テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

46 / 68
第43話 戦争の矛盾 日常の矛盾

 

 『流通拠点 ケセドニア』

 

 

 この海原からの潮の香りを含んだ風と、砂漠からの砂埃を含んだ風が、せめぎ合い混じり合う巨大な港街は、そう呼ばれていた。この街の建物には砂と同色の黄色がかった煉瓦が使われており、遠目から見ると、砂漠と同化している錯覚を覚えさせた。

 しかし、間近で見ると全く印象を変える。街には辛気くさい雰囲気は微塵もなく、流通の拠点として栄えている通り、様々な地域から様々な人や物が集まり独自の文化を築いている。ローレライ教団の威光を後ろ盾に政治的にもキムラスカ、マルクト両国から独立しており、「自警団」と呼ぶ独自の軍隊まで持つ自治都市であった。

 港もかなりの広さで、多くの船が停泊していた。ほとんどが商船のようだ。

 

 一行が船から降りると、最後に降りたヴァンに数人の男が歩み寄ってきた。音叉のシンボルの法衣を着ている事から察するにローレライ教団の関係者のようだが……。彼らは、イオンに向かって跪き、何の淀みもなく頭を下げる。

 その様子にまたしても驚かされるルークだったが、なんとかヘンな声を出さずヘンなポーズもせずに済んだ。だが、未だに“こういうの”には慣れる事が出来ない。

 

 ヴァンは彼らにいくつか会話を交わすと、一行……というよりもジェイドに向かって、

 

「彼らは、ダアトの監査官です」

 

 仲立ちをするかのように微笑む。イオンが頷き、ジェイドが微笑み返すのを認めると、監査官たちは敬礼し、数人の兵士と共に船に乗り込んで行く。対譜術用の特殊な牢に、それぞれ入れられたアリエッタと魔物達のいる船倉に向かったのだろう。

 

 確かにアリエッタは、軍港を襲い、ルークを攫った張本人であるうえ魔物の群を自在に操るという恐ろしい能力を持つ少女だが、(ひどい目にあわなきゃいいけど……)と素直に思う。

 

「ヴァン、くれぐれもアリエッタをお願いします……」

 

 イオンも同じような事を考えていたらしく、言葉に力を込めて念を押す。

 

 アリエッタが、大切な人……つまりはイオンを取り戻し、兄弟の敵を取ろうとしていただけなのはルークでも理解できる。自分の立場に置き換えれば、ヴァンやティア、両親にガイや従姉の為に戦うような物だ。恨みや怒りを全く覚えないといえば噓になるが、ルーク自身はとても頭から恨み抜く気持ちにはなれなかった。

 

 と……その時、師ヴァン・グランツがルークにとっては無常な事を口にした。

 

「私は彼らと共にアリエッタを連行します。カーティス大佐、御協力感謝いたします。それでは失礼いたします」

 

 と御手本のような軍隊式の最敬礼をするヴァン。

 

「いえいえ、こちらこそ♪ 困った時はお互い様で……」

 

「え? えぇーっ!? 師匠も一緒に行こうぜぇっ!!」

 

 返礼するジェイドと師の間に割って入り、ルークは目いっぱい喚く。先程までのアリエッタへの同情と家族への静かな想いはどこへやら、いつもの『師匠のコトは大好きだけど、ワガママなおぼっちゃま』にルークは立ち返ってしまう。

 

「私も後からバチカルへ行く。わがままばかり言う物ではない」

 

 ヴァンは静かにルークに歩み寄ると、彼の肩に手を置いて微笑む、静かだが、厳しい声音だ。

 

「だっ、だってさぁ……」

 

 ルークには、師がこの言い方をしたら結果は動かないと分かっていたが、口を尖らせて言い募る……。

 

「ルークの事をお願いいたします」

 

 だが、ヴァンはそんなルークを無視してコゲンタに頭を下げている。話は終わったという事らしい。

 

「うけたまわった」と、コゲンタがヴァンよりも深く頭を下げて応えるのを見ながら、ルークはいさぎよく諦めた。自分もずいぶん大人になった物だと、ため息を一つ吐きつつ、。

 

「船はキムラスカ側の港から出る。詳しい事はキムラスカの領事館で聞くと良い。ティアもルークの事を頼んだぞ」

 

