テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第46話 親善大使 使節団、出発。

 ショザンヌの依頼を受ける事にしたコゲンタは、ティアと明日落ち会う事として、再び古巣である『ミヤギ道場』へと戻り、稽古場の真ん中で、師と差し向いで酒を飲んでいた。

 

「……という仔細でして、またしても旅に出る事になりました。その前にミヤギ先生に今一度、ご挨拶をと……。まぁ、『依頼主も、依頼内容も明かさず何を言うか?』って話でござるが……」

 

「左様か……。お主も相変わらず『穴あき風船』じゃな。どこへ飛んで行くのか分からん」

 

 詳細をぼかしながらも事情を話し、頭を下げる弟子にミヤギは感心やら呆れやらがない交ぜの顔でかぶりを振り、杯で冷めた酒を不味そうにあおると、

 

「ま、良いわ……」

 

 ため息をつき音もなく立つ上がる。長らく床の間の飾りとなっていた愛刀の中から一本をつかみ取り、振り返った。それは、今までコゲンタが使っていた物よりもやや長いがワキザシのようだ。

 

「餞別じゃ、これを持っていけ。『カネサダ』の一振り、王族様を護るのに折れた剣ではのう」

 

「ありがたく使わせて頂きます、先生。百の助勢を得た思いでござる」

 

 コゲンタがカネサダを押し戴くと、ミヤギは大きく頷き、

 

「うむ、よいよい。さて、今夜はもう休め」

 

 と言ったが、コゲンタは「はっ」とだけ答えて、道場に視線を移した。しばらくの間、ミヤギもコゲンタの視線を先を見つめる。

 

「……懐かしいか?」

 

 ミヤギが尋ねると、コゲンタは無言で頷くだけで答え、道場のあちこちを見回している。コゲンタの脳裏にはここで過ごした少年から青年時代の事がよぎっているのだろう。

 ここは、かつて幾つか有ったコゲンタの居場所の一つだった。いや、今もそうであろう。そして、エンゲーブもその一つだ。ミヤギに比べれば若輩とはいえ、それなりの長さの人生をコゲンタも生きている分その数も少なくない。

 その点、ルークはどうだろうか? 屋敷の中に何年も押し込められていた。もちろんそこが居場所だったのだろうが、疎外感を感じない本当の居場所があるのだろうか?

 

「ここに布団を運ばせよう」

 

 とミヤギが言い置くと、彼は稽古場から出ていく。

 

 コゲンタは「ありがとうございます」としばらく頭を下げた後、立ち上げって木剣が何本掛けられている壁まで歩きながら、半分はルークの事を考えている。

 

 居場所とは単なる場所とは限らない。人の傍らがそれになる。ルークの場合、自分が「それであろうか……」と、木剣を手にした時、

 

「いや、もっと相応しい者がおったの。あははは」

 

 と苦笑した。もちろん、ティアの事である。自分はその二人を、仲間たちを守ればよいのだ。

 

 コゲンタは素振りをくれながら、決意を新たにした。

 

 

 

 久しぶりに寝た我が家のベットの柔らかさに戦々恐々としながら就寝したルークだったが、外はまだ日も登り切らぬ内に目覚めてしまった。少し前まで昼まで寝ていた自分がである。

 

 屋敷のメイドたちと違い仕事のないルークは、手持ち無沙汰をごまかすため素振りをする事にした。

 いつも稽古をしている中庭に木剣を手に出ると、只々むやみに素振りを始めた。本来なら正確さや仕合を想定して振るう物だが、今は余計な考えは必要ないと思ったし、考えたくなった。

 

 そうこうしている内に日は登り切り、すっかり外は明るくなった。すると「ルーク様。こちらにいらしたのですね」とメイドの一人がやって来た。どうやらルークを探していたらしい。

 

「おはようございます。今し方、ナタリア殿下の使者が参りまして、ご登城なさるようにとのことです」

 

