《大樹の道》などと、仰々しい名前なものだから
「オニがでるか……ジャがでるか……」
と、言葉の意味もいまいち解らないまま、身構えていたルークだったのだが……
まず出現したのは、オニでもなかればジャでもない、瓶の底のような分厚いレンズの眼鏡をかけ、擦り切れた作業着の上にヨレヨレの白衣を着込んだ長身だが猫背の男だった。
巨大な背嚢にランタンに飯盒、ピッケルにスコップ、ザイルなどなどの大荷物が、全体的にヨレヨレな痩せた色白の男に異様な迫力を与えている。
思わず息を飲み、たじろぐルーク。
男の名は、『レイノルズ』と言い、マクガヴァン退役元帥の『ソイルの樹 研究会』の副会長を務めるほどの才人とのことだった。
「御久しぶりですレイノルズ。御元気そうで何よりです♪ 相変わらず素晴らしい瓶底眼鏡ですね?」
「いやぁ、カーティス君。元気ってほどでもないけど、病気じゃないから元気だよ」
ジェイドとも知り合いらしい。という事は、レイノルズも軍人だったのだろうか? とてもそうは見えないが……とにもかくにも、レイノルズの案内で《大樹の道》を進むルーク一行。
等間隔で設置された第5譜石の明るい照明
ある程度ではあるが、整備されて歩きやすい足下。
背中から大きなキノコを生やした昆虫のようなマヌケな姿をした魔物が出現するにはするのだが……
こちらを気にせず無視する魔物に、一目散に逃げる魔物、襲いかかってはくるがレイノルズの適切な対処(棒で地面や壁を叩くだけ……)で退散してしまう魔物。
というルークの予想を超える、実に強力な布陣であった。
ルークは、盛大に肩透かしを喰らった気分になってしまった。ルークが肩透かしを喰らったまま一行は、何事も無く《大樹の道》を抜けた。
神託の盾騎士団が現れたり、魔物に囲まれたりして、また戦いになってしまうよりは、ずっとずっとマシだ。マシなのだが……
幸運に恵まれ過ぎて腑抜けてしまった分、肝心な場面でドジを踏んでしまいそうで怖い。
「気をひきしめ直さなくちゃな……」
と胸中で自分自身に叱咤するルーク。
そして、大樹の道を出た先は、やや背の低い木々が並ぶ木立だった。
「イイにおいですの。ボクたちのおウチと同じにおいですの」
魔物の気配がしないせいか、ミュウがはしゃいで鬱陶しい。そういえば葉の形や茂り方、幹の様子に見覚えがある。
ここの木々もソイルの木なのだ。セントビナーの大きなソイルの樹の孫かひ孫……いや、そのまた孫かもしれない。
耳を澄ますと、水の流れる音が聞こえてきた。近くに川があるのだろう。この川が件のフーブラス川だろうか?
「この木立を抜ければ、すぐにフーブラス川だよ。残念だけど、僕はここまでだね。また一緒に冒険ができて良かったよカーティス君。気を付けて」
「ありがとうございます。今度は盛大にカレーライスフェスタでも開催してしましょう。貴方を敗るための香辛料のレシピをいくつか考案していますので♪」
レイノルズは、「それは楽しみだ」とジェイドと笑い合い、握手を交わす。そして、ルーク達に向き直ると
「皆さんもご武運を」
と、静かに頭を下げて、背中の大荷物を揺らして『大樹の道』へと、一人戻って行った。
レイノルズと別れた一行は、ガイを先頭にフーブラス川へと向かう。程なくルークにとって初めて目にする本物の川が見えてきた。それは想像していた物よりずっと大きな物だった。
「ここを渡るのか? ずいぶん深いんじゃないか?」
ガイが辺りを見回しながら、疑問を口にした。
「仰る通り。渡るのはここより上流の浅瀬です。大きな蛙や亀の魔物は現れますが、川を泳いで渡るより安全です。」
ジェイドは上流の方を指差して微笑む。
