げんそうごろし!~Imagine Breaker~【凍結】 作:海老酢
遅くなり申し訳ありません。
1
改めて近くで見る母校は遠くから眺めるよりもずっと荒れていた。
学校の窓という窓は綺麗に割られ、硝子が枠に残っている窓は極少数だ。
外壁も塗装が所々剥がれているし、今こうして移動している私たちの周りには『かれら』が闊歩している。
自分を背負う当麻はこういった光景に慣れているようで特に驚きもしない。
まぁ、『かれら』とは戦い慣れているようなのでそれは当たり前の事か。
彼の身体を
だが見える範囲での身体の部分を見れば、私を救ってくれるまでにどれ程の耐え難い日常を過ごしてきたのかと想像するのは容易い。
例えば、私を今も支え続けるその手。例えば、遼遠の彼方を見つめるその横顔の頬。
その傷跡は治りかけであるにも関わらず、まるで今受けたのかと錯覚するほどに痛々しいものばかり。
「ねぇ」
何故。私は無意識に当麻へ声を投げかけてしまったのだろう。
私がハッと気付いたのは彼が「どうした?」と投げかけられた言葉に応答した時。
私も考え無しに声を掛けてしまった身の上特に話なんてない。
だが何でもないで終わらせてはいけない気がした。
だから咄嗟に私はこんな質問をしてしまった。
「他に生き残っているのは?」
「女子高生がよ、三人とOBの男子学生が一人で女性教師が一人…だな」
「へぇ…」
どうやら生存者は多いらしい。それは良かった。
やはり他にも生存者が居る、その数が多いというのは精神的にいい効果を与えてくれる。
私が親友の美紀とモールに籠城していたときもそうだった。
他の生存者組と合流した時の安心感はとても大きく、心に余裕が生まれ、冷静な思考になれた。
「そっか。良かった…」
「あ。それと」
「?」
「俺達は一応部活動をやってるんだけど…お前も入らないか祠堂?」
「部活?」
「ああ、部活動」
当麻の声色にはどこか、喜びと悲嘆がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような、何かを感じる。
まるでどこか遠くの景色を見ているような。決して手を伸ばしてはいけない何かを見ているような?
しかし私は下手に訊くことはしない。
彼にも知られたくないことはあるだろうし、土足でズケズケと人の心に入ろうとする程私は無神経でもない。
ならば今は部活動の話に入ることにしようと思う。
「部活動…か」
「そうだ。佐倉先生と俺が所属していた園芸部の部長が考案、設立してな」
「園芸部の部長っていうと…巨乳と姉属性を併せ持つあの?」
「おい」
前に当麻の活動ぶりを見に園芸部へ美紀と見学に行ったことがある。
その時はとても楽しい見学になったことは記憶に強く残っていた。
対峙する巨乳部長とガーターベルト幼馴染み。
挟まれながらも気にせずに植物のお世話を続けるツンツン頭。
それを見ている私という修羅場(?)が繰り広げられたあの放課後の一時は愉悦に浸れた瞬間であった。
特に愉悦を感じたのは途中で二人の矛先が当麻にいった所だろうか。
「何笑ってんだよ?」
「ゴメン、思い出し笑い」
「?そうか、」
「うんうん。けっこう愉しいことを思い出しちゃってね」
脱線しそう(というか既に脱線している?)なので閑話休題。
「それで、部活って言っても何をする部活なのさ?」
「お前ってそんな口調だったけ…」
「私の口調はその時のノリで変わるもんだよ~」
「そういえばそういう奴だったよなお前は」
何故か懐かしんでるような様子で呟く。
よく分からないがそんな当麻を見て、私は少しだけ、孤独感を感じた。
別に隣には当麻がいるので現実的な孤独を味わっているわけではない。
ただ何だか精神的に、彼は私が立っている場所とは違う何処かに立っている気がして堪らない。
簡潔に言えば。当麻は何処か別の場所に立ち、別の何かを見ているような気がする。
考えれば考えるほど孤独と疎外に包まれていく。
だがそんな私なんてお構いなしに当麻は話を続ける。
「ま、簡単に言えば『こんな世界になっちまったんだから、どうせなら楽しくこの学校で暮らしていこう!』的な目的で出来た…というかなんというか」
「そっちの方がいいもんね」
「ああ。ただ生きてるよりも何か目標や目的を定めた方が人間は生きていける。生きてるだけじゃ生きてるとは言えないからな」
「…」
「俺だってそうだ。目的も目標も理想も幻想もない、そんな状態でこんな
当麻はもう一度私を背負い直す。
彼の横顔には柔和な笑みがあった。
「佐倉先生、先輩、若狭部長、恵飛須沢先輩、丈槍先輩、それと祠堂。お前たちと一緒に生き抜きたい」
