メダロット異界異聞戦記伝 作:隔離世テロル
第1話 カクリヨノ中デ夢ヲ見ル
康高が最初に命じられたのは、真・女神転生という物語の歪みを正す事だった。
魔人加藤に言うには、悪魔が跋扈しようとするこの世界で、大きな歪みが生じている。大きな歪みを治すためには、まず小さな歪みを正す事が先決であると言う。
そんな今の康高は世界を渡る為に、幽体の様なあいまいな存在であり
「確かこの辺だったはずなんだが……」
康高が旅立つ時、事前に魔人加藤から羅針盤を渡されていた。この羅針盤は歪みが大きな場所を優先的に示すという便利な代物だ。そうして指し示す方向へ進んでいくと、目の前には大きな顔が真ん中付いた門が見える。
その門から荘厳な声が発せられた。
『ここを通らんとするものは何者ぞ! 名乗らぬ者を通すわけにはいかん、汝の名を名乗れ!』
一瞬たじろぐが、そう負けじと康高も声を高らかと張り上げる。
「俺の名は加藤、加藤康高だ。時空の歪みを正すためにこの世界に来た!」
『ならば加藤康高よ、行くが良い! この扉を潜りし汝を待ち受けるは、光の元に選ばれし民の法と秩序か? 力を頼る者どもが相争う混沌か? 汝の天秤に二つを乗せ、こぼれ落とさぬよう歩むが良い!』
その声とともに門は上に開かれ、康高はさらに先へ進んで行く。
見えた先には十字架に吊るされ、無数の武器が刺さった男だった。横には青いローブを着た人がいた。
その人は康孝に気が付き声をかけてきた。
「この者は友に裏切られ記憶を無くし、自らの正義を信じて疑わなかった破滅しかけた魂です。あなたが名を呼びかければ目を覚ますでしょう」
「そうなのか……ならばどうするか」
そのまましばらく考え込み、うーんうーんと唸ったあげく康高の頭には、ふと――ある名前が浮かび上がってきた。考えた訳ではないが何故かこの名前を呼びかけるしかないと思えた。これが定めであるかのようにも思えた。
「アカマント」
そうつぶやくと青いローブを着た人は、唖然と苦笑いが混ざり顔がひきつらざる負えなかった。まさかふざけた名前で呼ぶとは思っていなかった為に、笑いをこらえ腹を押さえ始めた。
「ほ、本当にそれで良いのですか? 少しかわいそうな名前ですがプッ」
だがふざけた名前を呼び掛けた当の本人は、あっけらかんとしている。
逆に青ローブ自身は、彼が可愛そうな名前がつけられる事を不憫に思った。しかし予想はすぐに裏切られる。
「いやウソだ。本当の名前はそうだなロウ、ロウ・シエミヤ」
彼には、この名前がしっくり来る。まるで運命だったかのようだ。磔にされたシエミヤは目を覚ますと、剣と十字架は簡単に消え去った。
「ゴホンッ! あ、アカマントじゃなくて良かったですね。本当にプッ……」
「アカマントだと……おい、お前そんなひどい名前で俺を呼ぼうとしたのか!」
シエミヤは怒りに震えて怒鳴り散らしてきたが、康高自身は素知らぬ顔をしてこう言った。
「いや何となくさアカマントにしようとしたよ。でもさ結果としてロウ・シエミヤになったんだから良かったじゃないか」
「まぁ結果は良いですが、いくらなんでもひどすぎますよね本当に……プップッ」
青いローブを着た人は、思い出したかのように腹を抱えて笑うのを我慢している。
「おい! 青ローブなにを笑ってやがる。あんなふざけた名前の方が良かったのかよ!」
シエミヤは怒りで眉間にシワを寄せ、こめかみには青筋がたっているように思えた。それを見た青ローブは慌てて笑いを抑え込み、落ち着きを無くしかけたようにみえた。
「わ、私はわ、笑ってない笑ってないです」
「いやでも、苦悶と喜悦に満ちた表情をのぞかせている時点でアウトだと思うけど、そこら辺はどうなの?」
康高が見たときに、彼女は確かにツボを一押しすれば吹き出しそうだったが、当の青ローブは知らぬ顔をして誤魔化した。しかしフード部分から覗かせた真っ赤なリンゴを誤魔化すことなど出来はしなかった。