 メイドは何の屈託もなく、ルークにとって意外な事を言った。

 

「オレ、屋敷の外に出て良いのか?」

 

 ルークは汗をぬぐう手を止め、聞き返す。

 

「はい、よろしいようですよ」

 

 と、これもあっさりである。心から嬉しそうに微笑む彼女の顔を見るに、嘘をついているわけではないようだ。

 

 ルークは身支度を整えると、バチカル城に向かう事にした。父はもう先に登城したそうだ。一緒に連れて行ってくれても良いのにと思いながら、メイド達に見送られて屋敷を出た。

 

 そして、バチカル城、謁見の間に通されると、インゴベルト国王、クリムゾン公爵、ナタリア、大詠師 モース、アルバインとかいう大臣、他の名前の知らない大臣たち、そしてジェイドが待っていた。

 

 国王とクリムゾン公爵の話はこうだ。

 

 マルクト帝国と和平を結ぶ事にした。丁度いまアグゼリュスという街で瘴気による災害が起きている。それを助ければ、和平を結ぶ印になるから、親善大使としてルークにそれを救助してこいというのだ。最初は固辞したが、でなければヴァンを解放しないと言ってきた。これでは引き受けざるを得なかった。これでは人質ではないか。

 

「しかしよく決心してくれた。実はな、この役目おまえでなければならない意味があるのだ」

 

 インゴベルトは初めて笑顔を見せて、よく分からない事を言った。ルークが「えっ?」という顔をした時、クリムゾンがルークの隣へ歩み出て、

 

「この譜石をごらん。これは我が国の領土に降ったユリア・ジュエの第六譜石の一部だ」

 

 手にした深い緑色の石を見せた。

 

「この譜石の下の方に記された預言を詠んでみせなさい」

 

 大臣の中から、国のお抱えの預言士らしい壮年の女性が歩み出て、クリムゾンから譜石を押し戴くと、女性は落ち着いた声で預言を詠み始める。

 

 後半は欠けていて判読できなかったようだが、内容を要約すると、ルークがアグゼリュスに向かう事でキムラスカが絶大な繁栄を遂げるという内容らしい。

 

 ルークが話が呑み込めないでいると、

 

「結構。つまりルーク、お前は選ばれた若者なのだよ」

 

「今までその力を狙う者から護るため、やむなく軟禁生活を強いていたが、今こそ英雄となる時なのだ」

 

 インゴベルトとクリムゾンの言葉が、以前ヴァンが言っていた事と一致している事にハッとした。ならばこれも戦争を止めるために必要な事なのだ。やるしかない。

 

 そして、ルークの同行者はジェイドとガイは替わらず、ローレライ教団からはヴァン(なんと師は懲罰として、この任務に当たるらしい)と、その数十名の手勢が同行する事となった。

 しかし、ヴァン達はキムラスカ沖に陣取るダアトの大詠師護衛艦隊の内に潜む六神将の監視の目を欺くため航路で先行し、そのまま先遣隊としてアクゼリュスに向かうらしい……

 

 本音を言えば、ヴァンと一緒に旅をしたかったが、任せられるのはヴァンとその直属の部下達しかいないのだから仕方がない。ここは、危なげなくアクゼリュスに辿り着き、イイ所を見せようと思い直すルーク。

 

 それに、ティアの事も心配だ。セシル少将に任せておけば、ひとまずは安心だろうが、ずっとという訳にはいくまい。立派に《英雄》としての役目を果たせば自由にしてやる事も出来るはずだ。

 

 つまり、今回の件を解決すれば全て丸く納まり、自分自身も自由の身になれる。言う事なしである。

 

 それから、ナタリアもしきりに付いて行きたがっていたが、インゴベルトはそれを厳しく叱った。いつもは自分を叱る側の彼女が叱られて、ふて腐れていたのが何だかおかしかった。

 

 

 

 何かをしていると時間が流れるのは早いもので、あっという間にアクゼリュスへの出発の時間となった。

 

 ルークはヴァンと面会した後、城の正門へと戻って来た。話によれば旅に同行するガイとジェイドそして二人の護衛が待っているはずである。その二人というのはどんな人物なのだろうか?

