東方賢神伝 ~ Lost dignity of ostracized girl.   作:バイロン

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この作品は東方projectの二次創作です。

オリジナル主人公が登場します。

独自設定、原作設定の改変や消失が起こります。

以上の事を許容していただける方のみお読み下さい。

※この作品はArcadia さんにも載せさせてもらっています。


第1話

 

 

 

 

 

 

 

荒野の果て、見渡す限り人っ子一人も居らぬ。

 

 

鈍色の空より降り注ぐ冷たい雨に打たれ、北風に吹かれてざわめく草々の音に包まれ、雨粒を叩きつけられる地面との共鳴を覚えながら、身体の熱を奪っては流してゆく水を払う気にもならず、虚空を見つめる。

 

立っているのも辛くて、地面に倒れこんだ。

べちゃっ、と音がした。右ほほに感じる泥はとても冷たくて、寒くなった。

心の奥にはひどい凍傷が広がって、焼ききれそうなくらいに痛い。

懲りもせずにまた涙が溢れてきた。涙まで冷えきっているような気がした。

嗚咽を漏らしながら、目を閉じて、

痛む頭を動かして、ほんのすこし前の事を思い出す。

 

 

 

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私の名は寒川白媛(さむかわのしらひめ)、神界に産まれて凡そ1000年になる。

 

神としてはまだまだ若輩であるが、学問を修め、歴史を学んだ私は、知性においては並み居る神々の中でも優れた部類に入ると自負している。

 

今は更に若き神々に対し、神界の政や法、果ては人類学まで、幅広い知識を授けることで日々を過ごしている。

 

「ーーーーえ~、知っての通り、最近我らが日本では人がムラをつくり稲作を学んだばかりである一方、遥か西方のメソポタミヤにおいてはより大規模な集落が興り、神権により擁護された王を頂点とした身分制度が確立され、商業も盛んである。よって信仰の力も甚大でーーーー」

 

学徒はみな講義をを聴いているともいないともつかぬ様子であり、とても好ましいとは言えぬありさま。

 

しかし私はそれを咎めるでもなく、講義を進める。

 

「ーーーーであるからして、我らが今もっとも重んじて取るべき策は我らが子、日本の人を扶助して豊かさを与え、信仰の増大を図ることでありーーーー」

 

講義もいよいよ佳境である。私は学徒らに力説する。

 

「ーーーーとどのつまり、今! 魔界を刺激して争いを起こしこれを征すべしなどというのはほとほと馬鹿げた話であり、時代錯誤も甚だしい、無知無学なる者の愚考なのである!」

 

丁度ここで、ご~んと講義終了の鐘が鳴る。

 

「今日の講義はここまでとする」

 

こう言った途端、学徒らは蜘蛛の子の様に散っていった。今日も質問に来るものは居ない。

 

 

わたしたち神々は神力を養うことで存在を保っている。

詳細は長くなるので省くが、この神力は魔族どもにとっての魔力と互換するもので、その量は限られている。

この奪い合いによって魔界との戦争が絶えない訳だが、実はもうひとつ神力を得る方法がある。

そう、信仰である。

元々は微々たるものだったこの力は、人類が言葉を覚えて文明を作り出す中で、意識を養い、生と死に気付き、神の存在を知る事で近年急激な伸びを示し、西方では信仰による神力の完全自給が実現するほどなのだ。

 

これからは信仰の拡充が最も重要。信仰の時代が今に訪れる。それによる神力の自給が可能になれば、もう魔族どもと殺しあうことも無い。

 

しかし、執権部では古くさい主戦論が罷り通り、私のような進歩的な主張は異端として退けられ、己の保身しか頭に無い御用学者どもの進言で、「異端論者」排除の動きまででてくる始末。

今や公然と反戦を唱える者も少なくなった。

 

これでは神界の未来は暗い。

そして、私の未来も。

 

 

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ある日から。

知恵と力に満ち、信仰の重要性を訴えた偉大な神々が、「突然に謀反を企む」ようになった。

「反乱を企てた」とされる彼らは、弁護人もつけられぬまま法廷に引きずり出され、ことごとく有罪とされ、「粛清」の対象として処刑されていった。

 

そうして幾多の神々が殺されて、程なくしてやってきた今日。

私は法廷に赴かねばならない。

 

 

逃げる気も無いのに両腕をがっしりとつかまれて棲みかから裁判所まで移動し、ざわめく法廷に入って被告人席に着く。

傍聴席には空きがめだつ。弁護者も、弾劾者も存在しない。

限界まで略され、すっからかんになった裁判がはじまるのだ。

 

