テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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アッシュ対暗器使い

 

 アッシュも大きく息を吐くと、構えらしい構えを取らず右手に剣を下げ、両足を肩幅に開いて僅かに左肩を相手に向けて相対する。いわゆる、無形の位だ。

 一方、相手であるジャン・クリストフはなんの奇もない正眼の構えである。もちろん、ティアの眼からは一分の隙も見出せない見事な構えだった。

 

「……ほう、他の雑兵よりは使えるらしいな」

 

「……ふふふ、我が部下を雑兵呼ばわりとは手厳しい。しかし、お褒めに預かり光栄ですな」

 

 不敵に口を歪めるアッシュに、ジャン・クリストフは面防越しに微笑み返しながら、間合いを計り構えを変える。

 

「ならば、彼らの上官である私が奮戦し、その評価を払拭しさせて頂くとしましょう……」

 

 と、自然な動作で彼の掌がアッシュに向けられた瞬間だった。しゅっ……と硬い何かが擦れる音と風切り音が鳴った。

 

 電光石火の黒い剣閃が不可視の何かを弾き落とし、アッシュを護る。

 

 音素の揺らぎも譜術の兆候も感じられながった。技や術の類いではない事しかティアには解らない。

 ハイマンの脇腹を穿った刃を脳裏を過り、“暗器”という単語がティアの脳裏に浮かぶ。

 

「ちっ、誉めたそばから呆れた奴だ……」

 

「さては流れ矢かもしれませんな? 心苦しくも、ここは既に戦場です。どこに誰が潜んでいるか分かったものではありませんからな。ハハハ」

 

 舌打ちするアッシュの冷めた眼差しを、騎士はおどけて受け流す。ティアには彼に恐怖心など「ありはしないのでは……?」と、息を飲むほかない。

 

「フフフ、剣士であり、いくつもの強力な攻撃譜術を使いこなす譜術士でもあらせられる特務師団長を相手に、私程度の凡愚では正攻法では、とてもとても……。何卒、“これで対等”とお許しください」

 

「うん……?それではまるで、譜術が使えなければ俺が貴様より“下”になるかのような言い草だな?」

 

「フフフ……。いや、まさか滅相もない事です」

 

 ジャン・クリストフは苦笑しつつ、不意にコインのような物をアッシュの足元へといくつか滑らした。

 

 それは、ティアの目には淡いクリーム色の大きめの“錠剤”のようにも見えた。しかし、その見た目の清潔感とは裏腹に、言い知れない残酷な底意地の悪さが潜んでいるように感じてならない。

 

 構えを崩さないアッシュをあざ笑うかのように数泊経過しても“それ”には何も起こらなかった。爆発もしなければ、発火する様子もない。

 

「何を撒いたかは知らんが不発なら意味がない。武器の手入れを怠るとは、親衛隊の質も落ちたな」

 

 アッシュは嘆息しつつ、一歩、二歩と、油断無く間合いを詰める。

 

 その時だった。ティアの音律士としての耳が、奇妙な音が届いた。シュウシュウ……と何かが泡立ち、水に溶けるような小さな音だった。

 

 見れば、件の“錠剤”が奇妙な透明な揺らぎのような煙を出しながら、形を崩してきているではないか。

 

 「毒か?」 とアッシュは後ろへ飛び退く。ティアも咄嗟に手で口を覆うと、障壁を造る聖句を唱える。

 

 アッシュが僅かに咳き込んだ。ティアも喉と鼻の奥に苦味や辛味のような刺激を僅かに感じた。

 その時、騎士の足元から白い煙幕が一気に広がり、煙幕を貫き何かが飛来する。

 

 アッシュはそれを剣で打ち落とす。それは針だった。

 針といっても五寸釘ほどもある巨大な代物、その上ガラス細工あるいは樹脂製なのか、奇妙はほど光を反射しない透明な物質で形作られ、遥かに鋭く強い殺意と悪意に満ちた代物である。これを、あの素早さで投げつけられれば、視覚だけでは捉えきれまい。

