テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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 この作品は、『劇場版 エスカフローネ』(監督 赤根和樹 主演 坂本真綾)並びに『キングダム・オブ・ヘブン』(監督リドリー・スコット 主演オーランド・ブルーム)をリスペクトしています。
 作品への敬意を込めて
 この作品には、残酷な描写が頻出します。ご注意ください。


第28話 黒衣の騎士 鮮血のアッシュ

 ルーク達が神託の盾の騎士と対峙していた頃、艦橋では……

 

 

「艦長……」

 

 隔壁の向こうから聞こえてくる喧騒の中、タルタロスの操舵手を務めるまだ若い少尉 ジャンポール・ジャスパンが、タルタロス艦長アレックスこと、アレクサンドル・プラィツェンの顔を救いを求めるように振り仰いだ。

 

「わき見運転は良くないな、ジャスパン少尉。君は仲間の事が信頼できないのか? 君も含めて皆、私の優秀な部下なのだよ。」

 

 アレックスは、自分よりも屈強な身体つきのジャスパンがまるで子供のように怯えている事に苦笑しながら、努めて冷静に言った。

 

「りょ、了解……!」

 

 少尉は、慌てて前に向き直り、言った。

 

「艦はセントビナーに向け、そのままの速度……最大船速を維持! 時間は我々の味方だ。君達の稼ぐ一分、一秒が仲間の命を救う手だてとなる。共に戦えないのは、歯痒いだろうが、よろしく頼む」

 

「了解!」

 

 アレックスの号令に艦橋にいる全員の声が重なる。

 

 アレックスは、絶えず注意を払っていた喧騒が少しだけ遠ざかった事にふと気が付いた。

 

 隔壁の外で敵と戦っている部下達が勝利したのだろうか?

 

 それとも、彼らが負け、全員殺されてしまったのだろうか?

 

 隔壁に阻まれ、当然その向こう側は見る事はできないのだが、アレックスはそちらに目を向けた。

 

 陽炎が見えた。

 

 ゆらゆら……

 

 と、頑強なミスリル銀と鋼の複合材である隔壁が、淡く儚く揺らめいている。

 

「なっ、これは……!? 艦長、お下がり下さい!」

 

 アレックスに遅れる事数秒、タルタロスの副長 パベル・オクチャブリスカヤも隔壁の異常に気が付き、声を上げると、剣の柄に手をかけ、彼の前に出た。

 

 すると唐突に、隔壁が光の粒……音素へと変わり、空気に溶けて消えた。

 

 ぽっかり……と、大きく口を開けた楕円形の穴から、斑に赤黒い法衣に身を包み、同じく赤黒い覆面と鎖頭巾で顔を隠した騎士が一人、赤黒い剣を両手に下げて悠然と姿を現した。

 

 いや、法衣や鎖頭巾、剣は初めから赤黒い訳ではなかったようだ。

 

 それは、全て返り血……

 

 もともと黒いはずの法衣や剣は、殺めた相手の血に染まっていたのだ。

 

「『鮮血のアッシュ』……」

 

 アレックスは、この黒衣の騎士が何者なのかを直感的に理解した。

 

「……こういう形で、お会いしたくはなかった。私は、この艦の艦長を務める……」

 

「黙れ……。テメエら、自害しろ」

 

 慇懃に名乗ろうとしたアレックスの言葉を、『鮮血のアッシュ』は、右手に持っていた短剣を彼の足下に叩き付けて遮ると、冷たい眼で見下ろすように言った。

 

 床に叩き付けられた短剣は、血で汚れているが、マルクト軍で支給される多用途ナイフだった。無論、隔壁の外にいたマルクト兵達も使用していた。持ち主はおそらく……。

 

「ほう……」

 

「何だと……!?」

 

 アレックスは僅かに唇の端を歪めて、微苦笑したのみだったが、パベルは眉をしかめて、『鮮血のアッシュ』を睨み付けた。

 

「その剣で自害しろと言ったんだ。せめてもの慈悲だ。俺に斬られるより楽だぞ……」

 

 『鮮血のアッシュ』決まりきった事を尋ねられて答えるような口調で、ため息を吐き、

 

「それに……この剣は、テメエらのようなこの世界の残酷さを知らない“屑”の血で曇らせるには惜しい業物なんでな」

 

 手にしている剣に目を落として、言った。

 

 剣は、百戦錬磨のアレックス達をしていったい何人斬ったのか見当も付かないほど、血脂が二重三重にこびり付いた凄惨な状態だった。

 

「貴様ぁ……」

 

 パベルは、『鮮血のアッシュ』の傲慢不遜な物言いに、気色ばむ。

 