「ルーク、気を付けろよ。今はだいぶ水位が引いてはいるが、橋を壊すほどの流れになる川だ。油断してたら文字通り足を掬われるぜ」
「またそれかよ。なんだっけ? 海もヤバイってゆー流れだろ? そーいやぁ、救命士だか救難士だったかの資格とったとかジマンしてたっけなぁ」
「別に自慢なんてしてないさ。まぁ、とにかく水場は危険なんだ。そんな俺が言うんだ、気を付けてくれよな? せっかく取った資格だが、こんな所で仲間相手に役立たせたくないからな……」
「おっ、お……ぅ」
何時もの軽口の応酬のつもりでいたルークだったのだが、いたって真剣な様子のガイに息を飲む。
こうして、ティアの譜歌と譜術はもちろんの事、コゲンタの煙幕や匂い袋、ガイの冴えわたる剣技、アニスの奇怪な人形……頼もしいトクナガ、そしてジェイドの的確な指示によって、ルークとイオンは濡れた足下に注意するくらいで良かった。
一行の被害はルークが深みに嵌まって下半身がずぶ濡れになっただけで済んだ。しかし、それもティアの譜術で乾かしてくれた。
ルークが、改めて譜術のありがたみを感じていた時だった。
「み……見つけた!」
という声が空から響く。
一行の頭上を巨大な影が横切る。その影は雄牛を越える体躯を誇る鳥の魔物『ガルーダ』だった。ガルーダは大地へと降り立ち、一行の前へ立ちはだると、その背中から小さな影が飛び出した。
「弟たちの……カタキ!」
それは、神託の盾騎士団 六神将の一人《妖獣のアリエッタ》だった。彼女は下がり気味の双眸を目一杯つり上げて、まっすぐにルーク達を睨み付けている。
「オレが、か……仇?」
ルークはそんな眼差しに戸惑い、ティアに助けを求めるように目を向けるが、ティアは、彼の視線に首を振って答えながらも、いつでも動けるように身構える。ルークも確かにあのライガ達の死の原因を作ったのは確かに自分だと考えていたのだから、俯く事しかできない。
「あっ、ルーク、ティア……!」
しかし、アリエッタはそこで初めてルークの存在に気が付いたように向き直ると、
「ルーク達のおかげで、ママは卵をカエせたよ。アリエッタの新しい弟、妹がいっぱい生まれたの。ありがとー」
彼女は、先ほどまでの怒りの色を消して、彼女にしては珍しいハキハキとした喋り方で笑うとちょこんと頭を下げた。
「えっ? あ、うん……」
「えっ? あ、はい……」
ルークとティアは、呆気に取られたように同時に言う。
「でもっ……!」
弾かれたように頭を上げたアリエッタは、ジェイドを睨み付けた。
「アオいを着たメガネは、弟たちのカタキ! あなたは許さない!あの子たちは、ママとタマゴをまもろうとしただけなのに!」
悔しげに叫ぶアリエッタ。目には涙が光っている。
「アオを着たメガネはゼッタイに許さない! みんな、お願い!」
彼女はジェイドを指差し号令を下すと、辺りの茂みから3頭のライガが飛び出し、そして上空からは、ガルーダが飛来した。
「アリエッタッ! やめて下さい!!」
「イオンさまっ、危ないです! 根クラッタッ、イオン様の御前です! 下がりなさい!!」
イオンが突然、ジェイドとアリエッタの間に割って入ると、アリエッタは一瞬戸惑いの表情を見せるが、イオンに跳び付いたアニスの姿に、その表情を怒りと悲しみの色にいっぱいにさせた。
「アリエッタ、ネクラッタじゃないもんっ! アニスのイジワルっ!!」
アリエッタが吠える。彼女の怒りに呼応するように、獣たちがジェイド目掛けて、その巨体を躍らせる。
「いけません!アリエッタ」
「仕方ありません……。ドンッと来い!」
