次は、中学生になります。
幸せな時間が過ぎ今はリビングの机に参考書を広げ、順と勉強しているところだ。正午までと時間を決めている。残り一時間ほどだ。今俺は算数をしている。順は漢字をしている。たまにわからない漢字があると俺に聞いてくる。それ以外は鉛筆を動かす音とページをめくる音だけの静かな時間だ。この時間は俺が越してきてから最初の数日を除き毎日設けられてきた。それは母さんの一言から始まった。
「ねえ、八幡君。順は勉強が苦手なの。あなた、順に勉強を教えてあげてくれない?」
その一言に俺は頷いた。元々勉強は出来る方だった。友達がいないため、友達と遊ぶ時間が全てではないが、多小なりとは勉強に向いた。算数は少し苦手であったが、それ以外の教科は得意だった。テストはほとんど満点であったし、成績も問題なかった。順は暗記は得意であったが、頭の回転が少し遅いらしく、算数などでの応用でつまずいていた。それだけなので割と簡単に順は勉強を苦手から簡単にした。
(ん?これはどうすんだ……?)
いつも通りに解いていたつもりだったが何度解いても答えがあわない問題があった。その問題は諦めることにしたが、八幡は内心焦っていた。
(やっぱ、このままずっと自習ってわけにはいかないか……このままじゃいつか限界が来る……まぁ、母さんにでも相談してみるか……)
ぴぴぴぴ
正午を知らせるアラームが鳴った。俺と順はお互いに伸びをし、勉強の片つけを始める。消しかすを捨て終わり、机を拭くと、俺は台所へ向かい昼食を作り始め、順は洗濯を始める。今日はナポリタンを作る予定だ。
ナポリタンを食べ終え、洗い物が終わり一息ついたころ、俺は順にスマホを見せ、伝えたいことを伝える。
『そういや、昼から食材買いに行きたいんだが、来るか?』
順はそれを見て首を縦に振ると、携帯を取り出し文字を打つ。
『着替えてくるから待ってて!』
そのままでもいいと思うのだが、と思いつつ頷き、俺も準備を始める。順は部屋へ向かうが、俺は準備といっても帽子くらいなので、すぐに玄関で待機する。五分後、順は白いワンピースを着て降りてきた。その姿は見慣れているがそれでも見惚れてしまう。
『お待たせ、さ、行こ。』
携帯を見せてから靴を履きすぐに家を出た順に続くように家に出る。日差しが強かった。俺は鍵をかける前に一度家に戻り、部屋から順の麦藁帽子を取ってくる。鍵をかけ少し歩くと順が木陰で俺を待っていた。小走りで向かい、順の頭に帽子をかぶせてやる。
『ありがと、お兄ちゃん』
何をしてたかわかっていたようで、すでに準備されていた文だった。
軽く頷くだけで、照れを隠し、バス停に歩き出す。横に並び歩いている順が時々肩にぶつかりちょっかいをかける、それを軽くあしらいながら歩く道は、やはり俺にはもったいないほど幸せだった。
ちょっとしたスーパーについた。これから数日分の食材を買うためにカートとカゴを用意する。生鮮食品から見ていき、必要なものをカゴにぶち込んでいく。順に指さしで指示し、取りに行ってもらったり、順が買おうとしているお菓子を止めたり、退屈しない買い物だ。周囲の主婦はこれを見て微笑んでいるのだろう。こないだ知ったことだが、俺たちはこの時間帯に買い物をしていることに悪いうわさが立っていたようだが、ほほえましい買い物の様子を見ていると暗い事情ではないと理解し、それ以来「仲良し兄妹見守り隊」というのが主婦の間でできたらしい。順が迷子になっても周囲の主婦が教えてくれたりする。ありがたかったりする。ほんと、あざっす。
買い物を終え、買ったアイスを食べながらバス停でバスを待っていると、順は突然携帯を向けてきた。
『ねぇ、なんでおばちゃんたちっていつもこっち見てるのかな?』
……答えに迷った結果。
『見られてるのか?俺は別に感じないし、気のせいだろ。』
ごまかすことにした。
家に帰ると、車が止まっていた。順と俺は目を合わし、同時に駆け出す。玄関の扉を開け、リビングに行くと母さんがコーヒーを飲んでいた。順は母さんに抱き着いた。母さんが帰ってくると、いつもこうしている。話せない代わりの、「おかえり」の挨拶らしい。
「あら、順。おかえりなさい。八幡も。」
俺は頷くだけの返事をし、台所に向かい冷蔵庫へ食材を閉まっていく。すると後ろから人に体温を感じた。
「八幡?順みたいにしないとだめよ?せめて中学に上がるまでは……ね?」
母さんが抱き着いてきたのだ。俺は照れくさくて何度も何度も頷く。それに満足したのか母さんは俺を開放する。
「ん、わかったならいいの。そろそろ離さないと順が怒りそうだしね。」
母さんは順の方を振り向きながら言う。俺も順の方を見てみると頬をパンパンにさせ「私、怒ってます。」とでも言いたげな顔をしていて、つい腹を抱えて笑ってしまう。それを見て順はこちらに向かってきて痛いほどに抱きしめてきた。腕を何度もたたきギブの合図をすると満足したように解放した。
「あらあら、順のブラコンは進行してるわね……」
母さんのその一言に、順は母さんがいたのを忘れていたように驚き、顔を赤くして部屋に行ってしまった。
順が言った後、毎回恒例の報告会が始まった。基本いつも通りなのだが、今回は最後に勉強が難しくなっていることを伝えた。
「そう……勉強の方は知り合いに塾の講師がいるから、その人に昼、二人だけ見てくれないか頼んでみるわ。」
母さんはそう言うと、俺の頭を撫でる。
「よく頑張ってるわね。ありがとう、順のそばにいてくれて。」
この報告会の締めはいつもこれだ。しかし、俺はこれが好きだった。
次の章?から少しシリアスになるかもです。