 ヴァンは、もう一度ルークの肩に手を置くと念を押すと、ルークの師からティアの兄の顔になると、ティアに微笑みかけた。

 

「あ、はい。おにぃ……いえ、了解しました。主席総長」

 

 一瞬、微笑み返そうとしてしまったティアだったが、慌てて硬い表情に戻し、敬礼する。

 

 

 

 そして一行は、ルークの提案で観光がてら港から、多くの商店で賑わう市場を通り抜ける事になった。

 当然、ティア達は反対したが、彼女たちにとって、あろう事かイオンまで「いろいろ、見てみたいんです……」と頼んだのだ。ティアもこれには折れた。ジェイドも「やれやれ、仕方ありませんね」といつものようにずれてもいない眼鏡を直したが、笑顔に苦笑が含まれていた。コゲンタは口を挟まなかった。

 

 こうして、ルークとティア、イオンとアニスを逆三角形で囲むようにジェイドとガイが前を歩き、殿はコゲンタだ。

 

 市場は数多くの天幕が張られてところ狭しと並んでいた。エンゲーブの市場より明らかに広いようだが、かなりの人数の人でごった返しており、狭苦しく感じた。

 

 そんな中で、ジェイドがさながら観光ガイドように、この街の成り立ちや建物をあれやこれやと説明し、露店の食べ物の試食レポートをしているが、ルークの頭にはほとんど入ってこなかった。(そもそも頼んでなどいないし、初めから聞いてもいない……)

 

 何故ならば、ルークの頭には様々な感情と思考が折り重なって、解説に付いていけなかったのだ。街を観て回る事自体は楽しみにしていたはずなのに……。前にジェイドたちが歩いていなければ、とっくに人にぶつかっていただろう。

 

 街の大きさ、建物の密度、人の多さ、その活気、人々の笑顔に圧倒されたのも確かだったのだが……、まず一番に“不快”だったからである。頼んでもいないガイドをするジェイドが不快だったのではない。そして、ルークの頭に掴まりながら「ミュウミュウミュウ♪」と物珍しそうに騒ぎながら、時々浮き輪のように着けたソーサラーリングを頭にぶつけてくるブタザル……もとい、ミュウは確かにウザイが不快というほどではない。

 では、なにが不快なのかというと……街の平和な様子が人々の溢れる笑顔がたまらなく“不快”だったのだ。そう、まさに平和な世界を絵に描いたケセドニアの様子に、まるで不気味な怪物を目の当たりしたかのような不快感を抱いてしまったからに他ならない。

 

 あたかも……何も問題などないかのように、兵士達の死など意味がないかのように、あんな犠牲がなくても平和は保たれる。自分達には戦争など関係ない……とでも言っているように、ルークには感じられてならなかったからだ。当然、そんなルークの想いに気付くはずも無く、相変わらずそこかしこの露店から

 

「よっ、そこ行く剣士さん! アクゼリュス産の上物ミスリル鉱でこさえた剣だ!! 見てってくれよ! 盾に兜、手甲に鎧、防具も揃ってるよぉ!!」

 

「そこのマルクトのステキな将校さ~ん。そちらのお国じゃ、ちょっとお目にかかれない珍しい造りのベルケントの職人の細工した響律符ですよ~! 奥さんへのお土産にもオススメで~す」

 

 などと、ルーク達にも愛想の良い呼び込みの声がかかる。

 ジェイドは、それらにやはり愛想良く笑顔を返し、手を振りつつ器用にルーク達を振り返り、観光ガイドを続ける。

 

 ルークはその声に耐えかね、

 

「なぁっ、目にホコリが入っちまったみてぇだっ……。悪りぃけど早く領事館に行こうぜっ!!」

 

 少し大袈裟に目をこすりつつ最もらしい理由を口にして、急かす様に皆を見回した。

 

「おやおや、それはいけませんねぇ……。大丈夫ですか?」

 

「こすっちゃダメよ。眼が傷付いちゃうわっ……」

 

 少人数ながら、知る人ぞ知るサーカス団が来ている事を説明していたが大袈裟な口調で尋ねるジェイド。一方、ティアはコゲンタの差し出した水筒を受け取り、ぞの水をハンカチにかけ小走りでルークに追いついて、彼の顔に手を伸ばした。