ジェイドは、もみ合うイオンとアニスの横をすり抜けると、中空から槍を取り出し構えた。
その背後では、ガイとコゲンタがすでに剣を抜いている。
「やめろ!」
ルークは叫ぶ。
ルーク達の視界を地面が大きく揺さぶったのは、その時だった。
地震だ。
揺れは次第に激しくなり、地面に無数の亀裂が走る。そして、その亀裂から何かが吹き出す。それは無色透明……いや目を凝らせば紫がかった色をしているのが分かる気体だった。
ルークは、何かが匂うワケではないのに、鼻と喉の奥がヒリヒリするのを感じる。
「これは……!? 障気! 風の子らよ。『アピアース・ゲイル』!」
「そのようです。皆さん、注意してください。この気体を多く吸い過ぎると多臓器不全や免疫不全起をこしてしまいます。つまり猛毒! 非常に健康に悪いんです! 土の子らよ。『アーピアスグランド』」
ティアの足下に一瞬で譜陣が描かれ、風の幕が彼女たちを包み、障気を遠ざけ、続いて、ジェイドの足下の譜陣が彼ら全員を囲うように広がる。
ルークは喉のヒリヒリが消え、足下の揺れがいくぶん治まるのを感じた。
その向こうでは、魔物達が障気に巻かれて、次々と倒れていくのが見えた。そして、アリエッタも突然の事になす術もなく、膝を突き咳き込む事しか出来ず、とうとう倒れ込んでしまった。
地震はさらに激しくなり、治まる気配を見せない。ついに地面の亀裂は地割れへと変わり始める。
「あっ……!」
ルーク達が見ている前で、ガルーダの巨体が地割れへと飲み込まれ消えた。彼あるいは彼女がどんな結末が迎えたのかは想像したくもない。
「みゅっ!?」
ミュウの小さな悲鳴にルークが視線を巡らすと……
アリエッタの倒れ込んでいる地面が隆起の影響で傾斜となっている。
そして、彼女の小さな身体は傾斜に従い、下へ下へと徐々にずり落ちていく。
その先には、隆起し、変動し、砕けた地面が、大口を開けた猛獣となって待ち構えている。
「や、いかん……!」
コゲンタもその様子に気が付き唸った。その瞬間、ルークの身体は勝手に動いていた。
ルークは自分からティアがせっかく作ってくれた風の防壁から飛び出しす。
背後ではティアやイオン、コゲンタ達の自分を呼ぶ声が聞こえるが、悪いと思いつつ今は無視する。
出来るだけ息を止めて、口を手で覆って障気を直接吸い込まないようにする。
気休めにはなるだろう。
割れた地面から地面へと、飛び石を渡るように軽やかに駆けて行くルーク。
もっとも、そんな風雅な状況ではない。ひと跳びごとに決死の覚悟の繰り返しだ。
あと二つ飛べば、アリエッタのもとに着く。
岩を踏み切り、跳ぶ。
着地成功……
あと一つ!
身体を沈めたルークは、ふと考える。
(オレ……なにやってんだ? ほとんど話したコトもない……てっいうか、知り合いでもない女の子のために命かけてるって……。そもそも、アイツ敵(?)みたいだし……)
もしも倒れている相手が、ティアだったのなら何の疑問も持つ余地などないのだが。
(ホント! バカみてぇオレ!!)
胸の中で一人吐き捨てたルークは、揺れる地面を思い切り蹴った。
体勢を崩して転げるように着地したルークは、素早くアリエッタの身体に飛び付き支える。
見た目通り……いや、見た目以上に細くて柔らかい頼りない感触……壊れてしまわないか不安になりながらも、いまだ気を失ったままの少女を抱きかかえ立ち上がるルーク。
そして、素早く振り返り再び走り出す。
かかえた時の軽さは何処へやら、アリエッタの小さな身体が重い。足が思うように動かせない。息も思うように出来ない。
それでもルークは、必死に足を動かし地割れを飛び越える。
(くっそ……あれっ!?)
