結構シリアスですのでお好きな方からお読み下さい。
順は今日もお兄ちゃんのベットで目が覚めた。今日はいつもよりも少し早く起きたが、お兄ちゃんは朝ご飯でも作っているのだろう。
(なんの夢見てたんだっけ……)
少し怖い夢を見てた気がする。思い出せない上に頭も働かない。私はお兄ちゃんのベットから出て、お兄ちゃんがいるであろうリビングへ向かう。階段を下りてリビングのドアを開けると、お兄ちゃんは朝ご飯の準備の最中だった。お兄ちゃんの背中に頭を押し付けると、だんだん頭が冴えていく。お兄ちゃんは私に箸を運ばせようとしている。お兄ちゃんは両手に味噌汁を持っているので、手が足りないのだろう。それを私は特に抵抗せずに受け取り、お兄ちゃんについて行って運ぶ。準備が終わったのでお兄ちゃんと私は、椅子に座ってスマホにて挨拶を交わしてから、手を合わせて朝ご飯を食べ始める。
今日もお兄ちゃんの作る朝ご飯は美味しかった。食べ終わると、食べ終わったお皿を台所に運んで水につけておく。それが終わると私とお兄ちゃんはソファーに座って、いつも通り居眠りを始める。私はこの時間が好きだ。お兄ちゃんが私に甘えてくれる唯一の時間だからだ。お兄ちゃんが私にもたれかかってくるので、私もお兄ちゃんに軽くもたれ、この時間を過ごす。
お兄ちゃんが起きると私は洗濯機を回す。洗濯機を回している間はお兄ちゃんの手伝いをする。手伝いをしてる最中、私はお兄ちゃんを軽く蹴って、スマホを見せる。お兄ちゃんがなにか失礼なことを考えていると勘付いたからだ。お兄ちゃんが失礼なことを考えているのを、私は長年の勘でわかるようになっていた。お兄ちゃんはそんな私を不思議がっていたけど、今は諦めているのか、私の頭を撫でてごまかす。お兄ちゃんはいつもこうして頭を撫でてくれる。お兄ちゃんの撫で方は触り方や力加減も完璧で私はいつもこれをされると怒っていても許してしまう。夜寂しい時はいつも撫でてもらいながら眠ったりもする。
お兄ちゃんに一通り撫でてもらうと私は自分の仕事に戻る。今日は雨が降るかもしれないので、中に干す。ちなみに私はこのとき、私用の台を使わなければ届かない。身長がなかなか伸びない、お兄ちゃんとは頭一つ半くらい離れた、というか離された。お兄ちゃんの身長はぐんぐん伸びたのだ、しかし私は少しずつしか伸びなかった。身長差があるというのはいいこともあるけど悪いこともある。抱きしめられたときなんかは包み込まれるようで安心するが、逆に自分から抱きしめにくかったりする。両方ともお兄ちゃんがらみなのだけど、私にはそれしか思いつかない、私の生活はお兄ちゃんが中心に回っているんだ。
お昼ご飯を食べ終わると、私とお兄ちゃんは先生のもとに向かうためにバス停に向かう、バス停までの道には水たまりがちらほらあって、最近雨が降っていたのを思い出す。
バス停に着くとお兄ちゃんとスマホでお話しする、
『順は宿題やったのか?英語と数学のやつ。』
お兄ちゃんの質問に私は少し悩んでしまう。英語をやっていないのを正直に言うか、嘘でもやったというかだ。この二択に私は前者を選んだ。お兄ちゃんに対してこの手の嘘は隠し通せないからだ。
『え、英語はやってない。他のはやったんだよ?』
『怒られても知らねーぞ。』
お兄ちゃんは苦笑いしながら、そう返してくれる。
『だって英語ってわけわかんないんだもん……』
これは事実で、私は英語が苦手だった。日本人なのに英語を勉強しないといけない理由なんか全くわからない。海外になんか行かないのに。
『また家でも教えてやるから頑張れ。』
お兄ちゃんが教えてくれるなら、まぁ……
『うぅー……』
なんてやってるとバスが到着したので、バスに乗り込み、いつもの席に座る。お兄ちゃんに対して気になっていた質問を見せる。
『お兄ちゃんは苦手な教科はないの?』
何となく答えが分かっているのだが、聞いてみた。
『あえて言えば数学だな。出来ないことはないんだが、得意じゃない教科は数学だけだ。』
やっぱりか、こんの
『ハイスペックめ……』
私はお兄ちゃんを横目でにらむ。お兄ちゃんは本当に何でも出来る。というよりも出来てしまうというのが正しいのだろうか。家事や料理がそうだったように、少しの間見たり、少し教えてもらうと出来ていた。お兄ちゃんはそれを自分では器用貧乏とか言っていたけど、私はそうは思わない。きっとお兄ちゃんは天才という類の人なんだと思う。お兄ちゃんは認めたくないだろうけど……。
お兄ちゃんは私に何か見せようとしてやめていたけど、悪いことではないので私は見逃してあげた。
