スポンサーの申し出はいらないと事前に釘を刺したものの、アキラが試合を終えると観客席は空っぽに近い状態になった。ファンを連れたサキは目立ち、その目立つサキがサクラとも、アキラとも話しており、更にはツクシが『三人』と言っていた事もあって、彼らが仲間なのはどう見ても明らかだった。そして三人組が、三連続でジムバッジを奪取すると言う偉業は、ヒワダジムの前におよそヒワダタウンでは珍しい『人だかり』を作って見せた。
「すごかったよ」
「サイン下さい」
「最初のお二人の所属は? スポンサーは?」
「次はコガネですか?」
「またバトル観に行きたいです」
等々、サキで息を呑み、サクラで沸き立ち、アキラがだめ押しに絶叫させた観衆は、まさしく『興奮冷めやらぬ』といった姿だった。
それはまさしく異常事態に近く、予想がついていたのはおそらくはアキラぐらい。サクラとサキはひたすら困惑した。特にサクラは理解が及ばず、アキラだけにいくだろうと思っていた歓声が自分にも及ぶ事にひたすら戸惑った。サキは何だかんだ丁寧に対応するし、アキラはクチートが何をしたのかと問われて一人ずつにきちんと答えていた。
「あー、はいはい。みんな落ち着いて」
そんな三人を助けるべく、ジムからツクシが出てきては大きな柏手を打った。おそらくはこんな状態では次の挑戦者が入れないからなのだろうが、彼はにっこりと笑って丁寧に会釈する。
「三人が困ってるからちゃんと並んで対応しよう。一気に話しかけても対応出来るなんて人はそうそういないからね。そんでバトルの解説が欲しい子は僕が答えてあげるからおいで」
彼がそう言うと、観衆はある程度の落ち着きを取り戻しては列をなした。丁寧に纏めてくれた事は感謝しつつも、慣れないサクラは「ナンダコレ」と呟き固まるばかり。
ぎこちなく、それでいて投げ掛けられる質問に答えていく。何人いるのかと少し途方も無く感じて、それでもある時、サクラはひとつ思い直した。
並ぶ列の中、サクラの前にはとても可愛らしい女の子がいた。彼女は身振り手振りで凄かった凄かったと言い、サクラのポケモンを全身で讃えた。そんな彼女にサクラはそれでもおどおどとしながら、ぎこちない笑みを浮かべて、合わせた目線の高さで彼女と会話する。
「ミロカロスとイーブイ以外に何持ってるのぉ?」
「チラチーノとドレディアだよ」
「凄い! イッシュのポケモンだよね!?」
「う、うん」
それでもちゃんと答えてやり、握手しては満足したらしい彼女に手を振って別れを告げる。少女はサクラを振り返りながら、少し離れた所に居る母親の元へ走って行く。小さな、五歳くらいの女の子だった。だからこそこんな子も観に来るのかと感心して見ていたから、気付けたのだ。
幼い少女はサクラを指差して言った。
「私もあのお姉ちゃんみたいになりたい!」
その姿を見送り、そうか、とサクラはハッとした。次の男性から賛辞を貰いつつ、この大観衆の意味にひとつ納得した。サクラ自身の、「ナンダコレ」に対する答え。
――これがきっかけでトレーナーを目指す子もいるんだ。
この感想が、まさしくそれだった。
勿論その限りではない。既にトレーナーの者がクリア出来ないステージの攻略法を模索して見ている方が多いだろうし、かつてフジシロが言っていた『エンターテイメント』として楽しんでいる者も多いだろう。でも、確かに今、サクラは幼い少女の夢になった。
そう気付いてからは、何故かおどおどとした対応をするのは失礼に思え、サクラなりに必死に観衆へと対応を続けた。握手を求められれば両手でがっちりと返し、サインを求められれば慣れないながらもなるべく綺麗に書く。ポケモンの修行については角が立たぬよう、「先輩に恵まれました」と答えた。
若いトレーナーもいれば、老人もいた。わんぱくそうな少年や、勉強浸けに見える少女。色んな人がサクラに声をかけた。でも一様に皆、サクラを讃えては、労いの言葉や羨望の言葉を並べていく。
果たして相手がどれ程親身かはわからない。それでもサクラは全力で答える『義務感』を持った。
列はアキラ、サキ、サクラの順に多かったが、それでもその列が無くなる頃はほとんど変わらなかった。ツクシは既にジム内へ戻っており、サクラに次ぐ形で二人は手を空ける。彼女は急いで二人の元へ駆けた。
伝えたくなった。教えたくなった。
今、サクラは少女に夢を与えれた。
何よりそれが、嬉しかった。
でも、サキもアキラもサクラの言葉を受けては苦笑するように笑った。少女が「え?」と呟き、そんな変な事を言ったかなと続けると、アキラがサクラの目を見据えて、薄く笑いながら言った。
「サクラ。それがトレーナー……いえ、」
否定で止めて、アキラは優しく告げる。
――それが一人前って事でしょう?
