Eastern Wind Tales   作:Rei.O

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7.

 山。

 幻想郷において山と言えば、それは妖怪の山を指す。

 それなりに険しく、しかし手入れのされたその山は、極端に規模の大きい里山という表現がもっともそれらしいところである。

 かつて鬼の棲家であったそこは基本的に天狗たちの支配下にあるが、その頂だけは近年例外となった。

 守矢神社。

 軍神にして風神たる神、祟り神にして統べる神、そしてその巫女でありながら神である人の住む社。

 信仰の廃れた"外"より直接"山"の頂へと転移し現れた彼女らは、その直後巻き起こした"異変"の解決とともに幻想郷へと迎えられた比較的新しい住人である。

 

 事の発端は、"山坂と湖の権化"八坂神奈子が齎した情報。

「外来人、ですか」

「風のうわさだがな。どうやら早苗に近い年代らしい」

 東風谷早苗は、ちょっとテンションが上がった。

 元々テンション高めな少女である。新たな情報が投げ込まれた今、彼女の気力は数値にすれば120ぐらいにはなっていることだろう。

 

 後押ししたのは、"土着神の頂点"洩矢諏訪子の一言。

「会いに行ってみましょうか。面白そうです」

「いいかもしれないね、それは」

「ですよね、諏訪子様! ちょっと準備してきます!」

 東風谷早苗は、更にテンションが上がった。

 元より勇気と自信と行動力にあふれる少女である。そこへ更に神力と霊力が追加された今、彼女の行動を阻むものはあまりにも少なかった。

 それが自らの神の後押しを受けたのである。そりゃあもう、更にハイテンションになって即行動を目指すのは必然であるといえるだろう。

 

 止めを刺したのは、人里に住むある人間の要望。

「ああ、早苗」

「はい! なんでしょう神奈子様?」

「人里に行くなら、稗田にこの本を届けておくれ。私らが行くと騒ぎになりかねないからね」

「はい! 早苗にお任せ下さい!」

 東風谷早苗は、更に更にテンションが上がった。

 元より気力と体力と信仰心にあふれる少女である。そこへついでとはいえ自らの神から仕事を頼まれれば(たとえそれがどうということはないお使いでも!)喜んですっ飛んでいこうというものだ。

 本を運ぶために高校時代の通学カバンを引っ張りだし、どうせだからと当時いつもつけていたアクセサリをカバンに付け、早苗は高らかに宣言した。

 

「──では東風谷早苗、人里へ行って参ります!」

「いってらっしゃ~い」

「気をつけるんだぞ」

 東風谷早苗は、今日もその凄まじいテンションのまま、空をゆく。

 

 ◆

 

「おはよう、みんな」

 声をかければ、おはようございます、と声が返る。

 怜霧の"幻想入り"から、早くも二週間が経った。

 人里の端、入り口より20m程内側に入った旧監視小屋(人里領域の拡張で無用になっていたらしい)で寝起きし、昼は寺子屋の一部授業を、夜は人里を守る手伝いをする生活にも慣れ始めている。

 

「みな、いるかな」

「とうこがねつでやすみですー」

「あおこがかんびょーですー」

「青子と橙子が休み、と。他は大丈夫かな?」

 時間は、のんびりと流れていた。そこには、焦燥など欠片もない。

 

「では、始めようか。皆算盤はあるな?」

 十日前自身が覚えた恐怖すら忘れ、怜霧は授業を始めた。

「今日は算数。掛け算だ」

 いつの間にやら、教師らしいことも出来るようになっていた。

 教えることは学んでいないとはいえ、"外"の大学生である。

 この幻想郷において、授業をいくらか引き受ける程度の学力は十分にあった。

 

「皆、九九は覚えたか?」

 気の抜けるような声が返る。覚えていないという声が大半なのは、ご愛嬌といったところだろうか。

「覚えたってのは、居ないのか?」

「あおこがおぼえたっていってました!」

 青子、というのは、この寺子屋に通う子供らの中でも相当に頭のいい部類の子である。

 妹の橙子共々、"外"なら順当に行けば上位の大学に進学していたのではないだろうか、と思う。

 苦笑を隠さず、言う。

「休んでちゃ仕方ないな……よし、なら九九最初からやるぞー。流石に1の段は皆わかるな?」

 授業は、のんびりと進んでいく。

 

 歴史的な寺子屋というものは、極端な話、国語と算数しか無いものである。

 要はそれら二種が生活上必要かつ親の手伝いではなかなか覚えられないものであるという話で、それ以上を学ぼうと思えば都市に出るなりなんなりすることになるのだ。

 この人里における寺子屋もあまり大きくは変わらない。

 ただ、国語算数に歴史が加わるだけだ。

 

 歴史とは、この人里の歴史である。それはつまり、妖怪との闘争や対話の歴史である。

 稗田家に所蔵される資料、その一部を阿求がまとめ、それを更に慧音が抜粋。子供ら向けに書き直したものを教科書として、歴史という名の"生き方"を教えるのだ。

 現代の教育科目で考えれば、近いのは"道徳"かもしれない。

 ともかく、その3つしか無い科目で、丸一日授業をやるというのは、実はというまでもなく無理がある。

 子供たちが飽きるし、何より家庭の手伝いなどがある。

 

 そんなわけで、寺子屋講師の仕事を終えた怜霧は、資料を軽くまとめると、手が空いたことで歴史研究に時間を割きだした慧音に一言挨拶して(生返事だがいつものことだ)、昼食を摂りに歩き出した。

