Was yea ra sonwe infel en yor…   作:ルシエド

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少女にとって初めての―――

 17世紀のキャロル・マールス・ディーンハイムは、9歳の少女だった。

 その容姿は21世紀のキャロルとほとんど変わらない。

 強いて言うならば、21世紀のキャロルの方が少し身長が高く、三つ編みにした長い髪があり、目付きが悪い、くらいだろうか?

 容姿だけで言えば、両者にパッと見で分かる差異はない。 

 

 容姿以外に違いはあるか? と問えば、そちらはいくつもの違いがある。

 まず喋り方が違う。

 21世紀のキャロルの語調は落ち着きこそあるが、やや刺々しい、男言葉に近いオレ口調だ。

 対し17世紀のキャロルは幼い印象を受ける、滑舌も大人ほど育っていないわたし口調。

 キラキラとした無垢な色の17世紀のキャロルの目。眉根を寄せて目を細めて目付きを悪くした、深い色の21世紀のキャロルの目。そこから透ける性格も差異と言えるだろう。

 総じて、この両者には会話すればよく分かるくらいに明確な違いがある。

 

 そして何よりの違いは、キャロルの隣に『父親が居る』ということだろう。

 

「キャロル、危ないぞ」

 

「へーきへーき」

 

 中世が終わり近世に入った時代のヨーロッパの、とある町。

 塀の上を歩くキャロルに、父『イザーク・マールス・ディーンハイム』が声をかけた。

 子供は特に意味もなくこういうことを好み、塀に限らず道路の白い線などの上を危なっかしく歩く。子供特有のキャロルの行動は、本当に歳相応といった感じだ。

 父であるイザークからすれば、おてんばな娘の行動はハラハラして仕方がないのだが。

 

「キャロル。錬金術にだって、治せる怪我と治せない怪我があるんだ」

 

「もう、パパったら心配症なんだから」

 

 イザークはその道では名の知られた高名な錬金術師の一人だ。

 ()を解し、(ことわり)を重ね、学の延長として奇跡のような偉業を成す男である。

 彼は国から国へと渡り歩き、万象を知り世界に通ずるという錬金術の最終目的を目指しながら、困っている人々を錬金術で救い続けていた。

 父を誇らしく想い慕う、一人娘のキャロルを引き連れて。

 

 彼らがこの町にやって来たのも、薬が足りなくなっていたこの町の診療所に薬を売り、生活費の補充と人助けを行うためだ。

 "蒸留は錬金術師が生み出した技術"と言われるように、オカルティズムに傾倒せずとも、科学・医学などにおいても優秀であるのが錬金術師である。

 病に効く薬を煎じ、人に与えて救うことなど、彼にとっては朝飯前のことだ。

 

 そんな彼でも、重傷や死は治せない。

 

「キャロル、落ちたら危ないんだ。だから……」

 

「あっ」

 

「! キャロル!」

 

 そして、彼の嫌な予想は当たってしまう。父が塀の上のキャロルを諭して降ろそうとしたその矢先に、キャロルが足を滑らせてしまったのだ。

 落ちる。そう理解したイザークは叫んで手を伸ばした。

 だが、キャロルはイザークとは反対の方向に落ちていってしまう。彼の手は届かない。

 娘が塀の上から無防備に落ち、嫌な音が響くという最悪の未来をイザークが想像した、まさにその時。

 

 塀の向こうに、キャロルが落ちたその場所に、光の柱が現れた。

 

「!?」

 

 まばゆい光に目を覆うイザークは、光が収まると同時に塀を越えようとする。

 

「一体何が……キャロル!」

 

 が、運動不足と運動音痴が重なって四苦八苦。

 息を切らしながらなんとか塀を越え、その向こうを覗くと、そこには彼が予想もしていない光景があった。

 目を瞑り身を縮こまらせているキャロルと、それをなんとか受け止めてくれたらしき少年。

 そして今まさに、ボディスライディングに近い姿勢でキャロルを受け止めたまま立ち上がっていない少年の上に出現し、その背中の上にブーツで着地した人形。

 

「よっと」

 

「ぎゃふん!?」

 

「あら、ごめんあそばせ」

 

