望まず望まれた光   作:つきしろ

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第1話

 

 何だアレは。

 

 一人の男が大通りで叫び声を上げ、世界樹を指した。世界樹はその大きな姿から僅かに発光していた。町中の人たちが皆、世界樹を見やった時。

 

 世界樹は白い光に覆われた。光はやがて世界樹の周りをめぐる幾本もの光の柱となった。光の柱は世界樹の上でひとつとなり収束すると大きな光の玉となった。

 

 人々は世界樹を見て不安に声を上げ、期待に心躍らせた。

 

 古き伝承の再来だ。誰かが歓喜に湧いた声で叫ぶ。ディセンダーがやってくる。この世界は救われるんだ。狂ったように同じことを叫ぶ男の視線の先で光の玉は弾け、流星となり世界へと堕ちていった。

 

 ディセンダーが降臨された。さあ探せ。この世界の救世主を探せ。

 

 

 この日、ルミナシアにいくつかの光が堕ちた。

 

 世界樹から放たれたひとつの光は地上に墜ちると同時に大空へと舞い上がり、ひとつの光は洞窟から地中深くへと潜り込み、ひとつの光はとある国の王室の壁に突き刺さり、またひとつの光が今地上へ降り立った。

 

 蒼き霊峰、ルバーブ連山。

 

 その頂(いただき)に光包まれた人が、落ちる。

 

「人、だ!? 空から人が降りて……」

 

 桃色の髪を持つ少女、カノンノ・グラスバレー。大剣を背負った彼女の目の前に、彼は落ちる。

 

 黒く丈の長い布地に身を包み、臙脂色の長い髪をなびかせて、ゆっくりと地面に背中を付ける。

 

 眠っている。カノンノはそう思いゆっくりと近付いた。けれど彼女はすぐに考えを改めた。彼は眠っているわけではない。黒い布地に包まれた体、その腹部からじわりと染み出す液体が彼の状況を語る。

 

 慌てて駆け寄り、マントとも思える黒い布地の前を開ける。白い襟付きのシャツに広がる赤い模様を見てカノンノは眉根を寄せる。腹部を中心に流れ出る彼の体液が止まらない。

 

 彼は眠ってなどいない。意識を失っているだけだ。痛みで、なのか。失血なのかは判断が出来ない。けれども顔色が良くない。

 

 ファーストエイド。

 

 回復魔法の光が彼を包むも赤い模様の広がりが止まらない。このままではいけない。この人は命を失ってしまう。

 

 そういえば近くに魔物の近づかない安全な場所があった。助けを呼ぶにしてもせめて魔物たちが近寄らない場所に彼を運ばなければ。おそらく、時間は無い。

 

 気休め程度の回復魔法を重ねがけして男の人の肩を抱える。重い。引きずるように体を起こすも、この重さを引きずりながら移動は出来ない。せめて誰か男の人の手助けが要る。

 

「やあカノンノ、迎えに来たよ。大丈夫かい?」

 

「カノンノさん、待ち合わせの時間に居らっしゃらないので皆さんが心配していますよ?」

 

 クレス、ミント。

 

 カノンノは切羽詰まった声で迎えに来た自分の仲間たちに腕の中の男を見せる。心なしか息は浅く、肌に血の気は見られない。

 

 いきさつが分からなくても状況を飲み込んだ彼女、長髪の美しい髪を持つ白服の女性、ミントは鉢巻をした男性クレスと目を合わせ、互いに頷きあった。

 

「ミントが応急処置を終えたら僕が記憶陣のある場所まで運ぼう。カノンノは船に戻って誰かを呼んできてくれる?」

 

 話している間にもミントは地面に膝を付けて回復魔法を男へとかけ続けている。失われた血までは元に戻せないが更なる失血は抑えられるはずだ。

 

 クレスに男の体を預け、カノンノはルバーブ連山を駆け下りた。誰だか知らない、空から落ちてきた男でしか無い。けれど目の前で消えかけている命をみすみす捨てさせることなんてしたくはない。

 

 それに。

 

 カノンノは頭を振った。余計なことを考える前に助けを呼びに行こう。ウィル、ヴェイグ、クラトス。誰でもいい。男の人を呼んで、運んでもらって。

 

 救護室のアニーにも伝えておかなければ。

 

 船に戻ったカノンノの言葉に廊下で話していたウィルとクラトスはすぐに船を離れて男の救護に向かい、救護室のアニーは急患に備えて出来うる準備を始めた。

 

 クラトスは回復魔法を使える。ミントだって近くに居る。自分に出来ることはないとわかっていても居ても立ってもいられないカノンノはクラトスたちに続いて空から落ちてきた男に付き添った。

 

 クラトスたちに抱えられた彼の体には当たり前ながら何の力も入らず、投げ出された片手が脱力して揺れる。

 

 移動中もミントの応急処置は続くが、変化は見られない。

 

 きっとだいじょうぶだよ。クレスの言葉がどこか遠くに聞こえてしまう。

 

 彼は誰、何故空から落ちてきたのか、あの傷は何なのか、何故あんな傷を負っているのか。聞きたいことは山ほどある。けれど、今願うのはただひとつだけ。

 

「どうか、助かって……」

 

 両手を重ね、カノンノは救護室のベッド横に座っていた。彼の体は、熱を持っていた。

 

 一通りの処置を終えたアニーが少し物憂げに眉を寄せて男に付きそうカノンノの隣りに座る。

 

 男は腹部を中心に包帯が全身に巻かれていた。

 

 腹部に何か大きなものが刺されたような傷、全身に切り傷、失血と衰弱、傷口の炎症から発熱。状況は悪い。薬が効いて持ち直せば助かる。けれど、もし薬の効きが遅く彼の力が先に尽きてしまえば。

 

「今夜を乗り切ってくれれば大丈夫です」

 

 それ以上は何も言わず、アニーはカノンノ用の毛布を渡して救護室を出て行った。彼女にも、もう出来ることはない。彼の生きる意志と力に賭けるしかない。

 

 眠る彼の瞳が見てみたい。話してみたい。

 

 好奇心というより使命感がカノンノを動かしていた。

 

 いまはただ、助かって欲しい。

 

 カノンノは彼の手に自分の手を重ねた。

 

(2015/09/30 23:41:01)


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