「お断りしよう。我々にも我々の任務がある。貴方に果たすべき役割があるようにね……」

 

 アレックスが、冷静な声と手で副長の焦りと敵愾心を抑える。

 

「……人の厚意を無下にするとはな……。お里が知れるぞ、屑が!」

 

 『鮮血のアッシュ』は、心底呆れたように言うと、剣を一振りし、獲物を狙う獣の如く腰を沈め構えた。

 

「相手は一人! 囲め!」

 

 自らも抜剣したパベルが吠えると、艦橋要員達は操舵手であるジャスパンを残し、各々の剣を手に『鮮血のアッシュ』を素早く取り囲んだ。

 

 アッシュの真正面に陣取った長身のマルクト兵が気迫の声を上げ、その長身を活かして大上段から斬り下ろした。

 アッシュは、剣を素早く左逆手に持ち換えて、マルクト兵の斬り下ろしを真っ向から斬り上げて、弾き返す。

 そして、そのまま逆手にした剣を背後に回す様に突き放った。

 

「ぐっ……うぅっ!!」

 

 そこには、別のマルクト兵が、剣に腹部を突き刺されて、苦しげに呻いていた。彼の手から手にしていたナイフが落ちる。

 

「ちっ、背中から斬りかかるとはな。卑怯な奴だ」

 

 アッシュは、心底見下げ果てた様にため息を吐いた。

 

「まぁ、雑魚にはお似合いの戦法だがな。ところでどうした? 後ろの“屑”が邪魔で俺の動きは止まっているぞ。チャンスじゃないのか?」

 

 アッシュはほくそ笑みながら、マルクト兵に突き刺さった剣を、そのまま横薙ぎに切り裂いて振り抜いた。

 

 マルクト兵は腹部から血と内臓を流しながら、倒れ伏した。

 

「時間切れだ。さぁ、次は誰だ……?」

 

 アッシュは、息絶えた背後のマルクト兵には一瞥もくれずに笑いながら、艦橋要員達の顔を見回した。

 

「……かっ!!」

 

 妙に甲高い掛け声を上げ、小剣を持ったマルクト兵が、アッシュへ猛然と挑みかかった。

 

 マルクト兵は、間合いの短さを手数で補う様に鋭い踏み込みでアッシュに肉薄する。

 

 捨て身の勢いで無数の突きを畳み掛ける様に繰り出す。

 

 アッシュはしばらく受けに徹したが、マルクト兵の隙とも言えない隙……攻撃の一拍の間につけ入る。

 

 アッシュの全身のバネを活かして斬り下ろされた一撃が、それを受けたマルクト兵の構えを小剣ごと叩き潰した。

 

 マルクト兵の肩に折れた小剣の刃が食い込み、彼の面頬の裏の顔が苦痛と恐怖に歪んだ瞬間。

 返す刀で振り上げられたアッシュの剣が、彼の顎を喉ごと斬り割った。

 

 マルクト兵は、夥しい血しぶきを上げて右足を滑らせる様にして左肩から倒れ伏した。

 

「一騎打ちなどするする必要はない! 挟み込め!」

 

 パベルの激が飛ぶ。

 

 このタルタロスの乗員は、個々人の武力ではジェイドや六神将に敵うべくもないが、皆すべからく高度な軍事訓練を積んできた精鋭揃いである。

 仲間が切り捨てられたとしても、剣を持ち敵を前にしている以上、決して取り乱す事は無い。

 

 今は怒りを剣の切っ先に込めて、武力を底上げして敵を捕らえようと気炎を上げるのみである。

 

 それに呼応するようにアッシュの身体からも凄烈な気炎が湧き上がる。

 

 マルクト兵達の刃が一斉に閃いた。

 

 しかし、アッシュの獣を思わせる剽悍で柔軟さを極めた動きは、そのことごとくを躱していく。

 

 狭い艦橋内を縦横に飛び、跳ね、駆ける。

 

 戦場の狭さと数の上での不利を逆手に取って戦うアッシュの様は、その壮絶な戦歴を物語っているようだ。

 

 鍔迫り合いの最中、突如しゃがみ込んだかと思うと、相手の内股を斬り割り、手首を刎ね、喉を裂く。

 

 マルクト兵達は下手な糸繰り人形の踊りを思わせる動きをして、倒れ伏し息絶えた。

 

 仲間の上げた血煙を掻い潜って、先ほど一番に斬りかかった長身のマルクト兵が、剣を大上段に構え、挑みかかる。

 

 転瞬、アッシュの獅子の気迫をまとったような猛烈な肘打ちが、マルクト兵の身体に突き刺さった。

 

