やはり心は叫びたい   作:ツユカ

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七話 順サイド

 ない。ない。ない。カバンが見つからない。一昨日にはあったはずなのだ。私はその後にどうしたのかを忘れてしまった。部屋に置いた記憶はない。というか、部屋には基本行きたくない。今の私の部屋にはお兄ちゃんの気配が全くないからだ。部屋にいるくらいならまだ廊下にいた方が安心できる。それくらいに私は自分の部屋が嫌いだ。だから私は自分の部屋以外は全て探した。それでも見つからない。仕方がないので私はお兄ちゃんを探した。お兄ちゃんにカバンの場所を知らないか聞くためだ。お兄ちゃんはリビングで何か考え事をしているようで立ったまま固まっていた。まだ私のことに気付いていないようで目の前に立っても全く反応がない。中学校に進学してからさらに身長の伸びたお兄ちゃんと私の身長差は頭一つ分くらい違っていた。他にも最近筋肉質になってきた気がする。お兄ちゃんは順調に成長していってるが、それに比べ私はあまり成長していなかった。身長は伸びないし、胸も大きくならない。まだまだ幼児体系といえる。最近の小学生は発育がいいという話しを聞いたことがあるが私には当てはまらなかったのだ。スマホで文字を打ちこみ、お兄ちゃんの眼前にスマホを持ってくる。

『お兄ちゃん、私のカバン知らない?』

 お兄ちゃんはようやく私に気付いたようだが、また自分の世界に入ってしまう。今ならキスしても気付かなさそうだ。それで気付かせるのも楽しそうだが、私は裾を引っ張ることでお兄ちゃんをもう一度こちらに戻す。お兄ちゃんはスマホをようやく操作し始める。

『知らねえよ、順の部屋だろ?』

 そんなことはないと思うのだが、まぁお兄ちゃんが言うなら探してみようかと二階に上がろうと思ったが、またお兄ちゃんが自分の世界に入ってしまった。なかなかこういうことも珍しいので気まぐれで少しその場に留まっていると、少し嫌な気配がしたのでお兄ちゃんの足を踏む。

『ねぇ、今失礼な事考えなかった?』

 お兄ちゃんに見せると図星だったようでばつの悪そうな顔をしたお兄ちゃんは

『それよりカバン、早く探して来いよ。遅刻するぞ?』

 という、ごまかしを使ってきた。私はそれを受け入れて足を自由にしてやってから二階に向かう。部屋に入り、もう一度部屋をちゃんと探すとカバンが見つかった。

(なんであるんだろ……まぁ、いいけど。)

 カバンの中を開け、必要なものが入っているのを確認する。部屋から出て階段を降りながら、携帯を操作してお兄ちゃんへの謝罪の文を打ち込む。お兄ちゃんに見せ、お兄ちゃんを急かす。傘を受け取って雨の中を歩き出す、お兄ちゃんと一緒に遊びながら先生のもとに向かう、この道は何度も通っている。見慣れた道をジャンプしながら進んでいく、お兄ちゃんに置いて行かれないように必死に飛ぶ、なかなか疲れるけど楽しい。少し汗ばんできたところでバス停に着いた。お兄ちゃんと並んで座って座るとお兄ちゃんがタオルを出して、私に手を伸ばす。

(え、え、え、え、待って。あ、汗かいてるんだけど!!雨だけじゃないの!!)

 私は内心必死にその手からタオルを奪い取る。自分の頭を拭きながら、顔が熱くなるのを感じる。お兄ちゃんを横目で見ると、少しだけ呆然としていた。

(受け取り方が悪かったのかなぁ……でも、恥ずかしかったしなぁ……私悪いのかなぁ、うぅぅぅ……)

 拭き終えると、お兄ちゃんの頭にタオル乗せる。スマホを操作してから、私は少ししょげたようにしながら拭いているお兄ちゃんの足にスマホを乗せる。

『ちょっと遊びすぎて軽く汗かいちゃったから……拭くのはまた今度にして!』

そう言ってから私はお兄ちゃんの手を取る。その手は私より少し大きくて、私より、温かかった。

 

 バスが来た。私とお兄ちゃんはバスに乗り込む。乗っていたのはおじいちゃんとおばあちゃんと運転手さんだけ。この時間は人が少ないみたいでいつもこんな感じだ。私たちが向かってるのは家庭教師の先生のアパートだ。毎週月水金に勉強を教えてもらっている。お兄ちゃんがお母さんに相談して紹介してもらったようだが、私は全く知らなかったため、最初こそ嫌々だったが先生の話はとても楽しいし勉強の教え方もうまいしで、お兄ちゃんも私もこの道のりの間は楽しみだ。

『次は~~~』

 社内アナウンスで目的地が流れると私はお兄ちゃんより早くボタンを押し、お兄ちゃんにどや顔を向けておく。お兄ちゃんはこちらを見ると頬を引っ張ってきた。いつも通りの行為、いつも通りの力加減で嫌という気持ちよりも先に嬉しいという感情が出てくる。しばらくするとお兄ちゃんは満足したのか、私の頬から手を離し、先に立ち上がり私に手を差し出してくれる。私はその手を取って立ち上がった。

 

 アパートに着くと大家さんからお出迎えを受けた。大家さんはいつも通り元気だった。きっとあの人は雨の日はテンションが上がるタイプの子供だったのだろうな、と考えながら階段を上る。先生の部屋の前に着くとお兄ちゃんがインターホンを押す。

「はいはい、お、来たね。」

 そう言いながら先生が出てくる。優しそうな顔が笑顔になり場を和ませている。

「遅いから心配したよ。さ、入って入って。勉強を始めよう。」

 いつもの席に着き、準備をする。準備が終わるのを確認すると先生は

「さ、始めようか。」

 と、改めて開始の合図を口にした。

 

 勉強を始めて数時間がたって、私が疲れてきたころに四時になったらしくその日の勉強が終了した。

「うーん、八幡は相変わらず理解は早いし、さすがだね。」

 先生はそう言ってお兄ちゃんの頭を撫でた。お兄ちゃんは恥ずかしかったのかその手を払う。先生は少し意外そうな顔をしたけどすぐにいつも通りに戻った。お兄ちゃんがスマホで何かを打ち込み先生に見せる。読み終わった先生は少し困ったように笑った。

「ははは、まぁ順ちゃんはもうちょっと頑張ろうか。」

 急に私の方に話が振られた。その言葉を聞いて私は少しだけ凹んでしまう。少し下を見て涙をこらえたが、心配させまいとすぐにうなずく。

「うん、また明後日……かな?頑張ろうね。」

 先生がカレンダーを見ながら言った。

「それじゃあ宿題はここまでやって来てね。それじゃあ今日はこれで終わり!ジュースだけ飲んで帰ってね。」

 私たちは出されたオレンジジュースを飲み切って立ち上がる。二人そろってお辞儀をしてから玄関に向かって、外に出た。私はお兄ちゃんに伝えたいことをスマホに打ち込み見せる。

『疲れた!!アイス買って帰ろう!!』

 お兄ちゃんはそれに同意の意味のうなずきで返してくれた。二人で並んで傘を差しながらコンビニに向かって歩いていく。

 

  それはいつも通りの毎日だった。

 

 

 

 


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