いろはヒロイン物語集   作:たらたら喫茶

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想い出のぬいぐるみ(後編)

 翌日、太陽の光が差し込んで明るい朝、普段とは違う部屋で目を覚ましたクマのぬいぐるみ(俺)。

 

「やっぱりそう簡単に元に戻ってるわけないよな。学校行くわけにもいかんし、とりあえず2度寝しよう」コロン

 

 うむ、今の俺は男子高校生ではないからこの判断は実に正しい。お休み万歳、待ってて睡眠タイム。平穏を求めて意気揚々と寝るつもりだったのだが、その計画を一色が見事に壊してくれた。

 

「先輩、一緒に学校行きますよ!」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 一色のバッグの中からヒョコッと頭半分だけ出して、学校内の様子を観察するクマのぬいぐるみ(俺)、なんだこの図、怪しさ満点過ぎるぞ。

 

「どうです先輩、ずっと私の部屋で待機してるよりも学校とか外の方が情報収集できるでしょ」

 

「それは確かにそうだが、俺の扱いもうちょっとどうにかならんのか? お前の手提げバッグに入って運ばれるとか、マジでどっかのアニメに出てくるペットそのものだぞ」

 

 キュウって鳴いちゃう大泥棒のペットみたいだ、え、時代が古い? 八幡が知ってるのはおかしい? ケロちゃんの方がいい? どうでもいいだろそんなこと。

 

「まあまあ、先輩だって一刻も早く元に戻りたいでしょ」

 

「……で、本当の理由は?」

 

「もちろん、私が先輩と一緒にいたいからです♪」

 

「あざといのは八幡的にポイント低いし、あと声のボリュームもうちょっと落とした方がいいぞ。何人かチラチラこっち見てる、多分だが」

 

「あーそれはたぶんどうやって私に声掛けようか伺ってるバカな男子連中だと思います。ほら私、可愛い生徒会長さんですから」

 

「あーなるほど、俺には一生縁のないことだわ。あーあー人気者はつらいよなー(棒)」

 

「先輩うるさいですよ」パンチ

 

「ウゴッ!?」

 

 お前、仮にもこっちは大切なぬいぐるみなんだぞ。容赦なくパンチがめり込んだんですが、昨日言った事は嘘なのか。そもそも、立場上仕方ないが一色に反撃できる要素がない、クマさんだから。一方的な暴力、これっていじめだと思います。

 

「ぬいぐるみの視点から見る学校ってのも、かなり斬新で新鮮なものに見えるな。人の集まる教室に物置として存在してたら、いろんな生徒の陰口や裏情報、見せ掛けだけの人間関係とかたくさん見れて面白そうだ。箸が進んでおかわり2,3杯はいけそう」

 

「先輩酷過ぎます、否定はしませんけどもう少しオブラートに包んで言ってください」

 

「否定しないとか、お前ほんと俺と考えが似てるな」

 

「一色さん、おはようー」

 

「あ、はい、おはよう」キャピルン

 

「一色、おっはよー!」

 

「おはようございますー」キャピキャピ

 

「……………。お前あざとすぎ、仮面かぶり過ぎ。今のやりとり正直引いたぞ、ぬいぐるみなのに鳥肌立つかと思ったわ」

 

「大丈夫ですよ、先輩にはさっきの通用しないって分かってますからやりません。あんなのそこらのどうでもいい連中にだけです」

 

「気をつけろよ、お前いつか刺されるかもしれんぞ」

 

「あれ、もしかして私のこと心配してくれたんですか?」

 

「自分の都合良いように解釈しすぎだ、このあざといろは」

 

「ちょっ、急に名前呼びは卑怯です、先輩の馬鹿////」ポカ

 

「ブッ!?…なぜ殴る」

 

 

 

 授業時間中、俺は何となく今の状況について考えてみた。クマさんになっていること自体摩訶不思議アドベンチャーだが、おそらく悪意がある類ではない、むしろ善意に近い所業なのかもしれないと感じている。とはいっても、善意とかほとんど信じようとしない俺だが、なんとなくそう思っている。

 その善意が俺に向けられているかといえば、それは違う気がする。クマのぬいぐるみにされるとか嫌すぎるだろ。

 

「一色、もうちょっと真面目に授業受けろよ」フニ

 

「(いいじゃないですか、先輩の方が面白いんですから♪)」フフーン

 

 人目のある教室内だから、ぬいぐるみの俺は動けない、つまりいいように一色の玩具にされている。屈辱的だ、末代まで誰にも語れない新たな黒歴史をまた1ページ増やしてしまっている。