 

「いいいっ、いやっ、イイよ! 自分で拭くよ。それよか埃っぽい所にいるの嫌だし、早く行こうぜ」

 

 ルークは慌ててティアの手を止めるように両腕を振って、ひったくるようにティアからハンカチを受け取る。もう何度目になるか解らないが、またしてもティアの厚意を“つっかえす”ような真似をしてしまった事に

 

「実は……。僕も喉がかゆい感じがするので……」

 

 イオンが言いにくそうに、愛想笑いを浮かべて、ルークに同調した。

 

「えぇっ、大丈夫ですか!? イオン様ぁ! 大佐ぁ。観光はこれくらいにして、もう領事館に行きましょう」

 

 アニスがあわあわとイオンに駆け寄って、水筒を渡す。

 

「そうですね、そうしましょう。この街で砂埃は避けられませんからねぇ。御身体の事も有るイオン様には、余計にツライかもしれません」

 

 ジェイドはわざとらしく、服の砂を払いつつ苦笑し頷く。

 

「領事館には、こっちが近道だぜ」

 

 と今度はガイが、爽やかに微笑みつつ先頭に立って歩き出した。

 

 

 こうして、一行はキムラスカ領事館へとやって来た。領事館はこの街の他の建物とは建築様式が違い、白い石壁に赤い屋根で造られていた。

 

「ウチ……屋敷に似てる」などと考えながらルークは門をくぐる。

 

 領事館の職員がイオンに恭しく礼をしてから、かなり広くて立派な応接室に案内された。領事はいないようだが……

 

「領事は、ただいま公務中でして……。恐縮ですはございますが、こちらでお待ち下さい」

 

 と頭を下げた。ルークは「またか……?」と少しイラついた。こういう所に来るとまず待たされる気がする。「こっちは戦争を防ごうとしてるんだぞ!?」と怒鳴りたい気分だったが、

 

「ありがとう。しかし、今回は突然の訪問です。領事には、お仕事に切りが着いたところで結構と伝えてください」

 

 と、イオンは落ち着き払っているので、必死で堪え、かなり大きな机に並べられた椅子の一つドカリと腰を下ろした。、自分はどうしたと言うのだろう? ジョーチョフアンテーという奴だろうか? とルークは心の中で頭を抱えた。

 

 ジェイドが、皆が落ち着いたのを見計らって、

 

「少しお話よろしいですか?」

 

 と手をパンパンと叩き、優しげな笑顔で皆を見回す。

 

「どうしたんですかぁ、大佐ぁ?」

 

 イオンの後ろ隣に椅子を持ってきて、腰を下ろしながらアニスが尋ねた。「こんどは何を言い出す気だよ?この若作り……」とでも言いたげに少し眉を寄せている。

 

「気が付いていらっしゃる方もいると思いますが……ズバリ!ルークの事ですよ」

 

「オレ?」

 

 横目で見るジェイドの視線に、少し狼狽えてルークは自分を指さした。不機嫌なのは確かだが……

 

「ややこしい話もあるんですが、ここは単刀直入に。ルーク、貴方は今まさに戦場から帰還した兵士と同じように周囲の平和な状態に不満と戸惑いを感じている。違いますか?」

 

 言われてみれば、その通りだった。ルークは心の内を除かれたようで気恥ずかしかった。「そんな話したくねぇ」とも思うが、「その話がしてぇ」とも思う。複雑怪奇な気分である。

 

「さっきから機嫌が悪いようだったが、そういう事か……?」

 

 ルークの背後でガイが呻いたのが聞こえた。

 

「例えば……、『俺の仲間が、お前らを守って死んだのにヘラヘラ楽しそうにしやがって、恩知らず共めっ!』とか、考えていたのではないでしょうか? かく言う私も、似たり寄ったりな事を考えた時期があります。嘘みたいでしょ?」

 

 ルークの口調を真似てみせつつ自嘲気味に微笑むジェイド。「似てねぇよ!」と言いたいルークだったが、こちらを馬鹿にする意図は無いとは解るので、黙って話の続きを待つ。

 

「マルコ達のために、怒ってくださっているのでしょう? 彼らの友として、遺族に代わりまして厚く御礼を申し上げます。ありがとうございます、ルーク」

 

