テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第39話 国境線へ

 

 アリエッタの事はライガ達に任せて、ルーク達はフーブラス川から離れていく。

 

 ライガ達は、約束通り襲ってはこなかった。ルークは、ますます人間よりも魔物の方が話が通じるような気がしてならなかった。

 

 そして、ただただ広い平原を休み休み歩く事、数時間……

 

 彼方に見えていた細い線は横に長い城塞であるという事が分かった。

 

「あれに見えますのが、我がマルクト帝国が、キムラスカ王国と直接向かい合う最前線の一つである《ファブレの長城》ことカイツールの砦です。立派な物でしょう?」

 

 ジェイドが、観光案内でもするように話し始める。

 

「ん、ファブレって? オレん家のコトか?」

 

 ルークはこんな知らない土地で、自分の家名が出たきた事に軽く驚き首をかしげた。

 

「その通り♪ あの砦の元々の主はルークの御父上であり、キムラスカ王国軍 元帥であらせられるクリムゾン・ヘア・フォン・ツゥーク・ファブレ公爵閣下です。以前の小競り合いにおいて、我がマルクト軍が攻め落とし占拠しました」

 

 ジェイドは、ルークの反応に嬉しそうに頷きつつ続ける。

 

「しかしっ、私としては我がマルクト軍の『戦力の逐次投入という愚』の象徴ですね。あの長城を落とすのに我が軍が出した被害は、キムラスカ側の1・5倍。その被害実態を対外的、対内的にごまかすために、あのように、綺麗に直して『勝利者』として使っているのです」

 

 と、悔しそうに眉を歪めつつ、自分の見解もおまけに付けた。

 

「それでも、インゴベルト陛下から信頼の厚いファブレ公爵閣下がカイツール地方を治めているのと同じようにあの砦を守る我が軍も精鋭揃いで……」

 

「っていうかさ……。オレの父上って、そんなスゲー人だったのか? 確かに、家でもいつも忙しそうにしてたけどよ」

 

 ルークは、長くて難しくなりそうなジェイドの話をさえぎって気になった事を尋ねた。

 

「そりゃあ、ファブレ家の当主は代々、マルクトでは泣く子も黙ると云われる存在だの。『イイ子にしないと、カイツールから赤鬼が来るぞ!』って話だの。あはは」

 

 コゲンタが、最後の方を本当に子どもに言い聞かせるような調子で言った。

 

 ルークは子供扱いされたように感じたのか、少しムッとしたような顔になる。

 

 それに気が付いたティアが、

 

「ちなみに、ルークのお父様、クリムゾン公爵様は、特に武芸に秀でておられるのも有名なの。お屋敷にの玄関広間に一騎打ちで勝ち取った相手の剣や槍を丁重に安置されているでしょう?」

 

 と、慌てて取り繕うように言う。

 

「あ……あぁ、あれか。へぇ~」

 

 おどけたコゲンタの説明に続いたティアの問いかけと微笑に毒気を抜かれたルークは、父が保管していた様々な武具を自ら手入れしている姿を思い出す。

 しばらく前に、剣の幾つかを黙って試し振りをしたのだが、どれも見事な物だったと思う。

 

 あれらの品々が、そんな謂れのある物だったとは父は何も教えてくれなかった。ただの趣味としか思っていなかったので、流石にまずかったかと思えてくる。

 

 そんなルークは、後ろを歩くガイの顔が硬く強張っているのに気が付かなかった。

 

 しばらく歩くと、ようやく砦の目の前までやって来た一行。

 

 改めて近くで見る砦は『ファブレの長城』などと、もったい付けるだけあって、かなり大きな……いや、長い建物だった。

 

 と、そこで城門の前に幾人かの兵士が並んでいるのが見えた。検問の任務に就いている者達とは違うようだ。陽に鈍く光る無数の白銀の面防がこちらを凝視している事にさすがに怯むルーク。

 

 また揉め事なのだろうか? 正直勘弁して欲しい。ルークは軽く人間不信に陥りそうな自分に気が付いた。

 いや、すでに多少陥っている。

 

 ルークは血の気が引くのを感じながら、剣の柄に手を伸ばした。

 

 その時だった。兵士達が一斉に姿勢を正し、踵を打ち鳴らして敬礼した。そして、その中から、四十がらみの兵士が歩み出て……、

 

「ようこそ、おいで下さいました。導師イオン様ならびにキムラスカ公爵子息 ルーク・フォン・ファブレ様! カイツール国境守備隊一同、歓迎いたします。」

 

 と、思いもよらぬ美声で言い、敬礼した。

 

 ルークはやはり慣れないこの調子に気後れを感じる。

 

 一方、イオンといえば、……「ありがとうございます」と、やはり落ち着き払って微笑んでいる。

 

 なんだか悔しかった。もちろん口には出さないが……

 

「やぁやぁ、どうもどうも。マルクト帝国軍 第三師団 師団長ジェイド・カーティス大佐です。」

 

 ジェイドがルーク達の背後から進み出て、敬礼した。

 

「お待ちしておりました。お話はセントビナーからの鳩で承知しております。小官は、国境守備隊を任されておりますギュンター・コッホと申します。」

 