ルークの足下の地面が、突然砕けた。
体勢を崩したルークは、少女を下敷きにしないために、彼女の身体をしっかりと抱きかかえ、むりやり身体を捻って背中で受身をとる。
硬い衝撃に息を詰まらせるが、思ったほど硬くもないし痛くない。
見ればそれは、ライガンの背中だった。
ルークが驚き飛び退く間を与えず、ライガンは身体を捻って彼の服の袖口に噛み付くなり、凄まじい力でルークをアリエッタともども天高く放り投げた。
あまりにも予想外な出来事に、声も出せずに宙を舞うルーク。
そして、妙にゆっくりと回転する視界の端で、こちらを見つめる……いや、恐らくはアリエッタを見つめているのだ……ライガンと目が合う。
ライガンもルークの視線に気が付き、彼を見つめ返すと、短く吠えると地割れの中へと消えた。
「ルークッ……!」
ライガンのいた場所を茫然と見ていたルークは、ティアの自分を呼ぶ声に停滞した世界から通常の世界へと引き戻される。
それと同時にルークとアリエッタの身体を風の音素が包み込むと、風の球体となり、二人をティア達の下へと導く。
「ルーク! 大丈夫か?!」
「まったく無茶をなさる。肝が冷えたわい」
ガイとコゲンタが、ルークの身体を受け止めた。
なんとか助かった。ルークは、どっと疲れを感じその場にへたり込む。
「ルーク、これを飲んで」
ティアが彼の側へしゃがんで何かの薬らしい小瓶を差し出した。苦くはないが奇妙な味がして不味い。
しかし、これで障気も大丈夫だろう。だがまだ、いま目の前に存在する危機から逃れられたわけではないのだ。
障気は、いまだ吹き出し続けている。
このままでは、ルーク達もアリエッタや彼女の魔物達と同じように障気にまかれてしまう。
その時、ティアは一つ息を整えると新たに精密な譜陣を足元に描いていく。そして、ティアは美しい旋律を口ずさみ始める。
その旋律は、ルークにも聞き覚えがあった。
譜歌だ。
漆黒の翼がローテルロー橋を爆破した時、その爆風からルーク達が乗る馬車を護った物だ。譜歌は、やはり光が蜂の巣状の壁を形作り、半球となり一行を包み込む。
「これは失伝したとされているユリアの譜歌の一つ『フォース・フィールド』ではありませんか? しかも、実戦レベル……実に興味深い」
ジェイドは、その光景にしきりに眼鏡を動かして見回す。
ルークはそんなに珍しい事なのかと思ったが、それどころではない。この障気という毒霧を何とかしないと何の解決にもならないのだ。
それでも、ティアは譜歌を唄い続けている。そして、最後に足下に輝く譜陣を展開させ、その中心を杖で叩いた。
光の壁がひときわ強く輝き、弾けるように消えた。音素が光の粒となって、風に溶けていく。
そう、緩やかな風だ。ルークにはそう感じられた。そして、その風が吹き去ったと同時に障気が消えてしまった。そして、いつの間にか地面の揺れも治まっていた。
「助かった……のか? 何がどーなってんだ?」
辺りを見回ながら、首を傾げるルーク。そして、ティアが何かした結果なのだろうと、彼女を見詰める。
「素晴らしい! 障気の固有振動と同じ振動を加え、一時的に消滅させたのですね?」
拍手をしながら質問するジェイドに阻まれた。
「は、はい。障気の元を断ったわけではないので、長くは持ちませんが……」
興味津々の眼を向けるジェイドに、少し萎縮しながら答えるティア。
「詮索は後だ。ここから逃げないと」
ガイが、ティアを守るように彼女とジェイドの間に立った。
「そうですね」
ジェイドは、「失礼。」と言うように両手を上げて、あっさりと引き下がった。
「ここまで来れば、大丈夫でしょう。地面にも地震の影響は見られません。と言っても油断は禁物ですが♪」
一行は、先ほどの場所から少し離れた周りを木々で囲まれた小さな草原へとやって来た。
「油断は禁物といえば、その娘……アリエッタ殿の事をどうされるのだ?」
コゲンタがルークが背負った彼女を地面に下ろすのを見ながら、顔にいやに生真面目な色を浮かべて、言った。