 謝ってるのかバカにしてるのか分からない口調で、ガリィはジュードの背から降りる。

 キャロルのために飛び込んだものの、腹を打って腕を擦り剥いた上に、背中にくっきり足跡まで残されたジュードは文字通りの踏んだり蹴ったりといったところか。

 イザークは塀を越え、10代20代だった頃より動かなくなってきた肉体の息を整えつつ、明後日に来るであろう筋肉痛の存在を錬金術師の卓越した頭脳で予測し、娘を助け起こす。

 

「キャロル! 大丈夫かい?」

 

「う、うん」

 

 父はキャロルを助け起こすものの、娘は服に砂すらついていない。

 それどころか、イザークが目を向けてみれば娘を助けてくれた子の傷の方が酷い。

 命には関わらないだろうが、血がポタポタと垂れていた。

 この年頃の子供なら泣いていてもおかしくはないだろうに、と、イザークはその少年を心の中で褒めつつ、少年と人形の二人組に問いかける。

 

「君達は、いったい……」

 

 腹を打って息ができないせいか、一人で呻いているジュードをよそに、"人に限りなく近い人形"という怪しさ満点のオートマータが問いに応える。

 

「ま、あたくしこういうものでして」

 

 そして手の平の上で青い光を紋章と編み上げ、千の言葉よりも雄弁な証明を成した。

 イザークは絶句し、息を呑み、その青い紋章を目に焼き付ける。

 

紋章形而(クレストグラフ)……!?」

 

「ええ。ディーンハイムの秘奥、紋章錬金術(クレストソーサー)紋章(クレスト)ですよぅ」

 

 ディーンハイムの錬金術は、世界を五大元素と解釈した上で理解するものだ。

 基礎となる考え方の提唱者の名を取り、四大元素(アリストテレス)と呼ばれる四つの元素に『質量のない世界の構成要素』たる第五元素を加えた五つ。

 ディーンハイムが用いる錬金術は遠い未来に、これを理想的に制御するため、"力の流れる道"を作る目的で紋章の形の制御基板を生み出した。

 この紋章を組み合わせ大規模魔法陣を組み上げることで、従来の錬金術とは比べ物にならないほどの力を発することができるようになったのだ。

 

 風と流体、緑の紋章(クレスト)

 水と包括、青の紋章(クレスト)

 土と積上、茶の紋章(クレスト)

 火と焼却、赤の紋章(クレスト)

 そして空と天体、黄金の紋章(クレスト)

 

 独自の理論から紋章を用いてエネルギーを制御するという発想は、ディーンハイムの錬金術特有のものであり、イザークが現在進行形で研究を続けている技術体系だ。

 そして同時に、イザークでさえまだ紋章の形成すらできていない、そんな技術体系でもある。

 ガリィの手の中にある紋章(クレスト)は、はるか未来のディーンハイムの錬金術に他ならなかった。

 そしてこれ以上ない身の上の証明にもある。

 ガリィのクレストには、ガリィの製作者であるキャロルの生体パターンが刻まれているからだ。

 

「あたしはガリィ。ガリィ・トゥーマーンと申します」

 

 ガリィはイザークに頭を深く下げ、紋章を浮かべた右手の指をパチンと鳴らす。

 すると右手の光が弾け、傍のジュードの体を包み、人体の治癒能力を促進させる。

 両の腕から血を流していたジュードの怪我は、あっという間に消え去っていた。

 ガリィはジュードの怪我を治し、彼の服の土や砂を手で払ってやりながら、丁寧に助け起こす。

 

「あ、ありがとう」

 

「いえいえ」

 

 そして、イザークとの会話を再開した。

 

「マスター・キャロルに作られ、主の命にて時間を遡って参りました」

 

「……!」

 

 その言葉に、ガリィ以外の全員が驚愕の表情を浮かべる。ジュードもだ。

 魔法と大差ない錬金術というファンタジーを知り、扱う彼らでも、"時間遡行"などという奇跡を自在に行うことなどできはしない。

 だが現実にその奇跡は起きている。

 何も事情を知らない三人に対し、全ての事情を知るガリィは、慇懃無礼に礼をする。

 

「微力ながら、この美少女ドールガリィちゃんと無能ジュード君の同行を許してくださいませ」

 

「無能!?」

 