バスが目的地に着いた。ここからはいつもなら歩いて向かうのだけど、今日は雨が降ってきそうだったので、お兄ちゃんと一緒に小走りで先生の部屋へ向かう。お兄ちゃんはあまり疲れてないようだったけど、私は割と疲れてしまった。体力のなさは筋金入りな私だけど、さすがに私もそろそろ体力をつけないとまずいかも……学校に行ってないから体育もないし、自主的に、少しくらい……
(お兄ちゃんと一緒に走ってみようかな……)
走るのは辛いけどお兄ちゃんとなら走れそうな気がする。
先生の部屋のインターホンをお兄ちゃんが押した。先生は出てこずに中から声をかけてきたので、お兄ちゃんと一緒に中に入って、いつもの椅子に座っておく。先生はしばらくして軽く汗ばみながら出てきた。
「いやぁーごめんね。ちょっと押入れを整理していたんだ。」
なんて言いながら、先生はオレンジジュースを私たちのコップに入れて渡してくれる。私たちのコップというのはそのままの意味で、先生が私たち用に買ってきてくれたものだ。私は赤色だ、お兄ちゃんは青色。お互いに色違いになっていた。私はコップを受け取って一口飲んだ。
「色々出てきて楽しかったんだけど、どんどん出してたら片つけられなくなっちゃって……君たちが帰ってから続きをするよ。」
大学生にもなると押入れにしまうものとかが多くなるんだろうか。私はまだそんなに持っていないように感じる。せいぜいアルバムとか幼稚園の時の絵とか、それくらいだと思う。
「ま、それは置いといて。はい、二人とも宿題出して。」
……さあ、どうしようか。私は、その場しのぎで先生に英語のノートを出した。すぐにバレるのはわかってている、わかっているのだけど、やってしまう!!
先生はしばらくノートを見て、
「八幡は流石だね。両方とも満点だよ、今日は難易度を上げるからね。」
と言った。先生は言葉を切って、私の方を向く。
「順ちゃんはどういうつもり?英語やってないよね?」
ですよね。
私は先生への言い訳を私にできる最速の速さで打っていく。打ち終わったが先生はその前に
「順ちゃんが英語に苦手意識があることは知らなかったな……次からはちゃんと教えるように。それと今日順ちゃんはちょっと残って英語の補習。いいね?」
と言ってきた。どうやらお兄ちゃんが先生を説得してくれたようだった。
その言葉に私はわかりやすいように嫌な顔をしたが、先生の表情が消えていくのを見て、仕方なく頷いた。
「うん。それじゃあ今日の授業を始めようか。」
授業が終わると、お兄ちゃんは部屋を出ていき、先生と二人になる。
「それじゃあ、順ちゃん。頑張ろうか。」
私はそれに頷くと、英語の参考書を開く。
「あ、待って!その前にちょっと手伝ってほしいんだ。」
と言って、先生は自分の部屋に引っ込んでいった。私はそれについて行く。
先生の部屋に入ると、まず目に入ってきたのは床に広がっていた、様々なものだった。小学生の時に書いたような絵やクラスの冊子、トロフィーなどといった、思い出の品といわれるものが所狭しと広がっていた。
「あぁ、ごめんね。とりあえず、こっちに座って。」
そう言って、先生は自分の座っているベットの横を指す。私は少しためらいながらも、その言葉に従う。床にあるものを踏まないように気を付けながら進み、先生の横に静かに腰を下ろした。
「ありがとう。ちょっと段ボールの中を整理していたんだ。そしたら懐かしいものがたくさん出てきたんだ。」
『それより、何を手伝えばいいんですか?』
私は先生にスマホで聞く。早く終わらせて家に帰りたい。
「うん。ここの整理をね……」
と、いいつつ先生は私の頭に手を伸ばしてきた。私はそれを反射的に避ける。
その瞬間、先生の雰囲気が変わった。
「やっぱり、順ちゃんはかわいいね。」
そう言いながら先生は私に覆いかぶさるように抱き着いた。その勢いのまま、私はベットに押し倒される。大きな体からは汗のにおいと柔軟剤の匂いが混ざった濃い匂いがしてくる。
私は精一杯抵抗するが、大人の力にかなうはずもない。
「い、いや!!やめて!!!」
私は声を張り上げたが、すぐに口を先生の手でふさがれてしまう。
「順ちゃんの声、初めて聞いたね。きれいな声だぁ。でも少し黙っててよ。」
先生の顔には楽しそうな笑顔が張り付いていたけど、私にはそれが、とてもとても、汚らわしいものに見えた。
私は涙を我慢できない。先生が怖いのは、当然なのだが、もう一つ。
(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!!!)
