望まず望まれた光   作:つきしろ

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第11話

 

 ゾッとした。リュウキは思わず足を止める。

 

 これが願いを叶える存在? ティトレイとメルディの声が遠くに聞こえる。麓に居たカップルが求めていたようなそんな優しい存在ではない。もっと巨大で、もっと曖昧で、あの時に『視た』モノによく似ている。だけれど違う。

 

 まるで滑るような足取りで赤い人影のようなそれはリュウキに近づき、指のない腕のようなモノを伸ばす。大丈夫かとティトレイが言う。大丈夫ではない。だが、体がうまく動かない。

 

「いたぞ!! ティセンダー様だ!!」

 

 叫ばれた誰のものでもない声にようやく我に返り、声の方を見やる。見たことのない装束に身を包んだ男たちが人形の赤い煙を見て歓喜にわく。

 

 ディセンダー。

 

 世界が危機に瀕した時、世界樹より遣わされる救世主。らしい。

 

 記憶もなく、恐れも知らない英雄。

 

 おとぎ話に出てくるソレを信じている集団が居る。厄介な厄介な『暁の従者』

 

「願いを叶え、全ての者を導き給うお方。ディセンダー様! やはり、降臨されていたか!」

 

 こういう、救いを求めるだけの人間は嫌いなんだったか。

 

 ティトレイは装束を着た男たちが赤い人影を連れて行こうとするのを心配している。赤い影はリュウキを正面に見たまま動こうとしない。

 

 リュウキもまた、赤い人影から目を離さない。

 

 意思のわかりやすい人たちよりもよっぽど不確定要素。今赤い人影が何をしても対応できるように。ティトレイと暁の従者たちが言い争っている中、赤い人影は再びゆっくりと片手を持ち上げた。

 

 その動作を不可解に思いながら、リュウキは赤い影が指した方向を見た。

 

 音のない羽ばたきが聞こえた。

 

 弾かれたように地を蹴った。暁の従者を殴るように突き飛ばし、ティトレイも同様に強く胸のあたりを押してその場から引かせる。

 

 落ちた牙が空を噛み、ガチ、と音がなる。

 

 山頂に来るまでにリュウキたちを襲った、竜のような何かが地に足をつける。

 

 咄嗟に見たのは赤い影だった。

 

 ソレが指さなければ暁の従者か、ティトレイが巻き込まれていただろう。

 

 赤い人影はワラっていた。気がする。

 

 そこからの行動は彼にとっても想定外だった。

 

 竜のような何かが羽ばたき、舞い上がった羽が意思を持つように空中で制止した。そして、鋭くその場に居た全員に向かって飛んだ。

 

 リュウキが突き飛ばした暁の従者の一人は岩陰に隠れ、ジュディスはメルディを守り、ティトレイは自分の身を守った。

 

 リュウキは剣を振っていては間に合わないその場所へ、自分の手を滑り込ませた。

 

 赤い人影へ向かう、強さを持った羽へ向かって。

 

 どっ、と鈍い音が幾つか響いた。

 

 身を隠すことの叶わなかった暁の従者に羽が突き刺さる。

 

 ここに来るときといい、今といい、やたら『刺される』ことが多いな。利き腕と、脇腹に刺さった灰色の羽を見やり、笑う。誰かが彼の名を叫んだ。

 

 痛みで倒れ込むリュウキに気を取られ、本人たち以外は気が付かなかった。赤い影が、倒れ込む彼にほんの少しだけ、触れていたこと。

 

 体が倒れきる前に羽の刺さっていない手を地面につく。

 

 力を込めれば羽の刺さった場所が焼け付くように痛む。

 

 彼の目の前で、無事だった暁の従者が赤い人影の手を引いて行った。

 

「リュウキ! っ、少し我慢しろよ!」

 

 ティトレイに肩を抱えられ思わず声が出るがティトレイに運ばれるまま、岩陰に座り込む。あのモンスターを撃退するから動くなという言葉を聞きながら、ティトレイが居なくなった瞬間、利き腕に刺さった羽を引き抜く。

 

 刺さっていては満足に動かせない。幸いなことに毒を持っている種類では無さそうだから問題はない。

 

 続けて脇腹に刺さっている羽を引き抜いて捨てる。

 

