テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第37話 突然のお別れ?

 

「ようこそお越し下さいました」

 

 アニスから視線を上げると、そこにはジェイドや番兵よりも凝った意匠の軍服を着込む淡い金髪を撫でつけた痩身の軍人が直立不動の姿勢で控えていた。

 

 彼が、この基地の司令官だというグレン・マクガヴァン准将なのだろうか?

 

 それとも、彼の隣に立つミノムシのような髭を蓄えた老人だろうか?

 

 ルークはミノムシなら見た事があった。屋敷の庭園で見つけた物を母と従姉にあげたのだ。母は泣いて喜んでくれたのだが、従姉には泣いて怒られてしまった。それはともかくスゴい髭だ。

 

「ローレライ教団 導師 イオン様。並びにキムラスカ・ランバルティア王国 王国軍 元帥 クリムゾン・ヘアツゥーク・フォン・ファブレ公爵のご令息 ルーク・フォン・ファブレ様とお見受けいたします。この基地の司令官を任せられております、マルクト帝国軍准将 グレン・マクガヴァンと申します。平に歓迎いたします」

 

 はたして軍人の方が准将のようだった。

 

 ならば、あのミノムシ老人は何者なのだろう? それにしても、やはりスゴい髭だ。

 

 と、ルークは准将が自分に頭を下げている事に、ようやく気が付いた。

 

「へっ? あぁ、はい、どーも。ルークです……じゃなくって!」

 

 師 ヴァン・グランツに負けないくらいの、いかにも立派そうな大人がなんの躊躇いもなく自分に対して深々と頭を下げる様に「何かの間違いでは……?」と困惑するルークだったが……

 

「たしかにオレが、ルーク・フォン・ファブレだ!」

 

 なんだか子供っぽくなってしまった自己紹介を、胸を反らして堂々とした態度で言い直してみたものの……よけいに、マヌケになってしまっただけだった。まさに、後悔先に立たずである。

 

「ごきげんようグレン・マクガヴァン准将。突然の訪問にも関わらず、ご面会いただきありがとうございます」

 

 一方、ルークの隣に立つイオンは何の戸惑いも見せず、穏やかだが不思議と威厳を感じさせる立ち振る舞いで、准将に微笑み返す。

 こんな、奇妙で堅苦しいやり取りに自分は一生慣れる事はないだろうと、ルークは妙な確信を持った。

 

「久しいな、カーティス大佐。タルタロスに乗艦しての任務だと聞いていたが……君だけか? 副官のロッシ少佐や、艦長は仕方がないとして、他の乗員はどうした? 神託の盾騎士団が街を取り囲んでいるのだから下手には動けないだろうが……」

 

「いやぁ、実はですねぇ。良いお知らせと悪いお知らせがあるのですが……」

 

 准将はイオンとルークへの最敬礼を解くと、彼らの脇に控えるジェイドに向き直ると、軍隊式の敬礼をしながら疑問を口にした。

 

 ジェイドの方も同じように返礼すると、冗談めかした口調で答えるが、その表情は神妙な物へと変わっている。

 

「ええぃ、もったいぶらずに早く言わんか!」

 

 しかし、そんなジェイドの言葉は大きな怒声が遮る。

 

「報告、連絡、相談は迅速、確実、丁寧にと、あれ程教えたはずじゃぞ。ジェイド坊や!!」

 

 その声の主はミノムシ老人だった。というか、スゴいヒゲだ。

 

「父上……」

 

「坊やは止めていただけませんか、元帥。必死に若作りしているからと言っても、流石に照れます」

 

 准将とジェイドは同時に頭を抱える。もっともジェイドの方は面白がるような口調だった。

 

 どうやら、このミノムシ老人は、ジェイドの元上官であり、准将の父親であるマクガヴァン退役元帥であるようだ。それはそれとして、スゴいヒゲだ。

 

「え~オホン! では、准将閣下ならびに退役元帥閣下に、ジェイド・カーティス! ご報告いたします!!」

 