「当麻…」
「それに」と当麻は続ける。
「美紀ともな」
「ッ」
思わず声が出そうになる。
美紀とは私が前の籠城場所であるモールに置いてきてしまった私の親友の名だ。
「もしかして美紀も避難してるの!?」
焦りながらも当麻の耳元まで口を近づけ、小声で訊く。
私の息が掛かったのか当麻の身体がブルッと小さく震える。
その反応が面白かったのでついでにもう一息吹きかけた。
「なんでお前はシリアスな雰囲気から一気にコメディ方面へ振り切るんだ!?」
「面白い当麻が悪い…まぁそれよりもどうなの?」
「まだ俺達の所には避難してないぞ」
「な、なんだ…」
答えを聞いた私は目に見えるほどに落胆する。
もしかしたら、なんて淡い期待を抱いたがどうやらそこまで現実は甘く出来てはいないらしい。
…………………………………………………………………………ん?
「…………………………………………………まだ?」
当麻は今なんと言っていた?
彼は確かにこう言った。「まだ」避難していない。
その言葉の意味するものは。
私が尋ねようとする前に当麻は話し始める。
「俺達の部活動、『学園生活部』の部員三人でお前と美紀が籠城していたモールに三日間の遠足に出かけててな。イレギュラーな、それも神様の横やりでも無い限りは美紀も助けられているはずだ。…いやさすがにそこまでは無いよな~?」
最後辺りが独り言になった当麻を放っておくことにしよう。
そうか、ならば安心。遠足というのは食料などの物資の補給をそう言い換えているだけだ。
偶然とは言えこれはまたとないチャンス。
無事にその部員達が美紀を連れて帰ってくれれば私は彼女に伝えることが出来る。
(そうだ。私は謝らなくちゃいけない。あの時はゴメンって。辛いのは私だけじゃない。それに出て行った私以上に辛いのはあの狭い一室に一人残された美紀の方だ)
死に近いのは?と訊かれたら私の方が圧倒的に近いと言えるだろう。
けれど。
(確かに危険なのは外に出ている私だ。けど何よりも、一人で圧迫され続けたはずの美紀も辛かったはずなんだ。だから謝りたい。今更何を言っているんだって思われるかもしれない。そんなのは筋違いだって糾弾されるかもしれない。それでも私が謝りたい!)
許されないかもしれない。許されるかもしれない。でも結果がどう転ぶなんて分からないし、別にどうなってもいい。仲直りしたいとか、嫌われたくないとかは二の次だ。私は謝りたい。ただそれだけ。
だから私は祈る。ただひたすらに。愚直にこの気持ちを美紀に曝けだしたい。
自分勝手だと言われようがどうでもいい。だって私は身勝手な人間様なんだから。
と、そこまで考えて一つの疑問に衝突した。
彼は一つ気になる言葉を発していたことに私は今更気づく。
えっと………………………………………
「当麻は何で私が美紀とモールに籠城してたの知ってるの…?」
「あ」
しまった。という焦りがモロに顔に出ている。
唸りながら当麻は思考に耽る。
時間にして数秒。
「あー…ほら。『あの日』さ、お前たちがモールに寄ろうかなって話してただろ?授業も短縮授業だったから」
「そうだったっけ?」
「はは、上条さんの記憶力を舐めちゃあ困る」
「補習追試常習犯のアンタが何を言ってるんだか」
「あははははははははは」
そう言われればそんな気がする。
確かに『あの日』のことはよく覚えている。
覚えてはいるものの、何をどこまで話したかまではよくは覚えてはいない。
それも他愛もない話ならば尚更。
「当麻がそういうんならそうだったのかもしれない…ま、信じてあげる」
「そうか、何故上から目線なのかは敢えて言及しないさ、ああしないとも」
不服そうな声色だが納得した私にそれ以上は何も言わなかった。
不意にゆっくりと進んでいた当麻の足が止まる。
「ん?どうしたの?」
「いや…」
気まずそうな雰囲気を周囲に発しながら当麻は口を開く。
「どうやって中に入ろうかなって」
「このアホ!!」
2
玄関口から入ろうとしたが頑丈で剃刀の一つも入らないほどに「密」な状態の木の板に阻まれ失敗。
行くときにはあったらしい梯子が無いため安全に三階へ入る手段が無いため失敗。
そんな試行錯誤から導かれた結論は一つ。
「ふっ…よっ」
「………………………………………………………………………………………………………………………」
私を背負いながら当麻が窓の枠などに手や足を掛けてよじ登る。
無言で当麻にしがみつく私に対して当麻は上る度に小さく息や声を口から漏らす。
しかし彼から苦痛に満ちた悲鳴のようなものは一切出ない。
自分から言うのは重くは…………………無いのだろうか?