 そしてイザークとキャロルの旅に、自分達も同行させて欲しいと申し出た。

 ジュードの声はガン無視で。

 イザークは顎に手を当て、ガリィの言葉にいささか思案する様子を見せる。

 

「……キャロルは、何と?」

 

「『いずれ分かる』と」

 

 イザークはガリィ――ひいてはガリィに命令を出したキャロル――の目的を暗に聞くが、ガリィからその答えは返って来ない。

 経験の浅い者は自分が何もかもを知っていないと不安になり、隠し事をする人間を全く信用しないという愚行を犯しがちだが、イザークは違う。

 彼は"知らない"ということが時にアドバンテージとなり、"知らせない"ということが時に善意で行われることを知っている。

 

 未来のキャロルは、自分が余計なことを知らないことが最善だと判断した。イザークはそう悟って、ガリィにそれ以上は追求しない。

 そしてガリィの身上を理解して、彼女の隣の少年のことをガリィに問う。

 

「この子は?」

 

「マスター・キャロルの錬金術の弟子みたいなものですよー」

 

「なるほど。はじめまして、私はイザーク・マールス・ディーンハイム」

 

「あ、はじめまして。ジュード・アップルゲイトです」

 

 礼儀が何たるかを知った上で他人の神経を意図的に逆撫でする、ガリィとは違う。

 イザークの所作は教養の高さを滲ませるものであり、子供に対し受けの良い好感を持てる第一印象を抱かせるものであり、親しみを持てる程度に崩された礼であった。

 親しみが持てる反面、格式張った礼儀作法は苦手そうで、世渡りが下手な印象を受ける、そんな礼。小市民的、と言い換えてもいいか。

 ジュードも好意的な第一印象を受けた様子で、名を名乗る。

 

「どうやら君も状況が飲み込めていないようだけど……

 キャロルの意思とあらば、私も君に悪意はないと信じよう。よろしく」

 

「よ、よろしくおねがいします」

 

 イザークはガリィを信じたわけではない。ジュードを信じたわけでもない。

 ガリィが見せたディーンハイムの錬金術を、その裏に見える"未来の娘"を信じただけだ。

 彼はお人好しに分類される人間ではあるが、理由なく初対面の人間を信用しきれるほどに聖人ではない。

 彼はただ、一人の父として"どれだけの年月が経とうとキャロルはキャロルだ"と信じ、その目的が善いものであると信じ、ガリィとジュードの同行を許可しただけなのである。

 少なくも、今はまだ。

 

「さて、少し話を聞きたいところだが……そうも行かないようだ。移動しなければね」

 

 イザークに促され、一行はその場を離れるために歩き出した。

 ジュード達が現れた時に発生した光の柱。

 あれを見た者達が、何事かとこの場に集まり始めているのだ。

 長居は無用。面倒事になりかねない。

 先頭を行くイザーク。何度かジュードの方を振り返りながら、父の後に続くキャロル。

 二人から少し離れた後方を、ジュードとガリィは並んで付いて行く。

 

 だが、ジュードもそろそろ混乱が治まってきた頃だ。

 時間遡行の経験は二度目――1度あるだけでもおかしい――だが、今回はどう考えても21世紀のキャロルとガリィが組んで起こした企みだ。

 どういうことだ、と、ジュードは問わずには居られない。

 

「なあ、どういうことなんだ?」

 

「聖遺物の力。あんたも知ってるでしょう?」

 

「それはまあ……」

 

 『聖遺物』。

 今の人類文明が築かれる前の時代、今の文明よりもはるかに優れた超高度先史文明が残した、異端技術(ブラックアート)の塊の名称だ。

 それは剣であったり、槍であったり、弓であったりする。

 おそらくはあの時、キャロルが手にしていた大きな古時計。あれが聖遺物だったのだろう。

 "時間を行き来する聖遺物の力"と聞いて、ジュードの脳裏に、ふとあの時のことが蘇る。

 

(時間を行き来しても、最終的に過去と未来は同じ形に帰結する……

 『運命』を変えられる人間じゃないと、最後に辿り着く結果は変えられない、だっけ?)