 

 巨大な門の影にガイの姿を認め、ルークは「お~い」と小走りで近付いた。

 

 そこでガイとジェイドの長身に隠れていた人物を見て、ルークは驚いた。丁寧に結われた胡桃色の長い髪、切れ長の青い眼、白いローブ、見間違えるはずがない。ティアである。彼女が昨日と同じように微笑んでいた。

 

 ルークは全力で駆けて、

 

「ティア!! 捕まってたんじゃないのかよ?!」

 

「ルークの護衛をする条件で許してもらったの……」

 

 ティアにぶつかるのではないかという所まで駆け寄り、「許してもらうも何も、ティアは何も悪くない!」と思いつつも声を弾ませるルーク。そんな彼をティアは驚きつつも受け止めるように彼の胸に両手を置いて、いつもの微苦笑を漏らし、

 

「イシヤマさんも一緒よ」

 

 と後ろを振り返る。そこにはコゲンタが「おう、ルーク殿」と気安く手を掲げて、立っていた。

 

 ルークは今度はコゲンタの方に駆け寄ると、

 

「なんだよ、もう一人っておっさんかよ!?」

 

 彼の肩に気安く腕を回す。「おいおい」と笑ってコゲンタもルークの肩を抱き返した。

 

 その姿を見て、ティアが少し顔を曇らせるが、

 

「せっかく帰って来れたのに、また旅に出るなんて……。わたしも早くちゃんと帰って来れるよう精一杯手伝うわ。」

 

 と柔らかく微笑む。その微笑にルークは“ギクリッ”としてしまった。思い出すのは、ほんの少し前、ヴァンと面会した時に言われた言葉。

 

『……私の下へこないか?神託の盾騎士団の一員として……』

 

『……この計画の事は、直前まで誰にも言ってはならないぞ。もちろんティアにもだ。もし、知れればおまえをダアトに亡命させる機会が無くなってしまう……』

 

 もうこの国に帰ってくるつもりのない自分のために動いてくれているティア達に、噓を吐いているという罪悪感に揺れるルークの心に気付くはずも無く、

 

「左様。シュザンヌ様……お母上もさぞ心配だっただろう、わしのような者に頭をお下げになった。まぁ、それでわしらはまた会えたわけだが……」

 

 ティアの言葉に頷いて、ルークの肩を優しく叩くコゲンタ。

 

 不意に母の名前を聞いたルークの心は、またしても重くなる。

 

『……私と共にダアトへ行きたい。幼いお前はそう言った。超振動の研究でひどい実験を受けたお前は、この国から逃げたがっていたのだ。だから……お前をさらった。七年前のあの日に……』

 

『……今度はしくじったりしない。私にはお前が必要なのだ……』

 

 自分をさらったのが、師であったのには心底驚いたが、それ以上に師が自分を必要としてくれている、人間として対等に見てくれいる事が嬉しく、

 

『俺……師匠についていくよ!』

 

 と即答してしまったのだ。舞い上がっていたとはいえ、自分が母の事を忘れていた事にルークは身震いを抑えられない。大切な母なのに、いったい何故……?