 

「(……俺に向けての善意じゃないってことは)」ジー

 

「~~~~♪」ニコニコ

 

 なんとなく昨日から嬉しそうにしている一色の表情を観察してみる。ほんとにこいつは楽しそうだ、ウザいを通り越してあきれ返るほどに。

 だからこそ、善意はおそらく一色に向けられたものではないかと考えてしまう。そもそもクマのぬいぐるみが一色のモノだから、何かで一色が関係していなければ辻褄が合わない、辻褄があるのかは別としてだ。全く無関係の他人が急に登場してきて、話を変な方向に持って行っても面白くないだろうからな。

 長年大切にされたモノや道具には心だか魂なんかが宿るってよく言われるけど…まさかな。ふと、そんなバカげた可能性が頭の中をよぎった。

 

「(先輩、国語のこの文章問題の答えってなんですか?)」コソ

 

「ぬいぐるみに答え教えてもらうとか前代未聞だろ、自分でやれ」

 

「(お・し・え・て・く・だ・さ・い)」パンチ

 

「グフッ!? ぼ、暴力…はん、たい」

 

 シリアスムードで思考してたのに一気に引き戻されてしまった。一色に対して、ぬいぐるみへの暴力行為禁止条例を制定した方がよろしいのではないでしょうか。このままじゃマゾに目覚めてしまいかねない、それは嫌だ。

 

 

「一色、ちょっと頼みがあるんだが」

「なんですか?」

「戸塚に会いたい!!」

「却下です」

「頼む、この通りだ!」シンケン

「はあ、いいですけど」

 

 八幡レーダー探知、戸塚発見。

 

「戸塚、今日も可愛いぞ戸塚、マジ天使!」

「あれ、今八幡の声が聞こえたような?」

「!? おい、一色聞いたか、やっぱり俺と戸塚は運命で結ば「先輩、うるさいです」パンチ

「うっ!?」

「うーん、気のせいかな?」

 

 

「…zzz」

「一色起きろ、先生がこっち来てるぞ!」

「…zzz」

「おい起きろ、あざといろは!」

「はっ、先輩、私のこといろはって!?」ガバッ

「あっ、ばか…!?」

「……えーと?」

 

 

「いろはちゃん、やっはろー」

「結衣先輩、やっはろーです」

「結衣先輩、どうですこのぬいぐるみ、可愛いですよね♪」

「おい、俺を差し出すな!」

「ほんとだ、可愛い♪」オッパイギュー

「(やはりでかい、ナニがとは言うまでもない。ぬいぐるみ万歳、賢者になりきるんだ////)」

「…………」ジトーーー

「(はっ、殺気!?)」ビク

「結衣先輩、もういいですかー?」クビネッコヒッパル

「グエッ!?」

 

 

「なんか機嫌悪くないか?」

 

「ふん、べっつにー、そんなことありませんよーだ」

 

「その態度は機嫌悪いアピールにしかみえん」

 

「結衣先輩に抱かれてデレデレしてた先輩の勘違いじゃないですかっ」

 

「あれはもともとお前が見せびらかしたからだろうが。しかも、ヒッキーぽいとか言われて本気で焦ったわ」

 

「うるさいです、先輩のエッチ、スケベ、変態!」ペシ

 

「いやあれはしょうがないだろ、俺だって男なんだぞ」

 

「言い訳無用です、先輩は今、私の玩具なんですから」ペシペシ

 

「断じて違う、一色の玩具になっ「………」ギュッ

 

「…………////」

 

「…だから、こうやって抱いていいのは私だけなんですよ」ギュー

 

「…お前って結構、玩具への独占欲が強いよな」

 

「そうですよ、私はあざとくてわがままな女の子ですから♪」

 

 

 

 

フタリノジカンヲスゴシテクレルノハウレシイケド

 

 

イロハモオモイダシテアゲテネ

 

 

ハチマンガカワイソウダシ

 

 

コッチモタイヘンナンダカラ

 

 

ハヤクシャシンミテアゲテ

 

 

 

 

 ふと、クマのぬいぐるみから何かを伝えられた気がする。でも、先輩の声じゃない、誰だろうと不思議に感じた。今は放課後、生徒会室で先輩と二人きり(?)だ。

 

「先輩、今何か聞こえませんでした?」

 

「ん、いや特に聞こえなかったがどういうのだ?」

 

「えーと、『先輩がかわいそうだから私に早く思い出せ』、『写真を見ろ』とかなんとか」

 