 

 最初の人生が終わる前日の夜に、掲示板で見た書き込み。

 十年以上前の匿名掲示板での何気ないやりとりなど彼が完全に覚えているはずもなく、その記憶は朧気だが……それでも、かすかにならば覚えている。

 ジュードが記憶を想起しているのを知ってか知らずか、ガリィが続けて発した言葉が、彼の意識を記憶の中から現実へと引き戻す。

 

「あたしの躯体もマスターが作った、ちょっとした聖遺物のパッチワークなのよ。

 細かい理論はメンドくさいから省くけど……

 ま、今あたし達が居るこの時代が、あの時代から数えて数百年前って覚えてりゃ問題無しよ」

 

「問題無し、って言われてもなあ……あだっ!?」

 

 面倒くさいから説明すんのやだ、とほざくガリィ。

 当然のようにジュードは食ってかかるが、デコピン一つで黙らせられてしまった。

 

「まーだ気付かないの? このノータリン。

 あたしはこの旅にあんたの案内役として付けられたのよ」

 

「この、旅……?」

 

「そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫よ。

 あんたはちゃんと元の時代に、両親とマスターの下に帰れるから」

 

 ジュードはガリィのその言葉に少しだけ安心する。

 だが同時に、ガリィの言葉によく分からない違和感も感じ取った。

 どこか、何か、ニュアンスがおかしかったような……そう思うも、何が変なのか分からない。

 

「無事に、とは言わないけどねぇ」

 

「え」

 

「きゃははっ! 今すっごいい顔してたわ、ジュード。やっぱあんたは飽きないわね!」

 

 そんな違和感もガリィの冗談に吹っ飛ばされ、少年は考えるのを辞めた。

 バレエのような動きで踊るようにくるくると動くガリィに付きまとわれ、いい加減鬱陶しいな、と彼が思い始めたまさにその時。

 

「……え?」

 

 信じられないような光景が、彼の視界に入って来た。

 

「これ、人……?」

 

 焼けた木の柱。

 鼻につく、焼肉屋で何度か嗅いだ記憶がある"肉が焼ける臭い"。

 木の柱に括りつけられた黒焦げの『何か』。

 その黒焦げの何かの下で、プスプスと燃え続ける炭化した木々。

 

 それは間違いなく人だった。それも、生きたまま燃やされた人だった。

 

 人の体はタンパク質で出来ているため、燃やされれば体の各部が熱で変性し曲がっていく。

 縄で不自然な体勢で縛られ、熱で筋肉が収縮したその死体は、見るに堪えない形をしていた。

 死ぬまで下から火で炙られたからだろう。

 足の指の肉が溶け、炭化し、ころりと何本か転がり落ちてしまっている。

 ……おそらくは、生きている内にこの足の指は焼き切られていたに違いない。

 縄で縛り付けられた部分の擦り傷が、この人間が火で炙られどれだけ強く激しく暴れたのか、どれだけ痛み苦しみ悶えたのかが、よく分かる。

 

 死後硬直の関係か、突如首がガクンと動き、その眼窩から目玉が落ちる。

 転がる目玉がジュードを見つめ、ひぃ、と彼は引きつった悲鳴を上げた。

 

「火刑でしょ、そんな珍しいもんでもなく」

 

「珍しくないって、そんなわけ……! ……あ」

 

「そら、あんたの生まれ育った時代ならそうかもだけど」

 

 ガリィは"見せるべきじゃないものを見せちまった"と言わんばかりに舌打ちし、表情を不機嫌なものへと変えて、指をパチン鳴らす。

 すると一瞬で火刑の跡も死体も凍り、砕けて消える。

 後には何も残らなかった。

 まるで、ガリィがこれ以上あの光景をこの少年に見せないがためにしたかのように。

 

「今あんたがどの時代に居るのかってのを考えなさいな。

 西洋圏では"死体が残ってる限り死後の救いが許される"。

 死体を残さない火刑は、生きて幸せになることも死後に幸せになることも許さないということ」

 

 ジュードの脳裏に、『魔女狩り』という単語が思い返される。

 それは彼の前世において、誰もが知っていて当たり前の、惨劇の歴史の名称だった。

 

「つーまーり、あたし好みの相手をどん底に落とす殺し方ってことよ」

 

「そん、な……」

 

 だが実際に目にするまで、彼もここまで残酷で痛々しくグロテスクなものだとは思っていなかった。ここまで"刑罰を受ける人間の救いを否定する"ものだなんて、思ってもみなかった。