 

 次々と針が飛び出してくる。しかし、アッシュはそれをことごとく剣で払いのけていく。

 ぱらぱら……と砕けて舞い散る破片が雪の結晶の様にも見えて障気の中でも映える。場違いにも美しいとさえ思ってしまう。

 

「こんな小技でっ!」

 

 アッシュは声を張り上げると、剣を地面に突き立てると同時に、ティアが描く譜陣にも似た光が地面に広がり、辺りに広がる煙と飛来する暗器を押し流し、煙の後ろに隠れていたジャン・クリストフを弾き飛ばした。烈昂の気迫と共に闘気と音素を防壁とし、それを撃ち放ち周囲を凪ぎ払う剣技『守護方陣』である。

 

 闘気の防壁で強かに打付けられた騎士はバランスを崩し、剣をも取り落としている。

 

 アッシュはその隙を見逃さず、斬りかかった。騎士は手甲の隙間から鋼線を引き出し、アッシュの剣を巧みに受け止め瞬時に刃に絡ませた。

 その一瞬の刹那、鋼線の尋常ならざる強靭さと柔軟さにアッシュの剣の切っ先がいなされ鈍る。

 

 刹那の好機を見逃さず態勢を立て直した騎士の、膝の具足の各所から短剣が飛び出した。

 

 いずれも、刃渡りは短く小さな物ばかりだが、防具の隙間を縫い、肉を裂き、臓腑を穿ち、命を刈り取る為の邪悪な創意工夫の施された禍々しく、おぞましい形をしている。

 

 騎士は鋼線でアッシュの剣をさらに絡め取り、その懐に入り込む。

 文字通り腹部を抉る稲妻のような膝蹴りが、アッシュの黒い法衣を引き裂き、彼の鳩尾を抉る……

 

 

 ……事は無く、あたかも代わりの様に硬い鉄板がひしゃげる凄まじい打撃音が辺りに響いた。次の瞬間、騎士は体を横にくの字に折って、たたらを踏んでよろめく。

 

 何が起こったというのか?

 見れば、騎士の胴鎧の脇腹が三日月の形に窪み、変形していた。アッシュの鋭い爪先が突き刺さったのだ。

 

 あのアッシュの間合いと体勢で、なぜあんな蹴りが放てるのか、アルバート流の剣士ではないジャン・クリストフには理解できないであろう。

 

 ティアは兄の技を見て知ってはいた事だが、旅の最中のルークやガイの鍛練を見て、改めてアルバート流の剣士の身体が非常に柔らかい事に驚かされた。

 ルーク達を貶めるつもりは一切無いし、戦闘において身体の柔軟性は重要な要素だが、異常だとさえ思えるほど柔軟に時間を掛けて取り組み、剣士でありつつも拳や蹴り、はては肩からの体当たりすら技に組み込んでいる。極めれば徒手空拳ですら剣を持つのと変わらない戦闘力を発揮する。剣も使える格闘家と表現した方が良いかもしれないほどだ。

 

「ぐぅ……ふっ、ふふ……お見事……。ですが、まだまだ、勝負はこれからですぞっ……」

 

 砕けたあばら骨とひしゃげた鎧に肺が圧迫され呼吸すら苦痛のはずだが、なおも騎士は不敵に笑う。今度は膝だけでなく、肘、爪先、肩、手首といった具足の各所から短剣や鉤爪が飛び出す。

 

「それに……私は時間さえ稼げれば良い。お分かりでしょう?」

 

「ああ、忌々しいがそうだな。だが、もう終わりだ」

 

 アッシュの吐き捨てるような言葉と同時に二人が動いた。

 

 一瞬刹那、二人がもつれ合う。そして、ジャン・クリストフの兜と鎧の隙間にアッシュの剣が素早く滑り込み、直ぐさま引き抜かれた。

 