「もうここにもう用はないはず、さぁ早く行くのです。行った行った」
後ろから二人の背中を押して立ち去るように促した。そんなにも、恥ずかしく隠したい事なのかと康高自身は疑問に思うしかなかった。
「分かったから、悶絶の末に笑ったって事にしておくよ。青ローブちゃん」
康高は笑いながら手を降った。逆にシエミヤは不機嫌そうだったが、ともかく進むことを強いられた二人は足を進めた。
康高から見た青ローブの評価は、魔人加藤より下だがイジリがいのある人だったなと感じた。
逆にシエミヤにとっては、康高がふざけた名前を付けようとした事へ少し憤りを隠せなかった。
そんな二人は気まずい雰囲気からか、言葉を交わす事なく前へ前へと進んで行った。
前へ進んでいくと、レッドアリーマーらしき悪魔に拷問される男が遠目で見えた。悪魔は男に対し背中から馬乗りになり、ムチを振るっていた。
「ここか? ここがエエのんか!?」
「ギャア!」
「それともここか?」
「ウギァ!」
悪魔はムチを右往左往に振るい、男をいたぶり反応を楽しんでいる様子だ。これを康高達は遠くで見ていたが、余りのおぞましさに声をかけられないでいた。
康高は気を紛らわしたかったのかシエミヤに声をかけた。
「どうするシエミヤ君、何か策はあるかね?」
「はぁ? 策、策なんてねぇよ。お前はあるのかよ!」
シエミヤは不機嫌な顔で、いきりたつと康高と顔を見合わせた。端から見たら、紫電がほとばしって見えることだろう。
「お前とは何だ!」
「何だとは何だ!」
互いに、いがみ合い睨み付け殴り合いを始めた。序盤は康高の右ストレートが吠えるが、シエミヤは耐えに耐えてクロスカウンターをお見舞いするなど、一進一退の攻防を呈して数分間が経った後だった。
「おい二人とも何をケンカしてるんだ?」
横からムチを叩いていた悪魔の声がした……がそんな声などお構い無しに、殴り合いは尚も続いた。しかし終わりは突然だった。
パチーンパチーンと音が鳴り響くと康高達は唖然とした。そう顔をムチで殴られたのだ。
「いい加減にしろよ! ここは俺様の神聖な拷問部屋なんだ、やるなら他所でやれよ。まぁところで何でケンカしてたんだ?」
二人は悪魔に事情を話した。
「ケケケこいつは悪いものを見せちまったな、お詫びとなんだが彼は力を求めた渇いた魂なんだよ。どちらかが名前を呼べば目を覚ますだろうよ。さぁ名を呼ぶが良い!」
「俺はパスする」
シエミヤは先に申し出た。いたぶられて喜んでいる魂の名付け親になりたくないと思ったからだ。
反対に康高は違った。二度あることは三度あるというのか、彼は嬉々として名を叫んだ。
「ドM! 名前はドMで決まりだ」
その名を聞いた悪魔は笑っていた。いや爆笑して転げ回り、息が出来なくなるまでつづいていた。
逆にシエミヤの方は、怒る気さえ起きないのか呆れ果てた顔をしていた。
しばらく経って悪魔は落ち着きを取り戻すと康高にむかってつぶやいた。
「ほ、本当にその名前で良いのかよ? これはいくらなんでもひど過ぎないか?」
悪魔はドン引きしていた。いくら自分がムチで叩いているとしても、アイツには苦痛しかないはずだからだ。シエミヤの方は今にもブチギレそうだった。
「え、ウソだよ。分かんなかったの? ウソは悪魔の専売特許だったんじゃなかったの?」
康高にそう言われ、悪魔はムキになった。大概ナメられたものだと感じざる負えなかった。
「あ? 俺は拷問専門なの! いたぶる事が出来ればそれでOKだし、ウソを見抜くとかどうでも良い訳よ。さぁ人間よ、しっかりとした名前を呼ぶが良い」
「ウェルギリウス、そうウェルギリウスだ」
彼にはこの名前がふさわしいと感じた。
遅くなりました。