 答えの出せないルークを他所に、ジェイド達の話は続く。

 

「いやぁ、感動の再会ですねぇ。私もまたご一緒できて嬉しいですよ」

 

「ご主人さま、嬉しそうですの」

 

「良かったな、ルーク。正直助かったよ、俺たちだけじゃどうしようもない所もあったんだよな。こうなりゃ最近、名うてのギルド『アドリヴィドム』に駆け込もうなんて事も考えてたんだよ」

 

「悪くないアイディアですが、彼らは完全中立が信条です。よほどの事がなければ権力者の味方はしてくれないでしょう。もっとも彼らの力を借りても、街道で待ち構える神託の盾の騎士団を回避するのは、至難の技でしょう。何事もままならない物ですね」

 

 ジェイドの話によると現在、神託の盾の騎士団が、導師および大詠師の護衛の名目でバチカルの出入口と最寄りの街道を“固めている”らしいのだ。その全員が戦争を望む『大詠師派』とも思えないが、少なくない人数が含まれているだろう。こんな少人数では、難癖をつけられて“偽物”扱いされて拘束されるのがオチだというのが、ルークでも分かる。

 

 それにしても、アグゼリュスとかいう街までヴァンと旅ができると思っていたのに、奴らのせいでできなくなったのだと思うと、また腹が立ってきた。全く良い迷惑だ。ヴァンは奴らの注意を引くために、先遣隊という形で出発してしまったのだ。一件が片付いたら『六神将』どもに仕返ししてやろうと誓うルーク。

 

 そんなルークを他所に考え込んでいるティア達三人。するとガイが言いにくそうに切り出した。、

 

「ちょっと思い付いた事があるんだが。まぁ、危険な事には変わりないんだけどさ……」

 

「取りあえず、その考えとやらを聞こうかの」

 

 ガイは難しい顔をしたまま、一同を見回して、腕を組んで顔を顰めてみせた。コゲンタが代表してそれを促す。ガイは頷くと、もう一度皆を見回し口を開いた。

 

「この街、バチカルは巨大な縦穴にフタを何枚も重ねるようにしてできている街なんだ。今では使われていない廃墟街や廃工場なんかの区画や階層が無数にあるんだ。その辺りはイシヤマの旦那の方が詳しいのかな?」

 

「なるほど! つまり、どういうコトだ」

 

「慌てるなよ、ルーク。作ってる物にもよるんだが、工場には排水やら注水やらが付き物なんだ。つまり、それも『バチカルの出入口』ってわけだ、水のな。その中には、とりあえずの目的地であるケセドニアの砂漠方面につながる出入口もある。魔物も住み着いてるだろうし、迷路じみた構造になっているだろうから、通るのは簡単じゃないだろうが、人間同士で戦うよりマシだろう。」

 

 魔物を侮るわけではないが、訓練され、統制の取れた兵士をこの少人数で相手にする方がは難しいのはルークのも解るし、誰かを殺すのもゴメンだ。

 

 示し合わせたわけではないのだが、ルーク達は互いに視線を交わし頷き合う。

 

「決まったのう。しかし、わしが行った事があるのは、25年は前に一度か二度での。案内できるかどうか……」

 

「まぁ、古道具屋にでも行けば、どこかの見取り図か何かがあるでしょう。ボラれるかもしれませんが♪」

 

 揃って肩を竦め合コゲンタとジェイド。何にしても面倒くさいのは変わらないらしい。

 

 しかし、旅の方針が決まり、ルーク達は行動を開始した。廃工場の地図とランプを調達して、バチカル名物 天空滑車の軌道の下に伸びる小路から細長い階段を下りた先には、配管がごちゃごちゃと行き交う巨大で長い通路だった。

 

「なんだ、このニオイ……?」

 

「きもちワルいですの……」

 

 その暗闇の向こうから漂ってくる異臭にルークは鼻を押さえた。血の匂いよりもずっとマシだが、キツイ物はキツイ。頭の上で騒ぐミュウに答える余裕もない。

 

「古い油やカビの匂いね。我慢できそう?」

 

 そんなルークを見て、気遣わしげに問いかけるティア。

 

「ん、まだ大丈夫……」

 

「ガマンしますの……」

 

 ルークは全く平静な顔つきをしている彼女を見て、自分が不満を並べるわけにはいかないと引きつった笑顔で答えた。

 