 ジャン·クリストフは反射的に首を押さえるが、もう何の意味もない。

 指の間に赤い粒ができ、それが大きくなり赤い筋となって流れ出したと思った瞬間、堰を切ったように鮮血が吹き出し、瞬く間に黒い法衣を赤黒く濡らしていく。

 もがくでもなく、絶叫を上げるでもなく、首を押さえたまま、騎士はアッシュを見上げると、彼の喉はぐつぐつ……と苦痛の呻き声なのか、あるいは挑発的な笑い声なのか判然としないが奇妙な音を奏でている。

 そして、不意に音は止まり、彼は大きな音を立てて、仰向けに倒れ込み動かなくなった。

 

 ジャン・クリストフが倒れ伏したのを見届けたティアは彼の背後で倒れているハイマンの下へと走り寄った。

 

「ハイマン!」

 

 ティアは彼のそばに跪くと、血で汚れるのも構わず、ハイマンの傷を検める。やはり傷は深いが、まだ助けれるかもしれない。

 

(うぅん、違う! 助けてみせる!)

 

 万に一つもの望みを手繰り寄せるために、緻密な譜陣を構成し、音素を練り上げ、ハイマンの傷口に掌をあてがおうとした。

 

 しかし、その時であった。

 

 ティアの肩越しから黒い影が鋭く伸び、ハイマンの胸を刹那のうちに刺し貫いた。

 

「……ぇ……?」

 

 それは真っ黒な刀身の長剣であった。

 そしてハイマンは声すら上げず、つかの間の微睡みから目を覚ましたかのように目を開けた。

 

 一瞬の刹那、ティアとハイマンの眼と眼が合う。

 

 彼は安心したように僅かに目を細めると、そのまま再び眠りにつくようにゆっくりと目を閉じる。

 そう、もう目を覚ますことの無い眠りについたのだ。

 

 ティアが長剣の刀身を辿り、ゆっくりと振り返ってみると、そこには不機嫌そうに眉をしかめてアッシュが立っていた。

 

「もう楽にしてやれ。どうせ助からん」

 

 彼は、呆然とするしかないティアを見下ろして、静かに長剣を抜き、手早く血振りをして鞘に納める。ハイマンの身体からは、もうほとんど血は出なかった。彼の奮戦の証しである。

 

「それに、雑兵一人に構っている時間は俺達には無い」

 

「……雑兵っ……?アッシュ様っ! 貴方という方はっ……!」

 

 一瞬、その代名詞が誰を指しているのか理解出来ず固まるティアだったが、一拍おくれてハイマンの事だと理解すると、アッシュのあまりの言い草に、形の上では危難を救われたことを忘れて彼を睨みつける。

 

「身内が死んで悲しいか? だったら、おかしな話だ。向こうに転がっている黒法衣たちも、まがりなりにも神託の盾……身内のはずだろ? 選り好みが激しい事だな。薄ぺっらい自己満足はウザったいぞ。メシュティアリカ・グランツ?」

 

 ティアを軽蔑し吐き捨てるかのようなアッシュの言葉を耳にし、「彼らに直接手を下した貴方に言われる筋合いはないっ!」などなど様々な反論が喉まで出かかったが、戦士や騎士など自らの意志で戦いに赴く者としてなら彼の言い分が正しいと、ティアは唇を噛む事しかできない。

 

 敵対した神託の盾にしも、たまたま立場が違っただけで、彼らは物語に登場するような“悪魔の軍勢”や“卑劣な悪漢”ではないのだ。彼らも剣を置き、戦いから離れれば、誰かの良き息子、良き兄弟、良き夫、良き父、そしてハイマンの様に良き隣人であり良き仲間だったかもしれないのだ。

 運に恵まれなければ、ハイマンともティア自身が命を賭けて剣を交えなければならない可能性も当然ながらあったのだ。

 

 反論できず俯くことしか出来ないティアの様子を気遣う素振りも見せず、アッシュは今までの行動の真意を語り始めた。

 

 俄かに信じる事ができなかったが、アッシュの話はこうだ。

 

 今回のルークの唐突なアグゼリュス訪問の発端であるキムラスカ王国のユリアの予言には続きがあるというのだ。

 