 深々と頭を下げるジェイド。タルタロスの船室で見せたような格式ばった物でもなければ、媚びを売るような雰囲気もない。心からの言葉だとルークにも分かった。しかし、そんな唐突な出来事を、どう返事をして良いのか分からなかった。

 

 ルークは、言葉を探すように部屋を見回す。期せずして、皆の顔を見回す形になった。コゲンタとティアは心配げに顔を見合わせている。そして、ガイは何処か戸惑っている様にも見える顔でルークを見つめている。続いてアニスは、沈痛な表情を浮かべていたが……、しかしすぐに、ルークの視線に気が付き慌てて微笑んでみせる(どう見てもギコちない笑顔だったが……)。彼女もタルタロスで殺されかけたのだ。思い出したくないのは当然だとルークは気に留めなかった。

 

「しかし、忘れないで頂きたい。この街にあふれる笑顔と平和もまた、マルコ達が守りたかった物なのだと。いわば彼らの『勇気の証』なのです。どうか、ルークにもそういう風に考えてみて頂けないでしょうか? お願いします」

 

 ジェイドが気持ち居住まいを正して、ルークに再び頭を下げた。

 

「そうだな、そう考えてみるよ。」

 

 マルクト兵達の事を考えていたら、だんだん目の裏が熱くなってきたのに気が付いたルークは、慌ててそっぽを向いて、答えた。

 

「ありがとうございます。そういえば……、私ってマルコ達とキャッチボールもした事もなければ、トイレで隠れ煙草もした事がないのですが、それでも友人と言えるのでしょうか?」

 

 ルークは「そんな事、知るか!」としか言えない。人が真面目に聞いていれば、何故ウケを狙うような事を言うのだろう?

 

「ルーク殿、焦りなさんな。全て自分の思うようにしようと焦ってところで、ロクな事はない。今は、一つずつ、一日一日全力で当たろう。世の中はその積み重ねだからの……」

 

 ルークの表情を見て、コゲンタが執り成し顔で言った。

 

「マルコ少佐たち、『救世の英雄』たちの名をこの街の連中……いや、世界に知らしめる事もルーク殿の役目となったわけだ。これは生半可な事ではない。だから、重ねて焦ってはいかん」

 

 コゲンタの『英雄』という言葉にルークの心がザワついた。しかし、その一言でルークの中でわだかまっていた違和感の一つが氷解した気がした。

 

 ルークは、ヴァンが言った『英雄』という言葉と、軟禁から逃れたい、兵器扱いされたくない、という『自己保身』といえる自身の動機に、激しいズレを感じていたのである。もちろんルークは『自己保身』などという言葉は知らなかったが、自分がひどく不潔な存在に感じたのだ。

 

「ルーク殿は嫌だったようだが、この街の者たちの笑顔。あれは、ここのように過酷な場所で生きるためには必要なんだの。苦しい時にこそ笑うのもまた、その苦しさと戦う術って話だの。わしらも見習うとしようではないか?」

 

「お、おう。そ、そうだな……」

 

 ルークの肩を軽く叩いて笑うコゲンタ。違う事で悩んでいると思われたようだ。ルークはその顔が似ても似つかないヴァンの頼もしい顔に重なって見えた。そして、師が口にしたある言葉が引っかかって来た。

 

「ほほぅ、マルコ達が『英雄』ですか? そうなれば、私も鼻が長……もとい高いですねぇ。私はさしずめ『悪の暗黒譜術士』ですかねぇ? 秘密結社でも組織したりして♪」

 

「大佐じゃぁ似合い過ぎて、シャレになりませんよぉ」

 

「ドクロの杖を持って、黒いマントを翻す姿が目に浮かぶようですね。ふふふ」

 

「イオン様とアニスの中では、私はそういうイメージなんですか? 傷付きますね~。ちょっと立ち直れないかもしれませんね~……」

 

 イオン、アニス、ジェイドが何か笑い合っていたが、ある事を考え込んでいるルークには聞こえない。

 

(えっと……そうか。そうだよな……)

 

 自分が『英雄』になるのは、自分のためだけではないのだ。自分のために戦ってくれた者達のためでもあるのだ。

 

