ヒワダジムでの激戦を終え、二日後。約束通りフジシロが迎えに来てくれた。……迎えに、来て……くれた。おそらくは、きっと、そのつもりだった。
惜しい男を失くしたと、後のサキは語る。
夜中の出来事だった。
ヒワダの住人はこの日、生まれてこの方、最大級の恐怖を感じ、『世界の終わり』だと思ったと言う。
――ゴォォオオオ。
と、音を鳴らし、満天の星が瞬くヒワダの夜空が揺れた。その重低音たるや酷いもので、コガネシティに稀に出没する『暴走族』と似たような迷惑さだった。その音はポケモンセンターの中までも響き、あまりの騒音に寝坊助のサクラでさえ飛び起きる程だった。
何の音かと外へ出たヒワダの住民は、夜空を埋めるひとつの黒点に気付く。遥か高い空に佇み、しかし落ちてくるでも無ければ、おかしな騒音さえ鳴っている。おそらくはその黒点の何かが、騒音を響かせているのだろうが、あれがなんなのかが解らない。
「も、森の神様のお怒りじゃぁぁああ」
近隣では追随を許さぬ、おん年九七歳のゲンさんがそう叫んだ。ゲンさんは少し痴呆が回っているが、その昔森の神様と会った事があると言うのは有名な話。痴呆が回っているが。
「も、森の神様の怒りだって!?」
「ど、どうすっべ、そういやぁ二、三日前に誰かが祠荒らしたぁ言う形跡ばあったっつうで!?」
森の神様が奉られる祠が荒らされていたのは、言うまでもなくサクラ達がセレビィに邂逅した時の話だ。元通りにしたとはいえ、積もる埃まではどうしても拭えないものだから仕方ない。
「森の神様のお怒りじゃぁぁああ」
ゲンさんがもう一度叫ぶ。そうだ、ゲンさんは森の神様に会った事があるんだ。痴呆だけど。って事はあの黒点は森の神様なのか!? 痴呆なんだけど。
途端、痴呆なんだけどもゲンさんが言う事は一人、また一人と信じ始め――。
「森の神様のお怒りじゃぁぁああ!」
森の神様に会った事がある痴呆のゲンさんの言う事に住民全員が大慌てになった。
「どうすっべ! こんなこだぁ初めてだ」
「故郷の母ちゃんに連絡すりゃよかった」
「お父さんゲンさんってボケてるんじゃないの?」
「ああ待て! ツクシさんに相談しよう」
「ダメだよツクシさんは今ウバメの森に」
「なんでこっだぁー」
しかし、誰かがぽつりと言った。
「そ、そういやこの前のツクシさんを倒した三人組がまだポケセンにいるぞ!」
青年の言葉におお、と住民が揺れる。
「そいや迎えば待っとるゆーでだぁ」
「おお、まさしく英雄に相応しい!」
「ねえ、ゲンさんってボケてるんだよね?」
「そうだ英雄だあ!」
「昔からこう言う時は英雄だと決まってる!」
よし行こう、そうしよう。
住民は一丸となって英雄を起こしに向かった。町の外れ手前にあるポケモンセンターへ向かい、中へ雪崩れこんではジョーイの胸ぐらを掴んで英雄を出せと凄む。
こんばん……って、はい? え? なんですか貴方た……。あ、サチコのお母さん。ああ、その節はどうも。ええ!? この轟音が森の神様のお怒りですって!? え、でもこの音って、ああ、はい。その節は本当にサチコにお世話になって――。
「英雄ぅぅううう! どこにあらせられますか英雄ぅぅううう!!」
血気盛んな若者がポケモンセンターの宿舎スペースを叫びながら走り回る。因みに深夜です。轟音が鳴って皆起きてますけど深夜です。
最初に捕獲された英雄は三人組で最強にして最小の少女だった。
騒がしいですわねぇ。何時だとおもっ……な、なんですの貴方達!? え、ちょっと、やだ、どこ触って!! え、何!? 捕まえたってゴラァ人を珍獣みたいに言いさらすなですわよ。ってああ持ち上げないでいやぁぁあああ。
そしてその隣の部屋から一番大きい少女が出てきた。
ちょっと、アキラどうし……いや、何!? え、ちょ、見つけたって。ぇえ!? 何ですか一体、ちょっといやだ下ろして離していやぁぁあああ。
――さ、さきぃぃいいい!
瞬間、更に隣の扉が開く。
さく! てめえらさてはえるをねらっ……は!? ちょ、なんだよ、お、おいやめろ、うお、ちょいお前ら離せって、持ち上げんなって!
