まあ、なんと言いますか……。
バカップルとは言え、バカにも程がありますわね。のろけ話と痴話喧嘩は、スリープも食べないとは言いますが……。さておき、舞妓さんの元へ行くのは賛成ですの。
二人の壮絶な追いかけっこを諫めたアキラは、二人に向かってそう提案した。サキの情けなさはともかく、二人にとって確かな参考にもなるだろうとアキラは零す。それでもサクラは事実を聞いて尚、怒り冷めやらぬ様子でむくれており、サキは少年らしい泣き顔で俯いていた。
「アキラとサキでいけばー? 私もう、サキなんて知らないもん」
サクラはそう言って、ポケモンセンターへ向かって歩き出した。巨乳を前にした時や、以前アキラに怒鳴り付けた時よりは酷くは無さそうだが、言いはなっては去ってしまうところを見るに、相当怒ってはいる様子。仕方ないとアキラは首を振り、彼女の背を追おうとするサキを引き止めた。
「ああいうサクラは初めてでしょう? 今は放っておく方が良いですの」
サキは「でも」と言い、食い下がろうとして、しかしアキラは首を横に振った。
「あの子が喚き散らしたりしてるならまだしも、ああして内に籠った怒り方をしている時は、時間を置かないとどうにもなりませんの」
とりあえず、舞妓さんのバトル演目でも行きましょうと、アキラはサキの手を無理矢理引いた。それでも彼は心配そうにサクラの去った方を見続けていたが、アキラの力任せな引っ張り方に、どうして抵抗は出来ずにずるずると引っ張られて行った。
「あの子は滅多な事では本気で怒りませんの。あれは嫉妬しているだけです。少しは幼馴染みの言うことを信用なさいな?」
「……わかった」
アキラの方便に結局は言いくるめられ、サキはやむを得ず頷いた。全て自分の勝手な思い込みが引き起こした惨事で、サクラは自分を好いてくれているからこそ怒っている。それが分かるから余計に罰が悪く、少年の顔はアキラに勧められるままトイレで水を頭から被ったとしてさえ、晴れる事はなかった。
公衆トイレから出て、ふうと溜め息。アキラはそんな彼の様子を気にした風も無く、少年の先を先導した。
因みにアキラはサキの味方ではない。あくまでもサクラの味方だ。サキの事を仲間として大事に思う心はあれど、今回の件はサキの運が悪いとは言え、全面的に悪いと言える。サクラを想うからこそ必死な気持ちは汲むが、耳まで真っ赤にして嬉しそうにして彼に接していたサクラの気持ちを汲む方が大きい。
――まあ、サクラの気持ちが落ち着くまでは、貴方に謝罪の機会は与えませんの。
口に出した言葉は本音ながら、実を言うとそんな腹積もりだった。
※
エンジュシティは今、ゴーストタイプを扱うマツバの保護下にある。即ち全面的に見張られていると言えよう。フジシロによって彼の耳にも、サクラの存在はちゃんと入っている。サクラの身に万が一は無いからこそ、こうして一人になれるとも言えよう。
サクラはポケモンセンターの自室で、膝を抱いていた。
「……はぁ」
既に部屋中の空気を染めたとさえ思える程に吐いた溜め息だった。ふつふつと胸の中で燃えては熱くなる感情。つまるところ苛つきを鎮めるのに、彼女は溜め息以外の方法を探しもしなかった。
「……バーカ。バーカバーカ」
そう呟く。宛先は脳裏に浮かぶ赤髪の少年。勿論脳裏に浮かぶ彼は、言葉で刺しても苦痛に顔を歪めやしない。悔しながらも少女が一番好きな『笑顔』をたたえたまま、言葉に刺されては笑っている。
「もぉ、サイッテー……」
言葉で刺しても笑う少年に向けて零す。
なんだよもう。笑ってんじゃないわよ。普段からへらへらへらへらしてさ。
そりゃあ笑ってるとこが一番可愛いし、たまに格好よくしてくれるのがいいんだけどさ。それでもなんなのよもう……。何が『舞妓さん』よ。何が『芸者さん』よ。女なら誰でもいいの? いや、それはないか。ごめん言い過ぎた。
でもほんとサイッテー。あんたなんかレオンのスイープビンタ食らわせてから、ルーちゃんの痺れ粉で動けなくして、リンちゃんの突進で転ばせてはロロに巻き付くさせて動けなくして……。
ちゅ……チューしてやろうか!!
「って、何考えてんの私!」
途端に少女は顔を真っ赤にしてベッドへうつ伏せに飛び込む。柔らかい掛け布団に顔を埋めては人恋しそうに抱き締め、頬擦りをして転げる。
「ああもう、サキのバカバカバカー」
やだもー! と言いつつ、彼女は布団をぎゅうぎゅうと抱き締めながら転げて暴れまわる。
実際の所、怒ってはいるけども、自分の為に必死だったと言う事実は嬉しかったのだ。それに、他の女性に手を握られて、照れていたのは不快だっただが、半身引いて戸惑った顔で……そう、こちらに助けを求めるような顔付きのサキは、それでいて可愛かった。
やぁーん。ほんともう可愛いの私の彼氏!
あの泣きそうな顔。ヤバいところ見つかったって顔。必死に違うんだって言う顔。泣いちゃった顔。ほんともう顔は可愛い。それに何!? 私の為に必死だったからお店間違えたって何? 格好良いのか可愛いのかどっちよ! んもう!
サクラはもうベタ惚れだった。勿論この意識の裏で『変態! バカ! サイッテー!』と、彼を突き刺して恨み言を並べる事もしているのだが、それでもやはり彼女はベタ惚れだった。
実のところ、自覚した頃はそんなでもなかった。好きだ好きだと思いつつも、その頃の彼女なら今のような現状に至れば恨み言だけで思考は埋め尽くされている事だろう。
完全に惚れたのは繋がりの洞窟で格好良い事を言われた時で、陥落したのは告白の時。ずきゅーんと胸を撃たれたのは彼が照れて穴ぐらへ逃げ込んだあの瞬間。
可愛くて可愛くてたまに格好良い。それがなんとも堪らないんだと少女は語る。その顔付きを捕食者のように狡猾に染めながら、そう語る。
「ああもう、サキー。なんで笑ってんのよバカー。もうほんと可愛いよ――ってあれ?」
布団に顔を埋めてはじたばたしていた彼女だが、不意に視界の端で光ったモノを見て、動きと妄想を止める。ゆっくり身を起こして、鞄の中で通知が来たと光る『PSS』を取り出した。
先程アキラから『暫くサキは連れ出すから気持ち落ち着けなさい』とメールが来ていたので、その続きだろうか……。と、見て、少女は固まった。
「……え」
少女は瞬間的に表情を強張らせた。先程まで緩みに緩んでいた表情は、スッと一筋闇が差したかのように目を見開かせる。
PSSを操作して、少女はホログラフを起動した。
『鈴の塔に来い。来なければエンジュシティは……』
ホログラフには、一人の女性が映っていた。彼女は言葉の締めで、手を画面の前に持ってきて、グーから、パーへ。
『仲間呼んできても良いよ。但し、あんたが今呼べる仲間は私に敵わない。解るよね? 呼んだら呼んだ分だけ死体が増えるって事だから』
その女性は、サクラの目に覚えのある人物だった。
『……一人で来る事を勧めるわ。Lは勿論、持ってきてね?』
栗色の髪。赤いシャツ。紺のオーバーオール。
「おかあ……さん?」
そう、セレビィの中で見た女性……コトネ。サクラの母。その人だった。
――イカナキャ。
そんな声が聞こえた。