 ジェイドの気さくな敬礼に、特に気にした様子もなく守備隊長はお手本のような敬礼を返す。

 

「なんだかんだで、交通手形の用意がありません。」

 

 ジェイドは額に手を当てて、「やれやれ……」と首を横に振った。

 

「ご心配なく。その事についてもセントビナーのマクガヴァン中将から身分証明書もお預かりしています」

 

 守備隊長は、安心させるように笑い「それに……」と背後を振り仰いだ。

 

 すると

 

「私が証明している」

 

 兵士達の背後からマルクト軍人とは違う意匠の服を着た長身の男が歩み出てきた。

 

「よくぞ無事だった。ルーク」

 

 男はルークの師であり、ダアトが誇る神託の盾騎士団 主席総長 ヴァン・グランツであった。

 

「あっ……」

 

 ルークは一番会いたかった人物との突然の再会に、呆気に取られ言葉が出てこない。

 

「どうしたのだ、ルーク? ふっ、頼りない師とは話したくないか? すまなかった。何もできなかった師を許してくれ」

 

 ヴァンは一つ苦笑すると、ルークに頭を下げた。おどけているだけなのだろうが、尊敬してやまない師に謝られ頭まで下げられ動転したルークは気が付く余裕がない。

 

「あっ、いや、違うんだ。師匠! 嬉しくて! 話したいコトがいっぱいあったんだけど、全部吹っ飛んじまった。」

 

 ルークは、慌てて両手を振って、師に笑い掛る。

 

「ふっ、そうか……。改めて、よく無事だった。さすがは我が弟子だ」

 

「へへへ」

 

 口元を緩めたヴァンは、鼻を掻くルークの肩を優しく叩く。

 

 そしてヴァンは、ジェイド達の背後に隠れるように、ルーク達のやり取りを見守っていた妹に目をやった。

 

「ティアも無事だったようだな。よくルークを守ってくれたな」

 

 ヴァンは兄の顔になって、妹を手招きする。しかし、ティアはその場に止まって動かない。表情も沈んでいる。

 

「どうした?」

 

 その様子に、ヴァンも表情を曇らせて問うた。

 

「お兄……いえ、主席総長。わたしは、ルーク様のお側にいながら超振動を防げなかったばかりか、これまでの旅で足を引っ張り通しでした」

 

 ティアは恥じ入るように顔を伏せ、消え入りそうな声で続けるが……

 

「なに言ってんだよっ! ティア!」

 

 ルークが大声で話に割って入る。しかし、それをヴァンが手で制し、

 

「あれが仕方のない事故だったのは分かっている。私もその場にいたのだからな」

 

 と、安心させるような口調で言うが、今度はティアが声を上げる。

 

「しかし……!」

 

「ティアの責任を問うなら、あの場で何もできなかった私も同罪だろう?」

 

 妹の珍しく張り上げた声にヴァンは苦笑した。

 

「それは……」

 

 ティアは口ごもる。

 

「だから、私に任せておけ。悪い様にはせん。」

 

 ヴァンは、ティアに歩み寄ると妹の肩に手を置いた。

 

「皆さんの御助力にも感謝いたす。越境手続きは私がするので、終わるまでお待ち願おう」

 

 ヴァンは、ジェイド達を振り仰いで言った。そして、守備隊長に目配せした。

 

 守備隊長は頷くと、

 

「待合室にご案内します。こちらへどうぞ」

 

 と、守備隊基地の方に手を掲げた。

 

 待合室に案内されたルーク達。ここまで案内した兵士は、「お茶をお持ちいたします」と言って出て行った。

 

 部屋の奥、つまり上座にイオンが座り、その手前の大きな机にルークとヴァンが向かい合う形で座っている。

 

 他の者はルークの背後に並んで控える形になっている。

 

「……それにしても、イオン様がご一緒だとは驚きましたな。よくぞ、ご無事で」

 

 ヴァンは、目の前の何枚もの書類に慣れた手つきで署名しながら言った。

 

 師匠はこういう事も得意なのかと改めて見直しているルークの知らない事だが、軍隊というのは階級が上がるほど事務仕事が増える物で、主席総長ともなれば作戦報告はもちろん、人事、予算会計などの書類の確認に忙殺される事もしばしばだったのである。

 

「すみません、ヴァン。ぼくの独断です」

 

 非難されていると感じたのか、首をすくめるイオン。

 

「こうなった経緯をご説明いただきたい」

 

 ヴァンは彼を宥めるような声で言った。

 

「イオン様を連れ出したのは私です。私がご説明しましょう」

 

 ジェイドが手を上げつつ、いつもの人の良さそうな笑顔を浮かべて一歩踏み出た。

 

 彼はこれまでの経緯を、ヴァンに事細かに話して聞かせた。

 

「……なるほど。事情はわかった。私への報告もなしに六神将が動いているという事は、おそらく大詠師モースの命令があったのだろう」

 

 ヴァンは顎に手を当て考え込みつつ続ける。

 

「なるほどねぇ。ヴァン謡将が呼び戻されたのも、マルクト軍からイオン様を奪い返せってことだったのかもな」

 

