東方賢神伝 ~ Lost dignity of ostracized girl. 作:バイロン
目を開けると、バッタと目が合った。
手で払いのけて起き上がる。
爽やかな朝の晴れ空に、広い草原。
遥か向こうには山々が見える。
地上と言えば穢れに満ちた場所だと決めつけていたが、なかなか美しい所じゃないか。
空気の感触は明らかに違うが、特に身体の異常は感じない。
(おそらく)昨日ここに落とされて、今まで眠っていたのだろうが...
正直もう二度と目が醒めることはないだろう、と思っていた。
地上の穢れに蝕まれ、神力を吸いとられ、弱りきったところを妖怪、いや、下手をすれば只の動物に殺められる。
神界での汚名をそそげぬまま、地上で無様に朽ち果てるのだ。
そう思っていた。
だが、現に私は目覚めたのだ。再び。
神力の衰えも特に感じない。
もしかしたら、地上もそこまで悪い場所ではないのか?
思考を巡らせる。
そもそも日本(神界)において、最近地上に降りてどうこう、という話を聞いたことがない。
誰々という愚か者が地上に落とされ~
といった話は小さい頃から散々聞かされていたのに。
実は、地上の穢れは、何らかの原因で誇張されてきたのではないか。
なんだか元気が出てきた。
穢れの影響はほとんどない。ならばこの地上にて生き抜く術はある。
人から信仰を得れば良いのだ。
信仰さえ得られれば、半永久的に存在していられる。
西方で完成されたと聞く、神による人類の統治機構の構築も実践できる。この私自身の手で! もし完成させられれば、これは東方世界初の快挙だ!
地上の穢れが誇張された原因も、思う存分探究できる!
ライバルは居ないし、制限時間も無い!
本当に地上に落とされた神なんて私くらいのものだし、永久に追放された神を神界に呼び戻す者などいないのだから!
もう、無知蒙昧な神界の執権部に怒りを募らせることも、誰も聞いちゃいない講義をすることも、真偽もおぼつかぬカビ臭い文献とにらめっこすることも、粛清の魔の手に怯えることも、
ぜーーーーーんぶ必要ない。解放されたのだ!私は!
全て自分の目で見て、耳で聞き、自ら考え、手を下せば良いのだ!
素晴らしい気分だ。確かに神としては最悪の辱しめを受けたが、学問の探究者として、これほど豪華な環境は、未だ嘗て想像したことすらない!
「こうしちゃいられん、早速人の集落をさがして...!」
ぐちゃっ...
「ん?」
そっと下を見る。
白装束の右半分が泥で染まっていた。
あんな豪雨の中で寝そべっていたのだ、当然のこと。
「...まずは川探しかな」
衣食住足りて学問を知る。
食と住はなんとかなっても、衣がこのざまでは始まらない。
かくして、「学者」寒川白媛の実学の旅は始まった。
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川はきっと山にあるだろう。
そう単純に考えて、草原をひたすら歩く。
飛ぶなんて贅沢はできない。神力の無駄だ。
やっとの思いで山麓の森に着いた頃には、もう日が高く昇っていた。
それなりの規模の川を見つけた。広げた両手5つ分くらいか?
「白と茶色装束」を脱ぎ去り、川の水で身体と服を清める。
いま地上は盛夏。容赦なく降り注ぐ陽光で火照った身体に、冷涼な清流はなんとも心地よかった。
晴れて白に戻った服の乾燥は太陽さんに任せるとして...
着るものが無い。
木の葉を纏ってみようかとも考えたが、誰が見ているわけでもなし、服が乾くまでは素っ裸でいることにした。
風呂場以外で裸になるなんて、初めてじゃあないか?
誰へでもない背徳感にちょっとドキドキしながら、河原の岩に腰かける。
まあ、私が裸の所を襲われて云々、なんてことは絶対に無いのだが。
万が一にも「有り得ない」ことだ。
ところで。
人の集落は川沿いにできる。この近くにも村があるかもしれない。
一応注意は払っておこう。
もし水汲みに来る者を見つけたら、後をつけて...
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日が暮れた。
いや、正確には夕間暮れというべきか。
人なんて影もなく、猪の親子を見かけただけだった。
白装束は完全に乾いている。
とりあえず身にまとい、さてどうするか。
あまり夜に歩き回りたくはない。しかし、私は寝る必要があるのだろうか?
神界にいた頃は、夜はやることがないから寝ていた。油もただではないし。
...ごちゃごちゃ考えても仕方ないか。寝ることにしよう。
そこらへんの樹にもたれかかって、眠りについた。
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見晴らしの良い所ならば集落も見つけやすいだろう、ということで山登り。そう高い山でもないので、さっさと頂上に着いてしまった。
あとは夕方まで待つのみ。
夕方になれば、夕食を作る煙が集落の目印となるだろう。
単純な考えだったが、どうやらこれで正解だったようだ。
いま煙の柱が真正面に一つ、少し左の奥に一つ、反対に右の奥に一つ(これはちょっと遠そうだ)見える。
そこそこの規模の集落を三つ発見した。
そうと決まれば早速、一番近い真正面の集落の近くに居を構えて奴らを観察だ。
神力の節約も忘れて一直線に飛んで行く白媛であった。