えるその生き物はコツコツと靴と同化したような足で床へ叩き、近寄ってくる。
「助けて…だって? 望んだから、欲しがったから、力をあげたのに……」
酷く優しげに、だがどこか冷たい言葉はアンジュたちを含む暁の従者たちに手を向けた。
悪寒が全身をめぐり、無意識に防御のため片手を前へ向けた。
そして強い衝撃波が彼らを襲う。防御の間もなくアンジュとジェイドが吹き飛ばされ、リュウキは魔術で作り出した壁を押し切られ、両手を防御に回す。右手を、使いたくはなかった。
何が怒るかわからなかったから。だが、予想に反して何も起きず防御の陣は役目を果たす。
「やあ、『龍騎』」
「っ。……あのときの感覚、お前も、俺を覗き視たのか」
知ったような口ぶり、そして、名前の呼び方。まるで、元の世界のような。
山で彼女、赤い煙だった存在、ラザリスに触れられた時に感じた感覚はジュディスに自分の中を覗き見られた時と同じだった。
ふふ、とラザリスは楽しげに笑う。一歩一歩リュウキに近づき顔を上げる。
「ラザリス、といったか。何がしたいんだ。生き物の願いを叶えることだけがお前の『やりたいこと』じゃないだろう」
「ああそうだよ。ボクのやりたいことは汚い人間たちの願いを叶え続けることじゃない。ボクは『ボクとして』存在する、ボクの願いはただそれだけさ。――帰りたいと、望むだけの君と同じようにね」
ラザリスも居なくなった遺跡で、リュウキは壁に背を預けて座っていた。
結晶化した暁の従者は自分の力で元に戻した。ラザリスの力で気を失っていた彼らは今、人間に戻りただ眠っている。アンジュとジェイドにも回復術をかけた。じきに目覚めるだろう。
問題はそちらではない。
右手を見据え、小さくため息をつく。
問題はこちらに有る。数人の人間の結晶化など問題ではないと言うほどに。潮時なのかもしれない。
何かのために何かを犠牲にする考えのない、この集団の中にはいられないのかもしれない。何かを知る男はいる。だが、それ以上に。
リュウキはそこに居た。
遺跡の壁に背を預け、刀を抱えて。眠っているかのように目を閉じていたがジェイドが起き上がると目を開けて笑いかけた。
「魔物たちが来る前に起きてくれてよかった。アンジュを起こしたらこの人たちを連れて出ましょう。……ラザリスも、もう居ない」
どこか寂しげにリュウキはそう言うといつの間にかそうしていたのか、腕を縛った暁の従者を起こす。
何があったのか、問うべきだということは分かっていたが問えなかった。
彼の誰も寄せ付けない雰囲気が問うことを拒んでいた。