 ガイが、ルークの背後で呟いた。

 

「あるいは、そうかもしれぬ……」

 

「しかし、謡将殿に無断で六神将が動く事などあるのござろうか?」

 

 コゲンタが疑問を口にした。

 

「お恥ずかしい話ですが、幹部の中には大詠師派ではない私を快く思わない者がいるのです。その何人かが結託すれば、私の承認抜きで命令書を作る事も可能です」

 

 ヴァンは表情に悔しげな色を浮かべた。

 

「そもそも六神将の人達も、大詠師派ってコトらしいですしね。アリエッタはゼッタイ違うけど……」

 

 アニスが首を捻りうなる。

 

「いずれにしても、部下の動きを把握していなかったという点では、無関係ではないな。六神将にもよけいな事をせぬよう命令しておこう。効果のほどはわからぬがな……」

 

 ヴァンは書類を整えて、席から立ち上がった。

 

「ヴァン謡将。旅券の方は……」

 

 ガイが確認するように尋ねる。

 

「ああ。ファブレ公爵より臨時の旅券を預かっている。念のため持ってきた予備もあわせれば、ちょうど人数分になろう」

 

 ヴァンはガイを振り返り頷く。

 

「これで国境を越えられるんだな!」

 

「ここで休んでからいくがいい。私は先に国境を越えて船を手配しておく」

 

 出入り口へと歩きながら、声を弾ませるルークに微笑み頷くヴァン。

 

「カイツール軍港で落ち合うってことですね?」

 

「そうだ。国境を越えて海沿いを歩けばすぐにある。道に迷うなよ」

 

 ガイの確認に答えながら、ヴァンは扉に手をかけた。そこに

 

「師匠。このおっさんが剣の稽古をつけてくれるって言うんです。良いですか?」

 

 ルークが少し甘えた調子で声を掛けた。 

 

「……ふっ、良いだろう。別の“視点”から自分の技を見る良い機会だ……教えて頂け。ただし、アルバート流の基本は忘れるな」

 

 ヴァンは微笑する。

 

「はいっ!」

 

 明るく返事をするルークに、。

 

「それとルーク、我が流派と自分自身の剣に恥じない振る舞いをしろ。その御仁に教えを受けるなら“おっさん”ではないだろう?」

 

「へっ……?おっさんは、おっさんだろ師匠?」

 

 首をかしげたルークの不躾な言葉に、ヴァンは苦笑するしかない。

 

 すまなそうにコゲンタを見やるヴァン。しかし、彼が謝罪とルークへの注意の言葉を口にするよりも、コゲンタの言葉の方か早かった。

 

「いやいや、ルーク殿は我が『剣友』。共に強くなる剣友に“もったい”つける必要はないし、上も下もござらん。はっはっはっ」

 

 ルークの肩を軽く叩き屈託なく笑うコゲンタ。

 

「……弟子を、お願いいたします」

 

 ヴァンはコゲンタに向き直り、一礼した。

 

「では軍港でな。ルーク」

 

 そう言い残すと、ヴァンは部屋を出て行った。

 

「師匠の許しも出た事だし、さっそく稽古しようぜ、おっさん!」

 

 ルークは声を弾ませる。

 

「ルーク、身体を休めないと駄目よ。まだ先は長いんだから……」

 

 ティアが心配げに釘を刺そうとしたが、

 

「大丈夫だよ。そんなに長い時間はしないって!」

 

 というルークの言葉に掻き消される。

 

 ルークはコゲンタの背中を押して建物の外へと出て行ってしまった。

 

「やれやれ、ルークにも困ったもんだ。悪いなティア」

 

「確かに心配だけど……。ジッとしていられない気持ちも解かるから、謝られても困るわ」

 

 申し訳なさそうに頭を掻くガイに、ティアは首を横に振る。

 

「……そうか悪い……いや、ありがとうかな?」

 

 一瞬、「何を言われたのか解からない」という様な表情を浮かべたガイだったが、すぐにおどけて首を傾げるガイ。

 そんな彼の表情に疑問を感じたが、気のせいと思い直し微笑み返すティア。

 

 こうして一行は、カイツール関所を抜け、いよいよルークの故郷であるキムラスカへと向かう。

 

 しかし幾多の困難が、さらに待ち構えている事は神ならぬ彼らが知る由もなかった。

 

 




 今回の話は大筋では、さほど原作とは大差はありませんが……。

 最大の違いはティアとアッシュが起こす刃傷沙汰をなくしたという所でしょうか?

 あれほどデリケートな場所で兵士が武器を取り出したら、(アッシュに至っては実際に振り回していますが)マルクト軍の面子は丸つぶれ。ただでは済みません。それを言ったら野暮と言いますか、おしまいでしょうか?

 そして、イオンやヴァンのダアトでの政治的立場の説明を少し描いてみました。

 それにしても、せっかく「大詠師派」や「導師派」という設定があったのですから、モース以外の詠師が登場して、モースを追い落とすために共闘してくれるなどのエピソードがあっても良かったと思うのですが……皆さんはどう思いましたか?

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