「お前はいつから幻聴系ヒロインに目覚めたんだ?」

 

「違いますよ、確かに先輩の方から聞こえた気がするんです。こういう暗示とか啓示ってファンタジー小説だと王道ものだし何かあるんじゃないですかね?」

 

「あーそうかもな(棒)」

 

「先輩、馬鹿にしてますよね」

 

「というか、ちょっと休ませてくれ。今日もいろいろありすぎてこっちは疲れてるんだから。本当ならマッ缶飲んで至福のひと時を味わっているところなのに、ぬいぐるみ状態で飲めないしマジ拷問」

 

「私が代わりにMAXコーヒー買ってきてあげたじゃないですか」

 

「すぐ傍にマッ缶があるのに飲めないとか生殺しに近いな」

 

「でも、コーヒー缶を背もたれにして座ってるクマのぬいぐるみってちょっと面白いですよ。先輩だって、MAXコーヒー大好きなんですから今のポーズは嬉しいんじゃないです♪」

 

 ぬいぐるみ姿とはいえ、先輩と一緒にいられるのは嬉しく感じる。先輩とMAXコーヒーの構図がとてもおかしくてついつい笑ってしまう。あ、そうだ…。ゴソゴソ

 

「確かに、もう一生無いだろうレア体験だ。マッ缶(相棒)を背もたれにたたずむ俺超クール」

 

 パシャ

 

「えへへー、記念に撮っちゃいました。ごめんなさい、テヘッ♪」

 

「おい勝手に撮るなよ、魂抜かれちゃうだろうが」イラ

 

「まあまあ文句言いっこなしです。さあ今度は私と一緒に撮りますよ」センパイゲット

 

「いやだ、断る」グイー

 

「あーちょっと!?」

 

 パシャ

 

あれ、なんだろうこの感じ。昔どこかで似たような光景を見た気が……?

 

「…………」

 

「…どうした一色ボーッとして、なにかあったのか?」

 

「いえ、その、なんか今のやり取りに違和感というか変な感じを覚えたと言いますか。小さい頃にも同じやり取りをしたような、そんな気がしてですね…」

 

「デジャヴみたいなもんか?」

 

「はい、大分昔のことですからただの勘違いかもしれませんけど。その時も確か、先輩を持ってたような…、あ、これはクマのぬいぐるみのことですよ」

 

「デジャヴを感じて、クマのぬいぐるみ、やり取りに違和感、か………」

 

 先輩は黙って何やら考え込んでいる様子だ、けれど。

 

「先輩、ぬいぐるみのまま『考える人』やっても格好付かないですよ、むしろシュールすぎて格好悪いです」

 

「お前、本当にシリアスムードぶち壊してくれるよな」ハチマンキック

 

「重すぎるシリアスな空気は私に似合いませんからこれくらいでちょうどいいんです」キャッチ

 

「とりあえず帰ったら、一色のアルバム写真でも見るか。このクマのぬいぐるみが映ってる写真に手掛かりあるかもしれん」

 

「そうやって私の恥ずかしい写真を脳内保管する気じゃないですよね」ジト

 

 先輩が真剣なのはわかっているけれど、あまり気を張り詰めすぎないようついつい茶化して言ってしまうのは悪い癖だ。でも、先輩との時間は少しでも楽しく過ごしたいから構いませんよね。あ、今のいろは的にポイント高い。

 

 

 

 帰り道

 

「なあ、なんで俺はお前に抱っこされながら帰ってんの?」

 

「それは私がそうしたいからですよ。それに先輩だって受け入れてるじゃないですか♪」

 

「抵抗しても無駄だって理解してるだけだ。俺は無駄な事はしない主義なんだ、いわば一種の節約行動ともいえるまである」

 

「可愛いいろはちゃんに抱かれて素直に嬉しいって言ってもいいんですよ」フフーン

 

「はいはい、はちまんうれしいなー(棒)」

 

「もっと心を込めてくださいよー」ニヘラ

 

「頬が緩んでるぞ」オイ

 

嬉しいのは私の方だ。

先輩と一緒にいるだけで不思議とワクワクする。

私だけに先輩の声が聞こえる。

先輩が私を頼ってくれた。

私が先輩の近くにいられる。

もっと先輩を独り占めしたい。

私の中で、子供じみた独占欲と優越感が沸いている。

 

「にしても休み時間や放課後といい、今日一緒にいて改めて思ったけど、お前やっぱ男子にモテるんだな」

 

「あ、そうですよ先輩、アレなんですか?」

 

