天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

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第三話
エンジュシティで追いかけっこ


 エンジュシティ。

 

 ジョウトではコガネ、キキョウに続いて三番目に大きな街であり、寺や塔といった古き良き文化を今も保持する街だ。白銀山と並んで、ジョウト地方のシンボルとさえ言える『鈴の塔』はこの街にある。

 

 観光地としては全国的に有名で、他の地方から訪れる者は少なくない。ジョウトと言えばエンジュシティとさえ言われる程、知名度においてはコガネにも劣らない街だった。

 

 特に有名なのは『舞妓さん』と呼ばれる着物を着た女性。顔は特徴的な白塗りの化粧で、一様に髪は纏めて、且つ伝統的な舞踊を舞う。その姿は多くの男性を魅了し、多くの女性の憧れとして誉れ高い。

 

 とは、一般的な知識だ。サクラは少なくとも、『舞妓さん』を大嫌いと宣った。

 

「もう、信じらんない。サイテーだよ。ほんっとサイテーだよ!」

 

 エンジュシティの街道にて、彼女はそう叫びながらのしのしといった様子で歩く。その表情はあからさまに激怒しており、その彼女の後ろには泣きそうな顔の赤髪の少年が着いて回っては、必死に弁明の言葉を並べていた。

 

「ちげえってサク。あれはフジシロに『舞妓さん』はバトル強いから参考になるだろうし行けって言われて」

「はいはい。何度も聞きました! それでどうやったら手を握られて顔を真っ赤にしてるんですかぁ? しかもあんな如何わしいお店で!!」

「ちげえって。だからあれは……」

 

 要するに痴話喧嘩である。端から見ていても明らかな程の痴話喧嘩である。由緒正しきエンジュの街道で、痴話喧嘩である。

 

 事の発端は、フジシロが『Nの協定』の緊急招集で呼び出されてしまった一週間程前に遡る。

 

 一行はその頃、エンジュシティへやって来てすぐであり、フジシロと約束したジムバトルをまだ終えていなかった。

 

『一週間ぐらいで戻ると思うんだ。ポケモン協会からも任意の招集がかかってるし、おそらく今回の一件だと思うんだけど……』

 

 と、述べて、仕方なくフジシロはエンジュシティを後に、飛び立って行った。やむにやまれぬ事情なのは分かるし、だからといってフジシロと約束したジムバトルをすっぽかすのもどうかと憚られ、一行は一週間の足止めをまたも()()()()()()()()余儀なくされた。

 

 しかしながらアキラは呆然とする二人に、先のセレビィとの邂逅の事をサキとアキラからそれぞれシルバーやアカネへ報告したので、その件ではないかと話した。サキも同じ見解だったようで、『三ヶ月後のアサギシティ壊滅』の事を話し合うのだろうと言う。

 

 フジシロはエンジュシティにはマツバがいるので安心だと言っており、一行はその言葉を信じて待つ事にしたのだ。

 

 それがどうしてサクラとサキの痴話喧嘩に至ったかと言えば、少し話は面倒になる。

 

 サキは先ずもって、この一週間サクラにベッタリ引っ付かれていた。これについては特段彼にとって不快ではなかったし、折々でバトルや観光をしていたので気分も上々だった。

 

 問題はその際、バトルにおいてサキはサクラに一度も勝てなかった事。そして、観光をする最中に腕や手を組んだり繋いだりすると、どうしても調子が狂ってしまっては彼女と普通に会話が出来なくなってしまう事。特に後者についてはアキラからも「情けない」と言われれば、サクラはサキの居ない所で悩んでいるようにも見えた。

 

 極めつけは、前夜。

 

 サキがポケモンセンターの風呂を利用して、部屋に戻ろうとした際だ。

 

 サクラの部屋の前を通りがかった際に、彼女の部屋に食事を届けようとするジョーイがいた。ついでに彼女へ挨拶でもするかと、サキがそのジョーイに近づこうとしたら、近付き切る前に扉は開いた。

 

 中から出てきたサクラは、何やら涙を浮かべていた。

 

