「第三師団所属、譜業運用大隊、隊長の……いや、君は私の名前など知りたくないだろう」
大隊長は寝台に座ったままだが、背筋を伸ばして敬礼する。顔色は悪いが所作はしっかりしている。
そして、ほんの少し息を整えて、
「君の状況を説明させて貰おう」とここまでの経緯を説明し始めた。
まるで、何かのとるに足らない雑事の報告書を読み上げるように淡々と話を続ける。
「……そして、セフィロトツリーと呼ばれる柱が消滅し、アクゼリュスは崩落したわけだ」
と腹部に重傷を負っているとは思えない落ち着いた声音で言い切る。
「どっ……、どうしてだ……!?」
ルークは先をうながしつつも、これ以上聞きたくないと思うが彼の言葉から意識をそらすことが出来ないでいた。
大隊長は瞑目して、少し間を置き
「君が《超振動》で、柱を消滅させた……」
静かにゆっくりと答えた。あたかも聖句でも唱えるかのように静かな口調で。
「……オっ、オレは知らないぞ! オレ俺は瘴気を中和させようとしただけだ! あの場所で超振動を起こせば、瘴気が消えるって言われて」
ルークは声を裏返して、抗弁する。
「その通り。君は首席総長、いや、我々に騙されたんだ。確かに柱は消滅したが、君は、いわば引き金を引かされただけだ。銃も我々が用意し、狙いも我々が付けた。そして、君があたかも自らの意思で撃ったかのように暗示までかけてね」
子供を宥めるような口調で大隊長は言った。
後ろに控える若者たちも狼狽した表情を浮かべていたり、眉を寄せて俯いていたりしたが、一言も発っしない。
「そんな! そんなはず……そんなはずは…!」
ルークは両手で朱い髪をくしゃっと掻きむしるように頭を抱えた。
「もう止めて下さい! 貴方は卑怯です。こんなの罪の宣告と変わらない!」
ティアが大隊長の言葉からルークを守るように手を広げて、立ち塞がった。
「オ……オレのせいなのか? ティア、オレ、あんなにいっぱい、いっぱいの人を死なせ……殺した? 殺した……のか?」
ルークは声を震わせて、ティアに尋ねる。その表情は怯えきって、まるで別人のように歪んでいる。
「違う! あなたじゃない! あなたじゃない……」
ティアはルークの隣に駆け寄って、彼の座るベッドに膝を掛けると彼の肩を抱き締める。
「オレのせいだ。オレのせいだって言えよ。そう思ってんだろ!」
ルークは喚いて、ティアをはね除けようと身をよじる。
「違う、違うわ。あなたは皆を助けようとしたの。いい人だから……だから……だからっ」
ティアは彼の動揺を押さえ込む込もうと、優しく囁くように話す。自分自身でさえ“取り繕えて”さえいないのに懸命にルークに対する擁護の言葉を続けようとするが
「……ど、どうしてだよ!? オレのせいだって言ってくれよっ!!」
とルークはでむせび泣きながらティアの言葉を遮る。
「ご主人様……元気出してですの……」
ミュウもティアを真似たのかルークの足にしがみつく。
「黙れ! お前に何がわかる!」
「ボクも……ボクのせいで、仲間、たくさん死んでしまったから……。だからご主人様の気持ち……わかるですの」
ルークは蹴るように足を振るが、ミュウは振りほどかれまいと更に強くしがみつく。
「お前なんかと一緒にするなっ! オレは……オッ、オレはもっと悪い。もっと……大勢の人を……人をっ......!」
ルークはもう頭がぐちゃぐちゃで、普段だったらこんな大勢の前で泣くまいと思うが、もうそんな事は関係なく、思い切り泣き声を上げた。
そして、ルークの絶叫が木霊する船は暗い海を掻き分けながらゆっくりと進んでいった。
街に到着し、ルーク達は、タルタロスを下船する。
コゲンタは傷が元と見られる熱を出し、ナタリアが付き添って、大隊長と共に乗組員たちに担架で運ぶ事になった。ジェイドは、「艦の点検をしたいです♪」と言ったが、それを聞いたナタリアは「点検が必要なのはあなたのお身体です!」と叱り飛ばすと、
「ルークの事は……ティアにお願いしますわ……」
と、しばしの逡巡の後、信頼と嫉妬の入り雑じった顔で言うと、(もちろん本人にも相手のティアにもその感情が何なのか分からなかったが)ジェイドの腕を引いて退艦していった。
ガイとイオン、アニスが下船して、たっぷり時間を取ってから、ティアはルークの手を引いて出発した。ガイは「危険だ」と言ったが、「今のルークはそっとしておいた方が良いから」と説得して二人だけにした。
その街は、古代建築のような様相で立派だったが街全体が寺院のようで、どこか他所々しい雰囲気に包まれていた。