 その続きとはルークの“力”が災いとなり、ルークはもちろん鉱山の街が大勢の人々の命もろとも滅びてしまう代わりに、キムラスカには大きな繁栄が約束されると……

 

 ルークは生け贄の子羊で、ヴァンはその喉を切り裂く祭司であるらしかった。

 

 ヴァンは、預言の成就の為に暗躍する教団内に存在する秘密結社《監視員》の一員だというのだ。(《監視員》とは、養父テオドーロ曰く、預言の“力”を信じず幾通りの解釈が出来る預言を、自分勝手に曲解して暴走する不信心な愚か者の集まりだそうだ)

 

 兄への疑惑がなければ、彼の話は「私は貴方に何度も殺されかけて、目の前で友人を殺されたんですよ。どうしてそんな話を信じられるんですか?」と一蹴したくなるほどだったが、なんとか口をつぐんだ。

 

 アッシュはその沈黙を了承と受け取ったのか、

 

「さっさと行くぞ。世界を救いにな。フフフ……」

 

 と、坑道の深淵を指さし、挑戦的な冷笑を浮かべる。ティアはその冗談めいた言い方に反感を抱いたが、それよりも、兄の真意を質し無実を証明する事とルークの安否を確かめるのを優先と考え、彼の要請に従うしかなかった。

 

 しかし、ティアは

 

「あの、お待ちください……!」

 

 とアッシュを呼び止めるではないか。

 出鼻を挫かれる形となった彼は苛立たしげに振り返る。

 

「まだ何かある……」

 

「傷の……、手当てだけでもさせて下さい」

 

「……のか?……何だと?」

 

 ティアは、アッシュの肩の辺りを指し示すように掌を掲げた。先ほどまで睨み合った相手にとは思えないほどに優し気な仕草である。

 

 彼はそこで初めて自分の肩に透明な破片が刺さっているのに気が付いた。落とし切れず喰らった物が折れたのか、弾いて砕けた物が刺さったのか?

 つい今しがた葬ったはずの騎士の慇懃な嘲り笑いの声が聞こえたような気がし、胸中で歯嚙みするアッシュ。

 

 その上、目の前の譜歌と治癒術くらいが取り柄の、まともな戦闘経験もない小娘の強者であるこちらに媚びへつらうでもない丁重な仕草に、アッシュは思わず苦虫を嚙み潰したような顔になる。

 無論、彼女の行為には、この場を乗り切るための“打算”の部分があるのはアッシュにも解るが、気を遣われたのは確かで、先ほどまで正論を用いて精神的に優位に立っていた者からすれば、まさに“いい面の皮”なのであった。

 

「痛みを感じておいでではないようなので、麻痺性の薬物が塗られているかもしれません。いずれにしても、そのままでは危険です……」

 

「分かった……。任せる、早くしろ……!」

 

 アッシュは、坑道の入り口を見張るためだというように顔をそらした。その濃い闇の先に彼らを待ち受けるのは何なのであろうか?

 




 更新が遅れまして申し訳ありませんでした。

 今回は戦闘が中心の回でしたが、なんとか原作とは違う印象の強さを考えてみました。
 原作はファンタジーですし、ゲームですので、技の動きはダイナミックでなくては見えませんが、拙作は文章ですので、その強みを出せればと敵を動きがない、または見せない「暗器」の使い手にしてみました。しかしながら、力不足でなかなか面白くできませんでした。まだまだ道のりは長そうです。

 そして、原作では描かれていないティアがアッシュを信頼するに至る過程を描いてみました。『それまで敵だった人物が実は……』という重要なシーンなはずなんですが……。(この後、アッシュは再びティアをセフィロト崩壊の巻き添えにして殺そうとするわけですが……)
 凡人の私には、『何回も自分を殺そうとした相手を簡単に信用できるか?』という気持ちがありましたので、凡人ティアは、目的のために利用しようという感じにしてみました。それでも『改変ティア』らしくできたらと思いながら描き、こういう形になりました。如何でしたか?

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