 具体的な事は思い付かないが、上手くやれば『超振動』の事件で責任を感じて、神託の盾騎士団を辞めるつもりでいるティアの“後ろ盾”にもなれるかもしれない。

 

「ティア、オレやるよ! オレ頑張るよっ!」

 

「えっ? えぇ、そうね。わたしも頑張るわ。でも無理はダメよ。ルークは身の安全を一番に考えなくちゃいけないんだから」

 

 ルークは一人得心して意気込むが、そんな事を知らないティアは腰を折るような返事をする。

 

「じゃあ、それ考えながら、頑張るんだ!」

 

 しかし、ルークはそんな事は気にせず、自分に言い聞かせるように言った。そして、しばらく待つと、

 

「お待たせして誠に申し訳ありません。イオン様、ルーク様」

 

 キムラスカ領事が入室して来ると、イオンとルークに膝を突いて礼をした。領事は立ち上がったルークとイオンを再び着席する事をうながすと、自分もテーブルの反対側の席に着いた

 

「しかしまた、貧相な……いや、失敬。少人数の使節団ですな……。これだけとは、一体何が……?」

 

 などと、ルークとイオンの後ろに控えるジェイドやアニスを見回して、領事が開口一番ぽつりと呟いた。

 

 ルークは、気真面目そうな彼がジェイドを見た時の目に一瞬、侮蔑の色が現れたのを見た。少なくとも、ルークにはそう感じた。

 

 思えば、元々の使節団のメンバーは、イオンにアニス、ジェイドだけだ。

 しかも、マルクトの人員にいたってはジェイドただ一人を残すのみである。

 

 そういう意味では、貧相なのは確かなのだろう。

 

 しかし、今のルークにはやけに頭にくる言葉だった。隣を見れば、イオンも形の良い眉を控えだが歪めて不満顔であった。

 そんな彼の顔を見て、ルークの中で変な決意が固まった。

 

「なぁ、貧相って言ったか? 今? もしかしてオレに言ってんの? それって……たしか『チンケ』とか『ダサい』とかって意味だよなぁ?」

 

 大袈裟な動作で腕を組むと、首を捻りつつ領事を睨み付けるルーク。

 鏡を見なくても、意地悪く歪んでいるのが分かる。本来なら、すぐさま蹴りを入れたい所だが、ティアとイオンの前だ。その鬱積した力を蹴りにではなく表情に込めるだけ込める。

 

「オレも、たぶんイオンも、もうコイツらの『仲間』のつもりなんだけどさぁ……。アンタ的には、いちおー公爵家のオレも、メチャクチャえらいダアトの導師のイオンも含めて、『チンケ』で『ダサい』ってわけか、えっ?」

 

 ルークは後ろの仲間の顔に顔をめぐらすと、ジロリと領事を睨みつけ意地悪く微笑む。

 ガイが「堪えられなかったかぁ……」と顔を覆っているのと、コゲンタは瞑目したまま直立不動だったが口元に笑みを浮かべている様子とティアが動揺を表情に出すのは抑えているもののオロオロと目を泳がせているのが見えた。

 しかし、ルークは今さら引き下がるつもりはなかった。

 

「あっ、いっ、いえ!」

 

 領事は、脅したルーク本人も気の毒に思うほど、青くなって声を絞り出し首を横に振るが……

 

「ん? なのか?」

 

 それでも、ルークは意地悪そうな声を出して尋ねた。

 

「決して、そのような事はっ! お許し下さいっ! ルーク様!! イオン様!!」

 

「許す、許さねぇは別として、オレとイオンだけじゃねーと思うよ? 謝る相手はさ……」

 

 机に頭を打ちつけんばかりの勢いで頭を下げる領事を、さらに追い打ちをかけるルーク。

 

 領事は跳ねるように机の横まで飛び出ると、

 

「お、お許しください! 決して悪意はなく……、いえ、その失言でした。お許しください、カーティス大佐!!皆様っ!! 平にっ! 平にっ!」

 

 と、頭を90度の角度で、平身低頭に謝罪の言葉を並べる領事。

 

 あと一押しすれば、土下座どころか五体投地もしかねない勢いだ。

 