 そういえば今日、休み時間に男子から遊びの誘いを、放課後には告白をされたけど先輩が撃退してくれたんでした。校庭で誘いを受けた時は、先輩が近くのホースで男子に水を掛けて追い返した。

 告白をされた時なんて、『平塚先生は一生結婚できないアラサー教師だー!』って先輩が急に叫んだら、平塚先生が飛んできて告白男子Aに鉄拳制裁喰らわせてましたもんね。

 

「べつに、俺がウザイと思ったからああしただけだ」

 

「確かにウザかったですね」

 

「しかし平塚先生の地獄耳もすげえよな、俺の声聞こえないはずなのにすっ飛んでくるとか、アレには俺もほんと驚いた。人間が限界を超える可能性を垣間見た気分でスッキリしたわ」

 

「私も側で見てて思わず笑っちゃいましたっ」

 

 私は先輩の妨害行動にちょっとだけ違和感を感じた。というのも、あの場は先輩が動かなくても、私が拒否するだけで済む出来事だったからだ。断りやすい流れになったのは間違いないけど。

 つまるところ、先輩の行動には全く意味が無いはず。さっき先輩自身が無駄な行動はしない主義だって言ってたから矛盾している。『その人らしさ』なんて他人の勝手なイメージの押し付けでしかないが、それでも私は先輩らしくないと感じた。

 

「……先輩もしかして、私に近づいてきた男子にヤキモチ妬いてくれたんですか?」

 

「そんなわけあるか、貴重な休憩時間を取られたくなかっただけだ。俺の心の安寧を守るためだ」

 

「つまり、私と二人きりの時間を邪魔されたからイラついたってことですねっ」

 

「どういう脳内変換したらそんな解釈になるんだよ」

 

「そういった解釈もできるってことです。女の子は結構、自分に都合の良いように捉える方が多いんですから」

 

「何度も言うが、あくまで俺のためだ」

 

「でも、私のこと守ってくれたんですよね。ありがとうございます」ギュッ

 

「……勝手に言ってろ」フイ

 

「~~~ふふーん♪」ナデナデ

 

「………////」

 

 うん、先輩が言う通りきっと自分のためなのだろう。やり方は卑怯だし、褒められたものじゃない。けれど、私を守ってくれたこともまた事実だ。

 そう考えたら嬉しくて、つい腕に力が入り、さっきよりも少しだけ先輩を強く抱きしめた。

 

 私は先輩を抱いたまま、普段より遠回りな道を選び、ゆっくりと歩いて自分の家に向かう。先輩との不思議で特別な時間はもうすぐ終わってしまうだろう。確証はないけれど、ふと、とおりものめいた何かが頭をよぎってそう予感した。ただの女の勘ってやつです。

 私はこの不思議な出来事に感謝している。だからこそ、昔の出来事を昨日からずっと思い出そうとしている。私は今一度、曖昧な記憶に、クマのぬいぐるみについて向き合う機会があって良かったと思う。

 

 

 

 

 家に帰ってから先輩とアルバムをめくっていると、1枚の写真を見つけました。

 

「おい、一色この写真……」

 

「本当にありましたね」

 

 そこには、たしかにクマのぬいぐるみを抱いてる幼い私の姿があった。4~5歳くらいの私、慌てた様子の私が男の子の袖をつかんで一緒に写っている。二人とも隅っこにいて、男の子の顔は半分くらい見切れて写っているヘンテコな写真が。

 

 

 

 

 

 

 

 

――小さな子供の頃の夢を、視た。

 

 

いろは「ぐすっ、えぐっ、……う、えぇん、おかあさぁん…」

 

公園で泣きじゃくっている私の姿がある。なんてことはない、一人で遊んでいたら足を擦り剥いて怪我をしてしまっただけだ。どこにでもある当たり前の光景。

 

?「お前、何泣いてるんだ?」

 

 私と同い年くらいの男の子に声を掛けられた。

 

いろは「ころんで、足けがしちゃった…う、いた、いたいよぉ…」

 

男の子はビックリしたが、私のことを心配してくれているようだ。

 

男の子「あそこの水道で洗った方がいいぞ。ひとりで行けるだろ」

 

いろは「ぐすっ、つれていって…」

 

 私があんまりにも痛そうにしているのが分かったのか、男の子は頭をポリポリ掻いて困った顔をしたが渋々ながらも連れて行ってくれた。

 転んだ足にジャーと水を流してもらい、怪我をした部位が沁みてつい涙声を漏らしそうになる。

 