 わざとらしい咳払いひとつしたジェイドは、軍靴の踵を高らかに打ち鳴らして直立不動の姿勢を取った。

 

「エンゲーブより南 約300キロメートル地点にて神託の盾騎士団の大部隊の奇襲を受け、我が副官マルティクス・ロッシ少佐 戦死、陸上戦艦タルタロス艦長アレクサンドル・プライツェン中佐ならびに同艦乗員150余名 戦死ないし行方不明。そして、タルタロスは神託の盾騎士団に奪取されました。すべて、小官の失態です。この度の和平を成功させた暁には、もちろん極刑も含めて取り得る限りの方法で責任を取る所存です」

 

 自身の失敗と悲惨な事実を、流れるように淀みなく言ってのけたジェイド。

 

「全滅……だと? 馬鹿な……」

 

「お主ほどの男が、なんて様じゃ……。しかし、という事は奴ら、のうのうと我が軍の陸艦でセントビナーに? ゆるせんっ……!!」

 

 准将は眉をしかめて顎を撫でつつ呻くだけだが、父である退役元帥は対照的に声を震わせ唸る。

 

「ジェイド……」

 

「はい、イオン様」

 

 と、イオンが穏やかだが毅然とした眼差しでジェイドに語りかける。 

 そして、ジェイドもまた穏やかに頷く。

 

「マクガヴァン准将ならびにマクガヴァン退役元帥、両閣下に御願いの儀がございます」

 

「ふむ……、なんだろうか?」

 

 唐突な言葉に、准将は特に気にした様子もなく冷静に答えた。

 

「はい、こちらの公爵子息 ルーク・フォン・ファブレ様、ダアト市民 メシュティアリカ・グランツ女史、チーグルの森のチーグル ミュウさん、ファブレ公爵家使用人 ガイ・セシル殿、そしてエンゲーブのイシヤマ・コゲンタ殿の最大限の保護と早期の送還をお願い致します」

 

「はっ? なに言ってんの、オマエ?」

 

 突然のジェイドの言葉に、ルークは声を上げた。戸惑いを通り越して、怒りすら覚えた。

 

 それでは約束が違う。せっかくの、ここまでの(主にティアやコゲンタの……)苦労と先程の決意が無駄になってしまう。

 

 ルークが周りを見回すと、当のティアを含め皆、ジェイドの言葉にさほど驚いた様子もなく、どこか納得したような顔で彼を見守っている。

 

 そして、ジェイドの言葉は続く。

 

「この方たちは、我が部下達のために命を懸けて戦って頂いた得難い友人です。所属や国籍を超えた戦友です。何卒お願いたします。」

 

 ジェイドはしっかりとした声で言い切った。

 

「……分かった。約束しよう」

 

「だぁかぁら、なに言ってんだよ! オマエら!」

 

 准将が頷いている横からルークが割り込んだ。

 

「イオン! オマエもなんとか言えよ」

 

 ルークは助けを求めるような気持ちで、自分を無視して話を進める大人たちから、イオンに目を向けた。

 

「ルーク……」

 

 当のイオンもまた、神妙な面持ちになり、

 

「初めから図々しいお願いだったんです。ここまで本当にありがとう……ございました」

 

 などと唐突に語り始めた。

 

「は? なんだそれ? なんなんだそれ!?」

 

 ルークは、イオンが一人で勝手に納得し、勝手に結論を出して、勝手に別れの言葉を重ねていくのに比例して、どんどん苛立ちを募らせていく。

 

 彼の足下ではミュウがオロオロと周りを見回している。

 

「そんなにオレが信用できねぇって事かよイオン?! 伯父上へとりなすって、ちゃんと約束したろオレ!」

 

「ルーク、分かって下さい……」

 

「わからんっ!!」

 

 イオンは耐えかねたように顔を伏せる。

 

「なんだよ! バカにしやがって! さっきから勝手に話を進めやがってさぁ!!」

 

 その行為すら癇に障ったルークは、とうとう怒鳴ってしまった。

 