「ここが《ユリアシティ》。わたしが育った街よ。機会があれば、ルークにも見てもらいたいと思っていたから、何だか嬉しいわ」
ティアは自分でもわざとらしいと自覚しながらも明るい調子で、街の中心辺りを指差した。
「……うん……」
曖昧な表情で頷くルーク。
「思いの外早く実現したのは、わたしの日頃の行いが始祖ユリアやローレライみたいな《神様》に評価して貰った事かしらね?ふふふ」
ティアは、あえて彼の戸惑いに気づかない振りをして、明るい表情でおどけて見せる。
彼女にとっては故郷なわけだが、この街が束の間でもルークの心を解きほぐしてくれるような景色や品物がある事は期待できるように思えなかった。
その時である。
ティアの視界の端で、くすんで薄い灰色になりかけた回廊の柱の影から、赤黒い影が“ゆらり”と現れるのを見た。
転瞬、ティアは杖を影に突き付けるように片手で構える。それでも、ルークの手を放さない。いや、放せない。
「ちっぃ......まったく……!」
“影”は、大きく舌打ちしつつ、ティアを、いや彼女の後ろで“影”から向けられる敵意に身をすくませるルークを射殺すように睨み付けて、吐き捨てる。
「女の後ろでべそかいて、隠れやがって。手を引いて貰わなきゃ歩けないのか? まぁ、仕方ないかぁ? 何故ならお前は出来損ない……」
「……アッシュ様、お止め下さい。……それは、もう意味がありません。」
揚々と、いや嬉々としてとすら思える口調で喋るアッシュの言葉を、ティアは“毅然と”と表現するには冷たすぎる声音で遮る。そして、彼女の瞳から普段の優しさが鳴りを潜めて、鋭利な色が宿っている。
しかし、アッシュはそれには気が付かないのか、それとも気にするつもりもないのか、さらに言葉を続けた。
「……ふん、いいや!」
アッシュは鼻で笑うと、ティアいや背後のルークを指さして、
「お止めください……!」
「“愚かで哀れなレプリカ·ルーク”なんだからなぁっ!」
ティアの遮る声を無視して、ルークを指差しアッシュが声を上げた瞬間、
「止めなさいっ!!」
普段のティアからは考えられない激昂した声と一緒に、力任せに杖を振った。
杖が作った光の軌跡から、無数の音素の弾丸が放たれる。弾丸は攻撃的な音を発して、人体の急所へ目掛けて飛び、アッシュに殺到する。
しかし、その正確さゆえ《鮮血のアッシュ》とまで呼ばれ、人体の急所を知り尽くした男にとっては、狙いが読み易く、その反射神経からすれば、速さも不十分だった。
地を這うかのように身を屈め、赤い獣と化したアッシュは一気にティアとの距離を詰める。
ティアの杖を左の裏拳で叩き落とすと、足で踏みつけると同時に彼女の白い頬に目掛けて平手を張った。平手と言っても固い鞍革の手甲で補強された物である“頬が赤く腫れる”だけでは済まない。
横に吹っ飛ばされ、転倒されたティアだが、ローブの袖に隠したナイフを掴み出す。その切っ先の光を見咎めたアッシュの眼に危険な光が宿る。
当然、こんな体勢ではナイフを投げる事のできないティアは、次の瞬間には繰り出されてくる斬撃を受け止めようとナイフをかざし、アッシュを睨みつける。
しかし、予想された衝撃はティアの身体にも、彼女のナイフにも襲ってこなかった。
重い金属音が響く。アッシュの剣の鍔が硬く握られた拳に叩き込まれ、アッシュの動きを止めたのだ。
振り乱される朱色の髪。ティアの危機を前に放心から脱したルークの拳であった。
「……チィッ!このっ......」
鉄槌のように打ち下ろされた拳をアッシュは押し止めてる。
「……ティアから!」
ルークは渾身の力で剣を押さえつけながら、左手だけで剣の鯉口を切り、
「はなれっろぉ!!」
鋭い鍔鳴りを立てて剣を抜き放つ。
「クズっがぁあ!!」
アッシュは後ろに飛び退いて、黒剣を上段に構え直し、袈裟掛けに一気に振り下ろす。
ルークは咄嗟に反応して、同じ動きで迎え撃ち、甲高い金属音と眩しい火花を放つ。
左と右の違いこそあるが、同じ軌道で二人が動き合う。あたかも鏡を前に剣の舞を踊っているかのようだ。
次々と鳴り響く剣撃の音と、激しく飛び散る火花。
しかし、拮抗しているかのように見えた同門同士の技の応酬に変化が訪れた。
鋭い破裂音が響く。
撃ち合わせた掌打のルークの『戻し』が、アッシュのそれよりも一拍だけ遅くなった。ルークよりも先んじて、さらなる追撃を繰り出すアッシュ。
その差は、防具による差?、実戦経験の差?、精神状態の善し悪し?、はたまた、別の何かか?