「やっぱ、イオンってメチャクチャ偉いんだなぁ……」などと、ルークは若干ズレた事を考えながら、頭の内では相手が“バカ”を言ったのを良い事に揚げ足を取り、憂さを晴らすのも相当『チンケ』で『ダサい』と感じる。しかも、街で感じた不快感の八つ当たりが多分に含まれていたのだから尚更だ。前にコゲンタから聞いた『良い行い』ではないのは間違いない。自分が今の分だけ悪い人間になったのは間違いないと思う。

 

 果たして、残ったのは罪悪感と後悔だけ。スカッとするのは、ほんの僅かの時間だった。本当に『チンケ』で『ダサい』。屋敷で読んだ冒険譚を信じるのなら、こんな事を嬉々として行い、悦に入る輩が世の中にはいるというのだから全くもって気が知れない。

 

 きっと、剣の師 ヴァン・グランツならば気の利いた台詞で切り返し、誰にも不快な思いをさせず相手にも反省をうながした事だろう。しかしである、本当に『チンケ』で『ダサい』(今はまだ……)自分にならともかく、そんな自分を命がけで守ってくれたティアやジェイド(正確にはその部下たち)に言っているように感じたのだ。無視はできなかった。

 

「いえいえ、こちらこそ♪ 外交儀礼的にはこちらの方が、失礼なのですから、お気になさらずに。度重なる妨害に会ったという事でご理解下さい。うふふふ♪」

 

 使節団代表として、公人としての顔なのかジェイドは人の良い笑顔と優しげな声音で、領事の謝罪に応対する。

 優しい声音が逆に、何か企んでいる様で恐ろしい。

 

「ルーク様、外交には外交のお行儀があるんです。使節団の当事国の人間がたった一人なんて未だかつてなかったくらいの失礼なのですよ。領事さんが困るのも当たり前なのです」

 

「ふ、ふーん。なら許してやら~……」

 

 ジェイドは、そんな声のままルークに解説する。やはり“様つけ”は気色が悪いが、今はそんな事を言っている時ではない。

 ルークには、ガイコーギレーがなんなのか分からなかったが、ジェイドが怒っていなければ、それで良いかと思い、わざと大仰に頷き領事を睨みつつ口をつぐんだ。

 

「オホン! それよりも、領事」

 

 ジェイドは気を取り直してというように咳払いすると、

 

「キムラスカが首都『光の王都 バチカル』への船は、いつ頃出発可能でしょうか?」

 

 と、わざとらしく指を立てて尋ねた。

 

「はっ、はいっ! ただいま準備中です。急がせます!」

 

「いえいえ、焦るとロクな事はありません。安全、確実を第一でお願い致します。あっ、そうそう……実は解析したい音譜盤がありましてね?」

 

 『気を付け』の姿勢で答える領事を、ジェイドはなだめるように鷹揚に頷くと、手品のような手つきで懐から音譜盤を入れた木箱を取り出してみせる。

 

「それではそのように! は……音譜盤ですか? あ、あぁ、それでしたら商人ギルドのアスター氏の屋敷に設備がございます。 たしか彼の仕事柄、不正商人の密輸品目録や裏帳簿の暗号を解析するのだそうです。『無粋な機械が増えて困る。』とこぼしておりました。は、ははは……」

 

 卑屈に見えてしまう愛想笑いで答える領事。

 

「そうですか、そうですか。それでは、そろそろお暇しましょうか? 領事さんもお忙しいでしょうし。休憩は解析している間にアスターさんのお屋敷でという事にしましょう。よろしいですか?」

 

 ジェイドがイオンとルークの同意を求めるように言うと、領事は解放されたというような顔をしているのが見えた。

 

 領事館から出た一行は、再びケセドニアの街を歩き始める。

 

 しばらく歩るいていると、ティアがルークに気遣わしげに問いかける

 

「ルーク、目は大丈夫?」

 

「あぁ、いつの間にか治ってた」

 

「そう、なら良いんだけれど……」

 

 ルークはハンカチを返して答えると、何だか「納得しかねる……」という顔のティアから逃げるついでに、街を見るともなしに眺める。

 

 ケセドニアの家々は黄土色や薄茶色の日干し煉瓦や土壁がほとんどで、その土地で手に入りやすい素材で作られているのだろう。一部の店舗や大きな屋敷、先ほどの領事館や港のような公共施設はキムラスカやマルクトと同じような石積み造りなのだが、絶えず吹き付ける砂埃によって黄土色に染め上げられ、周囲の家々と同じようにその土地に溶け込む事を余儀なくされているようだ。とは言っても自分の屋敷以外は、エンゲーブと軍事基地しか知らないルークには分からない事だったが……。

 

 しかし、領事館からしばらく歩いた街の中心部にあるアスターの邸宅は様子が違った。

 

 一言で言えば『清潔』なのだ。砂埃に染まる事無く輝くように白い壁と、本当に輝いている金色の装飾が目を引く。今も幾人かの庭師らしき人物が掃除をしている。まさか一日中しているのだろうか?