 その痛烈な肘打ちに、マルクト兵の身体が大きく飛び退いた。彼は剣を手放さず、腰を据え直したかのように見えたが、その口元からは血が滴り、その顔は呼吸がままならないのか徐々に青ざめていく。

 

 それでもマルクト兵は、声にならない呻きと血泡を吐きながらアッシュ目掛けて剣を振りかざす。

 

 しかし、その剣は振り下ろせなかった。

 

 無慈悲な赤黒い切っ先が、一瞬の内に彼の胸に五つの風穴を空ける方が数段早かった。

 

(凄まじい手並みだ……)

 

 アレックスは崩れ落ちる部下を見ながらも、素直にそう思った。

 

 そして改めて、直接的な戦闘要員ではなかったとはいえ、四人の部下を手向かいらしい手向かいも出来ずに、切り捨てた男を見る。

 

 アレックスは、顔を隠していて定かではないが、おそらく二十代下手をすれば十代……とにかく自分よりずっと若い、鮮血のアッシュがこれほどの殺刀を振るう事に憐みと嫉妬を覚えた。

 

 自分とは比べ物にならないほどの血風と剣林の下を掻い潜った事は想像に難くない。

 

「くっ、怯む……」

 

「パヴェル。すまないが、下がっていて貰えないか……」

 

 アレックスは、動揺を隠し切れない若い副官に苦笑しながら彼の肩に手をかけて……

 

「私がお相手しよう。これ以上部下を殺させるわけにはいかない……!」

 

 久方ぶりに戦場で腰のサーベルに手を掛けた。

 

 軍人として修練を怠ってきたつもりはないが、艦長という重責を言い訳にして……

 

 ひたすら高みを目指して鍛えて鍛えて、鍛え抜く……ような剣から遠ざかっていた自分に後悔を覚えつつ、一歩前に歩み出た。

 

「艦長!!」

 

 軍人にしては弱々しい悲痛な声を上げるパヴェルに、アレックスは微笑み返すと、静かに腰を落とすと、構えた。

 

 感情豊かなのは人間として好ましい事だが、軍人としてはこれを機に、少し落ち着いて欲しい所である。

 

 アレックスは、今から部下達の敵討ちをしようというのに、不思議とそんな他愛のない事ばかり頭に浮かぶ自分に苦笑した。

 

 そして、アレックスは素早く鯉口を切った。

 

 抜刀した瞬間、アレックスの目の前で世界が回った。

 

 得も言われぬ奇妙な浮遊感の中

 

 くるくる……

 

 くるくる……

 

 と、世界が

 

 回る。廻る

 

 アレックスは世界と共に回る視界の端で、驚愕と恐怖に染まる部下達の顔、サーベルを抜いた姿のまま、その場に立ちつくし、驟雨のように血を噴き上げる首なし死体、その背後に立ち、ゆっくりと剣を構え直す黒衣の騎士の背中を捉えた。

 

(あぁ駄目だったか……。カーティス、ロッシ、皆、すまない……)

 

 自分の敗北と最後を悟ったアレックスは、戦友と部下達に心の内で謝罪すると、彼の意識は闇へと消えた。

 

 

 

 艦橋にいたマルクト兵を全員を斬殺した『鮮血のアッシュ』は、一つ忌々しそうに舌打ちしながら、自身の長剣を掲げ、見つめた。

 

 ローレライ教団詠師用に作られた黒い長剣の切っ先が大きく欠けてしまっている。

 

“騎士の魂”

 

“武人の象徴”

 

 と尊ぶ者もいるが、アッシュにとって、それは勿体つけているだけの言葉遊びだった。剣……武器など所詮は消耗品の道具でしかないと思っていた。

 

 しかし、である。

 

 まさか、こんな名無しの“屑”どもに駄目にされるとは思ってもいなかった。

 

「ちっ……」

 

 再び舌打ちすると、長剣を放り捨てて手近な死体から剣を奪い取った。死体にはもう必要ない物だ。

 

 上級将校の持ち物だけあって、なかなか良いサーベルだ。“つなぎ”には丁度良い。

 

 それにしても、マルクト兵の武器が仲間のマルクト兵を殺すというのはなかなか皮肉が効いている。

 

 アッシュは、サーベルの刃の状態を検めようと、刀身を掲げた瞬間……

 

 

 背後に奇妙な気配を感じた。

 

 

 転瞬、振り向きざまにサーベルを気配目掛けて、薙ぎ払った。

 

 サーベルの刃は、確かに気配を両断した。

 

 だが……

 

 アッシュの両手には、流水を斬り付けたほどの手応えも伝わってこなかった。

 

「ちっ、また貴様か……!」

 

 そこには、“影”がいた。

 

 アッシュと同じような黒尽くめ、漆黒の甲冑と漆黒の外套。

 

 しかし、赤錆が各所に浮いた斑の甲冑は、返り血を浴びて斑になったアッシュの姿の鏡面存在……写身を連想させた。

 

『酷い有様だな。アッシュ……』

 

 写身は、若いのか老いているのか?