 近くで争っているような音が聞こえる。

 

 戦いに関しては任せてしまっても問題ないだろう。問題になるのはそう、二つ。どちらを優先するか。

 

 ゆっくりと体を起こし傷口を適当に治療する。

 

 今からならまだ間に合うだろう。

 

 

 またリュウキが居なくなった。

 

 何度目か、数えたくもない報告にアンジュは思わずため息をついた。今度はどこに行ったのか、こんなにも問題は山積みになっているというのに。

 

 願いを叶えるという存在がディセンダーという肩書を持って暁の従者に渡ってしまった。そこから何があったのかは定かではないが暁の従者はまるで人を超えたような異様な力を持って大国さえも食いつぶそうとしている。

 

 大国ライマは暁の従者と国民達によって城を攻められた。アドリビトムでは今、ライマの王族を匿っているような状態だ。

 

 暁の従者が何を思い何をしているのか、そして、どこにいるのか、何もわからない。

 

 リュウキがルバーブ連山から姿を消してもう幾日も経っていた。アドリビトムは暁の従者を探すことを中心に依頼をこなしていた。

 

 そんな時、停泊していた港から黒いローブを身にまとった男性らしい人影がアドリビトムにやってきた。

 

 黒い髪に黒い瞳。見たこともない人だった。顔も体もローブで隠しているような怪しい人を前に、アンジュとカノンノはカウンターで身を引き締めた。

 

 女がリーダーだからと馬鹿にする人も今までに居た。この船欲しさに乱暴ごとを起こした人も居なかったわけではないからだ。

 

 男はそんな二人を見て小さく笑い、ローブを背中へと倒した。

 

「ぇ」

 

 カノンノの小さな声が聞こえ、男は笑みを深くする。

 

「よお、情報を持ってきたよ。……あれ、アンジュ、えーと、まさかと思うが気づいてるよな?」

 

 髪に手を置き、引けば赤く長い髪が出てくる。そして、目元に手をやれば黒い瞳ではなく、紫色の瞳が見える。

 

「ま、そんなのはどうでもいいさ。暁の従者はアルマナック遺跡にいる。今はライマの方に人を割いているから潜入するなら今が良いだろう。……具体的に何をしているのかまでは分からなかった。だが、いい予感はしないな。人ならざる力を持っているのは確かだったがあれは魔物に近いものだ。行くなら、それなりに戦える人にしてくれ」

 

 ふ、と。

 

 カノンノはリュウキを見上げた。

 

 動いた気がしたのだ。不必要に、揺れるように。

 

「勝手に姿を消したのは謝る。こういうのは、まだ一人のほうが慣れててね。また勝手をするが、休ませて欲しい」

 

 アンジュの制止も虚しく、彼は自分にあてがわれた部屋へ向かって歩き始める。

 

「大丈夫かな」

 

 カノンノの声に、アンジュはまたため息をつく。

 

 情報はとりあえず皆に回すとして、あれをどうしようか。休憩に行ったということは自分で向かうつもりはないのだろう。

 

 アルマナック遺跡。魔物も巣食っている場所だ。

 

 カノンノにも手伝ってもらおうかと、口を開いたが既に目の前にカノンノは居なかった。

 

 

 リュウキは小さな空き部屋を一人で使っている。

 

 カノンノは扉を叩いたが、返事はない。

 

 恐る恐る扉を開くと、鍵がかかっていなくて扉は簡単に開く。

 

「リュウキ?」

 

 声をかけると息を呑んだような音が聞こえてきた。音の方向を見るとタンクトップ姿のリュウキが居た。

 

 その姿に思わずカノンノが息を呑むと足早に彼が近づいてきて扉を閉めて鍵をかける。近い位置にリュウキの身体がある。思わず手を伸ばすが、その手は大きな彼の手に捉えられる。

 

「カノンノ、」

 

 背中は壁に当たっている。目の前にはリュウキがいる。片手は捉えられている。

 

「これは、内緒な」

 

 カノンノを捉えていない片手から目が離せない。

 

 彼の片手は、二の腕から肩にかけてまるで結晶化しているようだった。

 

 赤い煙に囚われた、人間のように。

 

(2017/01/09 22:40:06)


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