お腹が痛いのだ。先ほど声を出したせいで、抵抗の声を出しただけで、痛くなった。
「順ちゃん?お腹が痛いのかな??さっき声を出しちゃったからね。もう、出せないよね……」
先生は私の口から手をどける。
先生の言う通り、私は声を出せなかった。先生に対する恐怖と呪いに対する恐怖で。
「うん、大人しくなったね。それじゃあ、脱がすね。」
先生の手が私の服のボタンに触れる。一つ、二つ、ボタンが外される、私は何も出来ない、何をしても意味がない。私の頭にはお兄ちゃんの顔があった。その顔を思い浮かべて、声を聞きたいと思った。お兄ちゃんの声を私は一度も聞いていない。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
声が、聞こえた。誰のものかわからない、獣のような、怒りが濃縮された声。
その声がした方向に目線を向けるとお兄ちゃんがこちらに走って来ていた。手には先生のトロフィーを持っていた。お兄ちゃんはそのトロフィーで先生の顔に向けて横殴りに殴りつけた。先生が私の上からどいて、床に転がる。
お兄ちゃんはそのまま、先生に馬乗りになって、先生にトロフィーを振り下ろし続ける。私はそれを見ていた。先生の顔はすぐに原型を失い、見ていられなくて視線を外して、お兄ちゃんの顔を見ると、
目が、腐っていた。
そしてそれは、振り下ろすごとにひどくなっている。
先生はもう意識すらないうえ、生きているかも怪しい。このままでは、確実にお兄ちゃんは先生を殺してしまう。
(早く止めないと!!!)
そう思い、声を出そうとするが、私の声はまだ出なかった。
(なんで!?早く止めないといけないのに!!!!)
私は必死に声を出そうとするが、出ない。
その時、世界が止まり、私の前に帽子をかぶった玉子が現れた。
《うるさいなぁ、本当に君はうるさい。》
その玉子は、うっとうしそうにつぶやく。
《口も、心も、封じてあげれば静かになるのかな……》
その玉子は私にその手を向ける。
《いや、でもそれじゃあ、あまりにも面白くない。》
その玉子はそう言って考え始める。
《う~ん、そうだな……》
その玉子はなにかを考え始める。
《ならこうしよう。君はお兄ちゃんと二人だけの時だけお喋りできるようにしよう。》
その玉子は当然のように私がずっと願っていたことを言った。
《うん、そっちの方が面白そうだしね。お兄ちゃんを傷つけることもできるかもしれない。》
その玉子はありそうな可能性を口にする。
《それじゃあ、頑張ってね。》
その玉子はどこかに消えた。
世界が動き出す、お兄ちゃんが先生にもう一度振り下ろそうとした時に私は走り出した。
「もうやめて!!お兄ちゃん!!!」
お兄ちゃんに飛びつき無理やりお兄ちゃんの動きを止める。お兄ちゃんの体はとても冷たかった。
私はそんなお兄ちゃんの体を温めるように抱きしめる。強く抱きしめる。
「お兄ちゃん……もう、やめて……」
お兄ちゃんの体から力が抜ける。手から血まみれのトロフィーが落ち、鈍い音がする。そのまま、崩れるお兄ちゃんの体を私は支える。気を失ったみたいだ。
私はそんなお兄ちゃんの顔を見た瞬間、お兄ちゃんに覆いかぶさるようにして、
意識を手放した。