「は? どうって?」
ルークは何を言っているのか分からなかった。助けるに決まっているのに……
しかし、そんなルークを他所にコゲンタは続ける。
「わしは、その娘をこのままってわけにはいかんと思っておる……」
その顔には、生真面目な色の底に、わずかに冷酷な色を湛えているとのに伺える。
さすがにルークにも、彼が何を言おうとしているのか分かった。
「き、気を失って無抵抗の奴に手を出すってのか……?!」
ルークは気色ばむが……
「確かに気は引ける。だかの……ここで見逃せば、また戦いになる。そしたら、直接狙われている大佐殿はもちろんのこと今度は導師イオンやティア殿にも危害が及ぶかもしれん」
対するコゲンタは動じず、表情を変えない。
「一度に助けられる人には限りがある、辛い事だがのぅ……。ルーク殿なら、わしが何を言いたいか分かるな?」
と言い訳するように付け加える。
何がなんだか小難しい事は分からないが、ルークにはコゲンタの話がなんとなく分かる気がすした。それ故に、言い返したいのに言い返せない事に、それに何やらコゲンタに裏切られたような気分に歯噛みするルーク。
「いや~、イシヤマさん。こんな中年の味方をして頂いてありがとうございます。そのお気持ちだけで、私、感激です」
そこへ取り成し声を上げたのは意外な事に当のジェイドであった。
「わしから見れば、大佐殿も充分に若者ですがの……」
おどけて肩を竦めるジェイドに釣られ、コゲンタも少し苦笑する。
そして、ジェイドは穏やかな口調で続ける。
「またまた感激ですね。しかし、私、命を狙われるのは慣れていますので……いえ、むしろ罠を見破ったり、刺客を撃退するのが楽しみでして……」
ジェイドは隠れた趣味を披露するような口調で答え、
「アリエッタさんのようなカワイイ刺客なら大歓迎ですよ♪」
と、冗談まで付け加えた。
「コゲンタ、どうか見逃して下さい。アリエッタはぼくにとっても大切な友人なんです」
それまで口を閉じていたが、意を決したように口を開くイオン。
「それに……彼女を追い詰めて、こんな事をさせたのは、ぼくにも責任があります」
彼はそう続けると、苦しげに眉をしかめた。
「イオンさまぁ……」
アニスが、イオンの背後で労わるような声を出した。
「わたしからもお願いします。イシヤマさん」
ティアがコゲンタの方へ一歩踏み出て、頭を下げる。
「導師イオン、ルーク殿、そしてティア殿、差し出口を申した。お許し下され、ただ我らのしようとしている事は、そのような事でもあると知っていて欲しかったのだ」
コゲンタはルーク達を見回してから、珍しく呟くように言った。
ルークはハッとした。仮にも命を狙われ、仲間であるジェイドの事をまったく考えずに、狙った側のアリエッタの心配ばかりしていた事に気が付き、
「その、アンタの事を忘れてたわけじゃない……んだけどよ……」
と、ジェイドに弁明する。
「なんのなんの。ルークの善意から出た事だと理解していますから。善意と善意がぶつかる事もある。難しいことですね」
しかし、一方のジェイドは特に気にした様子もなく優しげに微笑むと、
「さぁさぁ。話がまとまった所で、念のためにアリエッタさんをもう少し離れた場所に運んで、そこでお別れしましょう」
手をパンパンと叩きながら、アリエッタに歩み寄るが、それをコゲンタが手で制した。
「わしが背負おう」
と言いつつ、ルークに代わってアリエッタを背負い歩き出した。
「あの辺りなら良いんじゃないか?」
ガイが斜面から張り出し、寝台のような大きな岩の上を指差す。
「そうですね。障気は治癒術では治療できないので、そこに寝かせて治療しましょう。薬で毒素を抜いてから、身体の音素を整えないと……」
ティアは、アリエッタの背中に手を添えるとコゲンタに付き従った。
こうして岩の上にアリエッタを寝かせ、ティアが毒消しなどを手元にそろえているのを見ながら、ルークは、
「……で、手当てが終わったとして、こんなトコに寝かしたままで大丈夫なのかな?」