「ミッ、ミュウッ!」

 

 その大声に彼の足下にいたミュウが、コゲンタの足元へと飛んで行って、彼の影に隠れた。

 当のコゲンタは、いつもとは別人のような険しい顔でジェイドとイオンを見つめている。

 

「ルーク様、落ち着いて……」

 

 ティアがすかさず二人の間に入り、努めて柔らかく話し掛ける。

 

「うっせえなぁ! ティアは黙っててくれよっ!」

 

 しかし、そんな彼女の『丁重な言葉使い』が、ルークに対して

 

『お前は頼りない』

 

 と、言われているようで彼の苛立ちに油を注ぎ、さらにその怒りを大きな物にしてしまう。

 

「とにかく、イオン! オマエはオレがバチカルへ連れていくっ! ゼッテーだっ!!」

 

「ルーク様♪」

 

 いきり立つルークに、今度はジェイドが声を掛けた。

 

「なんだよっ?!」

 

「どうか落ち着いてください♪ 御話を勝手に進めてしまった事、誠に申し訳ありません」

 

 ジェイドは「抑えて、抑えて」と手を扇ぐ。

 

「この度のパーティー電撃解散の責任は、全て、この私ジェイド・カーティスにあるのです。思い返してみて下さい。そもそも、ルーク様のおっしゃる約束の前提が崩れてしまっているのですよ」

 

 ジェイドは大げさに顔をしかめて、首を横に振り、

 

「私どもは、バチカルまでのルーク様とティアさんの『お二人の身の安全』を担保にご協力をお願いしたんですよ」

 

 ルークの服の汚れや綻び、ティアの左腕をさし示して

 

「御覧の通り、むしろ逆に助けて頂いている始末です。明らかに契約違反。この場合、約束は取り消しでしょう? 常識的に考えれば♪」

 

 と言いつつ、頬をかきジェイドは苦笑する。実にバツが悪そうだ。

 

「正直に告白しますと、このままルーク様の善意と正義感を黙って利用し続けようかとも考えました……。がしかし! ハイリスク・ローリターンですし。そもそも、根が真面目で小心者の私の精神がバチカルまで保つとは到底思えませんから♪」

 

 一人で勝手にしゃべって、一人で勝手に納得したように、ジェイドは腕を組みつつ「うんうん♪」と何度も頷いている。

 

 そして、彼の一人芝居はまだまだ続く。

 

「何よりも、私個人としてルーク様の良心を利用したくないと思ったのです。ですから、イオン様と話し合ってここいらで涙のお別れを……と思った次第です。いやぁ、別れの時という物はいくつになっても慣れない物ですね。目頭が熱くなってしまいます♪」

 

 と、イオンに目を向けると再び頷いて、大げさに目じりを拭った。

 

「そうですね、それが良いと思います。カーティス大佐のおっしゃる通り、このまま一緒に行動してもリスクが高まるだけかもしれません……」

 

 ティアは、考え込むように少しの間目を伏せるがすぐに顔を上げ、ジェイドに目を向けると答えた。

 

「なに言ってんだよ!!」

 

 その落ち着き払った声に、ルークは噛み付いた。

 

「なんで、そんな『自分にはカンケ―ねぇ』って顔ができるんだよ……? 戦争だぞ? 人が死ぬんだぞ、ティアはイイのか? イオンも死んじまうかもしれねぇだぞ? 仲間だぞ!? 友達なんだぞ!?」

 

 と、続けてルークは一気に捲くし立てた。

 

「気持ちは分かるが、落ち着け。ルーク」

 

 ガイが彼の肩に手を置いて、言うと息を整えると、

 

「真面目な話、カーティス大佐の前で、お前が……死なないにしても怪我でもしてみろ? それを理由に戦争になる事だって十分に考えられる……」

 

 と諭すように言う。

 

「なっ……、そんくらいのコトで……?」

 