「日常」が崩れてから少なくとも三週間以上は体重など一度も測ってはいない。
ということは。うら若き(ここ重要)乙女である私の体重も減っていたり増えていたりしているはず。
ていうかこんな状況で体重が一切変わらないのは明らかにおかしい。
(でもだからって「私って重いかな?」なんて口が裂けても言える訳が無い!!)
譲れない乙女の心と今もこうして私を背負う当麻への罪悪感の狭間の中で右往左往しながら葛藤し続ける私のことなど知らない当麻は淡々と上り続ける。
――――――そして。
「ここら辺でいいだろ…っと」
「あ…………………ありがと」
着いてしまった。
当麻は割れてしまって鋭利な硝子に触れないように気を付けながら窓枠の先へと乗り上げる。
もちろん私を背負いながら。「大丈夫?」と声を掛けると当麻は私の恐る恐る訊く声に察したのか、「大丈夫だよ」と優しさを込めた声色で答えてくれた。
それでも納得がいかない私はとりあえずもう一度「ありがとう」と言う。
頭を掻きながらよく分かっていない様子で「おう?」と気の抜けた返事を私に掛けてくれる。
「よし」
「ここは…生徒会室だよね?」
「”元”だけどな”今”は」
当麻は人差し指で生徒会室と書かれたプレートの上にセロハンテープで貼り付けられたスケッチブック程の大きさの紙を指差す。紙にはこう書かれていた。
―――――――――――――――学園生活部と。
おそらく当麻は紙に書かれた部活名を言おうとしたのだろう。
発せられるはずだった声を遮るように目の前の、”旧”生徒会室であり”現”学園生活部部室の横の扉が唐突と呼ぶに相応しいタイミングで開かれる。
突然の開放に私と当麻の肩がびくりと跳ねる。扉を開いたのは鮮やかな明るい紫色の髪を持つ女性だった。
彼女は確か、当麻の補習に付き合っていた先生だったはず。名前は…
「あら。もう少し掛かると思っていたけど」
「ははは。ルートはしっかりとこの頭に何度も叩き込みましたから」
「その記憶力を勉強に回してほしいんだけどなぁ」
「…善処します佐倉先生」
「うむ、その心がけが大事よ上条さん」
ああ、佐倉先生だ。佐倉慈先生。
いつもにこやかに当麻の補習授業をしていた先生。
他の生徒にはめぐねえとかいうあだ名で呼ばれていた気がする。
私がジッと佐倉先生を見つめているとあちらも気がついたようで、こちらに視線を向ける。
「貴女が確か、祠堂圭さん…でしたっけ?」
「あ、はいそうです」
「ならよかった」
彼女は微笑む。その笑みはまるで天使のように見えてしまった。
実際に見たことなどはありはしないけれど。私にはそう感じ取れた。
「それじゃあ始めましょうか」
「…何をですか?」
「話し合いですよ」
―――――カツンと。床に何かがぶつかる音がした。
音のする方へ目を向けた先には杖に体重を乗せて立つジャージ姿の男の人が私を見ている。
半ば反射的に会釈した私に対し、彼も会釈で返す。その格好からしてこの学園の生徒だろうか。
「話し合いってどういう?」
「それは中で話すよ、今は部室に入ろうぜ祠堂」
「え、あ、うん」
部室へ入るように私に促しながら当麻は佐倉先生と共に中へ入っていく。
私が部室に入るとほぼ同時のタイミングで佐倉先生が振り返る。
「ようこそ。学園生活部へ」
次話の投稿予定は未定。
また遅くなると思います。