男の子「足を洗ったのに、なんでまだ泣いてるんだよおまえ」

 

いろは「ひぐっ、だ、だってぇ……」

 

男の子「はぁ~、これやるからいい加減泣きやめよ」スッ

 

いろは「ふぇっ?」

 

 全然泣き止まない私に男の子はたまたま手に持っていたクマのぬいぐるみを私にくれた。いいや、強引に渡してきたの方が近いだろうか。

 

いろは「くすん、なんで?」

 

男の子「お前がいつまでたっても泣きやまないからお兄ちゃんスキルがはたらいたんだ。妹もぬいぐるみをプレゼントした時に泣きやんだからな」

 

いろは「そうじゃなくて、なんでクマさん持ってるの、おとこのこなのに?」

 

男の子「男がぬいぐるみ持ってちゃいけない決まりなんてないぞ、世の中『びょーどーしゃかい』だからな。ほんとはかわいい妹にやるつもりだったんだけど、しょうがないからお前にやる」

 

 私は思わず、ぬいぐるみと男の子を交互に見てしまう。本当にもらってしまっていいのか分からないからだ。

 

いろは「………いいの?」

 

男の子「いらなかったら返せ」

 

いろは「ううん、ほしい。私、おとこのこからプレゼントもらったの初めてだから、すごくうれしい////」

 

そう、これが本当に初めてのプレゼントだ。誕生日だとか何かの記念でもない。泣きやまない私に、というみっともない理由ではあるけれど、出会ったばかりの男の子が私のためを思ってくれた初めてのプレゼント。

 私は嬉しくて自然と笑顔が浮かび男の子を真っ直ぐに見た。

 

いろは「ありがとうございます!」ニコ

 

男の子「………どういたしまして////」プイ

 

 私がぬいぐるみのお礼を言うと、男の子は照れくさくなったのかそっぽを向いている。その様子がちょっとだけ面白くて、なんだか心地よくて私は思わず笑った。

 

 そのあと、怪我をしている私は男の子に家の近くまでおんぶしてもらうことになった。どちらかといえば私の方からせがんだが正しい。一人が嫌よりも、こんなに嬉しい気持ちにさせてくれる男の子とすぐに別れたくなかったからだ。

 男の子は、私が妹に似ているからなんとなく放っておけない、だから公園で声を掛けてくれたらしい。こういう人を妹想いというのだろうか。でも、なんとなく違う呼び方の方が合ってる気がする。

 

 公園からの帰り道はちょっとした冒険気分だった。少しでも長く一緒にいたいがために、遠回りの道を通ったり、グルグル引き返したり、お腹がすいたと言って駄菓子屋に寄ってみたり。

男の子からすればすごく迷惑極まりないけれど、私はとても楽しかった。子どもながらに心臓の鼓動が心地よいリズムで鳴っているのが分かる。

 

 

男の子「朝のテレビはアニメを見るのが子供の決まりなんだぞ」

いろは「ふーん」

 

男の子「これがお気に入りのコーヒーだ」ホラ

いろは「あますぎです~」

 

いろは「ニンキモノになるにはどうしたらいいと思う?」

男の子「そうだな、……とりあえずカワイイ感じでおねだりすれば?」

いろは「キャラクターになりきれってこと?」

男の子「そうそう、ぶりっ子して甘えたらいいんじゃね? しらんけど」

 

いろは「ねえ、アタマのアホ毛とってもいい?」

男の子「さらっとこわいこと言わないでくれるか」

いろは「アホ毛くるくるですー♪」

男の子「回すのもダメだ」

 

いろは「ねえ、おもくない?」

男の子「すごくおもい」

いろは「う~~っ/////!?」ポカポカ

男の子「いたい、やめて!?」

 

いろは「クマさん、かわいい」ギュッ

男の子「気に入ったんだな」

 

いろは「私ね今、すごくたのしい」

男の子「そうか、こっちは早くかえりたい」

いろは「そういうことじゃない」ペシ

男の子「あたっ!?」

 

いろは「~~~♪」ギュウ

男の子「………////」

 

男の子から伝わる体温がとても温かく感じられる。もっともっとこの時間が続けばいいと思った。だけどそんな時間にも終わりが来るのは当然なわけで。

 

母「いろは、よかった帰ってきたのね」

 

いろは「あ、おかあさん。ただいまー」

 

母「おかえりなさい。わざわざ、いろはを送ってくれたの? 本当にありがとう」

 

男の子「えっと、まあ、はい」

 

いろは「おかあさん、ほらクマのぬいぐるみもらったの!」

 

母「ふふ、男の子からの初めてのプレゼントってこと、よかったわね」

 

いろは「そうだ、せっかくだし写真とろうよ」

 

男の子「いやだ」

 

いろは「おかあさん、早く写真とって」

 

母「ふふ、嬉しそうねいろは。ごめんなさいね、最後にちょっとだけいろはのわがままに付き合ってあげて」

 

男の子「いやだー、タマシイ抜かれる!」

 

いろは「あー、ちょっとまって!?」

 

 パシャ!