 その時、「おやおや~」と呟いたジェイドが膝を突いて、これから入っていこうとする通路の汚れた鉄の床をにランプをかざした。

 

「まだ新しい足跡があります。お一人のようですね。歩幅からしてよほど慌てていたらしい」

 

「待ち伏せか?」

 

 ジェイドの言葉に、ガイはカタナを掴んで問いかける。

 

「それは分かりません。しかし、足の大きさから察するに子供か小柄な女性でしょうね。なにがあったのでしょうね? 興味津々のシンですねぇ」

 

 あくまでもジェイドの冷静に答える。つまり大した事は、まだ解らないという事はルークにも解った。

 

「譜術士ならば、女子供だろうと安心はできぬのう。だが、一人というのが解せん。そう見せかける罠か?」

 

「本当に止むにやまれず、こんな場所を通らなくちゃいけなかった俺達みたいな人って事もありえるよな?」

 

 手のランプで別の通路の暗闇を照らしながら、顔をしかめるコゲンタに、ガイが似たような顔で答える。

 

 一方のルークは「よく足跡一つでここまで話す事があるなぁ……」と、ややズレた感心をしていた。彼には埃まみれの床にしか見えない。よく見れば埃が乱れているようだが……。

 

 それにしても、六神将は何故ここまでして戦争を起こしたいのだろうか? いや、もちろん『預言』のためなのだろうが……。悪い事を避けるのに使う物ではないのかと『預言』に疑問を抱くルーク。

 

 元はと言えば自分が親善大使に選ばれたのも、その『預言』に詠まれている事からだ。なにか企みがあるのではないかと疑いたくなる。だが、自分は何がなんでも英雄にならなくてはなない。正直、怖くないと言えば嘘になるがティアやコゲンタがいてくれる。彼らの為にも英雄になってやる。

 それにヴァンの指示に従えば、間違いない。恐ろしい事などないのだ。

 

 と、ルークが漠然とした決意を固めていたルークの熱い視線の先で、今まで黙って辺りを窺っていたティアが静かに口を開いた。

 

「起こるか起こらないか分からない事なら、『最悪の事態』を考えて行動すべきではないでしょうか? 魔物がいるのは確かですし、警戒してし過ぎるという事はありません」

 

「ティアさんの言う通り! それこそリスクコントロールの基本のキです。『減災』ですね。『かもしれない運転』で慎重に行きましょう。我々は、神話の時代の神々の生まれ変わりで出逢うべくして出逢ったの『かもしれない』とかですね♪」

 

 突然、カッコ良さげなポーズで、大袈裟に立ち上がったジェイドがティアの言葉に同調した。

 

「それは……流石に考え過ぎではないかと」

 

「ですよね!」

 

 ジェイドの妄言にも真面目に返事をするティア。そして、ジェイドはうけなくても全く気にした様子もない。

 

 それにしても、最悪の場合は

 

(また、人間と戦うのか……)

 

 陰鬱な気分にならざるをえないルーク。

 

 廃材や瓦礫に道を阻まれて、さながら迷路と化した工場内をランプの灯りを頼りに進んでいく。途中、襲い掛かって来たヘビのように首の長いトカゲや巨大なコウモリを倒し、退けあるいはやり過ごしながら進んでいく。

 

 魔物たちはどれも巨大で醜悪だった。ジェイドによれば、工場に残されていた薬品の影響だろうとの事だが……

。そんな物がある場所に長時間いて大丈夫なのかとルークは問い詰めるが、代わりにティアが「わたしが治すから、大丈夫」と微笑んで答えたので、急に安心してしまった。 

 

 ルークは気を取り直して進む。倒壊して進めない通路はミュウの力(というかソーサラーリングの力)も借りて切り拓いていく。ちなみに最初にパズルめいた手順を解いたのはルークで、ジェイドは「悔しい……!」と言いながら実に楽しそうに笑う。

 

 そんな『仕掛け』を解いている時である。

 