と素朴な疑問を口にした。あのライガルにアリエッタの事を託された(と勝手に解釈している)からの言葉だったのだが……
「おやおや、ルークは随分アリエッタさんを気にされるのですねぇ。先程の手に汗握る奇跡の救出劇といい、ただ事ではないと感じますねぇ♪」
ジェイドが優しげだが冷やかすように微笑んだ。その背後でアニスも微笑んでいる。こちらは露骨に冷やかす色がある。
「べっ……別に、オレは! 倒れてる奴を助けて、心配するのなんてフツーだろ!」
「そうですよ、普通です。ルークは優しいだけよね?」
慌ててまくし立てるルークに、治療を続けながら同調して頷くティア。ルークの位置からだと見えない表情がやけに気になった。
「そうじゃなくて!……いや、そうなんだけど……」
ルークは何故か言い訳したい気分になって言った。
ティアに評価してもえている事には悪い気はしないが、こんな風に皆の前で率直に言うのは勘弁して欲しい。居心地が悪いにもほどがある。それに何故か分からないが、自分がティア以外の女性を気にしていると思われなくなかった。
と、ガイがニヤニヤしながらこちらを見ているのに気が付いて、
「ほら! こんなトコじゃ魔物とか盗賊とか心配じゃねーか!」
言いながら、彼を睨んだ。
「その心配はないみたいだぜ。ルーク」
ガイは「悪い悪い」と両手を上げつつ、周りの林に目を配った。
「あん?」
ガイの視線を追って辺りを見回したルークは、思わず息を飲む。
無数のライガや魔物が、いつのまにか一行を取り囲んでおり、様子を伺っていたのだ。自分達に対する“伏兵”だったのだろう。
「大丈夫。彼らからは、まだ敵意を感じないわ。」
ティアがアリエッタの手当てを続けながら言う。
(『まだ』なのかよ!!)
彼女の言葉にルークは胸中で頭を抱えた。皆の前で本当にしなかったのは自分でもよくやったと思う。
「ライガさん達よ! そなた達の姉妹は、いま毒に侵されておる。しかし、こちらのティア殿が手当てをしている。この場を見逃してくれたら、アリエッタ殿はもちろんの事、そなた達にも手出しはしない。いかがだ?」
コゲンタがライガたちに向かって大音声を張り、ルークを、いやルークの足下で震えているミュウを見ると、
「ブタザル、頼むぞ!」
と、通訳するように促した。
「ミュッ、ミュウ!!」
ミュウは叫ぶように返事をすると、決死の形相で長くもない口上をつかえ、つかえ叫んだ。
しかし、ライガ達は何も答えない。しばしの沈黙の後、一頭のライガを除いて、全てのライガが姿を隠した。彼らなりの気遣いなのだろう。
「どうやら、手を打ってくれたようですね」
ジェイドがいつもの口調で言うと、
「参ろう」
コゲンタがイオンとアニスを促して歩き出した。
「バイバイ、アリエッタ」
アニスがアリエッタに手を振るのを横で見ながら、ガイが
「ルーク、行くぞ」
とルークの肩を軽く叩き、皆を追う。
一方ルークは、誰かを助ける事が誰かを傷つける事につながるという事実に、外へ出てから一番の衝撃を覚えていた。
こんな碌でもない選択を、これから何度しなくてはならないのだろうか?
途方にくれ、立ち竦むルーク。
「ルーク……大丈夫?」
「いや……」
ティアの気遣わしげな優しい声に現実に引き戻される。
「なんでもない……」
まだ起ってもいない事に頭を悩ませた自分に苦笑するルーク。
無駄ではないと思うが、効率が悪い事受けあいだろう。
「行こうぜっ!」
努めて明るい返事をティアに返したルークは、目の前の問題から片付けようと元気よく歩き出した。
更新が遅くなり申し訳ありませんでした。
今回も長くなるなぁ。などと思いながらも、アリエッタとの関り合いは丁寧に描きたかったので、今回にようになりました。早く展開させて欲しい方には悪い事をしました。
というわけで、アリエッタを助ける事には抵抗はなかったのですが、拙作の場合、これではジェイドの立つ瀬がない。と思い至りこういう形になりました。
それから、何気にルークとコゲンタの最初の対立であった思います。