 

 男なのか女なのか?

 

 高いのか低いのか?

 

 哀しんでいるのか憤っているのか?

 

 判然としない不可思議な声で言った。

 

『お前も、彼らも……』

 

 写身は、声に“呆れ”と“憐れみ”を如実に滲ませて、アッシュと彼が手に掛けたマルクト兵達を順に見回した。

 

『お前なら、“ここまで”斬り刻まなくても殺せるだろう?』

 

 写身は言いながら、戦士の亡骸に敬意と哀悼を表して胸に右手を当て頭を下げた。

 そして、アッシュに顔を向ける事なく続ける。

 

『八つ当たりも良い所だな……』

 

「何の事だ……? これは任務だ。“全員殺せ”という命令だったからだ。他意はない」

 

 写身の漏らした悲しげな苦笑に、不機嫌に眉を顰めるアッシュ。

 

「それに、相手も必死だ。殺さなければ生き残れない!」

 

 それは、アッシュが抱くある種の『信念』だ。

 

 幼い日……あの日、あの時から、戦い続けてきた……いや、戦い“続けさせられて”きたアッシュが、辿り着いた『悟りの境地』だった。

 

 強くなければ生きられない

 

 強くなければ正しい事はできない

 

 自分は正しい事をしなければならない存在

 

 どんな事をしても、生き延びなければならないのだ……

 

『なるほど、上手い言い訳だ。もっともらしい』

 

 写身は、まるで舞台役者のように大仰に腕を組みつつ、兜を大きく縦に揺らして頷いた。

 

「なに……!?」

 

 アッシュはさらに眉を顰めた。

 

『つまり、お前は“命令されたからやりました。”“環境が悪くて正しい行いができませんでした。”と言いたいわけだな』

 

 写身は、わざとらしく指先で顎を撫でるかのように兜の面頬に触れて、苦笑せざるを得ないといった口調で首を傾げた。

 

『お前の立場で、その言い訳は些かつらいな。時代の濁流に身を任せる事しかできない、か弱く悲しい人々ならその“言い訳”でも通じるが……。いや、待てよ。見方によってはお前も悲しい人と言えるかもしれないな? 何故ならアッシュ、お前は……』

 

 しかし、再び振るわれたサーベルによって写身の言葉は遮られた。

 

「黙れ!」

 

 アッシュは苛立しげに言った。

 

 そして、サーベルの刃はやはり漆黒の甲冑を“通過”したのみで、アッシュの掌には、何の手応えも伝わってこなかった。

 

『酷い奴だな、アッシュ。友達が話をしているのに、剣で斬り付けるなんて……』

 

 写身は、真っ向から斬り付けられたにも関わらず、身動き一つせず、アッシュの凶行を幼い弟のやんちゃを苦笑するように言った。

 

『ふっ……まぁ良い。うまい“言い訳”があるからと言って、あまり殺すなよ。お前の内に……誰の内にもあるのだが……心の奥底の良心は、そんな“言い訳”でごまかせるほど単純な物ではない。それに……お前が悲しいと、私も悲しい』

 

 サーベルを持つアッシュの掌に再び力が籠り、その瞳に再び怒気で歪む。

 

『ふっ……、そろそろ消えるとしよう。意味がないとはいえ……流石の私もそう何度も斬られては気分が良くないからな』

 

 写身の姿が、陽炎のように揺らぎ始めた。その赤錆だらけの甲冑は、徐々にぼんやりとした物に変わる。

 

『では、またな。私の友達』

 

 写身は、アッシュに優しい言葉を残してゆっくりとした歩みで踵を返し、艦橋の壁に向かって歩き、そしてそれに溶け込むように消えた。

 

 アッシュはしばし、その壁を憤然と睨み付けていたが、何かを断ち切るようにサーベルを一振りすると、

 

「ちぃ! 目障りなまやかし人が……」

 

 いずれは斬って捨ててやる……そんな不穏な事を考えながら吐き捨てて、艦橋を後にした。




 アッシュ登場の回でした。
 拙作のアッシュは、ナタリアを想う人間らしい面を持ちながら、目的のためなら手段を選ばない餓狼のような面も持つという「被害者」なのか「加害者」なのか分からない……という私の印象を反映させています。如何でしたか?
 ファンの方には申し訳ない事をしました。この場を借りてお詫びします。


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