 吐き気がジュードの小さな体に満ち、喉の奥まで吐瀉物が上がってくる。

 それを必死に抑え込むジュードを見て、ガリィは淡々と語り始める。

 

「この時代、『異端』に対するシステムは結構発達してたのよねえ。

 正当な手続きの下に行われた魔女狩りの告発は、いつしか民衆のガス抜きになっていた。

 恐れる民衆に"この者は魔女ではなかった"と国と教会が証明するものになっていたのよ。

 告発された者の半数は魔女である証拠がなく釈放。

 こいつは魔女だ、と叫ぶ人間以外にこいつは魔女ではない、と証言する者が居れば釈放。

 根拠なく他人を魔女と呼び貶めた者にも相応の刑罰を課した。

 擁護できないくらい怪しいことやってた奴は悔い改めさせて"魔女ではなくなった"としたわ」

 

 ガリィは人形だ。

 だが人間であるジュードよりもはるかに豊富な、知識の蓄積がある。

 

「そりゃそうよね。

 魔女"裁判"というからには、ちゃんとした聖職者がする限り、法に則って裁くんだもの。

 てっきとーな事実無根のいちゃもんや思い込みは通らないわよねえ?

 異端審問官だってそう。スペインとかガッチガチの異端審問官の目は誤魔化せない。

 だって本当に隠れてる『本物の異端』を見分ける本職よ?

 ままごとみたいな理屈で行われる魔女裁判なんてするわけがないでしょうが」

 

 彼女は国、宗教、システムが腐敗したものよりも、もっと悪質なものを知っている。

 

「それでもこの時代、万単位の人間が悪魔、魔女、異端と呼ばれて殺された。何故?」

 

 そんな枠組みやカテゴリがなくとも、『特別でないただの人』が集まることで救いようのない存在になることを知っている。

 

「それは、人間がクズだからよ」

 

 ガリィは『人』を、鼻で笑った。

 

「国でもなく教会でもなく、民衆主導の田舎の方が魔女狩りの被害者多いってんだから傑作よ。

 言っちゃえば最高裁判所が寛容なのに民事裁判で死刑連発してるようなもんでしょ、これは」

 

 下衆(ゲス)が外道を、見下し笑う。

 

「魔女狩りは社会が不安定になると、そのガス抜きとして行われる数が増える。

 つまりはストレス解消ね。

 悪魔だなんだとケチつけて殺さないと何されるか不安でしょうがない奴が居る。

 つまりは不安の解消ね。

 異端としてぶっ殺した奴の財産は好きに出来た。

 つまりは小金持ちを妬んでの小遣い稼ぎね。

 そんなとこでしょ。こんなものに大した理由なんて無いわよ」

 

「こんなものにって、そんな言い方!」

 

「こんなものに大した理由なんてあるわけ無いじゃない」

 

 所詮、こんなものは集団心理の産物だ。

 言うなれば、"最近それが流行ってるから"気分で行われるものと大差はない。

 それだけの理由で、人は泣きながら命乞いをする人に、油をかけて火を付けられるのだ。

 

「そんなもんでしょうよ、人間なんて」

 

 ガリィは氷のように冷たく言い放つ。

 性根の腐った彼女は、特例を除いた他者を等しく小馬鹿にして見下していた。

 

「……それでも」

 

 ジュードは彼女の言葉に押し黙ってしまう。

 ガリィが言っていることはある意味では正しい。ある意味では真理に近くすらある。

 知識の量でも、この世界に生きてきた歳月の長さでも、彼女のそれは彼とは比べ物にならないほどに多く長い。議論を交わしたところで、勝敗など目に見えている。

 

「みんながみんな、そうじゃないって、僕は思いたい」

 

 それでも、ジュードはガリィの色には染まらない。

 親の愛を貰えぬままに終わった前世。親の愛を一身に受けた今世。

 その二つを知っているからこそ、彼は人の愛がなければ人の心がどれだけ寂しく辛くなるのか、人の愛がどれほど人の心を暖かくしてくれるのかを、知っている。

 それを自分以外の者に向けられる人間の素晴らしさを、知っている。

 

