ヒワダタウンの歴史に名を刻み、そしてアキラの心と花柄のパジャマのズボンに消えない傷を残した大事件から一週間。やっとフジシロが釈放されてきた。釈放されてきたとは言え、三人のうちフジシロに特別恩を感じるサキさえも、待っちゃいなかった。
件において、アキラのパンツがヒワダタウンの住民ほとんどに見られ、挙げ句はサキにまでも見られてしまった。彼女はサキの顔面に思いっきり鉄拳をぶちこんだ後、ジュンサーが事態を収拾するなり、ポケモンセンターの自室に閉じ籠ってしまった。その事をサクラは住民に半ば『巨乳を拝んだ時のアレ』のような形相で謝れと言い、しかし住民はこぞってゴルーグの事等忘れたかのように「森の神様が」と言って、とぼけてしまった。
サクラはマジギレした。サキも一応怒った。そしてようやっと住民に謝罪させたと思えば、今度はサキが不意にぽつりとサクラに「そういやピンクだったな」と溢したものだから、今度はサクラが彼の顔面に平手を三度に渡って御見舞いした。サキは「田中さんの髪の毛の話だよぉ」と、泣きながら正座していた。サクラの耳には聞こえなかった。とりあえずサクラはムカムカして四発目の平手をサキに御見舞いした。
サキは「ちくしょう、なんで俺がこんな目に」とぼやいて、それでもサクラが相手だから泣かされても彼女を恨まず、「フジシロのせいだ」と、ゴーストタイプの怨念宜しく負のオーラを強く纏った。
因みにアキラは三日したら出てきた。彼女の花柄のパジャマは戻ってきたズボンに上も合わせてごみ袋に入れられていた。深く傷付いた筈の彼女はそれでもサクラに笑いかけて、「フジシロぶっ殺しましょう」と、知人らしい彼の名を挙げた。サクラは勿論にっこりと笑って頷いた。
さて、それが原因で今、ポケモンセンターのバトルフィールドで、フジシロはボコボコにされていた。連れてきたゴルーグはアキラのウィルに既にやられていた。死んではいないだろうが、意識はまずない。
「ちょ、サクちゃぶべっ、サキもっぶは、おちつゲフ、おちつゲフ……」
無言で繰り広げられるリンチは、大人相手でも子供が三人もいればなんとかなるものだ。口を開けばサクラの平手打ちが飛び、腕を出そうとすればサキにボディを殴られ、何も動かしてないのにアキラが脛をどこから持ってきたのかビール瓶で執拗に、適度な力で殴り続けた。
サクラの連撃で口を開けず、サキの一撃が中々に重たく、アキラの執拗な攻撃は地味ながら物凄く痛い。やがてフジシロはバトルフィールドで音もなく倒れた。
三人は無言で見合い、ハイタッチを交わす。
悪漢撃沈。その瞬間である。
「いや、マジで痛いよこれは。痛い――グホッ」
とどめにアキラが腹部を蹴り飛ばした。
今度こそモヒカンは動かなくなる。
バトルフィールドだ。バトルするのは間違ってない。ポケモンが争うのなら、人対人で争って何が悪い。少年少女は頷き合う。
「……まあ、スッキリしましたしこれでいいですわ」
「ほんっと、許せないよね」
「フジシロォ……てめえのせいでなぁ……」
アキラはスッキリしたらしいが、二人はまだ足りてないようだ。アキラがひとつ頷いて、「やれ」と言えば、二人はもう一撃ずつ動かないモヒカン野郎を蹴っ飛ばした。
酷い話である。もう、どっちも。
「さて、フジシロ起きなさいな」
「……いや、マジで死ぬとこだったよ。死にそうだった」
まだ実を言うと意識はあったらしい彼は、痛いとぼやきながらなんとか身体を起こす。よれよれになったモヒカン頭を掻いて、彼は胡座をかく。
「本当すまなかった。ごめんよ」
「……俺は二人に殴られたぞ。お前のせいで」
「うん、ごめんよ」