「いや、俺が戦争を起こしたい勢力の人間なら、どんな些細な事でも利用するぜ。なっ、嫌だろ、そんなの?」

 

 反論しようとするルークを、ガイはすぐに制して続けた。

 

「そんなの……当たり前だろ!」

 

「なっ? こんな大事件、完全に俺達の出る幕じゃないぜ。」

 

「でも、イオンが危ねぇんだぞっ?!」

 

「それこそ、ルーク様の出る幕ではありませんよ」

 

 ガイの理論的な言葉に、感情的な言葉しか叫べない自分に苛立つルークに、アニスが追い打ちを掛ける。

 

 しかし、アニスはすぐに表情に自嘲の色を浮かべて、

 

「……って、ここまで皆さんにご迷惑をかけっ放しのワタシが言っても説得力も頼りもありませんけどぉ。でもでも、イオン様の事、それだけ真剣に考えてくれてるのは、スッゴイうれしいです。ありがとーございます、ルーク様!」

 

と、言った。

 

 そんなアニスの笑顔を見たルークは一瞬顔を伏せる。

 

「……オレは行く」

 

「えっ……?」

 

 ぽつりと、ルークの口から洩れた言葉に、ティアは思わず聞き返す。

 

 ルークはふて腐れたように唇を尖らせ、

 

「オレは勝手に行かせてもらうっ! だからオマエラの指図は受けない! チーグルの森の時のイオンとおんなじだ!」

 

 と、一気にまくし立てた。

 

「たまたま、イオンと行く方向が同じだけ……、いや、イオンがオレの“後”を付いて行くんだ!! 勝手に付いてくれば? オマエらが文句言うスジアイなんかねぇーんだぞ。分かったか、ざまーみろってんだ!!」

 

「ル、ルーク……」

 

 ティアは呆気に取られたような顔をしている。 

 

「おい、ルーク。ティアやイシヤマさんの事も考えろ!」

 

 ガイがとうとう怒気を含んだ声で言った。

 

 ルークはそんなガイに向き直り、

 

「こんな所でイチ抜けなんかしたら、ぜってー一生後悔する! そんなのイヤだっ! ケガをするより怖いんだ! 頼むよ、ガイ」

 

 と、一気にまくし立てた。

 

 ガイは一瞬、表情に奇妙な物を見るような色を浮かべたが、すぐにその色を消し、反論しようとするが……肩を引かれて止められた。

 

「もう良いではないか。ここはルーク殿の意志を尊重しよう」

 

 振り向くと、それまで口を挟まなかったコゲンタだった。

 

「わしらの事を心配してくれるのは有りがたいが、わしもルーク殿と気持ちは同じだ。」

 

 彼は静かにルーク向けて頷いて見せた。

 

「こんなの、ただ意地になってるだけだ!」

 

 ガイは、激しく反論しようとするが……

 

「ならば、我らも意地の張り時という事だろう?」

 

 という静かな彼の一言に、言葉が続かない。

 

「……私はルーク様に従います、今の私の役割はルーク様を守る事です。それは変わりませんから」

 

「ティア、君まで……」

 

 静かで穏やかだが凛然とした彼女の言葉に、ガイは押し黙る事しか出来なかった。

 

 しばらくの間、執務室を沈黙が支配する。

 

「分かった。俺だって、ルークにそんな後悔させたくない……」

 

 ガイは悔しげにすら見える表情で言うと、すぐに顔を伏せてしまった。

 

「ルーク様……」

 

 それを待っていたかのようにジェイドが、口を開いた。

 

「なっ、なんだよ……?」

 

 ルークは少し後退りながら答える。

 

「あくまでルーク様は、この度の和平の申し入れを御協力して下さるのと……ツンデレもとい、暗に仰っていると解釈してよろしいのですか?」

 

 ジェイドは真剣な表情で……あった事に途中で気が付いて、二コリと笑ってから、言った。

 

「はぁ……? 知るかっ! だから、ついて来たいなら勝手について来ればイイじゃんかってんだっ!!」

 