 

「すごーい、でっかいお屋敷ですねぇ。イオン様ぁ♪」

 

 アニスが大きな瞳を妙に輝かせて、自分の数倍はある門扉を見上げて感嘆した。

 

 確かに先程の領事館よりも大きい。そして、装飾も豪華だった。壁や柱は動物や人の彫り物が飾られている。それらも隅々まで掃除は行き届いており、砂は積もっていない。

 

 門の横の小さな通用口から出てきた番兵に、ガイが領事の紹介状を手渡しているのを見ながら、ルークは屋敷の庭を思い出していた。今もペールが手入れをしているのだろうか? あんなに退屈だと思っていた屋敷を懐かしく感じている。

 

「ルーク殿、参ろうか」

 

 という背後に立つコゲンタの声に、他の皆が番兵が開けてくれた門をもうくぐっているのに気が付いて、「おう!」と、急いで後を追った。

 

 屋敷の中もすごかった。美しい絵画や彫像、豪華な装飾がなされた鎧、一目で精巧だと解るからくり時計が美術館のように並べられている。しばらく歩くと、この屋敷の主の部屋へとたどり着く。

 

「これは、これはイオン様! ようこそおいで下さいました。お越しになるのでしたら、事前にお声を頂ければ、我ら商人ギルド……いやいや、街を上げて歓待いたしましたのに」

 

 商人ギルドの長にして、この街を実質治める男《アスター》が手を広げ、愛想良くイオンを出迎えた。アスターは桃色の丸い帽子かぶり、同色の奇妙な服を着ている。そして、赤い鼻の横からワックスの効いた髭が伸びている。ルークの想像とかなり違う……以前ガイに読ませてもらった活劇小説に出てきた主人公にヤバい仕事持ちかけたり、怪しげな商品を売りつけようとするインチキ商人を連想させた。

 

「いいえ。突然押し掛けて、無礼なのはこちらですからよいのです。それに今回の訪問は“お忍び”です。ところでアスター、頼みがあるのですが……」

 

 そんなルークの驚きなど知る由もないイオンは、慣れた様子で話を切り出す。ところが、まるで気後れしたように表情を曇らせ語尾が小さくなっていくのは何故だろうか?

 

「我らケセドニア商人ギルド、イオン様のためのならば何なりと」

 

 アスターは右手を胸に置いて、恭しく頷いた。

 

「詳しくは話せないのですが、この音譜盤を解析させていただきたいのです。しかし、急ぐ物ではありません。もちろん都合が悪ければ……」

 

 イオンは眼を伏して、自分の頼みを打ち消そうとした。どうしたというのだろう? ルークには、何時もの腰の低さだけではない気がする。

 

「いいえ、お任せください。誰かっ! 誰かっ! この音譜盤を解析して届けろ」

 

「お願いします♪ ところで、私もご一緒してもよろしいですか? 大きな声では言えませんが、実はそれ、モトモト悪人の持ち物でして……不用意に解析すると、『ドカンッ!』なんて事もあるかもしれません。私なら絶対そうします」

 

「なるほど、確かに。マルクト帝国軍一の譜術士にして稀代の科学者であるジェイド・カーティス殿の申し出では断れませんな。いや、むしろこちらからお願いしたいくらいです。実に心強い」

 

 口の横に手を当てて、内緒話をするようなジェイドに、アスターは何度かうなずいき、あっさり了承する。

 

「いえいえ、恐縮です」

 

「俺にもその解析機を見学させてもらえないか?」

 

 にこやかに気さくな敬礼するジェイドに続いて、ルークの後ろに立っていたガイが歩み出た。

 

「譜業に興味が御有りですかな? よろしいですとも」

 