サキのきつい目線にこればっかりは本当にすまないと思う。アキラの件は自分じゃなく住民だろうとは思うが、まあでも引き起こしたのは自分だ。
「次やったらフジシロさん今度こそぶっ殺すからね?」
「う、うん」
しかしサクラの怒る理由がわからない。
あれ、サクちゃんなんかえらい性格変わった? 変わったよね? と言いかけて、口をつぐむ。サクラは凄まじい笑顔で笑っていた。ものすんごく怖かった。たまにメイさんからPSSに『サクちゃん怖い』と、ダイングメッセージ的な雰囲気で入って来ていたが、なるほど確かに怖い。すんごく怖い。
友達の為に怒ってるんだな。うん、そうだな。と、フジシロは正解ながらもまるで自分に言い聞かせる勢いで反芻した。
そのフジシロへ、壁に凭れて見下ろすアキラが口を開く。
「……で、まあ夜中にあんな騒音鳴らした理由は聞きましたし、迎えに来たのもわかりましたけど」
「うん。そう。迎えに来たんだよ」
相槌を打つ彼を片手で止め、アキラは続けた。
「いえ、わたくしサクから色々聞いたのですが」
「うん?」
アキラはサクラを一瞬チラ見して、すぐに目線を戻す。予想以上に怖かったらしい。肩を一瞬ぶるりと震わせたのをフジシロは確かに見た。
咳払いひとつ挟んで、彼女は話を続けた。その声色は至って真面目なものだった。
「……貴方協定にいるって本当ですの?」
「うん、そうだよ。協会と協定とどっちも所属」
「許可は取ってるんでしょうね……協会は副業禁止よ」
「勿論取ってるよ」
フジシロはこれでもエンジュジムのジムリーダーを務めている。持ち前の放浪癖が祟って――本人曰く実力と言うが――、前ジムリーダーの『マツバ』に全く逆らえないらしいが建前上はジムリーダーだ。そしてポケモンジムはポケモン協会直轄の雇用であり、副業が厳禁なのである。これはジムだけでなく、町の町長と同じだけの権力を持ち、町の騒動を率先して対処しなければ為らない為だ。
そんな彼が名目上は営利団体の『Nの協定』にいると聞きつけ、アキラはひとつ危惧をした。同じジムリーダーを務める姉の代わりに、ではあるが。フジシロはこう見えてジョウト地方のジムリーダー界隈ではとても面倒見が良い。事実サクラ達は彼に助けられているし、アキナもその昔ジムリーダーになりたての頃は彼から色々教えてもらったと言う。その恩もあって、ひとつ心配したと言う事ではある。
フジシロは照れくさそうにモヒカン頭を掻いて、薄く笑った。
「まあ安心して。協定からは報酬を受け取っていないし、所属と言っても協力者って形だ。サクちゃんみたく伝説ポケモンの保護とかを受けてはいない」
つまり雇用ではないんだと告げ、更に続ける。
「エンジュは昔四匹の伝説ポケモンがいた地だからね。マツバも協定には協力してきたんだよ。治安維持はもとより協会の契約にあるし、違反はしていない。尤も、会長から許可は貰っているし、むしろパイプ役とも言えるんだよね」
と、フジシロは饒舌に言い切る。アキラは少し思案顔をしたが、「まあ道理は通ってますわね」と溢して納得した。
「それはさておき……どうしたものか」
彼は立ち上がると、自身と同じくボコボコにされて地にうつ伏せたゴルーグを見つめる。先程からちらちらと見てはいたが、ピクリとも動いていない。そんな彼の肢体の上でクチートが欠伸さえしていた。
「……あれじゃ三日ぐらいは動けないね、うん」
やらかしたのは自分だ。ゴルーグに謝るのはフジシロ自身で間違いはない。
しかしやりすぎだろとは言いたくても言えなかった。サクラがまだにこにこ笑顔でフジシロの背中を見ていれば、サキが人差し指を口の前で立てて「何も言うな、殺されるぞ?」と合図してきていたからだ。