 ルークはつっけんどんに答えて、そっぽを向く。

 

「では改めまして、ルーク様。イオン様とこのジェイド・カーティスが戦う“戦争を起こさないための戦争”の《戦友》になって頂けますか?」

 

 ジェイドは一つ微笑すると、ゆっくりと言った。

 

「……は?」

 

 ルークはぽかんとした顔で訊き返した。

 

 

「軍人たる者、戦友は決して見捨てません。その上で自分自身が死ぬ事になったとしてもです。いかが……ですか?」

 

 ジェイドは舞台役者のような身振りで言った。

 

「な……なんだかよくわかんねーが。イイぜ! 男にニゴンはねぇ!! オレがとりなす! オマエらを! 伯父上に!!」

 

 ルークも負けじと大げさに手を胸に持っていって答えた。

 

「うふふ、解かりました。では、よろしく御願いします。ルーク様……いいえ《ルーク》♪」

 

 ジェイドはお手本なような所作でお辞儀をした。

 

「お、おう……?」

 

 ルークは突然の“呼び捨て”に戸惑うが、信頼の証だと受け取って照れくさそうに頷いた。 

 

「まぁ、そう気負わせるもんじゃあない大佐殿。『三十六計逃げるに如かず。』合う敵、合う敵、皆殺しして行ったんじゃあ命と剣がいくら有っても足りん。如何に戦いを避けるかが肝要。ようは、『逃げるが勝ち』って話だ! あははは」

 

 コゲンタはこの部屋に入ってから、初めて笑顔を見せて“いつものような事”を口にした。 

 

「得難い友を得たようじゃのう、ジェイド坊や。いや、お主だけではなくマルクトが得たのかのう。」

 

 そのやり取りを見守っていた退役元帥が、穏やかに笑う。

 

「はい、まったく同感です」 

 

 それに嬉しそうに頷くジェイド。

 

「ありがとうございます。ルーク」

 

 イオンは今までの沈痛な表情から、弾けるような笑顔になって言った。

 

「喜ばしい話の腰を折るようだが……。ジェイド、無視できない問題がいくつかある」

 

 准将は、飽くまで冷静に話題を変え、人差し指を立てて続ける。

 

「まず一つ目は、君に私の部下を貸せないという事だ。無論、君を信頼していないという意味ではない……」

 

「いえいえ、今の状況なら当然です。下手に人員を動かせば、神託の盾を刺激して、最悪の場合『市街戦』などという可能性もありますしねぇ」

 

 ジェイドは准将の言葉に頷く。

 当たり前のように飛び出した、『市街戦』などという不穏な言葉にルークは、息を飲む。

 

 あんなに人がいて、キレイで平和な街が戦場になる?

 

 やはり、冗談ではない。

 

「二つ目は、カイツール……国境へ向かうのなら悠長にしてもいられないという事だ。そろそろここより南西のフーブラス川の水かさが増す時季だ。それに悪い事に、あの川の橋は、先の氾濫で落ちたまま……」

 

「そういえば、いつも今時分でした……うっかりしていました。この期を逃せば最短での渡川するのは不可能。神託の盾騎士団の皆さんが引き揚げるのを、御茶を楽しみつつ待つというわけにはいかないようですねぇ……」

 

 ルークをよそに続く准将の次なる言葉に、頭を抱えて

 

「ぶつくさ考えたって何もかわんねーよ。できねーコトより、できるコト言えよな。こうゆー城塞の街って必ず秘密の抜け道みたいなのがあんだろ? そいつを使おう!」

 

 ルークは、「名案だ。」とばかりに指を鳴らした。

 

「ルーク、お前な……」

 

 ルークの冒険物語そのままのような言葉にさすがに呆れたガイは、たしなめようと口を開くが……

 

「流石はルーク。冴えてますね♪」

 

 というジェイドの感嘆の声に遮られ……

 

「しかし、抜け道や隠し通路の類ではなく、ソイルの樹の根の痕跡ですがね♪ 『大樹の樹』と呼ばれる、知る人ぞ知る今注目の学術スポットなんですよ」

 