判事が入ってくる。談笑が止む。静寂。

彼は私を見下ろして、このスカスカ裁判になけなしの威厳を演出するような、無駄に重々しい口調で、私に問う。

 

「被告人、名前と職を言え」

 

「寒川白媛、学者」

 

「汝に問う。汝は暴力的手段をもって現執権部を排除し、神界の秩序を犠牲にしてでも己の権力欲を満たさんとした。間違いないか」

 

「事実に反する。私は一学徒として自らの信ずるところを述べたまでであり、暴力に訴えて権勢を得んと企図したことは一度もない」

 

「...汝に問う。汝は周囲の者達に反社会的思想を吹き込み、しかも暴力的手段による反乱を教唆した。間違いないか」

 

さっきと同じことを訊いているじゃないか。

...どうせ訊くべきことなど無いのだろう。私の有罪は最初から決まっているのだから。

 

「...事実に反する。私は自らの信念に沿い、神界のために取るべき策を語ったのみ。そもそも、暴力的手段を教唆することなど私には出来ない」

 

クスクスという小さな笑いが聞こえる。

そう、戦闘に全く向かない私の能力では、実力行使なんて出来っこないのだ。

私が武力を以て謀叛だなんて、とんだお笑い草である。

 

「...他に何か言いたいことは有るか」

 

「無い」

 

「それでは判決ーーーー」

 

ああ、いよいよか。

少し感傷的な気分になった。

私の様な格の低い神に密室処刑が適用された例はない。

ほぼ間違いなく、公開処刑に晒し首だ。

1000年生きてきたこの神界を去り、輪廻からも外され、私の魂は永遠に葬られるのだろう。

公開処刑の際は何と捨て台詞を吐いてやろうか考えつつ。

目を閉じて、判事の声に耳を傾ける。

 

 

 

「ーーーー判決。被告人に反逆罪を認め、かの者を有罪とする。かくなる上は、神界から地上への永久追放を以て、その罪を償うがよい」

 

ざわめく法廷。

 

目が見開かれ、唇が震え、顔から血の気が引き、足から力が抜け、その場にへたりこんでしまった。

 

手を引かれて文字通り「引きずり出され」てゆく私は、さぞ情けなく、みっともなく映った事だろう。

 

 

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最期は同じ神の手にかけられる。これはせめてもの、最低限の名誉だ。

 

追放刑なんて、例えば魔族と結んだ神のような、本当に最低最悪なもっとも恥ずべき刑罰。

 

神は、神力の得られぬ地上では生きて行けない。

じわじわと力を失い、弱りきった所を妖怪かなにかに襲われて滅びるのだ。

 

これはつまり、私など、殺すにも値しない屑だと、弱いくせにでしゃばるから、五月蝿いから、神界から、捨ててしまおうと、つまり、そういうことだ。

 

たしかに、私は、闘いとなるとからきし、駄目だし、能力も、戦闘には、まるで、役に、立たない。

 

でも、だから、学んで、知恵をつけて、神界のため、人のためになろうと思ったのに。

 

少しは立派な神に近づけたと思っていたのに。

 

悲しくて、悔しくて、

 

涙が、止まらなかった。

 

 

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執行の日はすぐにやってきた。

ずっと泣き通しだった私も、ついに涙は涸れ、なにもできなくなってしまった。

 

もう疲れた。

このまま、この場で殺してくれたらどんなに幸せだろう。

 

「前にゆっくりと歩け」

 

目の前には真っ青な空が広がっている。

ここは神界の端。

ここから突き落とされて、地上に叩きつけられるんだ。

 

遠巻きに見物者たちが見える。

 

滅多にない追放刑の執行だ。

産まれてこのかた見たことがない者もたくさんいるのだろう。

 

私だって、文献でしか知らない。

 

後ろ手に縛られ、ゆっくり前進する。

ここは真っ白だ。

私の服も真っ白、床も真っ白。

蒼穹とよく対比されて、綺麗だな、と思った。

 

「止まれ」

 

もうあと一歩踏み出せば空の中だ。

 

今更、涙が溢れてきた。

堕天を目前にして嗚咽を漏らす少女を見て、執行人はなにを思ったのだろう。

 

この場所にいる者は皆、

微かな風の音と、声を殺して泣く音だけを聴いていた。

 

執行者が何を感じたのかは知らないが、彼は私の背中を、本当に優しく、そっ、と押した。

 

私は最後に、眼下に広がる厚い雲を見て、

 

 

 

蒼空の中へと落ちていった。

 

 

 

 


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