天を渡るは海の音   作:ちゃちゃ2580

86 / 231
三日間の足止め

 フジシロの見立て通り、ゴルーグは全治三日の重体だった。重傷ではなく、重体。アキラ曰くは手加減はしていたと言うし、フジシロ曰くはこの前カロスの知人から譲り受けたばかりのポケモンだからと言った。アキラのウィルがやりすぎたと言うよりは、ゴルーグがそんなに育ちきっていなかったと言う事。むしろ全治三日で済むと言う事を、フジシロは良かったと溢した程だ。

 

 アキラはそこに至ってやりすぎた事についてはフジシロへ謝罪した。倣ってサキと、アレが治まったサクラも謝罪した。フジシロは両手で三人を制してから言う。

 

「やりすぎだとは思ったよ? 思ったけど僕が悪かったし仕方ない。それに見た目通り僕は鍛えてるからダメージはそんな残ってないよ。痛かったけど」

 

 全ては空を飛ぶ最中に寝てしまった自分が悪い。むしろこの件が協会上層部に知れて凄く怒られた。特に釈放にあたって口利きをしてくれたシルバーからは、『バンギラスの餌にすんぞ。てめえ』と、マジギレされた。その姿は本当に怖かった。比べてしまえばアキラ達の所業なんてかわいら……しくはない程痛かったが、それでキッパリ清算出来たなら良い。

 

「むしろすまない、三日間足止めしてしまう」

 

 フジシロは例の如くベストパーティを連れて来ていない。唯一連れて来たゴルーグが今、あんな状態なのだから、一行は足止めを余儀なくされた。それは仕方ない話で、主にアキラがやりすぎたのだから仕方ないと思わざるを得ない。

 

 因みにふと気になってサキが彼に質問した。

 

「そういやフジシロ。お前旅する時ポケモン連れないって言ってるけど、一匹目どうやってんの?」

 

 成る程。確かに疑問だと、サクラとアキラもそういえばと言う顔をする。普通モンスターボールによる捕獲は、特別な場合を除いて、対象のポケモンを十二分に弱らせてから行う。少なくとも気絶相当までさせないと、ボールの鎮静効果が回りきるまでにポケモンが抵抗し、ほとんどの場合が捕まってはくれない。

 

 つまり基本的に一匹目のポケモンが居てこそ、バトルが出来、捕獲へと結び付くのだ。

 

 頼んで仲間になってもらうのですの? と、冗談半分にアキラが冷やかせば、フジシロは首を横に振った。そして丸太のように太い右腕を差し出し、拳骨を握って、降り下ろす。

 

「殴って気絶させてるよ、うん」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 三人はその時、フジシロをもっと殴っても良かったんじゃないかと思った。

 少なくとも、気絶するぐらいまでは。

 

 

 

 

 三日間をもて余して、サキはサクラを誘った。なんでもないように、いつものように、ドキドキとしながら。

 

 アキラとフジシロは繋がりの洞窟へ行き、その際意味ありげな目をしてサキの肩を叩いてきた。

 

「大丈夫、あの子はいじめられっ子だったからそういう話はなかったわ」

「頑張れ、サキ」

 

 と言う、確信犯のような笑顔で、『アルフ遺跡』の別室を覗いてくると言って去っていった。因みにそれが昨夜の話。つまるところ今は早朝なので、あと丸二日間二人は戻らないつもりらしかった。

 

「とは言えする事ねえよな……」

「ヒワダだもんね」

 

 ヒワダタウン、娯楽施設のひとつも無ければ洒落た場所なんて何も無い。あるとすればサクラより遥かにバカっぽいヤドンがそこいら中に生息する井戸や、既に二人がクリアしたポケモンジム、あとは昔二人の親が世話になったという特殊ボールの工房くらいだ。もっとも、特殊ボールは今では珍しく無いし、二人の親が世話になったという職人は高齢の為に引退し、二代目に引き継いではどこか遠い土地へ移り住んだらしい。つまりどこへ行っても大した実りは無いのだ。

 

「……何かやりたい事はー?」

 

 やむにやまれず、サキはサクラに尋ねた。いきり立っては外に連れ出したものの、結局は丸投げだった。サクラは首を傾け、うーん、と溢す。

 

 因みにサキ的にはやる事が無くても良かった。腕を組んで悩むサクラの百面相を見ているだけで、きっとサキは一日どころか三日は呆けていられるだろう。表情豊かな少女の顔とは、それほどまでに見ていて和むものだ。

