ヒワダタウンに帰って来たアキラとフジシロは唖然とした。
目に映った光景が信じられなくて、アキラは目をごしごしと擦ってから、今一度見直した。しかし変わらぬ光景に、再度目を擦っては見直す。
サクラの部屋で、背中まで真っ白に煤けたサキに、サクラがべったりと引っ付いてはご飯を「あーん」と食べさせていた。
「フジシロ」
「なんだい?」
もぐもぐ、ごくん。不味い。ごめん失敗してる?
砂糖と塩入れ間違えてるこれ。
嘘ーっ。あ、ほんとだ。
「これはアンノーンの呪いでしょうか?」
「……アンノーンは呪いを覚えないよ、うん。覚えたとしても呪いじゃなくて鈍いだね」
サキの左腕をガッチリと右腕でホールド。晴れの日に縁側で佇む猫のように朗らかな笑顔で、サクラは少年の肩に頬擦りしている。
「貴方のゴルーグ、大爆発を覚えていて?」
「残念ながら覚えてないね。覚えてない」
PSSで部屋にいるよと通知を寄越したくせに、当の本人は二人の登場にまるで気付かない。因みにサキは疲れ果てた様子で、いつ粉になって飛んでいくかというような雰囲気を漂わせていた。
「確かにわたくしは奴をけしかけた覚えがありますが、サクラをけしかけた覚えはないですの……間違いありませんわよね?」
「そうだね。僕もそう記憶してるよ。ちゃんと覚えてる」
アキラの目の前で起こる惨状は、端的に言って『なんだこれ』だ。
サキは恐らくけしかけた通り頑張ったのだろう。むしろこれから先サクラを第一に考えてくれるだろう人間が、その位置に収まってくれるのは、アキラとしてもとても嬉しい限りだ。少なくとも労ってやりたくは思う。
しかしサクラの様子が意味不明である。いや、確かに幼少から彼女は色恋沙汰とは疎遠で、恋人どころか惚れた腫れたと言う話さえなかった。だから知らなかった一面だから、何があっても不思議ではない。
不思議ではないが、これは……。
アキラは思わずアタッチメントからボールを取り上げて、ポイと放り投げた。これから起こる事を予想したらしいフジシロが、隣で耳を塞ぐ。
モンスターボールの閃光で、サクラがハッとした。アキラとフジシロの姿を見て、目を見開いては顔を驚愕に染め、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め上げていく。
しかし今更遅い。
なんでしたっけ、巷で有名なこういう時の常套句は……。
と、アキラは目の前のバカップルを指差してから、「ああ、そうだ」と思い起こす。
実に晴れやかな笑みを浮かべて、アキラは言った。
「リア充、末永く爆発しろ」
そして容赦なく、プクリンに『ハイパーボイス』をぶっぱなさせた。
※
サクラは慎ましく両膝を畳み、両手を膝の上に、静かに座していた。いわゆる正座である。その顔は耳まで真っ赤に染まり、それでいて『ハイパーボイス』をぶちかまされた名残か髪の毛はぐしゃぐしゃでどこか廃れたような装いだった。
床に座る彼女の前で、アキラは腕を組んで仁王立ち。その横でフジシロが横たわったまま動かないサキを介抱していた。
「先ずは祝福しましょう。オメデトウ」
「はい」
抑揚の無い声で、且つ威圧的にアキラはそう言う。返事するサクラは陳謝するような重い声色だった。
アキラはにっこりと笑って……いや、表情だけで笑って、口を開く。
「彼氏が出来たことはよろしい。その彼氏がサキと言うのは、わたくしとしてもとてもとても喜ばしい。しかし、貴女自身が呼び立てたわたくし達が訪れても気付かないとは、危機感が無さすぎる。無さすぎると言うかまるで無い」
「返す言葉もございません」
饒舌に、且つ早口で、捲し立てるように告げられた言葉にサクラは頭を垂れた。尚もアキラは言葉を零す。
「危険な旅をしているのは承知ですわね?」
「はい」
「なら先程のは浮かれすぎだとわかりますわね?」
「はい」
そこでアキラは今一度、にっこりと笑った。
「んじゃあ、歯ぁ食いしばれ。色ボケサクラァァア!」
ばちこーん。
少女の平手はとにもかくにも痛かったろう。それはそれは痛かっただろう。けしかけておきながら、これまで色恋沙汰はないアキラの私情も含まれた魂の一打だったのだから。
それまでで一番良い音だったと、後のサクラは言う。
先ほどのハイパーボイス? いいや、あれこそが単なる私怨だろう。こっちこそがアキラとしての本命だった。サクラの為を思った一打だった。そう信じたい。
※
そんなこんなな騒動を巻き起こしつつ、それでもアキラは二人を祝福した。サキは照れ臭そうに、サクラは顔いっぱいに笑顔を咲かせ、彼女に礼を告げる。フジシロは旅路を共にする仲間でカップルが出来上がる事を「珍しい事じゃないけどね」と言いながらも、二人を交互に撫でて、喜ばしい事だと告げた。
なんだかんだアキラは、親類を亡くしたり、疎遠だったり、敵対したりしているサクラがサキと言う大事な存在を得て、舞い上がる気持ちもちゃんと理解はしていた。むしろその点を心配する打算もあって、サキをけしかけたのだから、理解していない筈がない。
勿論、伴うリスクだって大きい。二人が喧嘩したり、この先不慮の何かで離ればなれになったり……最悪死んでしまったりしたら、もう一人は心に癒えない傷を刻む事だろう。でも、それはリスクであって、それまでの状態でも変わらないようなものだった。例え関係が以前のままでも、同じく二人はお互いを大事に思い合っていたのだから。
それに、アキラはもともとサクラの身を案じて一行へ参入したのだ。そんなリスクはもとより払うつもりもなければ、払わせるつもりもない。まあ、喧嘩ばかりはよくしているが……。
誰かを守る為ならば人間無茶も無理も利くものだ。それは本能的に。むしろこうして引っ付けば、お互いを守ろうと意識して、もっと強くなろうと努力してくれるだろう。その利点はこの状況においてとても大切なものだ。
これを言葉にするなら、希望とでも言うんじゃないだろうか。
そんな月並みなことを、アキラは思った。
ゴルーグの腕に抱かれ、翌朝四人はヒワダを発った。
当初はこのゴルーグのせいでひどい目をみましたが……。まあ、結果オーライとでも言いますか。
アキラはゴルーグの太い右腕に抱かれてはサキに引っ付くサクラを見て、微笑ましい限りだと笑う。
ま、イチャつくのは暫く多目に見てあげましょうか……。
でも、何故でしょう……。
わたくし、凄く切ないです……。
彼氏……欲しいですの。