 

私はクマのぬいぐるみを抱いたまま、帰ろうとする男の子の袖をグイッと引っ張る。タイミング悪く写真が撮られて、私は画面の隅っこ、男の子の顔は半分くらい見切れたヘンテコな写真が出来上がってしまった。

 

男の子「それじゃあ、さようなら」ダッ

 

 足早に帰ろうとする男の子を見て私は大切なことを思い出した。本当は最初に聞いておくべきことを聞いていなかったと。

 

いろは「あの、私、いろは! 一色いろは! あなたの名前は?」

 

男の子「ああ、俺は――――」

 

 

 

 

記憶の小さな宝箱があった

 

私は宝箱を開けるための鍵を持っていた

 

宝箱の中身を見てようやく理解できた

 

そういうことだったんですね

 

やっと思い出した、私の大切な思い出を

 

子どもの頃の些細な出来事を

 

初めて芽生えた感情を

 

昔の私はよく分からなかったけれど

 

今の私は知っている

 

高校で出会ってからじゃなかったんだ

 

もっと小さい頃から

 

10年以上も前から

 

私はきっと

 

この人のことが

 

――好き、なんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んんっ」

 

 起きるにはまだちょっと早く、私の視界はぼやけている。まだ眠気が残って頭がボーッっとしてるけれど、さっき見た夢の光景ははっきりと思い出せる。

 

(…そっか、わたし……)

 

 懐かしい夢の光景をもう一度思い浮かべると、あの頃の想いが蘇るみたい。ううん、ずっと閉じ込めていた想いが再び、熱を帯びて胸に込み上げてくる感じですね。

 

(わたし……先輩のことが…)

 

 根っこの想いが変わっていない、乙女思考な自分に笑ってしまう。でも…。

 

(昔も今も、先輩のことが……好きなんだ…)

 

 何も変わっていない、そのことが私はどうしようもなく嬉しく感じる。

 

(あれ……?)

 

 ふと違和感を感じ視線を動かすと、そこには…。

 

「…zzz」

 

 私に抱きしめられて、とても気持ち良さげな先輩の寝顔がすぐ近くにある。

 

「…zzz」

 

(……ああ、やっぱり…)

 

クマのぬいぐるみではなく、元に戻った先輩がぐっすり寝ている。

 特には驚かない、なんとなく分かっていたからだろうか。不思議な時間はもう終わるんだろうなと。

 

(おかえりなさいです、かな……せーんぱい)

 

 さてどうしましょう、びっくりして慌てるリアクションも面白いですけど、正直もったいない。できればもう少しこのままでいたい。

 

(いいや、いっそ大胆にいっちゃえっ。こうなったら、とことん先輩を困らせてやりますよ)ムギュ

 

 ベッドから起きる選択肢を捨て、さっきよりも強く先輩を抱き寄せる。元に戻れたんだからこれくらいのご褒美があってもいいだろう、私にとっても先輩にとっても。まさしくwin-winの関係ですよ。

 もちろん、先輩には別の形でもお願いを叶えてもらうつもりだけど。

 

(先輩には、私をこんなにした責任を取って貰わないと…)

 

 先輩はどんな反応をするだろうか、どんな顔をするだろうか。私と昔会ったことを覚えているだろうか、多分覚えてないでしょうね。だから、先輩が思い出すまでたっぷり聞かせてあげますよ。

 

(そういえば…)

 

 なんとなく、私は棚のほうに目を向けた。女の子らしく飾っているものの中にソレは置いてある。たぶん、今回の不思議な出来事の犯人はこの子だろう。あまりにも非現実的すぎて笑ってしまう。大切にされたモノには心が宿るって言われるけど、なんでこんな事が起きたのかは多分一生考えてもわかりっこないです。

 でも…。

 

 

「ありがとうございます、おかげで大切な記憶…思い出せました」

 

 

クマのぬいぐるみ(そっか、……よかった)

 

 

おわり

 

 


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