――ボキッ。
ほらなんかそこのボケてるっぽいじいさんの骨折れたぞあれぇぇえええ!! って、さくぅぅぅ。離せよお前らぁぁあああ!
捕獲、拘束、完了。直ちに帰投する。
ああほんともう、サチコったらそうですよね。サチコは毎度毎度がさつさが目立つから、そろそろお嫁にいかないとって私も言ってるんですけど――。
話に更けるジョーイさんを突破! よし、田中のばあちゃんそのまま頼むぜ! そのまま最後の英雄が、通過するまで粘るんだ!!
グッと、ジョーイの視界から隠した位置で田中サチコのお母さんは親指を立てた。流石は三七歳の嫁入り前な娘を折檻してはヤドンの井戸に放り込む田中さんだ。おん年五〇を過ぎてもステルス発動、意識誘導はお手の物! 素晴らしい腕前である。
ちょっとジョーイさん!? 嘘、なんでこっちに気付かないのですか!? ちょっとゴラァ、そこのソバカス野郎今わたくしのお尻触ったぞ! ぶっ飛ばすぞゴラァ!? あ、ちゃんと謝るのなら土下座十分で許しま――って、ちょっと外出ちゃいましたけど! わたくしパジャマなのですけど……って、ちょっと、そこ掴んだら……って、ああああ!! ゴラァ!! ズボン脱げたぞゴラァ!! 誰か拾ええええ!!
その後ろで、また一団が続く。田中さんはここに来て機転を働かせた。ジョーイにそうだこの前預けたヤドンちゃんの様子を聞かせて欲しいんだけど? と聞く。ジョーイは手元の資料を捲った。田中さんの口から舌打ちがもれる。
いやぁぁあああ! さきぃぃいいい! あ、ジョーイさん、助けてジョーイさぁぁん。ってなんで聞こえてないの!? 嘘、やだやだ下ろして離してよぉぉおおお。さきぃぃいいい! れおん! るーしー! ろろぉー! りんでぃー! 誰でもいいから助けてよぉぉおおお。あ、なんか落ちてる。ってあああ! あの花柄がプリントされたズボンはアキラのパジャマ! アキラがこの先にいるんだ。ってそうだアキラも拐われてるんじゃん! さきぃぃいいい! さきぃぃいいい!
田中さんは更に機転を聞かせた。そうだジョーイさん、ついでにうちの子引き取っていくわ。もうこれなら自宅でも良いわよね? ね? それじゃ取ってきてくれるかしら……。うん、うん、お願いね。そしてジョーイが奥に消えれば、田中さんは脱兎の如く駆け出して三番手の集団についた。
離せって! おい、さっきのじいさんあれ死ぬぞマジで本当助けに行けよお前ら! なんだよマジで一体……。そうだアキラ! おい、アキラァァアアア! アキラ助けてくれぇぇえ……ってあああ! あそこに落ちてる僅かに踵を擦ってしまってその部分だけ黒く染まっているズボンはアキラのパジャマじゃねえか! ちくしょうお前らアキラまでぇええええ!
それはヒワダタウン、深夜の集団テロとして、深くヒワダの歴史に名を残した大事件だった。
駆け付け事態を鎮圧したジュンサーは、夜中に騒音を鳴らし『ゴルーグ』に乗って現れたモヒカン頭の男を『騒音防止条例違反』にて確保し、少年少女合わせて三人を保護した。その際少年は鼻から血を流して気絶しており、少女一人は必死にもう一人の少女の腰元を隠し、脱がされたのだとジュンサーに釈明する。ズボンを脱がされたらしい少女は顔を真っ赤にして目にうっすら涙を浮かべ、ピンク色のレースがついた下着を必死に上のパジャマを伸ばして隠そうとしていた。パジャマのズボンはポケモンセンターの前に落ちていたが、踏み荒らされてぐしゃぐしゃになっていた。
その頃ポケモンセンターから一台の救急車が発進し、おん年九七歳の老人が腰の骨を折る重傷だった。
全てはゴルーグの搭乗者たるモヒカンの男が引き起こしたとして、ジュンサーはこれを逮捕。住民は厳重注意に終わった。
モヒカン頭の男はフジシロと名乗り、「本当は翌朝迎えに行く予定だった。飛行中に眠ってしまって手前で止めそびれた。だからゴルーグも町へ降りなかった。指示がなかったからね、なかったから。騒音はゴルーグが空を飛ぶ為に噴出するエネルギーの音です。音でした……。すみません」と、語った。