 時刻は、一時半を回ったあたりだろうか。そろそろ昼食時も終わる頃だ。

 食とは、貴重な娯楽である。それは古代ローマにおいて、資産家たちが鳥の羽を用いて吐いてまで料理を味わったということからも明らかだ。

 それは人里においても例外ではない。街といっていいような意外な広さを誇る人里だが、当然現代の大都市ほど極端に大きいわけではない。にも関わらず、何軒もの食堂が存在するのだ。

 

 何処にしたものかと思った時、今朝の授業の時休んだ二人を思い出す。

 そういえば、彼女らの親も食堂をやっていた。あのあたりにしよう。怜霧はそう思い、北東へと足を向ける。

 ――二人の見舞いついでに昼食としよう。

 と、いくらか歩いたその時だ。

 聞き覚えのある声が、怜霧を呼び止めた。

「……ああ、彼です、彼。そこの。怜霧さん!」

 振り返ってみれば、声の主・稗田阿求とともに、もう一人。緑髪の巫女がいた。

 怜霧は思う。

 ――幻想郷の巫女って、一人じゃなかったのか。

 

 ◆

 

 ──昼下がり、多くにとって突然に、それは起こった。

 山の上の、緑髪の巫女による、人里への襲撃。

 それはほぼ完全に成功し、人里は、その拠って立つ常識を大きく揺るがされた。

 そして、"現代っ子の現人神"、東風谷早苗の名で、ごく短い一言が、彼へと発される。

 「To Foreigner, Welcome to the Phantasm」

 それは、全ての外来人に対しての、明確な歓迎の意思であった。

 

「……と、こんな感じでどうでしょう! フォー・アンサーですよフォー・アンサー!」

「いやその東風谷さん、申し訳ないがそれは知らないのですよ」

「え、知らないんですかアーマード・コア、面白いのに……」

 正に昼下がり、「外来人と聞いてっ!」という一言とともに里を"襲撃"した彼女は、稗田邸に本を届けると里を捜し回り(そして途中で散歩中の阿求と出会い)、昼食へと向かうところであった怜霧を探し当てることに成功する。

 そのテンションは見ての通り跳ね上がったまま降りてきておらず、一瞬面食らった怜霧であったが、そこは数日の幻想郷生活で慣れたもの。

 幻想の住人はこんなものなのだろう、そう強引に納得して、ひとまずともに歩いていた。

 

「……ハイテンションですね」

「いやぁ、私達が幻想入りして以来外来人は来ていないらしくて、ちょっとテンション高いんですっ」

 いや、絶対それどころではないだろう。怜霧は内心で突っ込んだ。絶対普段からテンション高い部類だ、と。

「ところで怜さん」

「なんです?」

「怜さんはどこに住んでらしたんですか?」

 マシンガン・トークとはよく言ったものだが、きっとマシンガンはマシンガンでもガトリングに違いない、そう思いながら答える。

 

「私は、京都です」

「京都ですか、いいですね! 私、修学旅行とか行けなかったのでいったことないんです。出雲なら行ったことあるんですが……」

 いいなぁ、と宙に視線を投げる早苗。

 金閣やら銀閣やら、有名どころに名を馳せていると思しきところに、怜霧がぼそっとつぶやく。

 

「……あまり、いいところばかりでもないですがね」

「え? どういう……」

 そこで怜霧は、はっ、と我に返った。

 考えが言葉に出たか。そう脳内でつぶやき、

「ああいえ、いつも人が多いし盆地で夏は暑いし、存外大変なものなのです、京都も」

 場所が場所だけに物価も高いですし、と続ける。

 

「そういえば、怜さんは学生さんですか?」

 私は高校生でした、と早苗は言う。

 誤魔化されてくれた。言ったことは事実だが、心底安堵しつつ、怜霧は答える。

「京都総合大に通っていました」

「え、京都大学ですか!?」

「いえ、京都総合大に。 ……京都大は、だいぶ前に無くなったのでは?」

「え? むしろ京都総合大って、え?」

「……え?」

 

 ◆

 

「白霊が風祝と接触した模様です」

「そう。気づいたと思う?」

「恐らくは。あの風祝が、そのあたりの話をしない理由がありません」

「そう。そうよね。……変動への対処は?」

「余りにも急激すぎます。演算が追いつきません」

「まさに猫の手まで借りているものね」

「その猫は成果を挙げていますよ」

「まあそこは流石ね。それで?」

「はい。少なくとも2名、原因に近づきつつあるようです」

「"人形師"と"司書"ね」

「協力を要請しますか」

「演算符の使用を許可するわ。試作品だけど、魔法抜きの魔法使いよりは役に立つでしょう」

「わかりました」

「……何か、言いたいことがあるようね?」

「はい。あの外来人は、なんなのですか。この異常はアレに端を発しています。排除すべきかと考えます」

「駄目よ。彼は楔なのだから」

「楔?」

「そう。幻想郷をつなぎ止めていた楔。取り込めれば、幻想郷は、また一段進む」

「……」

「私は、私たちは変わってはならない。しかし変わらなければならない。楔は抜いてはいけないけれど、しかし動くには邪魔になる」

「ならば刺さるその地ごと、ですね」

「彼は必要。この幻想郷が、単なる切り離された空間から一つの世界へと進むために」

「はい。しかしお教えください。結局、何をお望みなのですか」

「……そうね、言うなれば、私たちは(シャチ)。冥界より来る魔物オルキウス・オルカ。幻想郷を変え、しかし変えず、停滞とともに進歩を与える存在」

「はい」

「しかし同時に守り手としても在るもの。幻想郷は唯一無二の天守閣。ただのボヤでも、しっかりと消し止めなければいけないわ」

「はい。了解致しました」

「そう。ならば行動なさい。期待しているわ、我が最高の式よ」

「は」

 

 女は、わらう。

「幻想に、黄金の時代を……なんてね?」

 


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