 そんな事を知ってか知らずか、ジェイドは観光案内でもするかのように続ける。

 

「ふっ、あははは、ルーク殿は豪気だのう。逃げ隠れはするが、留まるという事を知らん。若い力という奴かのう。」

 

 コゲンタも笑いながら言う。

 

「うっせ! 確かにガキだし、確かに逃げて、隠れてばっかだけど……」

 

 肩をいからせルークは言う。だが、徐々に小さくなる声はご愛嬌。

 

 ティアはもちろんの事、コゲンタもジェイドも特に咎めたり呆れたるする様子もなく、マクガヴァン准将ですら柔らかい微苦笑を浮かべるのみ、という不思議な状況にガイは言葉を続けられなかった。

 

 そんなガイを他所に、ジェイド達の説明は進む。

 

 ジェイドの言う『大樹の道』とやらは、ここセントビナーの地下深く縦横に広がる天然の地下道であるらしい。

 

 かつて戦乱の時代には、それを軍の貯蔵庫や避難施設として利用していた。

 

 しかし、時代の流れと共に使われる事が無くなり、整備もされないまま放置され地下迷宮と化しているとの事だった。

 

 入口も埋められたり、崩れたり、街に住む住民も存在を忘れ去り、場所も限られており神託の盾騎士団に入り込まれる可能性は低い。

 例え入り込まれたとしても、そこはもはや人跡未踏の魔境だ。

 生半可な装備では悲惨な事になるのは目に見えている。

 

 しかしそれでは、ルーク達も危険なのではないか?

 

 ……というは、いらぬ心配であった。

 

 何を隠そう、このミノムシ老人ことマクガヴァン退役元帥は、セントビナーにおける『ソイルの樹』の研究者の中心的人物であり、元帥自らも大樹に登ったり、件の地下に潜ったりと年甲斐もなく……もとい、精力的に動き回っているらしいのだ。

 

 そして、その研究のために退役元帥が描いた『大樹の道』の地図と、道を知り尽くした研究者の力を借り、ユーブラス川近くの出口まで行く事になった。

 

 すぐにでも出発しようと訴えるルークとイオンを、マクガヴァン親子が押しとどめ、今日の所は、負傷者のために休息を取る事になった。

 

 

 

 ルークは兵舎の一角、士官用寝室の一つに部屋を用意してもらい、休んでいたのだが……。

 

 眠れない。

 

 歩き通しでヘトヘトのはずなのに眠れない。

 

 せっかく大勢の兵士が守ってくれている安全な場所で、清潔で柔らかいベッドで眠れるというのに……。

 

 神託の盾騎士団の事が気懸りという事もあるのだが、今いちばんの気懸りは、ティアに対して取った態度の事だった。

 

 あの時、カッとなってしまったとはいえ、あんな風に怒鳴ってしまったのだ。気にならないはずがない。

 

 ルークは何度目かの寝返りを打つと、隣で寝ているミュウが目に入った。ミュウミュウとおかしな寝息を立てているのが、無性に腹が立った。

 

「あぁ、もうっ! ウゼぇ!!」

 

 ルークはベッドの弾みを利用して、勢いよく立ち上がると、寝室を飛び出した。

 

 誰か起きていないだろうか? と夜の暗さと蝋燭の灯りに支配された兵舎の中をあてもなくうろつき始めたルーク。

 

 コゲンタはもう眠ってしまっただろう。年寄りは早寝早起きだと聞く。

 

 ジェイドは報告書を書かなければならないというので、威勢の良いねじり鉢巻きを巻いて、何処かへ行ってしまった。基地内にはいるのだろうが、何処にいるのかは分からなかった。

 

 アニスは、ほとんど出会ったばかりの年下の女の子に頼ってどうするというのだ。

 

 イオンも無しだ。確かに良い奴だし話しやすいが年下で身体も弱い。頼って寄りかかる対象ではない。

 

