げんそうごろし!~Imagine Breaker~【凍結】 作:海老酢
書いてると急にキャラが語り出しちゃうヤバイヤバイ。
1
時刻はおやつの時間―――15時を回る。時期がまだ夏であることが影響してか巡々丘市内はまだ朝のような日差しに照らされ、雲一つないその空を見れば快晴だと一目瞭然な天気模様であろう。街は以前より廃れてしまったものの自然が生み出した晴天と人災によって生み出された廃墟は不思議と美しいと認識させられる景色だ。人工と自然。その二つが見事に融合した一つの芸術…とでも言うべきか。
美しいとも思える荒廃した街にあるものといえばかつての文明の遺産達とそれを扱っていた者達の亡骸ばかり。今を必死に生きる者達へ残されたものはとても少なく、残っているものは命を脅かす『彼等』と少しばかりの生き残る
何故上条が祠堂を背負うのか。その理由は祠堂の片足にある。どうやら彼女は『彼等』から逃げる際に足を痛めたらしくうまく歩くことが難しいようだ。足を痛めたときは無我夢中で逃げていたためか足の痛みには気がつかなかったらしい。
逃げ込んだ先―――駅長室の扉を閉め、気が緩んだ瞬間にやっと痛みを自覚できたと祠堂は上条に話した。上条もそういった経験は数え切れない程にあったためその気持ちはよく理解できた。
上条にとって痛みはもはや自分の専売特許である不幸と並ぶ程の身近な存在だと豪語できる。そう言えるほどに肉体的にも精神的にも追い詰められることが多々ある。だからこそ他の誰かの痛みを理解してやれると思えば屁でもないと最近はそういった考え方に変わってきた。まぁ、それだけが理由ではなく痛みを知ればどう痛みを回避することが出来るかというのも入っているが。
さすがに痛みに慣れたからといって傷を負いながら戦闘を続行すれば命の危機に繋がる。そうなれば
だから………
2
「当麻ァ!」
「おぅ!?」
3
あー痛い。とにかく痛い。
私は痛めた自分の片足へ目をやる。捻ってはいないだろうが…おそらく打撲は免れてはいないだろう。片足を痛めた私は非情に情けないのだが、救出に来てくれた男友達である同級生上条当麻に背負われている。救われるだけではなく行動範囲を狭めるようなお荷物状態になっているのがとても悔しい。がそう思っていても私の片足はすぐに治るはずもないので大人しく背負われることにした。これ以上考えても意味は無いのでふと当麻の方へ目をやる。
「奴…暴…、オティ…――…?」
当麻は当麻で何か考え事でもしているのか、ブツブツと独り言を呟いている。考えていることがたまに口から出てくるのが彼の悪い癖の一つだが本人に自覚は無いようだ。あったら直すだろうし。
「世…破…―――」
……一体何を考えているんだろう?
所々に聞き慣れない単語や規模の大きい単語が入っているけど。
少し聞いてみるかな。高まったこの好奇心を押さえることは毒だと思うから。
「おーい」
「幻想……通…―神…無…か?」
「おーい上条さんや~」
「……」
「…」
ビキィ!!と私の顔面に青筋が立った気がした。
こんなことで腹を立てる時点で私はまだまだ子供なんだなと自覚しながらも止める気はさらさら無かったので私は当麻の耳元まで口を寄せ手で覆いながら大きく息を吸った。
4
「何するんだよ祠堂ッ!」
「当麻が悪いんだよ当麻がッ!」
キーンと耳鳴りが鳴り止まないなかで上条と祠堂が叫ぶ(正確には小声で)。周りに『彼等』が居なかったおかげで上条の驚きの声は虚空に消えただけで済んだようである。上条はそのことに内心で安堵しながら祠堂に文句を述べ始めた。それに対して祠堂も前々から抱えていた上条への文句や腹いせ、ため込んできた鬱憤を晴らすために上条の耳元へ色々と主張を開始し始める。そんな主張の応酬が続いたのはものの五分程度であったが。お互いに大きく息を漏らす。主張での疲弊とそんなことをしている自分達の阿呆加減を自覚する自虐が混ざり合った息である。
「済まない。ちょっと子供染みてた」
「はは、私も」
笑いながら上条は身体を揺らし祠堂を持ち直す。何とか救出は果たし、駅からの脱出も成功に終わった。まぁ、ここに至るまでに集団で迫る『彼等』を薙ぎ払ったり、祠堂に急な『アレ』が襲い掛かりお手洗いを探すハメになったりといくつもの神からのと思われる試練があったが今となっては良い思い出なのかもしれないと若干の過去の美化により多少の心の逃避を上条は自らに促すが結局は失敗に終わる。あれを美化しようが見方を変えようがやはり生死を賭けた過去だったので嫌な思い出にしかならない。てかどう美化しろと。
「何処に向かってるの?」
祠堂は上条の肩に置いていた手を離し、首へ包み込むように腕を巻き付ける。自分の心臓が跳ね上がったかのような感覚が上条の頬を赤く染める。
(胸がッ…決して大きいとは言えないが確実に男の心へダイレクトに癒しと緊張を与える胸が形を変えて俺の背中に!!!?)
