鈴の塔の検問場で、サキとアキラは息を呑んだ。
「……んだよ。これ!!」
「やはり、サキの予想で正解ですわね」
荘厳たる金色の間を染める深紅。まだ乾ききっていない赤色は、絶対に拭い去る事が出来ないと思わせる程に、その部屋を広く、濃く汚していた。そしてそれだけじゃない。焼けた肌の……いや、肉の匂いだろう。料理を何度となくしてきたサキですら、嗅いだ事の無いような匂い。線香を焚いて、その火で動物の肉を炙ったかのようだった。しかし臭気はそれだけではない。生臭い匂いも同時に鼻を差す。……ヒトという生き物の内臓の匂い、なのだろうか。
血に沈んだ修行僧の亡骸。
その死体は、いずれも高出力な砲撃を受けたのだと思わせた。
あまりに惨い惨状に、アキラは口元を左手で押さえては目を細める。サキは沸き上がってくる吐き気を圧し殺すように、怒鳴り声をあげた。
「クソッ!!」
駆け抜けるように走り、検問場を出る。
おそらくはこの惨状に嘔吐したサクラのその跡を越え、外へ出た。そこで不意に心配になって、アキラを振り返れば、彼女も毅然とした表情のまま続いてきている。不快感はあるようだが、こういう状況でもパニックにはなっていないらしい。
彼女はサキの隣で立ち止まり、ハッとした様子で手を差し出す。
と、同時に悲鳴のような声を上げた。
「あの子達!」
振り向けば、すぐに理解する。
遠目にも見間違える筈が無かった。
頷きあって、二人は全力で走る。道を血の足跡が二人分、引き摺られたような跡が一人分あったが、気にしちゃいられなかった。
チラチーノ。ドレディア。ミロカロス。イーブイ。
サクラの手持ち以外に考えられない。
そして彼らは、置き去りにされたと言わんばかりに、声をあげて扉を叩いていた。
それがどういう事かなんて、考えなくても分かってしまう。
「嘘だろおい。サクラ、サクラ!!」
「嫌よ! 嘘よ! 何で、何でっ……」
手持ちを置いていく理由なんて、ひとつしか予想出来ないじゃないか。
分かりたくなくても、分かってしまうじゃないか。
サクラじゃなくても、同じ状況ならば、サキもアキラもその手段を取るのだから。
――そう、死を確信しているなら。
二人が、もうすぐ扉へ辿り着こうかと言うときだった。
激しい光が、扉のすぐ上の壁を貫通して突き抜けた。
破片が飛び散り、サクラの手持ちへと降り注ぐ。
サキとアキラの方にも飛んできて、二人の足を止めさせた。
「チィィイイイ!」
「ルー!!」
「ロー!!」
「ブィィイイイ!」
絶叫と言う以外に何があろう。
サクラの手持ちポケモン達は、これまで二人が聞いた事もないような声で鳴いていた。
チラチーノは両腕を血塗れにしながらも扉にすがり、ドレディアは狂ったかのように首を振りつつ葉を放ち、ミロカロスは欠けた尾を更に折ってもいいと言わんばかりに扉へ打ち付け、イーブイは血で毛色を変えながらも突進する。
ぱらぱらと、細かい破片が降り注いだ。
サキとアキラは、ゆっくりと歩を進める。
「嘘だろ。なあ……」
その声に、サクラの手持ちがこちらを振り返った。
「嘘よ……嘘よ!!」
一様に二人へ駆けてくる四匹。
早くサクラを助けろと、やっと助けに来たのかと、早く早くと、二人の元に辿り着いては、一様に引っ張って、扉の前に連れていこうとした。
でも、アキラの膝は崩れた。
サキは転ぶように倒れ込んだ。
ソーラービーム。
それを見て納得した。
ここに至るまでの僧侶を殺したのは、それなんだと。
そしてそれが鈴の塔で、サクラが入ったのだろう鈴の塔の中から、一筋放たれた。
その意味が表すのは……。
「いやぁぁあああ!!」
「サクラァァアアア!!」
死んでしまった。
殺されてしまった。
間に合わなかった。
そう、二人は絶叫し――。
――ズガン。
音が響いて、先程の反対側、更に僅か上方へ向けて鈴の塔が弾けた。そして――。
「ギャシャァァアアアアア!!!」
白い閃光が、四匹の攻撃でも揺るがなかった扉を吹き飛ばした。
※
主よ。
私に別れの挨拶がないな。
私が言葉を持つ為か?
否、その様な些事はどうでも良い。私が別れの挨拶を伝えられていないのなら、私は未だ主の下僕だ。私は主を守ろう。私は必ず、主を守ろう。
例えその相手が恩義ある母君でも。
レオン、ルーシー、ロロ、リンディー、案ずるな。
主は私が――。
否、『我』が出よう。
我は我を狙う者を許さぬ。
我はルギアぞ。
我は
否!
私は主を……。
我は貴様ら人間を……。
守ろう。
滅ぼそう。
ダレダ我トハ。
ダレダ私トハ。
カマウコトハナイ、ヒトツノモクテキハヒトシイ。アア、ヒトシイナ。
主の母君を――。
目の前の人間を――。
――コロス。
カラダヲ。
チカラヲ。
ヨコセワレヨ。
ヨコセワタシヨ。
ん?
む?
待て、我よ。
何だ、私よ。
貴様は誰だ。
貴様こそ誰だ。
私はルギア。
我はルギアぞ。
なら――。
ならば――。
もうひとつ聞こえる声はなんだ?
いまひとつ聞こえおる声はなんぞ。
私は私だ。
我は我だ。
やむを得まい。私は我だ。
やむを得まい。我は私だ。
あぁ……。
あぁ……。
失った記憶の私か。
最近出張っている我か。
なら。
ならば。
『貴様』は誰だ。
『貴様』は誰だ。
私ではない。
我にも非ず。
つまるところ。
ああ……。
『貴様が敵か』
ミニコーナーはお休みです。