 

「あっ!」

 

 ある時少女は手を小槌のように、もう一方の手のひらに打ち付けた。

 

「ねえサキ。私達も繋がりの洞窟行こうよ。会えるかわかんないけど、ラプラスに会いに行きたいな!」

 

 サクラはそう言って、両手を胸の前でグッと握る。サキは一瞬ラプラスに会いに行きたいと言う意図を思案し、すぐにハッとしてはいいねと溢した。

 

 そう、彼女はロロを託してくれたあのラプラスに会いに行きたいと言ったのだ。お礼も兼ねていれば、ロロの元気な姿をあの心優しいポケモンに見せてあげたい。アルフ遺跡で自らが人間に捕獲されるリスクをもってしても、甘んじてミロカロスを救うために姿を現してくれた彼女だ。きっと喜んでくれるだろう。

 

 あの時はサキも彼女に対してひとつ思うところはあったが、それも過去の話。ラプラスがサクラにロロを預けていなければ、きっとロロは助かっていないのだから。

 

 二人は一度ポケモンセンターに戻ると、それぞれいつもよりは少し軽い荷物を持って集合した。昨夜向かった二人に会えるかは分からないが、繋がりの洞窟はそれでもそんなに広くはない。ルギアが呼び掛けをしてくれると言うので、おそらくは見つかるだろうと二人は頷き合った。

 

「んじゃ行くか」

「うん、行こう!」

 

 ヒワダタウンの東側にある洞窟の入口へ向かい、人の手で整備された洞窟の内部へと一歩踏み出した。

 

 ひんやりとした空気が澄んでいると感じさせる。洞窟と言うのに砂っぽくはなく、地面は石のように硬かった。人の手で電灯が備えられている洞窟は、どこかキキョウシティの植物園のように、人が造り上げた自然をコンセプトにした施設のようだった。

 

 二人の手持ちには『フラッシュ』と言う、辺りを明るくする技を使うに適した電気タイプのポケモンはいない。同じく電気ポケモンを持たないアキラとフジシロが構わずに行ったのだから、おそらく大丈夫だろうと踏んでいたが、ひとつサキは安堵する。そんな彼の心持ちを知ってか知らずか、サクラは早く行こうと興奮した様子で先導をした。

 

 人の手が加わった洞窟だ。そんなに警戒せずとも迷う事は無いかと、サキは方向音痴の少女の後ろへ付いて行った。

 

「サク、待てって」

「早くーっ。そんな時間無いんだから」

 

 走っては少し開いた距離を詰めた。

 

 少し歩けばすぐに肩透かしを食らうほど、随分と親切な洞窟だった。サクラはおそらく来たことがあるようで、特に意も介した様子はなかったが、白銀山がどんな風かを父から聞いた事があるサキは、洞窟の中に『看板』が立っている事に苦笑した。まあそれを挙げてしまえば舗装された順路や、電灯もまさしくそれのうちなのだが。

 

「おう、お二人さん。良かったらバトルしようぜぇ」

 

 不意に呼び止められて、二人はハッとする。洞窟の中はもう二人の世界的な勘違いをしていた訳ではないが、それでも不意に声をかけられるとびっくりするものだ。

 

 声をかけてきたのは何かしらのパフォーマンサーのようで、どうやらこの人気が薄い洞窟の利点を活かして練習でもやっていたらしい。フラフープだの、大玉だのを背に、男は笑顔を浮かべて寄ってきた。

 

 どっちがやる? んじゃサキどうぞ。

 と、目線でやり取りをして、サキが男に相対した。

 

「すまんすまん。いきなり驚かせたか?」

「いや、気にしなくていいよ。それよりラプラス捜してんだけど、どの辺にいるか知ってたら後で教えてくれるか?」

「ああラプラスな。結局出ねえっつうんで皆諦めちまったけど、話には聞いた事があるぜ」

 

 じゃあ、教えてくれ。と、言いながら、サキはシャノンを繰り出した。

 

「お、珍しいポケモン使ってんな」

 

 と言いつつ男はドガースを繰り出す。

 

「ドガースもこの辺じゃ見ねえな」

「エンジュにいるんだよ。俺エンジュから出てきててな」

 

 パフォーマンサーの男と一体のシングルマッチで良いかと話し合い、オーケイと至ってバトルが開始される。結果は言うまでもなく快勝。軽いジャブの応酬を僅かに繰り返しただけで、男は「ダメだ。兄ちゃんつええな」と言って笑うものだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。