「雨ですの、雨のニオイがしますの! 変なニオイじゃないですの」

 

とミュウが声を上げた。ルークは「ホントかぁ?」と鼻をひくつかせたが、すっかりマヒした鼻には分からなかった。

 

「雨の音もするわ。出口が近いのね」

 

 はしゃぐミュウに、微笑み頷くティア。耳の良い彼女が言うのなら、そうなのかもしれない。

 

 ミュウとティアの指さす方向へとしばらく進むと、ルークの鼻にも今までの異臭とは明らかに違う匂いが分かった。微かだが雨の音も聞こえる。工場跡に入って、せいぜい3~4時間だが、懐かしくすら感じる。

 

 

 先頭を行くジェイドが右手(事前に決めておいた「止まれ」の手信号)を上げて立ち止まった。

 

「音素の鳴動を感じます。ティアさんはどうですか?」

 

「わたしも感じます。打撃音……? 破壊音……? も感じます。誰かが何かと戦っているようです。相手は人間じゃない。音からでは何なのかまでは分かりません。聞いた事のない気配です」

 

 赤い瞳を光らせて問いかけるジェイドに、ティアは瞳を閉じて耳を澄ましながら頷く。

 またしても「戦いか……!?」と、ルークは息を吞む。

 

「戦っておるのは先ほどの足跡の主かの? どうする、別の道を探すか?」

 

「なっ、見捨てる気かよ、おっさん?!」

 

 コゲンタの意外な言葉にルークは驚いた。裏切られたような気分で彼を睨み付けた。

 

「勘違いするなよ、ルーク殿。わしとて誰が死んだり、傷ついたりして欲しくない。だが、ルーク殿にもしもの事があれば、なし崩しで戦が始まる。そうなれば、大勢の犠牲者が出る。分かるかの?」

 

「“1を捨てて9を取る”って奴だな……。確かに全てを救うなんてできるわけないからなぁ。けどなぁ……」

 

 コゲンタの言葉にガイも納得はしていないが、いかにも「仕方ない……」といった諦めの顔でうなずいた。ジェイドも同じような表情で何も言わずに首を傾げた。

 

 その中でティアはいまだ戦いの音に注意を払っている。彼女はどうするつもりなのだろうか?

 

 大人たちの言う事は決して納得できないがなんとなくはルークにも理解できる。だが、

 

(1だか9だか知らねぇ知らねぇけど、勝手に切り捨てられる方はたまんねぇよ)

 

 という考えの方が強い。そんな選択を続けていたら、いつか自分まで切り捨てられる側に回される気がしてならない。それに、自分は仮にも英雄になろうとしているのだ。「たった一人も救えないで英雄になんてなれるかよ!」と言いたい想いだ。

 

「ティア!」

 

 自分でも幼稚だと思いながらも、決意を込めて、ティアを見つめる。彼女は無言でルークを見つめ返し、

 

「……そうね。きっと、それが正しいわ」

 

 と微苦笑して頷く。それはあたかも失敗を指摘されたかのようなバツの悪そうな微笑みだった。

 

「助けましょう。魔物と戦うんです……」

 

 彼女は静かな声で言う。しかし、ジェイド達を振り向かせるには十分な存在感を持っていた。

 

「今から別の道を探していてはかえって危険だと思います。それに、この時刻ではこの区画で野営しなければならないかもしれません。その場合、暗闇の中で魔物を気にしながらという精神的な負担の方が、ここで事を起こすより、リスクは高いのではないでしょうか?」

 

「確かに、一里も二里もありますねぇ。今、戦っている彼あるいは彼女が倒れたなら、魔物のターゲットは私たちになるかもしれません」

 

「どうせ戦う事になるなら、先手を打てる方がマシだよなぁ……」

 

「その通り。楽をしたいなら努力を惜しまず嫌な事は先に済ませる事が、豊かな人生を生きるコツです」

 