「俺にとっちゃ親父だな」
「わたくしにとってはお母様ですわね」
二人は苦笑しながら目線を合わせて頷く。
「サクは」
「サクラは」
――誰に憧れた?
――誰に憧れました?
そう。誰だって誰かに憧れたからトレーナーになったんだ。何も意識せず、何にも憧れずにトレーナーになるなんて、きっと有り得ない。
始まりは誰が創ったのかはわかりはしない。もしかしたら戦争の名残とか、喧嘩していたりとか、地方の儀式だったのか。
それでもそのバトルに魅了された誰かが居て。そしてその誰かがまた別の誰かを魅了して。
そして継がれに継がれ、今、サクラがそのバトンを持った。
サクラはそう、幼心に父に憧れ、母に憧れ、そのバトンを貰ったのだ。今、サクラは父に敵対し、母に反感さえ抱くものだが、それでもそのバトンは二人から渡された。
そしてそれを今、幼い少女に分けたのだ。
ものぐさなサキが丁寧に対応し、尊大な態度のアキラがそれでも一人一人に対応し、その姿はそれをちゃんと心得ているからだったのだ。
サクラは今更ながらそれに気付いた。でもきっと、それはとても大切な事だった。
幼い少女が言った言葉を、表情を思いだし、サクラは僅かに背筋を正す。
両親から受け取り、そして多くの人に育てられたバトン。そのバトンはサキとアキラと連なり、少女に渡した。
幼い笑顔を心に浮かべる。
「私は――」
サクラは空を拝み、小さく溢した。
「お父さんとお母さん、かな……」
その日少女は、ハッとして罰が悪そうな二人に向かい、それでも久しぶりに心の底から笑った。
二人へ向けて、笑顔で口を開く。
「うん。もう大丈夫。もう私、お父さんの事でうじうじしない!」
せめて父が誤ったとすれば道を正し、それでも父が『正義』と語るなら、その理由を知ろう。幼い少女の羨望に恥じぬよう、ひたすら真っ直ぐに。
――だって私が憧れたのは、お父さんとお母さんが強かったからじゃない。真っ直ぐだったからだもん。
少女は空を仰ぐ。
ヒワダの空は、昼下がりの雲ひとつない快晴だった。
体感的には第一部・完って感じです。
仮タイトルは『少女の涙』。
稚拙な文章、気を付けてはおりますが見落としてしまう誤字脱字、更にはちょいちょい修正してしまう事や、亀のように遅い展開かと思えばいきなり早くなったりと、まだまだ力不足が目立ちます。
我ながらなんとか面白くしようと、なんとか楽しめるようにしようと、そして私自身楽しもうと必死です。それでもつまらないと思われる方がいらっしゃれば、私はもう血ヘド吐きながら努力致しますので、これから先も気長に付き合って頂けましたらと。
今で単行本一冊分くらいかなぁ。と、思いつつ、引き続き書かせて頂きますね。
次回・第二部
『母との再会、そして……』
※第二部が思った以上に進まなかったのでサブタイを修正させて頂きました。