ラプラスの居る場所な。えっと、確かそこの突き当たりにある穴を降りて、そっから北に向かって行った最奥だったかな。そこで目撃されてる筈だ。
勝負に降参した男は、身ぶり手振りながらも丁寧に教えてくれた。途中水を渡らなければいけないと言われ、二人は少し悩みながらも進む事にした。『波乗り』を公に使うにはジムバッジか免許がいる。まあ、それは公式の場においてで、例えばトレーナー免許を持たないまでもバトルの真似事をする子供がいるわけで、『危ないから一応定めてます』と言う風潮。海ではなく流れも穏やかな湖なら、とりあえず出来そうならばロロに泳がせるかと暗黙の内に視線でやり取りをした。
パフォーマンサーに手を振りながら別れ、指差してくれた先に向かう。時折イシツブテやズバットが見掛けられ、加えて最近この辺りに生息するようになったダンゴロと言う別地方のポケモンも群れを成していた。人を見ては品定めするようにジーっと見つめるばかりで、どうして襲い掛かられたりはせずに、安穏としていた。
男が言っていた穴に辿り着く。梯子がかかっており、下に向かって真っ直ぐ穿たれた穴だった。サキが先に降り、続いてサクラが降りる。
「うわ、すげえ。サク、早く来いよ」
地下に広がる地底湖とも言うべき風景は、人工的な電灯の光を水が、苔の茂る岩が、それぞれ反射して美しく輝いていた。その光景はとても神秘的で、ラプラスなんて珍しいポケモンが何故こんな辺鄙な場所にいるかを教えてくれるようだった。
思わず梯子を降りきる前にサクラを見上げ……。
「あ、こら。サキ!」
「……ごめん」
サキの視線に気付いて、スカートの裾を片手で伸ばすように隠すサクラが彼を叱責した。
地下へ降り立ち、少年は少女に「もう、サイッテー」と言われた。それでも少女はすぐにサキのように、目の前に広がる神秘的な光景に感嘆していた。
「ほんとごめん……」
「……まあ私が迂闊だった。だから忘れたならもういい」
神秘的な光景に興奮するサキの気持ちを少しは汲んで、サクラは唇を尖らせながらもそう言った。因みに忘れた忘れたと焦りながら彼女に手を振る少年だが、「何色だった?」とこっそり聞けば「白だった」と答えるだろう。この場にかつてメイの胸は柔らかかったかと聞いた、名前が四文字の前科者がいない事が悔やまれる。
ともあれ、二人はもう少し開けた場所を見つけたらサキが食事を作る事で手を打った。普段から食事を作るのはサキではあるが、決してご飯で彼女を餌付けしている訳ではない。おそらく。
二人は辺りを見渡しつつ、ゆっくりと道なりに進む。やがて岩に邪魔されていない水辺へと出た。
「んー、ロロなら泳げると思うよ?」
「アリゲイツにロロを護らせながら進むか」
「だね」
流れは無いと言っても過言では無い程穏やかだった。水ポケモンの影がちらほら見えるが、サキの提案で解決する。まあアキラにバレたら少し怒られるかもしれない。違法と言うよりは注意で済む案件ながら、彼女はそう言うところに少し厳しいので。
アタッチメントからモンスターボールを外し、二人はロロとアリゲイツを水辺に出してやる。ロロは研究所でリハビリして以来、久しぶりの水辺に声を挙げて喜んだ。アリゲイツも出されるやいなや自分が水に浸かっている事に少し驚いて、すぐに水中へ潜っては旋回して浮上してくる。
「ロロ、乗せてくれる?」
「ロー」
ロロが首をもたげる。立って乗るには少し細身に思えたので靴と靴下を脱いで、鞄にしまってから、彼女の胴を跨いだ。サキもロロに乗る方が安全かと思案し、サクラに倣って靴と靴下を脱いでは膝までズボンを捲って、彼女の背に跨がった。
「ほら、サキ、ちゃんと掴まって」
「お、おう……」
ロロの首に直接掴まる少女の腰へ手を回す。直接彼女の身体を掴むのは少し気が憚られ、やむを得ず彼女の腹の前で自分の腕同士を組む。
因みにサキはあまりサクラの身体に直接的に触れたりはしない。最低限の男女の距離感を年齢特有の本能で察し、成る丈はスキンシップも健全的なレベルに留まっている。端的に言えば、『まともな判断能力』がある時に、『まともに彼女に触れた』のは初めてかもしれなかった。
――うわ、こいつ細っ!
率直的に抱いた感想はそれ。よくテレビ等で言っている『柔らかい』とかは、彼女が服を着ているからか、あまり感じず、いつものリュックサックではなく肩掛けのポーチだったから余計に華奢さを感じた。
「ロロ、あっち向かって」
そんな少年の気恥ずかしい感想には気付かないまま、少女は指を差してロロを誘導する。ひんやりと冷たい足下の水が掛かれ、僅かな振動と共にロロは動き出す。
「あ、アリゲイツ。お前は、え、援護な」
少年の上擦った声にアリゲイツは水中へ身を隠す。アリゲイツが水中に潜った波紋で少し揺れて、サキの腕が何やら触れてはいけない場所を掠めた気がした。
「サキ?」
「は、はい!」
そんな折りに話し掛けられるものだから、サキはらしくもない返事をした。ええ? と言う表情で少女は振り返りながら、もしかしてと溢す。
「滅茶苦茶ドキドキいってるけど、もしかして波乗り初めて? 怖い?」
「い、いや、そんな訳じゃ」
少女は心配そうに少年を見やり、うーんと首を傾げてから、ロロの首もとから片手を外しては、少年の手を取る。
「もっとひっついた方が怖くないよ」
絶句。
腕を組み直され、更に密着させられ、サキは頭の中からもドクンドクンと鼓動が聴こえるような感覚になる。
「あ、ちょ、ちげえって」
「はい?」
思わず手を離し、少し距離を置いてから、彼は盛大に誤魔化した。勘弁してほしいと、この鈍感女と心の内で溢し、少女の肩に両手を置いた。そう、初めから肩を持てば良かったと思いながら。
「こ、これでいいから。大丈夫」
「う、うん。なんかあったら言ってね?」
何やら焦ったかのような剣幕で、早口に大丈夫と宣う少年を訝し気に思いつつ、少女はとりあえず納得して前を向いた。
しかしすぐに少女の肩の服越しに何やら細い紐のような感触を感じて、純情な少年は心を無にする思いだった。加えて掴んでいるからこそ余計に彼女の肩や首もとに視線がいっては、華奢なうなじにごくりと息を呑む。何か良い匂いが漂っているのに気付いては、少年の動悸は高まるばかりだった。
因みに、少女は本気で彼を心配していた。心配はしていたのだが、回された腕が肩にいって、少し残念に思う自分がいた。ただ、少女は少年よりも二歳年上で、加えて少年が揶揄する鈍感等ではなかった。少なくとも、自己分析においては。
――ちょっと残念。
この心持ちが何を意味するか、少女はヒワダに着く前から自覚していた。だからこそ、ドキドキいっている少女の胸も、仕方ない事だった。同じようにドキドキと鳴っていた彼の胸に、少し淡い期待を寄せながら、でも十二歳の男の子ってそんなの感じるのかな……。等と思っていたりはする。
かくして北に進んだロロが開けた場所に至るまで、二人はドキドキしっぱなしだったのだった。