 こういう時の相談事といえばガイだが、何故か今は頼る気になれなかった。屋敷にいた頃なら、そんな事はかんがえなかっただろう。

 

 ルークはふと「オレはあの頃とは変わっちまったのかな?」と思った。すると、恐怖にも似た奇妙な感覚に襲われた。

 

「だぁ~、もう」

 

 ルークは小声で悪態を吐きながら、廊下の角を曲がった。

 

「ん?」

 

 すると、どこからか歌声が聞こえてきた。この声はティアだ。

 

 聞き間違えるはずがない。

 

 譜歌なのだろうか?歌詞の内容は分からなかったが、もの悲しい響きを含んでいるのは分かった。

 

 なにが、こんなにも悲しいのだろうか?

 

 いや、解かっている。これは別れの歌だ。

 

 彼女は、タルタロスで戦死した兵士達のために歌っているのだ。

 

 そんなティアに引き替え自分は、自分の事ばかり考えていた事にルークは慄然とした。決して忘れていたわけでは無いのだが……

 

 ルークはそんな事を考えながら、歌声が聞こえる方向へ歩いて行った。

 

 廊下の突き当たりにガラス戸が開いていて、その先は、物干しにでも使うのだろう板張りの広場になっており、それを囲う木の柵に手を置いて歌うティアがいた。

 

 彼女は気配に気が付いたのか、こちらを振り向いた。 

 

「ルーク……?」 

 

「どうしたのルーク? 眠れないの?」

 

 彼女は、こちらへ歩み寄りながら、笑い掛けた。

 

「あぁ、うん。なんていうか……散歩? うん、散歩だ。あはは」 

 

 広いからって建物の中で散歩もないもんだ。

 

「そう……」

 

 ティアは特に気にした様子もなく微笑んだ。

 

「えぇと……」

 

 ルークは口籠る。誰かいないのかとうろついていたというのに、いざとなると何をどう話して良いのかまからないのだ。

 

 ルークは、なんとか会話の糸口はないかと視線を左右へと彷徨わせる。

 

 と、そこでルークはある事に気が付いた。

 

「服が違う」

 

 そう、ティアの服が違っていたのだ。

 

 ルークの見慣れた神託の盾騎士団の譜術士・音律士の礼装である白い法衣ではなかった。音叉を象った紋章と金糸の縁取りが煌く法衣に変わって、質感も造りも質素な白いローブだった。

 

「え? えぇ。マクガヴァン准将のご好意で……。確かに、いつまでもあんな格好で、うろうろされたら迷惑だものね」

 

 ローブの裾をつまみつつ、はにかむティア。

 

「あ、あぁ、うん。あれじゃ居心地悪いよな。」

 

 考えてみれば、ティアの法衣は血で汚れていた上に、左袖が肩口から破れていたのだ。騎士とはいえ女性のティアにはいつまでもあれでは辛かっただろう。

 

 しかし、ティアならば大抵の服は似合うとも思ったルークだが当然口には出さなかった。

 

「えーと、ところで。ティアはこんな所で何してんだ。譜歌の練習か?」

 

 ルークは顔が赤くなるのが分かったが、今が夜だった事に感謝しながら、話題を変えた。

 

「うぅん。この歌は、お祈り……そう、お祈りみたいな物なの。亡くなった方の冥福を祈りたくて……」

 

「おいのり?そっか、そうだよな……」

 

 やはりと思い頷くルークだったがティアの言葉を聞き、はたと気が付く。

 

 ルークにとって神託の盾騎士団は、自分とそう変わらない感性を持つ人間とはいえ、間違いなく『敵』でしかないが、同じく神託の盾騎士団のティアにとっては『仲間』なのだ。本人はもう辞めたつもりでいるようだが……

 

 彼女の心情はいかばかりか、当然ルークには想像すら出来ない。

 

 ふと、ルークは今できる事に想いいたった。

 

「ちょうどイイ……っていうか、なんていうか、オレ、ティアに謝んなきゃ……」

 

