「……え?」
その報せを耳にして、メリーは私の目の前で崩れ落ちる。
皮肉にもその姿が、一年程前の彼女の言葉を立証していた。
「嘘……嘘でしょ、ねえ、蓮子」
首を振る。私だって、メリーがこんなに取り乱すとわかっていればそもそも伝えはしないし、聞かれても誤魔化して……いや、嘘だ。
力を失ってへたりこみ震えるメリーの前――私の右手には、モバイルに映し出された週刊誌の1ページ。
そこには、派手な見出しに彩られた記事が一つ。
【廃神社目指した大学生不明!】
【伝承通りの神隠しか!?】
「いいえ、メリー」
結局私には、事実を伝えることしか出来ないのだ。
「……白霊怜霧は、行方不明よ」
◆
幻想郷生活、二日目。
怜霧は買い出しの留守番を頼まれ、それならついでにと掃除をしていた。
「おーい、霊夢ぅ――!」
遠くから聞こえる知らぬ声に辺りを見回す。誰も居ない。
この幻想郷で"れいむ"といえば霊夢のことだ。つまり誰かは知らないが、今来られても……
そこまで考えて、怜霧はばちりという音を聞いた。
「って、うぉあぁ――いっ!?」
――さあ、困った。
轟音響き、目の前過ぎるは疾風怒涛。黒金白の三色流星が真っ昼間から境内に落ちる辺り、ここはやっぱり幻想の郷なのだなぁ、怜霧は思い、思ったついでに一応声をかけておくことにした。
午前中にこのノリには慣れたが、流石に死人が出たら色々まずいと思うのだ。神社だし。
「その、……大丈夫ですか? 色々と」
「べふぁっ。あたた、大丈夫だぜ、色々が何かは知らないけどな」
境内外れの木々の合間から顔を出したのは、黒装束――どこぞのRPGに出られそうなぐらいにはいかにも黒魔法使いな少女。
「いやー参った参った、まさか飛行魔法までノイズ入って吹っ飛ぶとは思いも寄らなかったぜ……」
ノイズ。先ほどの妙な音だろうか。それに、飛行魔法。
――もしや本物の、魔法少女というやつではあるまいか。
「で、誰だか知らないけど霊夢は居ないのか?」
何かを探しながら問う少女に苦笑しつつ、答える。
「白霊怜霧といいます。まぎらわしいので
このあだ名も午前についたものだ。朝っぱらから酒浸りの子鬼(!)が、「お前、ややこしいからこれから怜な!」と唐突に宣言したものだが、区別が付くのはいいことだろう。
怜霧はとりあえずそう思ったまま思考を放棄していた。深く考えると、あまりの無茶苦茶さに頭痛がするのだ。
「同姓同名? 珍しいな」
「漢字違いですがね」
「だがなんだ、居ないのか……なあお前さ、なんでここに?」
あんまりいいところでもないだろうに、と魔理沙。言いたい放題である。
「何分、幻想郷生活二日目なもので」
「つまり外来人ってことか。あれ? 霊夢に言えばすぐ帰れるだろう?」
「繋がりが薄れてる、とかで難しいらしいのですよ」
なんというか、随分気さくで開けっ広げな魔法少女だ。怜霧はそう思う。
"外"の伝承やら小説やらでは門外不出だの一子相伝だのなんだのと面倒なイメージがある。故に、少々の違和感。
「そうなのか。大変だな、お前……お、あー、やっぱし」
どうやら探しものが見つかったらしく、持ち上げたのは……箒、の残骸。
「……それで飛んでいたのですか」
「ああ、魔法使いは箒で空を飛ぶもんだからな」
本当に箒で飛ぶのか。怜霧は、思わず空を見上げた。青い。憎らしいほど。
一つ息をついて、言う。
「まあ、霊夢さんもそのうち戻るでしょうし。お待ちになりますか?」
「お待ちになるぜ。……ああ、悪い、ちょっと手貸してくれ。傷手当しないと」
――ああ、本当に、奇妙な魔法使いだ。
◆
「──それで魔理沙とお茶して待ってた、と」
「ええまあ、そうなります」
「邪魔してるぜ」
霊夢の帰宅は三時過ぎだった。
掃除はだいたい済ませ、勝手ながら残り物で作ったおやつ──冷ご飯が味噌と共に焼きおにぎりへワープ進化した──を魔理沙と共にかじり、のんびりしていた矢先のことである。
「とりあえず掃除はおおかた済ませました。あ、霊夢さんもどうぞ、これ」
「ありがと。 ……万能ねあんた」
「流石に出来ますよ、家事ぐらいは」
それに洗濯は自分の分しかしていない。これでも男の身である。
どうやら霊夢は焼きおにぎりを気に入ったようで、ぐでっ、と倒れ込みながらも、それだけは手放さなかった。
「あー……怜、ちょっと荷物お願い」
「おいおい、新人扱いが荒いな霊夢」
「はは、いいんですよ。やっておきます」
食料品の詰まった籠を抱え、怜霧は奥へと引っ込んだ。
怜霧がいなくなったところを見計らい、霊夢は魔理沙へ言葉を投げた。
「で、今日は何」
「ああ、妙なんだ。私の魔法が異常な動作ばかりしてな」
「いつものことでしょ」
「いつものことだけどいつものことじゃない。ほら、これ見てくれよ」
魔理沙は自ら縛ってまとめた、箒の残骸を見せる。
「……なにそれ」
「……私の箒だぜ、粉々だけど」
「確かに箒ね、粉々だけど」
あんまりといえばあんまりな言葉に溜息一つ。魔理沙は、まあいつものことか、と言葉を重ねる。
「こいつにかけてある飛行魔法、相当単純なやつなんだが、ここに来るまでに間に暴走して最後はこれだ。アリスの奴ですら制御がうまく行かないらしい。これは相当な異常事態だぜ?」
アリス。アリス・マーガトロイド。魔理沙と同じく、魔法の森在住の魔法使い。
パワー型の魔理沙と異なり、制御に長ける術師タイプ。その制御は、一人で無数の人形を操る戦闘スタイルにも表れている。
里で人形劇をやっているのは有名な話だ。つまり、制御に対してそれだけの自信を持っているということでもある。
「ふぅん……アリスですら、ねぇ。それは、妙ね」
「だろ?」
霊夢の眼が変わる。"巫女の勘"に何かが引っかかった証拠だ。
"博麗"の勘が、買い出し中に聞こえた話を蹴りあげてきた。八百屋の、親子だったか。
――人形劇のおねーちゃんまだかなー。
――そういえばここの所見ないな。
「だからお前に話を持ってきたんだ。そっちで何か掴んでないかと思ってたが、どうやら見当はずれだったらしいな?」
「──異変、いいえ、まだそれほどではないけれど」
「ああ、成りうるぜ、異変に。いつもなら私も飛び回って調査するんだが、今回ばかりはなぁ」
「魔法がおかしくなってるんじゃあねぇ。ま、身近なところから調べてみるとしようかしら……」
霊夢は考えこむ。心当たりはゼロではない。
いつもどおりに怪しいスキマ、あちらこちらの有力者達、そして、
――白霊怜霧。この"異変候補"に同期するかのように現れた、外来人。
「で、だ、霊夢。折り入って頼みがあるんだが」
「何よ」
「……箒がこれだと帰れないんだ」
「仕方ないわね。今日は泊まってきなさい」
「恩に着るぜ、霊夢!」