それはともかくとして、剣士ではないティアにも見て取れる刹那の隙を《鮮血のアッシュ》が見逃すはずがなかった。
転瞬、先ほどとは違う破裂音が辺りに鳴り響く。今度はアッシュが疾風迅雷の如き踏み込むの音だった。
漆黒の長剣の柄頭がルークの左肩を強かに抉る。
「……っ!!」
声にならない呻きを漏らして、そのまま吹き飛ばされて受け身も取れず、薄灰色の石畳に叩き付けられるルーク。
それでも頭への衝撃を避けたルークだったが、背中を打ったため呼吸すらままならない。
もっとも、呼吸はできていても利き手である左腕の感覚がない。いや、感覚がないだけならまだしも、肩から先の感覚が全て痛みに置き換わっている。剣を握る所ではない。
万事休すだった。
けれども、未だ幼いともいえる心の片隅でルークは“当然の報い”だと思った。理由も分からず街の崩落に巻き込まれて人々への“償い”なのだと。もちろん、到底償い切れないとは思えないが……。
ルークは“潔く”と言うには、怒りと悲しみと悔しさ、情けなさがあまりにも“ぐちゃぐちゃ”にない交ぜになった感情と耐え難い体中の激痛を押し込めるようにきつく瞳を閉じ、来るべき断末魔の苦痛を受け入れようとした。
その時である。
『もう、いいだろう……』
唐突に声が響く。ルークが痛みで霞む視界で捉えた声の主は、アッシュの右隣に肉薄するように立ち、長剣を持つ彼の右腕に優しく添えるように制していた。
墨のように黒い外套に身を包み、形は神託の盾の物に似ているが全体に赤錆が血管のように浮き上がった甲冑で全身を覆った男だった。その出で立ちから、まるでアッシュ自身の影がまとわりついて主の自由を奪っているかのようだ。
『それ以上、自分の価値を下げる必要もあるまい』
年若いのか年老いているのか、男なのか女なのか判然としないが、聞き慣れないはずなのに何故かよく知っているような気がする不可思議な声だった。
しかし、ルークはそれも錯覚だろうと、胸中で首を振った。何故なら、彼は今強烈な睡魔に襲われているからだ。聞き間違いもしようという物だ。
「ルッ、ルークっ!!」
本当は“自分の名前ではなかった名前”に素直に反応してしまう自分に胸の内で苦笑しながら、それを呼びながら駆け寄ってくるティアのどこか聞き心地の良い足音を感じながら、ルークは鉛のように重くなった目蓋を閉じた。
お待ちいただいていた方々、大変お待たせしました。
前半はルークが「罪」を宣告されるシーンが中心となりました。
「俺は悪くねぇ」の代わりですから、今回の悪役・・・宣告者の大隊長の台詞は印象に残る台詞をと知恵を絞りました。
「・・・引き金を引かされた・・・」という台詞は「セブン・イヤーズ・イン。チベット」(監督ジャン=ジャック・アノー、主演ブラット・ピット)という映画で、キーパーソンとして、少年時代のダライ・ラマ14世が登場するのですが、彼が観た悪夢で、共産党兵が僧侶の頭に押し付けた銃を無理矢理、ダライ・ラマに握らせて引き金を引かせるというシーンがあり、そこから着想を得ました。
あえて攻撃的な言い方をすれば、アビス制作陣や原作パーティーなら彼を人殺しと呼ぶでしょうね。
後半のルークとアッシュの対決シーンですが、原作だとルークが自分の存在の危機に取り乱して斬りかかるという物でしたが、拙作のルークは、やはりといいますか、守ろうとしてくれたティアを助けるために戦うという物に変えさせてもらいました。
最初は崇高な理想を持っていたアッシュが、置かれた状況から手段を選ばなくなり、ルークとはあまりにも違う立場になっていくという表現が出来ればと描きました。如何だったでしょうか?
繰り返しになりますが、今回はお待たせしてすみませんでした。どうか見放さずにお待ち頂ければと思います。(笑)