 ティアの“もっともらしい”言い訳を皮切りに、ジェイドとガイは頷き合う。いつも通りのジェイドはともかく、ガイの方はまるで「待ってました!」と言わんばかりの表情だ(とルークには見える)。

 

 ルーク自らが言い出せば「ともかく助けたい!」とか「なんとなく正しい気がするから!」などなど曖昧で幼稚な理屈をまくし立ててバカにされるのが関の山だろう。改めて、ティアの日頃の行いに感謝だ。

 そんな自覚なく自虐的な事を考え一人満足そうに頷くルークに、コゲンタが念を押す口調で語り掛ける。

 

「ルーク殿よ……、この『親善大使 使節団』は、ルーク殿が言わば“隊長”だ。魔物を倒し、ついでに今戦っている誰かさんを助けて突破するって方針で良いのかな? 誰かが怪我をするかもしれんし、その誰かさんも助けられず自分自身も死ぬ事も絶対に無いとは言えんぞ?」

 

「人助けのために、ひとり見捨てるなんてワケ分かんねぇよ。オレは後悔するなんてゴメンだ、前にも言ったろ。同じ死ぬなら、助けて死ぬ……いや、死ぬつもりも死なせるつもりもねぇけどなっ!」

 

 コゲンタの言っている事は、ルークにも間違っていない事は十分理解できる。しかし、納得しかねるのだ。

 我ながら幼稚な事を言っているという照れくささを紛らわすと同時に、真摯な気持ちを晒け出すつもりで声を張り上げるルーク。

 

「だからさ……みんな、協力してくれよ!! よく分かんねぇけど、そうしないと、ここまで来るのにオレたちを守ってくれた奴らに会わせる顔ねーよっ!」

 

 ルークは懇願すらする想いで皆の顔を見回した。

 

 優しく微笑み頷くティア。ズレてはいないはずの眼鏡を直しつつ微笑むジェイド。感心してよいか仰天してよいか解らないといった複雑な表情なガイ。

 

 そして……

 

「相分かった。仕事を楽に進めようなどと云う小狡い考えは捨てるとしよう。あははは」

 

 苦笑いのコゲンタは頭を掻きながら、しばしの沈黙を破った。

 

「わたしも協力するわ。どんな時でもルークを守るってシュザンヌ様に誓ったもの」

 

「皆さん、カッコ良いですねぇ。まるで冒険小説の一場面ですよ。迷った時こそ玉虫色! 何事もちょっと不真面目なくらいがちょうど良いんですよ!」

 

 そして、ジェイドとティアが頷くと、最後まで黙っていたガイが一つ溜息を吐くと、

 

「あ~ぁ。今、反対したらオレが嫌な奴みたいじゃないか? いつの間にか腕を上げたな、ルーク。まっ、いっちょやるか!」

 

 ルークの肩を軽く叩き快活に笑う。

 

「行くぞ!!」

 

 ルークは仲間たちに向かって力強く吠えた。

 




 更新が遅くなり申し訳ありませんでした。

 今回の一番の変更点は、ヴァンに亡命を誘われるシーンです。原作のルークはシュザンヌ様すら顧みないというのが、どうしても不自然な気がしたので、拙作では忘れていた事にルーク自身も驚くとという表現にしてみました。そして、仲間たちと師匠の間で揺れる感じを出したかったのですが、如何だったでしょうか?

 最後のルークの選択は、普通の感性の持ち主なら誰もが選びたい選択にしているつもりです。登場人物に、必要以上に残酷な体験や選択をさせるのが、「深い」のかもしれませんが、どうにも苦手になった今日この頃で、こういう形にしました。

 ついでに、ミヤギ先生は密かに好きなサブキャラでしたので、なんとか登場させようと描きました。構成上絡んだのは、コゲンタだけになってしまいました。それにしても
、しゃべり方がコゲンタと区別がついてないような……、難しい。

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