上条の脳内が一瞬にしてピンク色に染まる。まさに「静」の心から「淫」の心への心変わりだ。
(ああ…久しぶりの女子とのスキンシップのせいか俺の脳内が青春謳歌モードになっちまってるぞおい)
「???」
絶賛無間地獄巡り中である上条は
「おい」
「いでででで」
思考の底に沈んでいた上条の意識を外へと放り投げたのは祠堂の首締めによる痛覚への訴えであった。
煩悩が飛んでいく。痛みという感覚が欲を塗り潰す。ピンク一色だった脳内が一瞬にして警告の赤色に染まっていくような気がした。正直に言えばちょっと三途の川が見えてきている。視界の端に見えるのは一体何だろうか。
徐々に意識が別世界へと飛ばされそうになったところで祠堂は謝りながら腕を離す。ぜぇぜぇと圧迫から解放された上条は激しく呼吸を繰り返しながら酸素を取り込む。心臓がある位置に手を当てるとバクバクと速く激しく鼓動しているのがハッキリと分かる。おそらく様々な要因で鼓動が速くなっているのだろう。胸しかり圧迫しかり。
「ハァ…で、何処に向かってるの?」
「げふぅ…あぁそれね。それなら」
「ん?―――――――――――――――もしかして」
どうやら上条が説明する前に気づいたらしい。まぁ、この歩き慣れた道と上条の目線の先の景色を見れば一緒に登下校を繰り返した祠堂ならこの短い間に理解できたのは当然のことだろう。上条の瞳が映すその建造物は離れたこの距離でもしっかりと目視できた。上条の代わりに祠堂はその建造物の名を呟く。
「―――――――――――――――巡々丘学院?」
上条は首肯の意志を示すため、力強く頷いた。
5
私の母校は荒れ果てていた。
何となくは予想はしていた。出来てしまっていた。
だが現実を目の当たりにしてしまった今は、受け入れがたい予想を受け入れなければならない現実になってしまった今は。
ゴクリと
一人では無理だったかもしれない。その重圧に押し潰されたかもしれない。
横目に当麻を見る。
「?」
近くに誰かが居るということがここまで心に安堵感を与えてくれるものなのかと素直に驚く。
今は無き日常の中でも、モールに親友と籠城していた頃にも、感じ取れる場面は多々あったけれど。
ここまで明確なのは初めてだったかもしれない。
孤独からの解放と他者の存在の有り難さに
だからこそ彼には感謝しかない。
再び笑顔をくれた彼に。再び温もりをくれた彼に。
だから私は言う。
「ありがと」
感謝の言葉を述べた私の顔を見て、当麻はキョトンとした顔つきになった。
どうやら彼は突然の礼の言葉に思考が止まっているようで、何と返せばいいのか困っているように見える。
それとも自分が何故私から感謝の言葉を貰えたのか理解が追いつかないのだろうか。
「何で感謝されたんだ俺は」
後者が正解だったらしい。いやその言葉を発するに至るまでは前者の状態だったのか。
それはともかく。
やはり彼には理解出来ないらしい。
多分彼にとって救うという行為は当たり前の行動に過ぎないのだろう。
人が物を掴めるように。人が前へ進むように。彼は誰かを救う。
そう。上条当麻という人間がそういう種類の人間だったということは『あの日常』の頃から変わりようのない事実
。不変的な彼の性質で、思考回路にも組み込まれている彼の特徴であり特長。
やっぱり彼は変わらない。
だから私は少し意地悪をしようと思った。
彼が何も変わらないことに安堵を抱きながら。
「こういうときは何も訊かずに素直に感謝を受け取りなよ」
「…」
彼の頭の中にはきっと疑問符が沢山浮かんでいるだろう。
そう考えると少し笑みが溢れてくる。
やっぱり。
「ふふ」
「何だよ」
「…何でもなーい」