「え……なにかしら?」

 

 それは、ティアへ怒鳴ってしまった事だ。バツが悪そうにルークは頭を掻きつつ言う。

 

 一方、何の事を言われているのか解らないティアは、小首を傾げて尋ねる。

 

「あ~ほら……。昼間、ジュンショー達と話してた時、ティアに怒鳴っちまっただろ? ティアはオレを心配してくれたのに」

 

 ルークはティアの顔をなるべく見ないように、けれどもはっきりとした口調で言った。

 

「ううん、良いのよ。本当はルークの言った事の方が正しいんだもの」

 

「そうなの……かな?」

 

「そうよ。それに比べて、わたしはズルいの。結局、楽がしたかっただけなんだわ……」

 

 ティアの言葉にルークは首を傾げる。そんなルークに彼女は強く頷くが……みるみる、その顔は悲しみに曇る。

 

 彼女の脳裏をよぎるのは、マルコやディートヘルト達ジェイドの部下達の顔とその最後の姿。

 

「なに言ってんだよ!ティアはオレなんかよりよっぽど勇気があるじゃないか?」

 

「実際、オレを守ってくれた。この通りオレは怪我一つしてないぜ!」

 

 努めて明るい口調と笑顔で、ルークは胸板を拳で叩く。強く叩き過ぎた……

 

 咳と痛みをなんとか堪えてやり過ごして、旅の中で自然と認識した知識とコゲンタの言っていた事を思い出して口を開いた。

 

「ティア、おっさんが言った事、覚えてっか? 戦いは『逃げるが勝ち』なんだぜ。今は俺達の方が仲間が少ないんだから、逃げるのが一番危なくねぇんだ。逃げるじゃカッコ悪いかな……うーん、『避ける』だな。戦いを避けるのが一番の戦い方なんじゃねぇかな?」

 

 ルークはわざと得意気な顔をして言葉を続ける。

 

「敵すればよくこれと戦い、少なければよくこれを避け……という事ね?」

 

 ティアはその様子に微笑んで答える。

 

「テキスレ……?」

 

 ルークは聞き慣れない言葉に片眉を上げた。

 

「ごめんなさい。古い戦い方の本の一説なの。いかに戦わずして勝つかを書いた本なのよ」

 

 ティアは微笑みながら言葉を補足した。

 

「あぁ、そう。う~む……なるほど……」

 

 ルークは大げさに眉間にしわを寄せて頷いた。しかし、胸中では彼女が笑ってくれた事が嬉しくてたまらなかった。

 

「ふふ、難しく考え過ぎね。わたしの悪いクセ……。そうよね、逃げちゃえば良いのよね」

 

 ティアはその顔がおかしかったのか口を押えて微笑む。

 

 ルークもそれに応えるよう微笑み返す。

 

「そうそう、絶対戦えなんて決まってねーんだし」

 

 それから、二人はしばらくの間、取り留めのない話をして眠れぬ夜を過ごした。

 




 今回の話を一言で表すと「つじつま合わせ」でした。

 というわけで、拙作のルークの協力理由はいかがでしたか? これでもまだ無理があるかと思いますが……(笑)

 それから、最後の方のルークとティアのなんだか恥ずかしい掛け合いはですが……。

 小さな出来事を繰り返す事で、相手を好きになっていくであろう事(恋愛的な意味だけではなく)を表現してみました。

 それに誰かを励ます事で逆に自分の力になる事もあると思いまして、いかがでしたか?

 補足:ティアのセリフに出てきた兵法なのですが、いわゆる「孫子の兵法」の中の一節です。


『敵すれば能くこれと戦い、少なければ能くこれを逃れ、若かざれば能くこれを避く』(謀攻編)


「敵の戦力に対抗するに相当する軍勢や装備なら戦え。しかし劣るなら、逃げるがいい。負けるに違いないと思ったら、何よりも敵とぶつかることを避けよ」

 気になった方のために、参考までに。

 それでは、今後とも拙作にお付き合いください。

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