「ありがとう。恩に着るよ」

 

 爽やかな笑顔で話を進めていく三人。「これが大人の会話という奴か……?」とルーク感心すると同時に、昔読んだキツネとタヌキの化かしあいの童話も思い出していた。彼には何故、大人が時々こんな雰囲気で話しをするのか分からなかった。

 

 一方、ティアはジェイドがアスターに牽制するような言動をするのは分かる気がした。ケセドニア大商人アスターといえば、その界隈では《義商》という二つ名で呼ばれていた。『公平』『誠実』な人柄でも知られていた。しかし、商人は『利』がなければ動かない。無条件で味方だと思うのは気をつけなければならない事だった。

 

 ジェイド、ガイが使用人と共に執務室を後にすると、

 

「イオンとこいつは知り合いだったのか?」

 

 ルークはイオンとアスターの顔を交互に見た。

 

「私どもは導師イオンのお力で、国境上にこうして流通拠点を設けることができたのでございますよ」

 

 アスターは接客でもするように、にこやかに答える。ルークのやや無遠慮な視線と物言いを、全く気にならないらしい。

 

「ふぇ……あっ、商人ギルドはダアトに莫大なお布施……寄付をしてくださってるんです。見返りにダアトはケセドニアを自治区に認めてあげてるんです。ねっ、イオンさま」

 

 豪華な調度品に見入っていたアニスが、イオンがたしなめるように袖を引くのに気が付いて、取り繕うようにアスターの補足をした。

 

「その通りです。さぁ、こちらへどうぞ。南方の黒いお茶をご用意しましょう。味は苦いのですが、強壮剤になるらしいのです」

 

 アスターはイオンの代わりに頷くと、執務室の隅にある応接のための空間に、誘う。

 

 また待つ事になったが、今度はルークもなんとか落ち着いて待つ事ができた。

 ちなみに黒いお茶というのは、ルークにとってはやたらと苦く「飲めたモンじゃねぇ……」の一言であたった。それを聞いたティアも「ちょっと苦いわね」と困ったように微笑む。イオンとアニスは、一緒に出された砂糖と牛乳を少しずつ入れて懸命に味を調節しているが、あまり巧くいっていないようだ。その隣では、お茶を出した張本人のアスターはともかくコゲンタが、それを美味そうに飲んでいるのが信じられなかった。

 

 そして、かなりの量の紙束を持ったガイと、ジェイドが部屋に戻ってきた。

 

「げっ、すごい量っ!」

 

 アニスが大袈裟と思える声を上げた。ルークもその紙束を見ると屋敷での勉強を思い出し、同じような感想を抱く。

 正直、それを想うと屋敷には戻りたくない気持ちが数瞬もたげる。しかし、それは「ダサいっ……」上にティアはもちろんの事、イオンにジェイドの部下達、キムラスカの騎士達に顔向け出来ないと胸中で頭を振るってダサい邪念を追い払う。

 

「はは、まったくだな。船の上で読むか」

 

 ガイはアニスとルークの表情を見て、微笑むと、

 

「お世話になりました。では、行きましょう」

 

 と、アスターに頭を下げるジェイドと頷き合い、執務室を後にする。

 

「何かご入り用の節には、いつでも私共にお申し付けください。ヒヒヒヒ……」

 

 アスターに見送られてルーク達は港へと帰途に就いた。最後のアスターの笑い声は気にしない事にして……ルークは、ケセドニアの街へと目を転じた。

 先程までは無神経に広げられた市場で、人々が無神経に声を張り上げているように見えた街が、見えない何かと闘っているようにも見えた。

 

 




 今回はご意見を活かせるように心がけて書いてみました。不十分な所があればご指摘頂ければと思います。
 今回の話を一言で表すと、「傷の舐め合い」です。(乱暴な言い方に聞こえてしまいますよね。)
 拙作のルークは今、戦争神経症になりかけています。それを仲間がケアするという感じです。戦争映画などで、兵士たちが故郷へと向かう復員船で、戦場での体験を話し合って気持ちを整理していく。というシーンを見た事がないでしょうか? あのイメージです。
 そういうシーンを見ると、ネガティヴなイメージしかない言葉ですが、人生には「傷の舐め合い」も必要なのではないか感じます。

 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。