 見てはいけないものを見た気がして、サキは咄嗟に物陰に隠れた。ジョーイとサクラの会話が、彼を()()()

 

『あら、大丈夫?』

『はい。まだ少し辛いですけど』

『そんな時誰かと相部屋なら、ね』

『……アキラは家の子モフっちゃうのでダメで、サキは――』

 

――ゲホッゲホッ。

 

『あら、大丈夫?』

 

サキはその瞬間、察した。物陰から彼女の背を撫でて心配するジョーイの背を見ては、サキは「あああああ」と、小さく驚愕した。

 

――もしかして、サクラ風邪引いてるのか? 涙が出るくらい辛い風邪なのか!? そんな風邪引いてるのに俺があんなにも頼りないから頑張って腕引いてくれてるのか!? まさか、まさか!! まさか……。

 

 そう、思った。

 

 そして彼は駆け出した。どうしようどうしようと悩み、悩み、やがてフジシロが旅立つ前に残した言葉を思い出す。

 

『エンジュには舞妓さんってのがいてね。ポケモンバトルもすんごく強いんだ。何より美人だよ、うん、美人だ』

 

 頼りないとすれば、サクラに勝てない自分だ。サクラに照れる自分だ。

 

――そうだ、舞妓さんと戦えば、バトル強くなれるし、女性慣れも出来るんじゃね!?

 

 妙案だった。

 

 間違いなく妙案だった。

 

 奇策ばかりをたててきた彼の頭が、またも奇策を持ち出した。

 

――それっきゃねえ!

 

 そう思い至ったら、即行動だった。朝イチでサクラに断りを『少し出掛ける』と入れ、行先は言わずに飛び出し、舞妓さんの元へ急いだ。

 

 順に間違いを並べよう。

 

 先ずもって、サクラが悩んでいたのはサキとの件ではあった。サキとの件ではあるものの、『サキが頼りない』ではなく、『明日はサキと何をしよう』と、色ボケ的な悩みをしていた。

 

 次にサクラは風邪を引いていない。水を呑んだら喉に引っ掛かっただけだった。サキが頼りない事実は残るが、水が喉に引っ掛かったくらいで恋人に助けを求めるバカはいない。因みにサキと相部屋ならば、『ドキドキして間が持ちません』とでも言っていただろう。彼女も彼女でいっぱいいっぱいだった。

 

 そして次の過ちは、彼が飛び込んだのは『舞妓さん』じゃない。『芸者さん』のもとだった。舞妓さんと違って、芸者さんは高級料理と共にもてなしてくれるだけだ。それはそれは彼を艶やかにもてなしてくれた。因みに料金はかなり高額なのだが、これまた彼は巨大スポンサーを持っているのでお金に困ってはいない。

 

 最後の過ちは、サキが一度も振り返らなかった事だ。彼の後ろには、彼の鬼気迫った顔を心配したサクラが全力で追って来ていた。

 

 サクラは唖然とした。

 

『おいでませ幻想郷』

 

 と書かれた如何わしい看板を前にして、ポカーンと口を開いては固まった。そのお店、一応言っておくと『如何わしいお店』ではないのだが、基本的に独り身の男性や、大人に憧れるお坊ちゃんが訪れるお店だ。

 

 サクラは中に踏み入った。

 

 サキはバトルまだしないのかなと思っていた。

 

 サクラはサキの部屋を『例のアレ』な雰囲気で受付の女性を脅して聞き出した。

 

 サキは手を握られて戸惑った。

 

 サクラは襖を開いた。

 

 サキは固まった。

 

 サクラは固まった。

 

――合掌。

 

 

「ちょ、ほんと違うんだってサク!」

「うっさい変態! サキの浮気者! もうあんたなんか知んない!!」

 

 追いかけっこは昼過ぎまで続いた。

 

 二人がサキの相手をしていたのは『芸者さん』と知ったのは、アキラがついに泣き出したサキを見つけ、事態を全て掌握してからサクラに伝えた時の話だった。

 

 

 よもやこれが一大事の前の最後の日常だとは、誰も予想しちゃいなかった。


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