「はぁ~、その頭の中のお花畑、くっそ踏み荒らしてやりたいわ」

 

 対しガリィは、その甘々な彼の感性に反吐が出そうな顔をする。

 理想家夢想家妄想家は彼女が最も嫌い踏み躙ろうとするタイプの人間だ。

 ジュードも薄々それは分かっていたし、この後ガリィに散々何か言われるんだろう、と覚悟していたのだが――

 

「でもま、あんたにゃそれがお似合いよ」

 

「……ガリィ?」

 

「あんたがそう思うんならそうなんでしょ、あんたの中では」

 

 ――ガリィは彼の予想に反し、何も言わなかった。

 そしてそのまま、彼から離れていく。

 

(何も言わなかった?)

 

 からかいも罵倒も飛んでこないことに違和感を抱きつつも、ジュードは振り返る。

 そこには焼けた地面だけがあった。

 焼けた木の柱も、そこに括り付けられていた人の死体の燃え残りも、もうそこにはない。

 なのにその場所を見るだけで、気分は悪くなってしまう。

 

(……人が『殺された』のを見るのは、初めてだったな)

 

 ジュードの気持ちが沈んでいく。

 ごく普通の世界にしか生きていない人間にとっては、人が死ぬどころか大量出血をみることすらパニックを起こすに足る衝撃だ。

 事故で死んだ死体を見て一生もののトラウマになる者も少なくない。

 まして、焼死体など見てしまったのだ。心にダメージが行ったことは想像に難くない。

 そうして気分が落ち込む彼の手を、誰かが取る。

 

「……?」

 

 ジュードが顔を上げれば、そこには彼の手を取るキャロルの姿。

 

「キャロル?」

 

「そ、その……元気、出して?」

 

 この時代に生まれ落ちたのだ。キャロルも"ああいった光景"は何度も見てきたに違いない。

 ジュードと同じように、焼き殺された人の死体に気分を悪くしたこともあっただろう。

 だから彼女は、こうしてジュードの気持ちに理解を示し、優しくしてくれている。

 その優しさが、ほんの少しだけ沈んでいく彼の心を()ってくれた。

 

「ありがとう、キャロル」

 

 礼の言葉にはにかむキャロルを見て、ジュードは心底実感する。

 『このキャロル』と、『あのキャロル』は、同一であると同時に別個の人間であるのだと。

 同一人物であっても、同一の性格ではないのだと。

 本当に稀に儚げに笑う未来のキャロルと、屈託なく笑う過去のキャロル。

 "キャロルの笑顔"が、彼に長い長い時の隔たりを実感させる。

 

「未来の私を、知ってるんだよね?」

 

「うん。錬金術とか色々教わったし、一緒にずっと旅をしてたんだ」

 

「……そ、その、どんな感じの大人だった? こう、綺麗系とか可愛い系とか」

 

 もじもじと指先を合わせ"自分がどんな大人になっていたか"を聞いてくるキャロルに、「いや外見はほとんど変わってなかったよ」と現実を突き付けない優しさが、ジュードの中にもあった。

 キャロルが遠い未来でも子供のままな姿で居た理由、そも何百年もの未来で生きていた理由はいまだ不明だが、ジュードは"錬金術すげー"くらいしか思っていない。

 

「……えー、あー、面影はだいぶ残ってたかな。でも、素敵な女性になってたよ」

 

「そっか……えへへ、そうなんだ」

 

 キャロルは照れからか、嬉しさからか、それともそれ以外の感情込みの理由からか、頬に赤みが差した表情で彼の手を引いていく。

 

「行こっ! パパが待ってる!」

 

 父に教わり導かれるだけだった小さなキャロルが、"未来から来た自分の錬金術の弟子"というジュードを前にして、その手を引こうとした気持ち。

 17世紀のキャロルを通して21世紀のキャロルを見るジュードが、目の前に居るキャロルではなく未来のキャロルを大人として見ている少年が、大人しく手を引かれることを選んだ気持ち。

 二人はまだまだ互いのことも理解していないし、互いの行動の理由となる気持ちも分かっていない。

 それでも、繋いだ手だけが紡ぐものがあった。

 

 冷えて暗くなりそうな心を照らし暖めるものが、繋いだ手から伝わっていた。

 

 

 


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